コラム
2020年12月17日

20年を迎えた介護保険の再考(19)高齢者の住まいとの関係-サービス付き高齢者向け住宅の囲い込みが問題に

保険研究部 上席研究員・ヘルスケアリサーチセンター・ジェロントロジー推進室兼任 三原 岳

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5――制度が細分化している弊害と対応策(1)~住まいと介護サービスの分離~

1|選択肢が多いように見えるが、選択しにくい弊害
1番目の弊害として、「選択肢が多いように見えるが、選択しにくい」という点です。制度が複雑で分かりにくく、特養と老健の差が小さくなるなど機能面の重複も見られます。さらに、機能や要件、高齢者の属性を細かく決め過ぎており、高齢者がニーズに応じて住まいを選択するのではなく、逆に状態やニーズの変化に応じて高齢者が住まいを変える必要に迫られています。

さらに、余りに複雑に枝分かれしている結果、利用者は判断しにくくなっています。実際、行動経済学や社会心理学では「幅広い選択肢には、たしかに良い面がある。だがそれでもわたしたちは混乱し、圧倒されて、お手上げ状態になる」13といった形で、選択肢の多さが自己決定を阻害する可能性に着目しており、高齢者の住まいにも共通していると思います。
 
13 Sheena Iyengar(2010)“The Art of Choosing”[櫻井祐子訳(2010)『選択の科学』文藝春秋p220]。
2|住まいと介護サービスの分離が必要?
このため、住まいとサービスの機能を分離させ、住まいは公営住宅と民間活力で選択肢を広げつつ、介護サービスは一定の量と質を担保することで、制度を簡素にする方法が考えられます。この考え方は先に触れたデンマークの対応に近く、有料老人ホームやサ高住でも取り込まれているため、これを高齢者施設・住宅に広げたり、徹底したりするイメージです。一方、低所得者や重度者などに関しては、契約制度をベースとした介護保険とは違う対応が必要となるため、第17回で述べた措置制度での対応が必要になります。そうすれば、特養や社会福祉法人の位置付けも明確にできます。

もちろん、住まいとサービスの分離は大規模な制度改正ですし、公営住宅などの受け皿も十分とは言えない中で、一朝一夕には難しい面があります。しかし、近年の制度改正論議を見ていると、介護保険関係の審議会は業界団体(政治学で言うと、利益集団、圧力団体)の意見調整に力点が置かれ、議論が細部にとどまり過ぎている印象です。それだけ20年の歴史を経る中で、介護保険制度が成熟化した証なのかもしれませんが、複雑な制度を理解している専門家と業界団体による「重箱の隅の隅の隅の…」を突く話にとどまらず、利用者の視点に立った議論が展開されてもいいと思います。

6――制度・サービスが細分化している弊害と対応策(2)~住宅政策と高齢者福祉の連携~

1|住宅政策と高齢者福祉の連携が取りにくい弊害
第2に、住宅政策と高齢者福祉の連携が取りにくい点です。これだけ制度が複雑になり、「高齢者の住まい」という観点の議論が難しくなっている感は否めません。さらに、住宅行政は都道府県で担われる一方、第14回で述べた通り、介護保険制度では市町村の役割が大きくなっており、「住宅=都道府県、高齢者福祉=市町村」という役割分担の下、自治体レベルで齟齬が生じやすくなっています14

中でも、こうした齟齬は現在、いわゆるサ高住の「囲い込み」問題として顕在化しています。具体的には、同じ住宅に住む高齢者に対し、訪問介護サービスを提供すると、移動時間が少なく済む分だけ収益率が上がります。そこで、生活保護の高齢者を囲い込むとともに、要介護度別に定められた区分支給限度基準額(以下、限度額)の上限ギリギリまで介護サービスを使うことで、収益を上げる方法がビジネスになっており、登録要件が緩やかなサ高住で顕著に見られます15

ここで、囲い込みを巡る齟齬を具体的に考えてみましょう。ある業者がA県B市にサ高住を新設し、都会から高齢者を多く受け入れつつ、関係する事業者が訪問介護を提供するビジネスを考えたとします。この状況で業者はA県に対し、サ高住を登録するとともに、系列の訪問介護事業所は権限を持つA県の指定を受けることになります。その後、住宅が完成してサービス提供が始まると、B市に対しては毎月、介護保険給付を申請することになり、訪問介護サービスが激増すれば、65歳以上高齢者に課されるB市の介護保険料が上昇します。

しかし、B市から見ると、上記のプロセスに関与する機会が全くないまま、介護保険料の上昇という状況に直面することになります。実際、こうした事例は大都市近郊で起きており、茨城県つくば市は定期巡回・随時対応型などの事業者が高齢者住宅を経営する場合、利用者の8割以上を市民にする条例を定めました16。つまり、サ高住などに移住する高齢者が多くなったため、地元住民の利用を優先することで、大都市部の高齢者の囲い込みを制限しようとしたわけです。
 
14 居住福祉に関する市町村の事例としては、愛知県高浜市が2003年10月に「居住福祉のまちづくり条例」を施行させた。
15 例えば、2016年10月19日『毎日新聞』、2017年10月29日『読売新聞』、2015年5月4日『読売新聞』。
16 2012年11月30日『朝日新聞』。
2|サービス付き高齢者向け住宅の「囲い込み」問題と対応策
国も様々な制度改正を通じて、囲い込みを制限しようとしています。まず、厚生労働省は3年に一度の介護報酬改定に際して、規制を試みています。例えば、2012年度改定では、同じ建物(同一建物)に住む30人以上の高齢者に対して、訪問介護などを提供した場合、介護報酬を10%減算する措置を導入しました。ただ、「同一建物」の減算を回避するため、事業所を隣の建物に移すなどの事例が見られた17ため、2015年度改定では「同一建物」の基準を20人以上に引き下げるとともに、減算回避の行動を制限するため、「隣接する敷地内」も同一建物と見なす規制を導入。2018年度改定でも、一定の要件の下で減算幅を拡大しました18

報酬以外の対応策も講じられています、例えば、訪問介護などのサービス量が市町村の想定を超えるなど一定の条件の下、市町村は都道府県の事業所指定について、協議を申請できる「市町村協議制」が2012年度から導入されました。さらに、▽サ高住の整備に対して国庫補助金を申請する際、都道府県が市町村の意見を聴取し、介護保険との連携などを確認する仕組みを2016年度に導入、▽実地指導に当たる市町村を財政支援する「高齢者向け集合住宅関連事業所指導強化推進事業」を2018年度から創設――という対策が取られました。このほか、2015年度制度改正ではサ高住に関して、「住所地特例」も導入されました。これは元々、引っ越して特養などの施設に入所した後も、元の住所である市町村が引き続き費用を負担する仕組みで、サ高住にも適用されるようになりました。
 
17 日本総合研究所(2013)「集合住宅における訪問系サービス等の評価のあり方に関する調査研究報告書」(老人保健健康増進等事業)によると、都道府県向け調査(東日本大震災に被災した3県を除く44都道府県が対象)によると、2012年9~10月の時点で、回答した43都道府県のうち、減算措置を回避する事業者を把握している答えた比率は32.6%に上った。
18 医療でも同じ問題が発生したため、2014年度診療報酬改定で訪問診療の報酬単価が最大4分の1に引き下げられた。
3|「囲い込み問題」への対応策の方向性
それでも囲い込みは依然として争点になっており、財務省は2019年度予算執行調査で、「介護事業所を併設しているサ高住では介護サービスの利用が多い」といった実態を明らかにしました。高齢者住宅財団の調査でも、集合住宅に併設されている介護事業所の問題点として、回答を寄せた70.9%の自治体が囲い込みを問題視しています19。このため、2021年度制度改正では限度額の利用割合が高い利用者を多く受け入れているサ高住に対し、ケアプランの点検など規制が強化されます20

しかし、問題は簡単ではありません。外見上、良質な事業者と悪質な事業者が区別しにくい面があるためです。この状況が生まれる理由を少し解説すると、第12回で述べた通り、医療・介護現場では現在、継続的なケアとか、関係者の連携が求められています。一方、囲い込みとされる事例でもサ高住の事業者と介護サービス事業者が連携(結託?)しつつ、高齢者に対して継続的なサービスを提供しています。つまり、両者は「連携」している点で同じであり、サービスの内容が良質なのか、悪質なのか、外見だけでは区別しにくいと言えます。

こうした中で、囲い込みを制限するため、全国一律の報酬単価を調整すれば良質な事例も不必要な影響を受けることになります。むしろ、先に触れた減算回避のような形で、悪質な事例は「規制の抜け穴」を探そうとするので、良質な事例だけが影響を受ける危険性さえ考えられます。

そこで、囲い込みへの対応策として、現場が動きやすい制度改正が必要と思われます。例えば、先に触れた市町村協議制については、市町村の意見を優先させる制度改正などが考えられます。

さらに都道府県がサ高住の国庫補助金を申請する際、市町村の意見聴取を求める制度についても、根拠は通知(技術的助言)であり、都道府県に従う義務はありません。実際、この趣旨を再徹底する通知が2017年8月、国土交通省と厚生労働省が共同で発出されている点から見ても、趣旨が徹底されているとは言えない状況と推察され、法的拘束力を強める方策も考えられます。

このほか、介護保険サービスなどを調整するケアマネジャー(介護支援専門員)の独立性拡大21とか、不適切な事例に対する市町村の指導、サ高住の運営情報の開示拡大も論点になります。

さらに現行の枠組みでも、市町村は独自の高齢者居住安定確保計画を策定できますし、それなりにツールはあります。ただ、ツールを市町村が使いこなしているとは言えず、市町村協議制に関しては、三重県桑名市が制度を活用したことが話題になった22程度であり、認知度も高くありません23。このため、市町村が既存制度を上手く活用できるような国、都道府県の周知、支援も必要になると思います。
 
19 高齢者住宅財団(2020)「高齢者向け集合住宅併設事業所に対する実地指導の推進に関する調査研究事業報告書」(老人保健健康増進事業)。
20 2020年12月10日『ケアマネジメントオンライン』配信記事。
21 2020年7月16日拙稿「ケアプランの有料化で質は向上するのか」などを参照。
22 2014年6月27日『読売新聞』。
23 三菱UFJリサーチ&コンサルティング(2018)「高齢者の在宅生活を支えるための市区町村における独自施策についての調査研究事業報告書」(老人保健健康増進等事業)では市町村協議制について、「詳しいことまで知っている」と答えた市町村は22.8%にとどまった。有効回答数688件。

7――おわりに

第19回は制度創設時に必ずしも意識されなかった論点として、高齢者の住まいを取り上げました。住まいとサービスの分離は現行制度の抜本改革に繋がりますし、「住宅=国土交通省/都道府県、高齢者福祉=厚生労働省/市町村」という分断を解消するだけでも一苦労ですが、国レベルでは縦割りを排しつつ、利用者の視点に立った制度改正を意識して欲しいと思います。

さらに、住まいとサービスの機能を「分離」しつつ、両者の「連携」を強化する場合、正反対の政策を同時に進める難しさが生まれるかもしれません。筆者の眼から見ると、機能を分離させつつ、制度運用の連携を深めることは必ずしも矛盾していないと思うので、住民の生活に身近な市町村レベルでの取り組みが重要になると思います。

第20回は介護保険制度の制約条件となりつつある人手不足の問題を取り上げます。
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保険研究部   上席研究員・ヘルスケアリサーチセンター・ジェロントロジー推進室兼任

三原 岳 (みはら たかし)

研究・専門分野
医療・介護・福祉、政策過程論

経歴
  • プロフィール
    【職歴】
     1995年4月~ 時事通信社
     2011年4月~ 東京財団研究員
     2017年10月~ ニッセイ基礎研究所
     2023年7月から現職

    【加入団体等】
    ・社会政策学会
    ・日本財政学会
    ・日本地方財政学会
    ・自治体学会
    ・日本ケアマネジメント学会

    【講演等】
    ・経団連、経済同友会、日本商工会議所、財政制度等審議会、日本医師会、連合など多数
    ・藤田医科大学を中心とする厚生労働省の市町村人材育成プログラムの講師(2020年度~)

    【主な著書・寄稿など】
    ・『必携自治体職員ハンドブック』公職研(2021年5月、共著)
    ・『地域医療は再生するか』医薬経済社(2020年11月)
    ・『医薬経済』に『現場が望む社会保障制度』を連載中(毎月)
    ・「障害者政策の変容と差別解消法の意義」「合理的配慮の考え方と決定過程」日本聴覚障害学生高等教育支援ネットワーク編『トピック別 聴覚障害学生支援ガイド』(2017年3月、共著)
    ・「介護報酬複雑化の過程と問題点」『社会政策』(通巻第20号、2015年7月)ほか多数

(2020年12月17日「研究員の眼」)

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