コラム
2021年01月08日

新型コロナ「特措法」改正の方向性-罰則規定と補償規定の導入

保険研究部 専務取締役 研究理事 兼 ヘルスケアリサーチセンター長 松澤 登

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新型コロナの再度の感染拡大を受けて、二度目の緊急事態宣言が、新型インフルエンザ対策特別措置法(特措法)に基づいて一都三県を対象地域として発出されている。宣言の期間は2月7日までとされている。該当地域の方は不要不急の外出を控えるなど、早期に感染収束に向けた行動をとっていただきたい。

ところで、報道によれば、通常国会で特措法改正を目指すとのことである。ポイントとしては、(1)罰則規定の導入、(2)施設の使用制限等に伴う補償規定の導入の二点である。これらの点についてどのような方向性が考えられるかを検討してみたい。

検討の前に、現行の特措法の枠組みを改めて整理しておく。特措法は第一ステップとして、新型コロナを含む感染症が発生した場合に、内閣に政府対策本部を設置するものとしている(特措法第15条)。政府対策本部が設置された場合には、都道府県においても知事を本部長とする都道府県対策本部を立ち上げる(特措法第22条、第23条)。この段階において、知事(都道府県対策本部長)は感染対策のために、個人・法人に対して必要な協力を要請することができる(法第24条第9項)。

そして第二ステップとして、新型コロナの全国的かつ急速なまん延により国民生活及び国民経済に甚大な影響を及ぼす、またはそのおそれがある場合に、政府対策本部は緊急事態宣言を発出する。緊急事態宣言は期間・地域・概要を定めて発出される(特措法第32条)。

緊急事態宣言の対象となった地域の都道府県知事は、外出自粛、施設の使用制限や催事の停止を要請することができ(特措法第45条第1項、第2項)、施設管理者等が要請に従わない場合は、使用制限または停止を指示することができる(同条第3項)1
 
さて、(1)罰則規定の導入についてである。

上述の通り、特措法の定めにより、緊急事態宣言が出なくとも、知事は感染拡大防止のための協力要請ができる一方で、緊急事態宣言が出されたとしても、強制力を伴う措置をとることができない。したがって、緊急事態宣言には実質的にはアナウンス効果しかなく、罰則を設けるべきとの主張がなされている。特に、すでに国内でも感染力が従来型より70%強い変異型が確認されているとのことで、ある程度強力な手段を用意しておくことには合理性があろう。罰則については、伝家の宝刀として、抜かれないのが最善ではあるが、コロナ慣れやコロナ疲れが懸念される現状においては、ある程度強い措置を導入しておくことも必要と考える。

仮に罰則として刑事罰を設ける2とすると、「刑事法規の明確性」ということが問題となる。人々の自由な活動や営業行為について、罰則をもって禁止するためには、何が違法になるのかが明確になっていなければならない。この観点からは、上記特措法第二ステップにおいて、施設の使用制限や催事の停止要請を出したのちに、従わない事業者にさらに指示を出し、その指示にすら違反する事業者に対して罰則を科すことが妥当と考えられる。事業者が自身が指示を受けていることを明確に認識できていることが、大前提となるべきであるためである。

なお、現行法令の立て付けとしては、学校、社会福祉施設、興行場の三つを特措法本体で例として挙げつつ、施行令が、多くの要請・指示の対象となる具体的な施設を定めている。しかし、刑事罰を科すというのであれば、特措法本体に、要請・指示対象となる施設(たとえば飲食店3)をなるべく具体的に書き込んでおくべきことが望ましい。また、対象施設を定める措置法第45条第2項や施行令第11条は大規模施設、特に1000m2超のものを想定している4が、これまでの経験からしてもクラスター発生は大規模施設に限定されるわけではなく、改正が必要であろう。

ちなみに外出自粛要請に反する行為に刑事罰を科すとするのは、「みだりに外出する」という要件が不明確であることや、現下の状況において外出という行為と、刑事罰という結果とが不均衡であることから、罪刑法定主義(デュープロセス)の観点から困難であろう5
 
次に(2)施設の使用制限等に伴う補償規定の導入についてである。

まず、特措法の補償規定としては第62条と第63条がある。第62条は病院等の施設や土地、あるいは物資等を強制的に使用・収容した場合の損失の補償の規定であり、第63条は治療にあたった医師が感染した場合等における損害補償の規定である。

施設の使用制限要請に伴う補償規定は、これらとは異なる。第62条のように、対象事業者の財産を行政が強制的に使用・収容するわけではなく、また第63条のように行政からの要請に従った結果としての新型コロナ感染という損害があるわけではない。使用制限要請等において、行政は一般に適用されるルールを定めただけであり、個別具体的な民間事業者から行政が利益を得たり、損害を与えたりしたわけではない。

そうすると、補償規定は使用制限要請等から当然に導き出されるものではなく、使用制限要請等に伴う減収に際して、行政が補填すべきことを法が特別に定める趣旨のものになると考えられる6。このような規定趣旨だとすると、全面的な補償義務規定ではなく、たとえば事業者の店舗数に応じた一律給付など柔軟に補償が可能となるような規定とすることが考えられる。

実務的にも、仮に補償規定を全面的・義務的に定めるとすると、いくつかの問題点が指摘できる。

まず、行政の義務として対象事業者に減収分全額を補償するのは、国・都道府県の財政面を考えると現実的ではない7。また、一等地で高収益を上げていた事業者に手厚い給付となるが、それでよいのかという問題もある。補償金額算定の手間も無視できない。補償金給付の迅速性や簡明性という観点からも柔軟な対応が可能となる規定とすべきである。

さらに、特措法の補償対象から外れる事業者の配慮も必要である。たとえばホテルなどの宿泊施設(宿泊部分)は現行法でも使用制限対象となっていない。しかし、特に観光地の旅館などは緊急事態宣言で最も打撃を受ける業種のひとつであろう。特措法に補償規定を設けるということは、直接的な制限を受けるべき業種は明確になる一方で、地域や業種の関係で、間接的となるが深刻な影響を受ける事業者が補償対象外になるのではないかという懸念が発生する。

具体的に、特措法に補償規定を設けるにあたっては、特措法の要請・指示とはいったん切り離して、困窮する事業者に何らかの支援措置を行うとする規定にすることが望ましいのではないだろうか。
 
報道によれば2月末にもワクチン接種が開始されるとのことだが、多くの人が接種を受けられるようになるまでには、少し時間がかかりそうである。また、感染症が新型コロナで終わりということでもない。通常国会での建設的な議論に期待したい。
 
 
1 要請または指示を行ったときは公表する(特措法第45条第4項)。
2 たとえば、罰金を科すことが考えられる。また、行政上の義務違反に課せられる過料を導入するとしても同様の議論になると思われる。
3 飲食店は現状、特措法・施行令上、要請・指示の対象にすらされていない。
4 厚生労働大臣は1000㎡以下であっても、公示によって要請・指示の対象とできる(施行令第11条第1項第14号)。
5 憲法では移動の自由が保障されているため、相当深刻な事情が生じない限り外出制限はできない(憲法第22条第1項)と考えるべきである。また、刑事罰による外出制限は経済を一切止めてしまうことともなるので、政策的にも適切とは思えない。
6 特定業種のみ狙い撃ちのような制限を入れる場合はこの限りではないが、この場合でも補償の仕方に工夫をすればよいものと思われる。
7 具体的に施設に対する使用制限等を指示するのは、知事であることから、補償金を支払うとすれば、都道府県が行うこととなろう。しかし、東京都でさえ財政上の余裕がなくなってきており、補償金の支払いは実際上国の財政補助が前提となる点も検討課題である。
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保険研究部   専務取締役 研究理事 兼 ヘルスケアリサーチセンター長

松澤 登 (まつざわ のぼる)

研究・専門分野
保険業法・保険法|企業法務

経歴
  • 【職歴】
     1985年 日本生命保険相互会社入社
     2014年 ニッセイ基礎研究所 内部監査室長兼システム部長
     2015年4月 生活研究部部長兼システム部長
     2018年4月 取締役保険研究部研究理事
     2021年4月 常務取締役保険研究部研究理事
     2024年4月より現職

    【加入団体等】
     東京大学法学部(学士)、ハーバードロースクール(LLM:修士)
     東京大学経済学部非常勤講師(2022年度・2023年度)
     大阪経済大学非常勤講師(2018年度~2022年度)
     金融審議会専門委員(2004年7月~2008年7月)
     日本保険学会理事、生命保険経営学会常務理事 等

    【著書】
     『はじめて学ぶ少額短期保険』
      出版社:保険毎日新聞社
      発行年月:2024年02月

     『Q&Aで読み解く保険業法』
      出版社:保険毎日新聞社
      発行年月:2022年07月

     『はじめて学ぶ生命保険』
      出版社:保険毎日新聞社
      発行年月:2021年05月

(2021年01月08日「研究員の眼」)

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