2020年10月30日

V字回復を示す米住宅市場-新型コロナで落ち込んだ後はV字回復、住宅販売などは前回の住宅バブル以来の水準に

経済研究部 主任研究員 窪谷 浩

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1.はじめに

米国内の新型コロナ感染拡大の影響で米国経済は春先に大幅な落ち込みとなったものの、5月以降、住宅市場にはⅤ字回復がみられる。実際にGDPにおける住宅投資は4-6月期に大きく落ち込んだ後、7-9月期には新型コロナ流行前の水準を上回った。

また、新築・中古住宅販売など多くの住宅関連指標は08年の金融危機の原因となった06年~07年の住宅バブル以来の水準に回復しており、住宅需給の逼迫を反映して足元では住宅価格の上昇に弾みがついている。

住宅市場が好調な要因としては春先の落ち込みの反動に加え、史上最低水準まで低下した住宅ローン金利が挙げられる。また、新型コロナの感染拡大を受けて増加した在宅勤務によって、より広い戸建て住宅に対する需要が高まっているとの指摘もされている。

本稿では足元の住宅市場の動向を確認するほか、今後の見通しや注目点などについて解説したい。住宅市場は当面は堅調な回復が持続するとみられるものの、回復持続には幾つかの懸念点もみられており、来年以降の回復ペースは鈍化が見込まれる。
 

2.米住宅市場の動向

2.米住宅市場の動向

(住宅投資・住宅着工件数):住宅投資、戸建ての着工件数は新型コロナ流行前の水準に回復
GDPにおける住宅投資は昨年12月から今年2月にかけて暖冬となった影響もあり、20年1-3月期は前期比年率+19.0%の高い伸びとなっていた(前掲図表1)。しかしながら、新型コロナの感染拡大と感染対策として経済活動を制限した結果、4-6月期は▲35.6%と記録が残る1947年の統計開始以来最大の落ち込みとなった。

もっとも、経済活動が再開された5月以降は住宅着工件数をはじめ住宅市場は回復に転じた。実際に住宅着工件数の3ヵ月移動平均、3ヵ月前比は5月に▲78.7%と落ち込んだ後は底打ちし、9月には+208.5%と大幅な増加に転じていた。

そのような中発表された7-9月期の住宅投資は前期比年率+59.3%と統計開始以来最大の伸びとなったほか、住宅投資の実質ベースの実額でも6,418億ドルと1-3月期の6,376億ドルを上回っており、Ⅴ字回復を示していると言えよう。

一方、住宅着工件数(季節調整済、年率換算)は9月に141.5万件と新型コロナで落ち込んだ4月の93.4件を5割以上上回ったものの、新型コロナ流行前の150万件台後半から160万件台前半の水準は依然下回っている(図表2)。もっとも、住宅着工件数の内、戸建ては9月に110.8万件と07年6月(113.1万件)以来の水準となっており、新型コロナ流行前を上回る水準に回復している。

また、住宅着工の先行指標である着工許可件数(季節調整済、年率換算)は、着工件数と同様に4月に大きく落ち込んだものの、9月が154.5万件とこちらは新型コロナ流行前を上回る水準まで回復した(図表3)。こちらも2戸以上の集合住宅では43.2万件と流行前の50件超は下回っているものの、戸建ては111.3万件と07年3月(114.7万件)の水準に回復しており、着工、許可件数ともに戸建てでは08年の金融危機の原因となった06年~07年の住宅バブル以来の水準に回復していることが分かる。
(図表2)住宅着工件数/(図表3)住宅着工許可件数
(新築・中古住宅販売):戸建て販売が好調、住宅需給が逼迫
新築の戸建て住宅販売件数(季節調整済年率換算)は9月が95.9万件と前月の99.4万件からは低下したものの、新型コロナ流行前を大きく上回り06年12月(99.8万件)以来の水準となった(図表4)。また、新築住宅販売在庫件数は28.4万件となっており、販売件数との比較で示される在庫月数は3.6ヵ月と適正水準とされる6ヵ月を大幅に下回り、04年3月(3.6ヵ月)以来の水準となるなど、住宅在庫の不足が深刻化している。

一方、戸建て新築住宅販売に対する建設業者のセンチメントを示す住宅市場指数は新型コロナ流行前の70台前半から4月に30まで急落したものの、その後は急反発し9月は85と1985年の統計開始以来最高水準となった(図表5)。中身をみても住宅販売状況の現況や6ヵ月見込、客足状況の項目全てで最高となるなど建設業者は新築住宅販売状況にこれまでにないほどの自信を深めていることが分かる。
(図表4)新築住宅販売および在庫/(図表5)住宅市場指数(項目別)
(図表6)中古住宅販売および在庫 次に、中古住宅販売件数(季節調整済年率換算)は9月が654万件となり、06年5月(658万件)以来の水準となった(図表6)。中古住宅販売も新型コロナの影響で5月に391万件まで低下した後は大幅に盛り返している。また、中古住宅販売在庫件数は9月が147万件となったほか、中古販売件数との比較で示される在庫月数は2.7ヵ月とこちらは1982年の統計開始以来最低と、中古住宅在庫の不足は新築住宅以上に深刻である。

このようにみると新築住宅、中古住宅販売ともに新型コロナ流行後の落ち込みから急激な改善を示しており、足元では住宅バブル以来の水準に回復している。

もっとも、住宅在庫の逼迫が住宅供給不足を通じて住宅販売に影響する可能性が懸念されているほか、後述するように住宅価格の上昇が住宅需要に水を差す可能性についても懸念されている。
(住宅価格):夏場以降の上昇が顕著
堅調な住宅需要を背景に住宅価格の伸びは加速している。住宅価格(前年同月比)は主要20都市の価格動向を示すケース・シラー住宅価格指数で19年8月以降上昇基調が持続しているほか、20年7月以降は上昇に弾みがついており、8月が+5.7%と18年8月(+5.7%)以来の水準となった(図表7)。また、全米規模の価格動向を示す米国連邦住宅金融局(FHFA)の住宅価格指数は上昇がより顕著となっており、8月が+8.0%と06年3月(+8.5%)以来の水準となった。こちらも夏場以降に伸びが加速しており、8月の前月比+1.5%は91年の統計開始以来最大の伸びとなった。

一方、堅調な住宅需要に加え、新型コロナの影響を見据えて木材メーカーが減産したこともあって、住宅に使われる木材価格が急騰した。生産者物価における針葉樹製材価格は前年同月比で20年4月が▲0.9%と僅かにマイナスとなっていたものの、9月は+81.2%と急激な上昇がみられており、前回ピーク時(18年6月)の+23.4%を大幅に上回った(図表8)。

また、より広範な住宅建設財投入価格指数も木材価格の上昇に連れて20年4月の前年同月比▲6.8%から9月は+1.9%と上昇してきた。足元は前回ピーク時(18年7月)の+8.8%は下回っているものの、今後も価格上昇が続くことが見込まれており、建材からも住宅価格には上昇圧力がかかりやすい状況と言えよう。
(図表7)住宅価格(前年同月比)/(図表8)建設関連の生産者物価(前年同月比)
(住宅市場が好調な要因):住宅ローン金利の低下に加え、在宅勤務の増加が影響している可能性
これまでみたように住宅販売が好調な要因としては春先の落ち込みの反動に加え、住宅ローン金利が史上最低水準に低下したことが挙げられる。
(図表9)住宅ローン金利および住宅ローン申請件数 住宅ローン金利(30年)は18年11月の5%台前半から低下基調に転じ、足元は3%近辺と史上最低水準に低下している(図表9)。

米抵当銀行協会(MBA)が公表している借り換えも含めた住宅ローン申請件数(90年3月を100とする指数)は18年11月の300台前半から、住宅ローン金利の低下に伴い増加し、足元で800弱と今年3月上旬につけた1,200弱は下回っているものの、13年5月以来の水準となっている。

さらに、定量的な裏付けには乏しいものの、在宅勤務に関する調査は、新型コロナの感染拡大に伴い在宅勤務が増加したことで広い戸建て住宅に対する需要が喚起された可能性を示唆している。不動産関連の情報提供を行うrealtor.comが7月下旬に発表した調査1では、回答者の35%が新型コロナ流行前から在宅勤務を利用しているほか、37%が新型コロナ後に在宅勤務を利用しているとしたほか、回答者の52%が今後も在宅勤務を希望しているとしている。また、同社は在宅勤務の経験を通じて、消費者が次の家に求めるもののトップに挙げたのは、より大きな家、より多くの屋外スペース、最新のキッチンとしており、回答者の63%が在宅勤務で働くことを考慮して新しい家を購入する予定であると回答している。このため、在宅勤務の増加が戸建て住宅需要に影響している可能性があると言えよう。  

3.今後の注目材料、見通し

3.今後の注目材料、見通し

(図表10)住宅取得能力指数 (住宅取得能力):住宅価格の上昇から取得能力は低下
中古住宅を取得する際の住宅ローン返済額と所得を比べた住宅取得能力指数は20年8月が158.9と前回ボトム(18年6月)の137.9を上回っているものの、20年4月の171.7から低下しており、所得対比でみた中古住宅の取得能力は低下している(図表10)。

これは、所得水準の緩やかな上昇が持続する一方、住宅ローン返済額は住宅ローン金利低下の恩恵を受けているものの、それを相殺する住宅価格の上昇によって返済額が増加していることによる。住宅ローン金利が既に史上最低水準となっており、低下余地が限られる中で販売在庫の不足を背景に中古住宅価格の上昇に拍車が掛かっている状況では住宅取得能力の低下を通じて住宅需要に水を差す可能性がある。
(住宅ローン延滞率、差し押さえ率):住宅ローン延滞率が統計開始以来最大の上昇
新型コロナの影響で失業率が高止まりする中、住宅ローンの延滞率は急激な上昇がみられる。延滞率は20年4-6月期が8.2%と1-3月期の4.4%から+3.9%ポイントの大幅な上昇となった(図表11)。これは延滞率の水準としては11年4-6月期以来(8.4%)の水準だが、四半期の上昇幅としては、1979年の統計開始以来最大となった。
(図表11)住宅ローン延滞、差押え率 また、90日を超える長期の延滞率も20年4-6月期に3.7%と前期の0.9%から+2.8%ポイント上昇し、10年7-9月期(4.3%)以来の水準に上昇したほか、こちらも四半期の上昇率は統計開始以来最大となった。

米国の労働市場は5月以降、回復基調に転じており、失業率もピークだった4月の14.7%から9月は7.9%まで低下しているため、延滞率の上昇に歯止めがかかる可能性がある。しかしながら、大幅な改善は期待できない。

一方、差し押さ率は足元でも低下基調が持続しており、悪化はみられない。今後住宅ローンの質の悪化が継続する場合には住宅ローン金利が低水準であっても住宅ローンの貸し出し基準が厳格化されることで住宅需要の水をさそう。
(今後の見通し):来年以降は住宅市場の回復ペースは鈍化へ
これまでみたように、住宅市場は5月以降にⅤ字回復を示しており、住宅着工件数の先行指標である着工許可件数が高水準となっていることや、住宅在庫の不足が深刻化していることから、着工件数をはじめ当面は堅調な回復基調が持続するとみられる。

しかしながら、住宅在庫の不足に伴う住宅価格の上昇による住宅取得能力の低下や高い失業率を背景にした住宅ローンの質悪化など住宅市場の回復持続性が懸念される要因もあるため、来年以降は住宅市場の回復ペースは鈍化することが見込まれる。
 
 

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窪谷 浩 (くぼたに ひろし)

研究・専門分野
米国経済

(2020年10月30日「Weekly エコノミスト・レター」)

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