2021年02月02日

米ドルLIBORの公表停止をめぐる市場予想の変化

金融研究部 金融調査室長・年金総合リサーチセンター兼任 福本 勇樹

文字サイズ

2021年1月25日に、LIBOR1にリンクするデリバティブ取引のためのISDA(International Swaps and Derivatives Association:国際スワップデリバティブズ協会)のプロトコルが発効した。発効時点で80の国と地域で12,000以上の企業がプロトコルを遵守することになる。発効後もプロトコルに批准することができるため、今後も遵守する企業数は順次増えていくことになるだろう。

プロトコルの発効により、新規でISDA Definitions(定義集)を参照してLIBORにリンクするデリバティブ取引を行う場合、ISDAの公表するフォールバック2が契約に組み込まれることになる。また、取引当事者の双方がプロトコルを遵守していれば、既存取引についてもフォールバックが適用される。

既存取引に関するフォールバック3が発効されたことで、LIBORの公表主体や規制当局が公表停止(公表停止トリガー)や公表停止の予定(公表停止前トリガー)を発表するなど4すれば、LIBORから新金利指標に移行することになる。ISDAは、LIBOR公表停止に伴う新金利指標への移行の際にリスクフリーレート複利(オーバーナイト物、後決め)を選択する場合、過去5年間の中央値の値を移行後の金利指標にスプレッド調整として足すことを支持している5

次の注目点は、公表停止トリガーや公表停止前トリガーがいつ発動されるのかに移るであろう。特に重要なのが、米ドルとそれ以外の通貨のLIBORでトリガーが発動される時期が同じになるのか、別々になるのかという議論である。

これまで、2020年11月18日にLIBORの運営を行うIBA(ICEベンチマーク・アドミニストレーション)を傘下に持つICE(インターコンチネンタル取引所)は、英ポンド、ユーロ、スイスフラン、日本円のLIBORに関して、2021年12月末の公表停止の意向について協議を始めるとしていた6

さらに、2020年11月30日に、ICEが米ドルLIBORの運営に関して、1週間物と2カ月物については2021年12月末、相対的に取引額の大きいオーバーナイト物、1カ月物、3カ月物、6カ月物と12カ月物については2023年6月末に公表停止する案を提示した7

これらの状況から、主要な米ドルLIBORの公表停止時期が他の通貨よりも後ろ倒しになると、それに伴って、米ドルLIBORのトリガー発動時期が米ドル以外の通貨と異なる可能性がでてくる。

米ドルLIBORに関するトリガー発動時期に関する市場の予想は、この1か月間で「延期する」「延期しない」の両サイドに振れたようである。「米ドルLIBOR(3か月)を支払う側が米ドルLIBOR(6ヵ月)と交換する際に追加的に支払う固定金利(テナー・ベーシス・スワップ)」8には、米ドルLIBOR(6ヵ月)と米ドルLIBOR(3か月)のスプレッドの変動に関する市場予想が含まれている。先述したように、トリガーが発動されると、新金利指標への移行の際にリスクフリーレート複利(オーバーナイト物、後決め)を選択する場合、LIBORはリスクフリーレート複利(オーバーナイト物、後決め)に過去5年間の中央値となるスプレッドで調整したものに移行することをISDAが支持しており、この方法論は市場参加者の間でコンセンサスになっている。それゆえ、この方法論に従うと、異なるタームのLIBORごとにスプレッドが固定されることになる。そのため、テナー・ベーシス・スワップは、米ドルLIBORの公表停止トリガー等の発動時期に関する市場予想などを含むと考えられる。

米ドルLIBORのトリガー発動の時期が他の通貨よりも遅くなると市場が予測すると、テナー・ベーシス・スワップは縮小するものと考えられる。その主な理由として、2016年の米国MMF規制に伴う短期金融市場のタイト化の影響が、フォールバック時に中央値を計測する際の計算対象から徐々に外れることが挙げられる9

2020年11月30日にICEが公表停止延期案を提示した際には、テナー・ベーシス・スワップ(2年)が8.6bpから2.7bp(2021年12月21日)にまで縮小した。ICEによる延期案発表の直後は、市場は米ドルLIBORの公表停止が延期されるのに伴い、トリガーの発動も延期されることを織り込んだとみられる(図表)。しかしながら、それ以降は徐々に拡大傾向にある。米ドルLIBORの公表停止が延期されたとしても、トリガーの発動時期までは延期されないと考える市場参加者が増えているものとみられる。

米ドルLIBORのみトリガー発動時期が後ろ倒しになる場合、通貨スワップのような異なる通貨間でキャッシュフローを交換するようなデリバティブ取引において、片方の通貨のみにトリガーが発動される場合、片方のキャッシュフローのみにフォールバックが適用されることになるものと予想される。その場合、決済等のオペレーションに混乱が生じることが懸念される。そうした事情もあってか、2020年12月4日のISDAのウェビナーでは、LIBOR間で公表停止時期が異なったとしても、すべての通貨において同時にトリガーを適用することがあり得ることにFCAが言及した10
図表:テナー・ベーシス・スワップの推移:米ドルLIBOR(3ヵ月)と米ドルLIBOR(6ヵ月)(2020年1月1日~2021年1月28日)
先述したように、米ドルLIBORのみトリガー発動を延期させる判断は、通貨スワップ市場を中心に金融市場に大きな影響をもたらすものと考えられる。特に、日本の金融機関では外貨資金の調達手段の一つとして通貨スワップ取引が多く用いられている。米ドルLIBORの公表時期をずらしても、トリガー発動時期を遅らせない判断が、金融市場の安定を考える上で、より良い選択になるものと思われる。
 
1 EURIBOR等のLIBOR以外の金利指標も対象になるため、一般にIBORと呼ぶこともある。
2 LIBORを利用している契約について、LIBORの恒久的な公表停止などの取り扱いについて取引者間であらかじめ合意しておくこと。フォールバック以外に、契約変更(LIBORの恒久的な公表停止前に別の金利指標に変更する)で対応する方法もありうる。
3 LIBORを利用している契約について、LIBORの恒久的な公表停止などの取り扱いについて取引者間であらかじめ合意しておくこと。フォールバック以外に、契約変更(LIBORの恒久的な公表停止前に別の金利指標に変更する)で対応する方法もありうる。
4 公表停止トリガーや公表停止前トリガー以外のやり方で、契約の当事者間の合意に基づいてトリガーの発動条件を設定することも可能である。
5 詳細はBloombergによるIBOR Fallback Rate Adjustment Rule Bookを参照されたい。
6 “ICE Benchmark Administration to Consult On Its Intention to Cease the Publication of GBP, EUR, CHF and JPY LIBOR,” ICE, 18 November 2020
7 “ICE Benchmark Administration to Consult on Its Intention to Cease the Publication of One Week and Two Month USD LIBOR Settings at End-December 2021, and the Remaining USD LIBOR Settings at End-June 2023,” ICE, 30 November 2020
8 一般的に変動金利と変動金利を交換する際に追加的に支払う必要のある固定金利のことを指す。テナー・ベーシス・スワップは、キャッシュフローやデュレーションの管理、スプレッドの変動リスクのヘッジだけではなく、投機目的でも利用される。
9 詳しくは、「米ドルLIBOR公表停止の延期案と金利市場への影響」(ニッセイ基礎研究所、2020年12月14日)などを参照されたい。
10 “The Path Forward for LIBOR,” ISDA Webinar, 4 December 2020
 
 

(お願い)本誌記載のデータは各種の情報源から入手・加工したものであり、その正確性と安全性を保証するものではありません。また、本誌は情報提供が目的であり、記載の意見や予測は、いかなる契約の締結や解約を勧誘するものではありません。
Xでシェアする Facebookでシェアする

金融研究部   金融調査室長・年金総合リサーチセンター兼任

福本 勇樹 (ふくもと ゆうき)

研究・専門分野
金融・決済・価格評価

経歴
  • 【職歴】
     2005年4月 住友信託銀行株式会社(現 三井住友信託銀行株式会社)入社
     2014年9月 株式会社ニッセイ基礎研究所 入社
     2021年7月より現職

    【加入団体等】
     ・日本証券アナリスト協会検定会員
     ・経済産業省「キャッシュレスの普及加速に向けた基盤強化事業」における検討会委員(2022年)
     ・経済産業省 割賦販売小委員会委員(産業構造審議会臨時委員)(2023年)

    【著書】
     成城大学経済研究所 研究報告No.88
     『日本のキャッシュレス化の進展状況と金融リテラシーの影響』
      著者:ニッセイ基礎研究所 福本勇樹
      出版社:成城大学経済研究所
      発行年月:2020年02月

(2021年02月02日「基礎研レター」)

公式SNSアカウント

新着レポートを随時お届け!
日々の情報収集にぜひご活用ください。

週間アクセスランキング

レポート紹介

【米ドルLIBORの公表停止をめぐる市場予想の変化】【シンクタンク】ニッセイ基礎研究所は、保険・年金・社会保障、経済・金融・不動産、暮らし・高齢社会、経営・ビジネスなどの各専門領域の研究員を抱え、様々な情報提供を行っています。

米ドルLIBORの公表停止をめぐる市場予想の変化のレポート Topへ