コラム
2020年03月17日

新型コロナ緊急事態宣言の前に-改正新型インフルエンザ等特措法を正しく理解する―緊急事態宣言と法との関係―

保険研究部 専務取締役 研究理事 兼 ヘルスケアリサーチセンター長 松澤 登

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新型コロナウイルスの感染が中東や欧米に拡散している。報道によれば、イタリアは全土での移動禁止に踏み切り、フランスは15日間の外出制限を発表した。さらにEUは30日間の域外からの人の流入制限の提言をした。他方、米国では欧州からの入国を拒否するとともに、非常事態宣言を行っている。

さて、日本では3月13日に「新型インフルエンザ等対策特別措置法(以下特措法)」の改正法が成立し、新型コロナウイルス感染症(令和2年1月に中国より世界保健機関に対して、人に伝染する能力を有することが新たに報告されたものに限る。本稿において以下同じ)にも適用されることとした。主には、緊急事態宣言が出されるかどうかに焦点が当たっているようであるが、宣言前における政府や自治体の要請や体制整備等について、法的な裏付けやルール化ができたことがむしろ重要とも考えられる。以下、解説を行う。

まず、特措法の改正法は、その時限的な性格を明らかにするため、附則と位置付けられている。改正法は施行の日(3月14日)から2年を超えない範囲で、政令により定められる日までに限って適用される(改正法附則第1条の2第1項)。今後、2年経過するまでに法律改正を行わない限り、延長されない。

技術的な読み替え規定とみられる条文を除くと、改正法のポイントは以下の2点である。

(1) 新型コロナウイルス感染症を、新型インフルエンザ等とみなして特措法を適用する。

(2) 国・都道府県・市町村がすでに定めている新型インフルエンザ等対策行動計画は、新型コロナウイルス感染症対策行動計画としても定められたものとみなす。

ところで、特措法の構成は三つのフェーズからなっている。

第一フェーズは、新型コロナウイルス感染症が発生する前である。

第二フェーズは、新型コロナウイルス感染症が発生し、まん延のおそれが高いと認められるときである。

第三フェーズは、新型コロナウイルス感染症がまん延した結果として、医療提供の限界を超えて、国民生活・経済への甚大な影響が懸念されるときである。
 
第一フェーズでは、事前の準備段階として、感染症発生時の政府・都道府県・市町村の行動計画の作成・公表を行うことや、必要物資の備蓄、訓練、知識の普及活動等が求められる(特措法第6条~第13条)。上述の通り、改正法では、既に存在する新型インフルエンザ等への対策行動計画を、新型コロナウイルス感染症の行動計画としても定めたものとみなすとしている(改正法附則第1条の2第3項)。今般のケースでは、新型コロナウイルス感染症について、法改正前であったため第一フェーズが適用できなかった。そのために、既存の感染症への対策行動計画を適用することとした。行動計画とは主に第二フェーズおよび第三フェーズで国や自治体が今後、どのように行動すべきか、公私の団体もしくは個人に何をどう要請・指示するかを定めたものである。

感染経路や感染性、致死率等がよくわかっておらず、ワクチンも治療薬もない現段階において、既存の行動計画がそのまま適用できるのかどうかは丁寧にみていく必要がある1。しかし、行動計画はこれまでの感染症(未知の感染症含む)流行についての知見を基にして作成されたものでもあり、改正法で新型コロナウイルスの行動計画とみなされたことから、今後の国や自治体の行動基準の原則となる。

次に、第二フェーズで行うとされている措置であるが、新型コロナウイルス感染症のまん延のおそれが高いと認められるとき、厚生労働大臣は内閣総理大臣に対して報告を行う(特措法第14条、改正法附則第1条の2第2項)。これを受け、病状の程度が季節性インフルエンザ以下と認められる場合を除き、内閣総理大臣は政府対策本部を設置する(特措法第15条)。なお、政府の新型コロナウイルス感染症対策本部はすでに設置されている2ので、今後、現在ある対策本部を、本条の定める対策本部とみなすこととなると思われる。政府対策本部が設置されたときは、あわせて都道府県の対策本部も設置しなければならない(特措法第22条)3。都道府県対策本部長(知事)は、公私の団体または個人に対して、対策の実施に関し必要な協力を求めることができる(特措法第24条第9項)。本項が、都道府県知事による感染防止のために各所に対して出される様々な要請の根拠となる。

最後に第三フェーズで行うとされている措置であるが、新型コロナウイルスの全国的かつ急速なまん延により国民生活及び国民経済に甚大な影響を及ぼし、又はそのおそれがあるものとして政令で定める要件に該当する事態が発生したと認めるときは、政府対策本部長(内閣総理大臣)は、期間・区域を区切って緊急事態が発生した旨を公示し、国会へ報告する(緊急事態宣言。特措法第32条)4。宣言の眼目は医療提供体制を崩壊させないことである5

第三フェーズでは、検疫のための停留施設の使用、医療関係者への医療等の実施の要請等、不要不急の外出の自粛要請、学校、興行場等の使用等制限等の要請等、臨時の医療施設の開設のための土地等の使用、緊急物資の運送等、特定物資の売渡しの要請といった、新型コロナウイルスのまん延の防止、医療の確保、国民生活の安定のための施策が行われる(特措法第45条~第55条)。対策の総合調整は政府対策本部長が行う(特措法第20条)ものの、実際の要請または指示を発出する権限は、緊急事態宣言が出された区域の都道府県知事(特定都道府県知事という)にある。

改正法議論にあたっては、私権が過度に制限されるのではないかが問題視されていたが、政府の行動計画では、これら感染症対策の実施に当たっては、基本的人権を尊重し、国民の権利と自由に制限を加える場合は、その制限は当該感染症対策を実施するため必要最小限のものとすると明記されている6
 
ここで実際の対応の中心となる都道府県の行動計画の一例として、東京都の行動計画を見てみることとする7。東京都では都内に感染が確認されたのちの対応を、都内発生早期と都内感染期とで分けている。都内発生早期は、疫学調査により感染の接触歴を追うことができる状態にある場合である。この場合、感染のおそれがある人が特定できるので、感染のおそれのある人がさらに他人と接することを抑制することで感染拡大の防止が期待できる。したがって、患者・濃厚接触者の検査・隔離が重要である。

都内発生早期では、患者は診察する医師(かかりつけ医)や別の疾病患者に感染させることを防ぐため、一般外来ではなく、特定の専門外来に限定して診療を受ける。また、都知事は患者への入院勧告や濃厚接触者の外出自粛、感染拡大のおそれのある学校や通所施設の臨時休業の要請等を行うこととされる。これら要請の法的根拠は前述の特措法第24条第9項となる。

他方、都内感染期は疫学的な調査で、患者の接触歴を追うことができなくなった場合である。こうなると感染拡大を止めることは困難とされ、対策も被害軽減に向けたものが主眼となる。都内感染期では、患者は専門外来ではなく、かかりつけ医で診察を受け、重症度に応じて入院することとなる。都知事は学校や通所施設に対して臨時休業を要請し、不要不急の外出自粛を一般に呼びかける。また、各種施設に対しては緊急事態宣言が出た場合には使用制限されうることを事前告知するものとされる。この段階では医療提供体制の負荷を軽減するために、ピークをできるだけ低くするように健康被害を抑えることを目的とする。これらは上記同様特措法第24条第9項、また、緊急事態宣言以降は特措法第45条以下が根拠となる。

以上みてきたように改正法は、感染拡大防止のために政府の総合調整のもと、都道府県知事が実際の措置をとることに対して、法的根拠を与える意義を持つ。また、改正法で既存の行動計画を、新型コロナウイルス感染症対策行動計画として読み替えることとなったので、政府・自治体の行動の基準も定められたという意義を有する。したがって、緊急事態宣言を発しなければ、物事が進まないのではないかと考えられている方も少なくないと思われるが、改正特措法により、今後は行動計画に基づいた措置が手順に従って講じられていく予定となっている。緊急事態宣言は、医療提供体制が危機に陥る恐れがある場合に限った伝家の宝刀であり、できれば抜かれずに済むことを願いたい。
 
現在日本は、疫学調査により感染の接触歴を追うことができる状態にとどめられるかどうかという、分水嶺上にあると思われる。上述の通り、緊急事態宣言は、医療提供体制を崩壊させないために行われる。報道によると、地域によっては医療提供体制が限界に近いところもあるようである。新型コロナウイルス感染症のこれ以上の拡散を防止するために、咳エチケットや手洗いの実施、また熱がある、倦怠感があるなどの症状がある場合は、早期の休暇取得、可能であればテレワークに切り替えるなど、個人個人での取り組みを継続・推進することが望まれる。
 
1 たとえば一定の者に対する予防接種の項目がある(特措法第28条)が、新型コロナウイルスにはいまだワクチンが存在しない。
2 新型コロナウイルス感染症対策本部https://www.kantei.go.jp/jp/singi/novel_coronavirus/taisaku_honbu.html なお、新型インフルエンザでは国内に感染がなくとも、海外で新型インフルエンザが発生した段階で政府対策本部を立ち上げることとされている。
3 東京都もすでに設置されている。https://www.bousai.metro.tokyo.lg.jp/taisaku/saigai/1007261/index.html
4 国会の付帯決議で原則として国会へは事前報告するものとされている。
5 政府行動計画によると「緊急事態宣言」は、「緊急事態措置を講じなければ、医療提供の限界を超えてしまい、国民の生命・健康を保護できず、社会混乱を招くおそれが生じる事態」であることを示すものであるとされている。
6 新型インフルエンザ等対策政府行動計画https://www.cas.go.jp/jp/seisaku/ful/keikaku/pdf/h29_koudou.pdf 6頁参照。なお、特措法違反の行為に関し、刑事罰が科されるのは必要な物資を確保するための知事からの命令違反等(特措法第76条、第77条)に限定されている。たとえば外出自粛要請(特措法第45条第1項)の拒否や施設閉鎖指示(特措法第45条第3項)の違反に対して刑事罰が科されるということはない。
7 https://www.bousai.metro.tokyo.lg.jp/taisaku/torikumi/1000061/1000367.html 
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保険研究部   専務取締役 研究理事 兼 ヘルスケアリサーチセンター長

松澤 登 (まつざわ のぼる)

研究・専門分野
保険業法・保険法|企業法務

経歴
  • 【職歴】
     1985年 日本生命保険相互会社入社
     2014年 ニッセイ基礎研究所 内部監査室長兼システム部長
     2015年4月 生活研究部部長兼システム部長
     2018年4月 取締役保険研究部研究理事
     2021年4月 常務取締役保険研究部研究理事
     2024年4月より現職

    【加入団体等】
     東京大学法学部(学士)、ハーバードロースクール(LLM:修士)
     東京大学経済学部非常勤講師(2022年度・2023年度)
     大阪経済大学非常勤講師(2018年度~2022年度)
     金融審議会専門委員(2004年7月~2008年7月)
     日本保険学会理事、生命保険経営学会常務理事 等

    【著書】
     『はじめて学ぶ少額短期保険』
      出版社:保険毎日新聞社
      発行年月:2024年02月

     『Q&Aで読み解く保険業法』
      出版社:保険毎日新聞社
      発行年月:2022年07月

     『はじめて学ぶ生命保険』
      出版社:保険毎日新聞社
      発行年月:2021年05月

(2020年03月17日「研究員の眼」)

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