2021年03月15日

関西のスタートアップ・エコシステム構築への期待 

中村 洋介

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3――関西の現状

これまで紹介してきたように、ここ数年の関西のスタートアップをめぐる環境には明るい兆しが見られる。しかしながら、日本におけるスタートアップの拠点としては、東京が頭一つ抜きん出ており、関西との差は大きいのが現状である。

スタートアップによる資金調達額の推移を見てみたい(図表7)。2012年末に第2次安倍内閣が発足して以降、株式市場の大幅上昇や景況感の改善等を受けて、スタートアップへの投資資金の流入が大きく増加した。政府の成長戦略の中でもスタートアップ育成が掲げられ、近年では、デジタル化への期待や大企業によるオープン・イノベーション熱の高まり等も追い風になった。2011年から2020年にかけて、関西2府1県(大阪府・京都府・兵庫県)のスタートアップによる資金調達額は約4.5倍に増加した。一方、東京都は約6.2倍となっており、その差は拡大している。

外部から資金調達ができる力のあるスタートアップだけでなく、資金の供給元となる有力なベンチャー・キャピタルは東京に集中している。投資先の発掘や、投資後の経営支援やモニタリングの負荷を考えると、簡単に地方のスタートアップに手を広げられるわけではない。また、インターネット関連のスタートアップを例に見てみると、東京には大手インターネット関連企業やインターネット関連に手広く投資をしているベンチャー・キャピタルが集まっており、起業家や投資家等によるコミュニティが形成されやすい。メルカリのようなロールモデル、成功例も出ており、それが意欲ある人材や投資資金の呼び込みに繋がり、成功した起業家が次の世代の起業家を支援する、といった好循環が生まれつつあるように見受けられる。関西には、こうしたエコシステムの広がり、厚みが現状では足りていない。
(図表7)スタートアップによる資金調達額の推移(地域別)
次に、大学発スタートアップ数の推移を見てみたい(図表8)。AIやロボティクス、バイオテクノロジー、環境関連技術、宇宙開発等、大学の研究成果等をベースとした高度な技術を有するスタートアップへの期待はこれまで以上に高まっている。大学発スタートアップの創出や育成に向け、政府も支援策を拡充しているほか、各大学でも取り組みを強化していることもあって、全国的に大学発スタートアップの数は増加基調にある。

大学別のスタートアップ数を見ると、京都大学、大阪大学が全国トップの東京大学に次ぐ位置につけており、着実に取り組みが進んでいるように見える。しかしながら、関西2府1県の大学発スタートアップ数は、東京都の半分強というのが現状だ。
(図表8)大学発スタートアップ数の推移(大学別、都道府県別)
なお、世界の壁は東京以上に高い。米国のStartup Genome社による直近のスタートアップ・エコシステムランキング(図表9)では、東京は15位に位置付けられており、同じ東アジアの北京(4位)や上海(8位)の後塵を拝している。シンガポール(17位)、ソウル(20位)といったライバルもひしめき合う。世界各国がスタートアップの創出、育成に力を入れている中で、関西が海外の起業家、高度人材、投資資金を呼び込むことを考える上では、こうした現状を念頭に置いておく必要がある。
(図表9)スタートアップ・エコシステム ランキング

4――課題

4――課題

スタートアップ・エコシステムの構築に向けて、関西は着実に歩みを進めているものの、次々とスタートアップが生まれ育つような、広がりと厚みがある自律的なエコシステムを短期間で作り上げるのは難しい。景気の悪化や株式市場の変調、首長の交代等があったとしても、地方自治体や地元経済界等による支援、取り組みが継続できるかどうかが課題となる。

リーマンショックの際には、景気の悪化と株価の急落、低迷を受けて、スタートアップは厳しい事業環境に置かれることとなった。ベンチャー・キャピタル等の投資家の収益が悪化し、投資活動が停滞した。スタートアップの資金調達のハードルが上がり、資金繰りに窮したり、思うように成長資金を得られなくなることも多かった。

新型コロナウイルスの感染が拡大した当初は、株価の急落や景況感の悪化、緊急事態宣言の発出による事業活動、投資活動の停滞等により、スタートアップの事業環境が急速に悪化することが懸念された。ただ、その後は株価が大きく上昇し、コロナ禍で遅れが露呈したデジタル化を中心に、スタートアップによるイノベーションに対する世の中の期待や関心は引き続き強い。2020年におけるスタートアップによる資金調達額を見ても、減速している感はあるが、急減するまでには至らず、底堅く推移しているように見受けられる(図表7)。

足もとでは、新型コロナウイルスの感染拡大の影響が長期化しており、ワクチン接種の進展に期待がかかるものの、ワクチン接種の遅れや変異株の広がり等のリスクもあり、予断を許さない状況が続く。株式市場が崩れて、スタートアップへの投資資金の流入が停滞したり、業績が悪化した事業会社がスタートアップへの支援を縮小する可能性もゼロではない。こうした不確実性の高い環境の中、すぐには結果が出なくとも、支援を続けていく強い覚悟が求められる。

また、関西のスタートアップへ投資資金を呼び込み、支援に厚みを持たせるためには、国内外の有力投資家やスタートアップとの協業に前向きな事業会社の投資部門(コーポレート・ベンチャー・キャピタル等)の拠点を誘致することも必要だろう。

また、創薬等のライフサイエンス・バイオテクノロジー、ロボット等のものづくり等、大学の研究成果をベースとするような研究開発型スタートアップは、インターネット関連のビジネスを手掛けるスタートアップと比較すると、事業の立ち上げに多くの時間と資金を要する。こうした領域のスタートアップの創出や育成に注力するのであれば、より長い時間と多くの支援が必要となることを念頭に置く必要がある。

もちろん、地域の活性化に繋げていくという意味では、ものづくりやライフサイエンス等の研究開発型スタートアップに限る必要はない。ITサービス、デジタルコンテンツ、シェアリングサービス等、幅広い領域で起業の裾野を広げていくことも有用だ。新規ビジネスの開発に積極的なIT企業の拠点や、フリーランスとして活躍する専門人材等の誘致を進めていくことも一考だろう。関西には、文化、芸術、食、エンターテイメント、観光資源等、クリエイティブで感度の高い人材を惹きつけるポテンシャルがあると考えられる。若い世代への事業承継も含めて、「関西なら、失敗を恐れず、新しいことに挑戦できる」、「関西ならクリエイティブな面白い仕事ができる」といった、前向きな機運を醸成していくことが期待されている。
 

5――おわりに

5――おわりに

コロナ禍により、これまで関西を盛り上げていたインバウンド需要が消失し、大阪府・市が計画する統合型リゾート(IR)の全面開業時期が事実上白紙となる等、関西の成長戦略は見直しを迫られている。大阪・関西万博という大きなプロジェクトを軸に、ライフサイエンス・ヘルスケア産業の振興、スーパーシティ構想、そして本稿で取り上げたスタートアップ・エコシステム構築が結び付き、大きな成長ストーリーを描くことができるのか、そしてそれを実現していくことができるのか、今後の展開に注目したい。
 
 

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中村 洋介

研究・専門分野

(2021年03月15日「基礎研レポート」)

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【関西のスタートアップ・エコシステム構築への期待 】【シンクタンク】ニッセイ基礎研究所は、保険・年金・社会保障、経済・金融・不動産、暮らし・高齢社会、経営・ビジネスなどの各専門領域の研究員を抱え、様々な情報提供を行っています。

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