コラム
2021年03月18日

20年を迎えた介護保険の再考(24)映画で観る高齢者政策史-急速な高齢化の進展で歪み、介護保険発足の理由に

保険研究部 主任研究員・ヘルスケアリサーチセンター・ジェロントロジー推進室兼任   三原 岳

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1――はじめに~映画で考える日本の高齢者施策~

加齢による要介護リスクをカバーする社会保険制度として、介護保険制度が発足して昨年4月で20年を迎えました。本コラムは昨年6月以降、介護保険制度の基本的な構造、最近の制度改正で論じられているテーマなどを取り上げて来ましたが、今回と次回は「番外編」に当たります。

具体的には、日本の映画を通じて、介護保険制度の創設に繋がる高齢者施策の変遷を見て行きます。映画は国民の認識や時代背景を反映しており、時代ごとの雰囲気を知る上での有益な素材と思っています1。今回は「介護保険以前の状態」を主に考察し、介護保険制度の意義を考えることにします。次回は認知症をテーマにした映画を通じて、認知症に対する認識の変化と課題を取り上げます。
 
1 なお、過去にも映画を通じて医療・介護制度の論点を考察したことがある。例えば、「映画で考える日本の歴史と感染症」(2020年10月2日)、「映画『体操しようよ』で占う2021年度介護保険制度改正の動向」(2019年7月18日)、『500ページの夢の束』で考える「障害」(同5月17日)。今シリーズでも、制度創設時の時代背景を探る第1回、在宅医療や医療・介護連携の課題を考えた第12回でも映画を取り上げた。なお、医療・介護に限らず、ダイヤモンド・オンラインでも2017年12月から2019年1月まで「映画を見れば社会保障が丸わかり!」という連載を実施した(計28回)。取り上げている映画の素材などは一部で重複している。https://diamond.jp/category/s-eigadesyakaihosyou

2――1960年代の映画における高齢者福祉の様子

日本の高齢者福祉に関する政策は1963年の老人福祉法に遡ります。この法律は世界初の高齢者福祉法であり、特別養護老人ホーム(特養)の制度などが盛り込まれました。政府は当時、法律の制定理由について、「老齢人口の著しい増加の傾向、私的扶養の減退、老人を取り巻く環境の急激な変動等によりまして、その生活はきわめて不安定となっており、一般国民の老後の生活に対する関心もまた著しく高まっている現状」があるとして、老人福祉に関する施策が求められていると説明していました2。実際、先行研究では法律の意義について、「高齢者の生活保障であった『イエ』制度の崩壊に対する政策的な対応」と整理されています3

つまり、それまでの高齢者福祉は家族の扶養で対応していたものの、新しい憲法と民法による家父長制を中心とした「イエ」制度の崩壊、さらに核家族化の進展に伴って、家族の扶養力が下がったことで、高齢者福祉の立法措置がなされたわけです。

こうした雰囲気を理解できる素材として、1962年製作『にっぽんのお婆あちゃん』という映画があります。つまり、この映画は老人福祉法の制定1年前に作られたことになり、老人福祉法制定の時代背景を探ることが可能です(DVD化されておらず、気軽に見られない映画なので、筆者の記憶を基にしている点は割り引いて下さい)。

映画は冒頭、くみ(北林谷栄)、サト(ミヤコ蝶々)が浅草仲見世商店街で時間を潰している場面から始まります。くみは近くの老人ホームに住んでおり、些細なことで相部屋の仲間とケンカになった上、視覚も失われつつあったため、将来を絶望して老人ホームを勝手に飛び出して来ました。さらに、サトは狭いアパートに三世代で同居しているのですが、息子夫婦と折り合いが悪く、こちらも家出して来たのです。

しかし、2人とも特段に行く場所もなく、浅草で途方に暮れている間に出会い、すぐに意気投合します。その後、化粧品のセールスマンの田口(木村功)、店員の昭子(十朱幸代)、警察官(渥美清)などが絡んだドタバタの末、二人は元の場所に戻るのですが……、高齢化社会の問題をいち早く取り上げた傑作です。

具体的には、相部屋で暮らす老人ホームにおける集団ケアの実態とか、核家族化と住環境の変化で高齢者の居場所が失われていった実情などが細かく描かれています。例えば、老人ホームの実態については、管理者(田村高廣)が入居者に対し、外での自分を忘れて平等に暮らす必要性に言及していますし、ホームは5~6人が相部屋、雑魚寝状態なので、高齢者の尊厳とか、プライバシーへの配慮は全く感じられません。核家族化や住環境の変化に関しても、サトが狭いアパートで息子夫婦から邪魔者扱いされ、最後に「次はお前らの番や」などと毒づくシーンがあります。

もう一つ、家族の扶養力が低下していた時代背景を理解できる映画として、1960年に製作された『娘・母・妻』を挙げることができます。これは小津安二郎と並ぶ日本映画の巨匠、成瀬巳喜男監督の映画で、坂西家という都心の旧家を舞台にしています。

一家には2男3女を育てた60歳になる母親のあき(三益愛子)、長男の勇一郎(森雅之)と妻の和子(高峰秀子)、2人の間の息子、あきの末娘の春子(団令子)が同居しています。さらに、夫に先立たれた長女の曽我早苗(原節子)、幼稚園の保母として働く次女の谷薫(草笛光子)も結婚先の家庭で人間関係に悩んでおり、母あきに愚痴をこぼすため、実家に足を運んでいます。このほか、次男の礼二(宝田明)は結婚後、独立してアパート暮らしでしたが、たまに実家を訪れており、賑やかな家庭でした。

そんな時、勇一郎が親族に貸したカネが焦げ付き、家を今月いっぱいで明け渡すことに。その際、家を売って借金を返した後も残る財産について、兄弟姉妹で争いが展開されるだけでなく、「母あきの面倒を誰が見るのか」という議論に広がっていきます。

例えば、礼二は「あとの金を分けるったって、どうせいくらにもなりはしないんだ。兄さんにあげるよ、その代わり俺はお母さんの面倒見るのはゴメンだよ」「兄さんはお金が欲しいんだろ?お母さんは財産の3分の1を取る権利があるわけだ」「いくらになるか知らないが、(注:母親)込みで引き取るってのはどう?」などと無思慮な言葉を吐きます。これに対し、長男の妻の和子が取りなそうとしますが、血の繋がっている子ども達から「お義姉さんそんなこと言って大丈夫?後悔しない?」(春子)、「僕たちはせっかくドライに割り切って、こうして素っ裸になって話し合ってんだから。一時のセンチメンタルな気持ちで甘い意見も述べられると困っちゃうんだよ」(礼二)といった疑念が示されます。

結局、長女の早苗が「あきと一緒に住む」という条件で五条宗慶(上原謙)という金持ちに嫁ぐことを決めるのですが、あきは「自分のために早苗が結婚するのであれば、そんな結婚は嫌だ」と語り、早苗の判断を受け入れません。さらに、映画の終盤には「緑ヶ丘老人ホーム」から封書が届く場面があります。結局、あきがどの道を選んだのか映画では分からないのですが、高齢者を養う家族の力が下がっていた様子を見て取れます。

それでも1960年時点で65歳以上高齢者の人口は約540万人、人口に占める比率は5.7%であり、社会全体から見れば、まだまだ高齢者福祉はマイナーな問題でした。しかし、この後に高齢者人口の増加と高齢化の進展に伴って、高齢化に伴う歪みは一層、拡大していきます。次に、1980年代の映画を取り上げます。
 
2 1963年2月27日、第43回国会衆議院社会労働委員会に置ける西村英一厚相の説明。
3 岡本多喜子(1993)『老人福祉法の制定』誠信書房p164。

3――1980年代の老人病院の様子

1970年代に入ると、福祉政策が国政の中心テーマになります。例えば、1973年に発足した田中角栄内閣は「福祉元年」を掲げ、年金支給額の拡充に取り組んだほか、老人福祉法の改正を通じて、1973年1月に老人医療費の無料化に踏み切りました。

このうち、老人医療費の無料化は今でこそ「バラマキ」の典型例と理解されていますし、新聞記事などでは田中氏の顔写真とともに否定的に取り上げられることが多いですが、当時の新聞を見ても批判的な記事は少ない印象です。むしろ医療費の増加を恐れていた大蔵省(現財務省)の意見について、先行して無料化に踏み切った自治体では、そうした事態が起きていないとして、「変な言い訳」と切って捨てるような報道さえ見受けられます4。実際、当時は年金制度が成熟化しておらず、高齢者福祉の一環として医療費の無料化を求める意見が強く、ほとんど全ての都道府県が同様の施策を展開していました。

しかし、老人医療費無料化は「副作用」を生みました。70歳以上の医療費が無料になったことで、高齢者を多く収容する「老人病院」が増加。これが医療費の増加を招き、退職後の高齢者を多く受け入れている国民健康保険の財政が悪化します。さらに高齢者を病院に寝かせきりにするなど、人権や尊厳を無視するような老人病院も現れ始めます。こうした実情については、第1回で1985年製作の『花いちもんめ』という映画で取り上げましたが、今回は1986年製作の『人間の約束』という映画で考えてみます。

主人公は森本亮作(三國連太郎)という高齢者。亮作は妻のタツ(村瀬幸子)とともに東北地方から上京し、会社勤めの息子の依志男(河原崎長一郎)、専業主婦の律子(佐藤オリエ)の夫妻、その息子の鷹男(杉本哲太)と娘の直子(武田久美子)とともに、東京都多摩地区のベッドタウンに建てた一軒家に同居していました。

ただ、タツの認知症の症状が顕著になります。例えば、夜中に町を歩いて警察に保護されるとか、亮作の朝ご飯をつまみ食いするとか、トイレに行かせようとする律子を「鬼!」となじるようになり、家事を担っている律子に介護の負担が少しずつ増えて行きます。そこで、亮作はタツを入院させることを決断。タツが入院した日、依志男と律子は以下の会話を交わします。
 
依志男:またどうして病院なんかに入れる気になったんだ」
律子 :(おじいちゃんが)私に悪いっていうのよ。下の面倒まで見させるの忍びないって」

わずか30秒ほどの短いセリフですが、(1)家庭内の介護労働が女性に集中していた点、(2)在宅ケアの受け皿が少なく、病院しか選択肢がなかった点――といった当時の時代背景を読み取れます。まず、1番目に関しては、第21回で取り上げた通り、介護保険制度創設に繋がった1994年12月の高齢者介護・自立支援システム研究会報告書で、「家族はまさに『介護疲れ』の状態にある」と記している点と符合します。後者についても、この時の報告書には「福祉サービスの整備が相対的に立ち遅れてきたため、病院などの医療施設が(略)実質的に大きな役割を果たしてきた」という文言が盛り込まれており、在宅ケアの整備の必要性がうたわれていた点から読み取れます。

3番目として、高齢者の受け皿となっていた老人病院の描写もあります。具体的には、亮作が病院に見舞いに行くと、同じように認知症の人や、家族から見放された高齢者が入院しており、奇声を上げている雰囲気に愕然とします。つまり、老人病院が高齢者の人権とか、尊厳を無視していた実態が描かれています。

さらに律子も病院の雰囲気を嫌い、タツの退院を決断したものの、亮作にも認知能力の低下が見られ始め、律子の負担が増します。こうした中、タツが自宅で不審死し……、真犯人に関してはネタバレになるので、詳細はDVDでご覧いただくとして、映画の描写については、第1回で紹介した『花いちもんめ』にも共通しており、介護保険制度創設に繋がった時代背景を見て取れます。
 
4 1972年1月11日『朝日新聞』。

4――介護保険は定着したか

こうした描写を見ると、「介護保険があって良かった」という心象に至ります。もちろん、今でも痛ましい介護自殺や高齢者の虐待事件などは絶えませんし、地域の支え合いが介護保険サービスに代替した結果、「介護保険が地域の繋がりを壊した」という批判も耳にします。しかし、それでも介護保険制度を通じて、在宅ケアの受け皿が整備されなければ、大変なことになっていたと思います。

実際、介護保険は国民に定着したと思っています。例えば、次回に取り上げる認知症をテーマにした映画を含めて、介護(さらに介護と密接に関わる在宅医療)をテーマにした映画は少しずつ増えており、2017年製作の『ケアニン』では通い、訪問、泊まりを複合的に提供する小規模多機能型居宅介護事業所が登場します。さらに今年に入り、実在の医師の活動や著作を素材にした『痛くない死に方』という映画が作られたほか、今年5月には吉永小百合が在宅医を演じる『いのちの停車場』という映画も公開される予定です。

このほか、2016年公開の『つむぐもの』という映画では、韓国からワーキングホリデーで訪日した韓国人の女性(キム・コッピ)と、脳腫瘍に伴う手足の麻痺で介護が必要となった越前和紙職人(石倉三郎)、訪問介護で派遣される介護福祉士(吉岡里帆)の交流と絆をテーマにしており、特養が登場します。

中でも、「国民の間に介護保険は定着したな」と感じるのは、高齢者の介護や福祉を必ずしも本題にしていない映画で介護現場が普通に出て来る時です。例えば、『つむぐもの』は全く異なる言語、文化、年齢の人達の交流や絆がメインテーマなのですが、介護現場のシーンが間に入ることでストーリーに現実味と幅が生まれています。もし多くの人が介護現場の実情を見聞きしていなければ、こうした展開の映画は作れないはずです。

さらに2019年公開の『よこがお』という映画は、周囲から信頼されていた訪問看護師(筒井真理子)がスキャンダルに巻き込まれて失職し、関係者に復讐するという恐ろしい内容なのですが、介護や看護は映画のメインテーマではありません。それでも訪問看護師が題材になり得たのは、介護に無縁な人でも「あ、ナルホド。訪問看護ね」と思えるほど、介護保険が社会に定着しているためではないでしょうか。

5――おわりに~介護保険の意義を考える~

今回は1960年代以降の日本映画を通じて、高齢者福祉政策の展開を見て来ました。このように考えると、在宅ケアの受け皿を整備したこと、高齢者の選択肢が広がったことなど、介護保険制度の到達点を理解できると思います。

もちろん、介護施設や病院における高齢者の虐待事件とか、介護を苦にした自殺など、今も痛ましい事件・事故は後を絶ちませんし、軽度者向け給付や認知症施策など介護保険の課題は今も多いのですが、介護保険以前の映画における描写と比較すると、在宅ケアなどの選択肢を広げた点で、介護保険制度の意義は大きかったと言えます。

本コラムの最終回となる次回は今回と同様、映画の描写を通じて、認知症ケアの変遷を考えます。
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保険研究部   主任研究員・ヘルスケアリサーチセンター・ジェロントロジー推進室兼任

三原 岳 (みはら たかし)

研究・専門分野
医療・介護・福祉、政策過程論

(2021年03月18日「研究員の眼」)

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