2020年12月18日

東南アジア経済の見通し~当面はコロナ禍でばらつきのある回復続くが、ワクチン普及後に安定的回復へ

経済研究部 准主任研究員 斉藤 誠

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1.東南アジア経済の概況と見通し

(図表1)実質GDP成長率 (経済概況:活動制限の緩和に伴い持ち直し)
東南アジア5カ国の経済は、今年に入って新型コロナウイルスの世界的な感染拡大が始まると、国内外で実施された活動制限措置の影響で景気が急速に悪化、4-6月期は早期のコロナ封じ込めに成功したベトナムを除く4カ国がマイナス成長を記録した(図表1)。しかし、7-9月期は各国の活動制限措置の緩和に伴う経済活動の再開や景気刺激策により持ち直しに転じた。実質GDP成長率はマレーシアが前年同期比▲2.7%、タイが同▲6.4%、インドネシアが同▲3.5%、フィリピンが同▲11.5%と減少幅が縮小したものの、2期連続のマイナス成長となった。ベトナムは同+2.6%と、プラス成長が続いた。

外需は、財輸出がコロナ禍の医療用品や巣ごもり・デジタル化関連製品の需要拡大を追い風に持ち直す一方、サービス輸出は世界各国の厳しい出入国規制に伴うインバウンド需要の消失により低迷している。また内需は、活動制限措置の緩和に伴う経済活動の再開が進んでいるが、完全な制限解除には至らず、民間消費と総固定資本形成の回復ペースは緩慢なものに留まっている。特に投資はコロナ収束の見通しが立たないなか、企業が設備投資に及び腰になり、持ち直しの動きが鈍い。他方、政府部門はコロナ危機対応で支出を拡大させており、政府消費が景気の下支え役となっている。
足元の感染動向を見ると、タイとベトナムは概ね感染の封じ込めに成功している模様である(図表2)。一方、インドネシアとフィリピン、マレーシアの3カ国は感染拡大が続き、予断を許さない状況にあるが、感染動向に違いがある。インドネシアとフィリピンは今年3月頃に始まった感染拡大に対して活動制限措置を実施したが、感染収束の見通しが立たないなか、5~6月上旬に活動制限の緩和に舵を切り、経済再開を優先した。両国はその後も感染拡大が続き、活動制限措置を再強化せざるを得ない状況に陥ったが、フィリピンはマスクやフェースシールドの着用義務付けなどの感染対策が機能し始め、8月をピークに感染が落ち着いてきている。マレーシアは今年3月の感染第二波を早期に抑え込んだものの、9月下旬のサバ州議会選挙で人の移動が増えると、感染第三波が到来した。マレーシア政府は11月にほぼ全国で短期的な条件付き活動制限令を実施したが、その後も感染拡大に歯止めがかからない状況が続いている。
(図表2)新規感染者数の推移/(図表3)封じ込め政策の厳格度指数
(図表4)製造業購買担当者指数(PMI) 東南アジア5カ国の製造業購買担当者指数(PMI)を見ると、景況感は大きく改善した後、横ばいで推移している(図表4)。各国の製造業PMIは、世界的な新型コロナウイルスの感染拡大を受けて急低下、各国政府が厳格な活動制限措置を実施した4月に軒並み40を下回ったが、制限措置の緩和に転じると、7-8月にかけて急上昇した。直近11月の製造業PMIをみると、感染第二波が到来して10月頃から条件付き活動制限令を再実施しているマレーシア(48.4)が8月から好不況の判断の目安とされる50を下回って推移している。一方、タイ(50.4)やインドネシア(50.6)、フィリピン(49.9)、ベトナム(49.9)は50前後で一進一退の動きとなっている。
(図表5)消費者物価上昇率 (物価:経済再開を反映して上昇も、当面は低水準で推移)
東南アジア5カ国の消費者物価上昇率(以下、インフレ率)は、油価下落によるエネルギー価格の低下や、新型コロナの感染拡大に伴う都市封鎖や外出自粛による需要消失がデフレ圧力となって今年3~5月にかけて低下、その後は原油価格上昇や経済再開に伴う需要回復によって物価押し下げ圧力は後退しつつあるが、概ね低水準で推移している(図表5)。国別にみると、マレーシアとタイは経済再開後もデフレが継続、インドネシアとベトナムのインフレ率は前年比+2%を下回る低水準で推移している。他方、フィリピンは10-11月に立て続いた台風被害やアフリカ豚熱の影響で食品価格が値上がりしたため、インフレ率が11月に前年比+3.3%まで上昇、中央銀行の物価目標圏内に収まっているものの、2019年2月以来の若干高めの水準にある。

先行きのインフレ率は、経済活動の再開を反映して上昇傾向で推移するが、当面は景気回復が遅れることや各国政府による生活必需品の価格安定策、公共料金の据え置きなどの支援策がインフレを抑制するだろう。2021年後半に新型コロナのワクチン普及が進み、景気回復が安定すると、インフレ圧力が強まると予想する。
(図表6)政策金利の見通し (金融政策:緩和的な政策スタンスが続く)
東南アジア5カ国の金融政策は昨年、米中貿易戦争の激化によって世界経済の減速懸念が高まると、各国中銀が金融緩和に舵を切った(図表6)。そして今年は新型コロナの世界的な感染拡大を受けて景気後退リスクが高まると、各国中銀は追加的な金融緩和を打ち出した。各国中銀が実施した今年累計の利下げ幅をみると、マレーシアが1.25%、タイが0.75%、インドネシアが1.25%、フィリピンが2.00%、ベトナムが2.00%と、積極的な金融緩和を実施してきたことがわかる。

先行きは、需要面からのインフレ圧力が乏しく、またコロナ禍でダメージを受けた経済の回復を後押しするため、各国中銀は現行の緩和的な金融政策を続けるものとみられる。現在国内の感染拡大が続いてインフレ率に低下圧力がかかっているインドネシアとマレーシアについては、短期的に追加利下げを実施すると予想する。
(経済見通し:当面コロナ禍でばらつきのある回復続くが、ワクチン普及で安定的回復へ)
東南アジア5カ国の経済は、引き続きコロナウイルスへの適応が進むなか、景気浮揚を促す財政・金融政策を下支えに持ち直しの動きが続くと予想する。当面の間は感染再拡大のリスクに晒され、活動制限措置の強化と緩和を繰り返す国では景気動向が不安定になるため、回復ペースは国毎にばらつきがみられるだろう。2021年後半にワクチン普及が進むと、感染状況が落ち着きをみせるため、景気回復は次第に安定的なものとなると見込む。もっとも2021年の間はソーシャルディスタンスの確保などの感染防止策や対面型サービス業を中心とした活動制限が続き、回復ペースは緩やかなものとなりそうだ。

財輸出は当面中国向けが堅調に推移する一方、ロックダウンの広がる欧州向けが落ち込み、持ち直しの動きは鈍化するが、徐々にコロナ禍が落ち着きをみせるなかで回復傾向を辿ると見込む。一方、サービス輸出は2021年後半に世界的なワクチンの普及が進む中で外国人観光客の入国再開が期待されるが、暫くの間はインバウンド需要の低迷が続くため、経済の観光依存度の高い国は外需の回復が遅れるだろう。

内需は持ち直しの動きが続くが、コロナ禍前の水準まで回復することは難しい。コロナ禍における倒産や失業、企業業績の悪化などが先行きの内需を押し下げる状況が続くとみられる。ワクチン普及後も暫くの間は各種の感染防止策や活動制限措置が続くとみられ、対面型サービス消費が抑制されるほか、海外労働者送金の低迷が消費回復に水を差すだろう。他方、政府部門は引き続き景気の下支え役となる。各国政府は財政赤字拡大を時限的に許容し、(事業規模は前年比で縮小するが)消費者の生活支援や企業の資金繰り支援を続けるほか、国内観光促進策やインフラ投資の拡大などの需要喚起策を打ち出すなど積極財政を展開するだろう。また各国中銀の緩和的な金融政策スタンスが続くことも、景気回復をサポートするとみられる。
(図表7)実質GDP成長率の見通し 国別に成長率をみると、2020年は東南アジア5ヵ国がそれぞれ大幅に低下、特に経済の輸出・観光依存度の高いタイとマレーシア、海外出稼ぎ労働者の送金が減少するフィリピンの成長率低下は著しく、通年で大幅なマイナス成長となる(図表7)。また新型コロナの感染に収束の兆しがみえないインドネシアについても活動制限措置の強化と緩和を繰り返したことによってマイナス成長となる。一方、早期に新型コロナを収束させたベトナムは内需が底堅く推移するほか、米中対立の長期化を背景に外国資本の生産移管が続くことにより、プラス成長を確保すると予想する。

2021年は各国で成長率が大きく上昇するが、前年の大幅な落ち込みからの反動増による影響が大きい。本格的な回復は見込めないが、年後半のワクチンの普及に伴い、各国経済の回復ペースは安定化すると予想する。
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経済研究部   准主任研究員

斉藤 誠 (さいとう まこと)

研究・専門分野
東南アジア経済、インド経済

経歴
  • 【職歴】
     2008年 日本生命保険相互会社入社
     2012年 ニッセイ基礎研究所へ
     2014年 アジア新興国の経済調査を担当
     2018年8月より現職

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