2020年10月13日

長期保証と保険商品開発-顧客と保険会社にとって、契約の価値を高める保証とは何か?

保険研究部 主席研究員 兼 気候変動リサーチセンター チーフ気候変動アナリスト 兼 ヘルスケアリサーチセンター 主席研究員 篠原 拓也

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1――はじめに

生命保険の重要な要素の一つに、保障内容や価格を長期に渡って保証することがあげられる。日本では保険期間全体を保証期間とすることが一般的だ。アメリカでは、更新型の定期保険などで、保険料の保証期間を、契約時から10年間や20年間などとしたうえで、保証期間後の保険料の上限を設けていることがある。この場合、保証期間が長期に及べば、リスクが増大し、保証コストが大きくなる。

それでは、長期保証を行う保険は、商品開発にあたり、どのようなリスク管理を行うべきか。2020年2月に、アメリカのアクチュアリー会が発行した冊子に、この点に関するコラムが掲載された1

本稿では、その内容を参考にしつつ、長期保証について、考えてみることとしたい。
 
1 “The Perils of Long-Term Guarantees”Matthew Easley(Product Matters!, Society of Actuaries, Feb. 2020)
 

2――保険と長期保証

2――保険と長期保証

保険会社は、契約者と、保障内容や保険料を約束したうえで、契約を締結する。そして契約期間中、その約束を果たし続けることで、契約者の高い信頼を獲得している。しかし、そのために、利率や死亡率など、契約に関するさまざまな要素を長期保証することになる。長期保証は、一つ間違えれば将来の経営不安を引き起こす恐れもある。まずは、保険会社のリスク管理の特性からみていこう。
1リスクの集積、仲介者としての機能、団体メリットの活用が、保険会社の特性
保険会社は、保険に関するリスクを管理するうえで、つぎの3つの特性を有している。

(1) リスクの集積
 まず、保険会社は、保険商品の販売を通じて、リスクを効果的に集積している。個人ごとには破綻の恐れのある、多数の独立したリスク事象をまとめて、集積することで、全体のリスク水準を低下させることができる。契約引受業務の専門技術と、大数の法則2の活用が、その裏付けとなっている。
 
2 大数の法則は、生命保険、自動車保険、火災保険などで機能する。ただし、大規模な異常災害リスクでは機能しない恐れもある。
(2) 仲介者としての機能
つぎに、保険会社は、個人では実現が困難な複数のリスクを組み合わせた商品を取り扱う、仲介者としての機能を果たしている。

一例として、指数連動型年金があげられる。この商品は、S&P 500やNasdaqなどの株価指数に連動して毎年の運用利回りが決まる。一般の個人契約者は、自分自身で株価指数に連動する運用資産を組成することは困難だが、指数連動型年金に加入することで、同様の資産運用が簡単に実現できる。

もう一つ別の例は、変額年金だ。これは、投資信託での運用を1つの保険契約にまとめ、複数の投資信託に容易にアクセスできるようにするものだ。こうした商品を取り扱っても、運用リスクは顧客にあるため、保険会社が市場リスクを負うわけではない3。保険会社は、仲介者の機能を果たしている。
 
3 ただし、顧客向けの新しい保険サービス基盤を構築する際には、一定程度の事業費や死亡保障リスクを負う。
(3) 団体メリットの活用
健康保険の分野で、保険会社は、企業や団体に対して、低い料率で保障を提供しながら、医療ネットワークを構築する。そして、団体を代表して医療機関や製薬会社などと、医療の価格やサービスの交渉をする。また、団体単位の危険選択により、個人保険よりも保険引受基準を緩和することもある。

その他にも、団体メリットの活用例として、給与引き去りの仕組みを使って、保険料収納コストを抑える。年金の場合、加入者に時価ではなく約定価格で年金を給付する、といったことが可能となる。
2顧客の価値創造につながることが商品の要件
これら3つの特性のベースには、顧客の価値創造というテーマが存在する。これは商品が多くの顧客に受け入れられて、成功するための基本的な要件となる。

一般に、保険に限らず、どんな商品・サービスでも、企業は、開発時の固定費を回収して利ザヤを生み出すことを目指す。そのために、開発コストに一定のマージンを上乗せした価格を設定する。そして、それが顧客の価値創造につながるものでなくてはならない。

保険の長期保証の場合、開発コストの一部をなす保証コストをどう見積もるか。そして、その保証コストを含む価格が顧客に受け入れられるか、すなわち顧客の価値創造につながるか、が問題となる。
 

3――変額年金における長期保証と顧客価値のバランス

3――変額年金における長期保証と顧客価値のバランス

ここで、過去の変額年金の販売を例に、長期保証と顧客価値のバランスについて振り返ってみよう。

1変額年金では、保証コストが過小評価された
1990年代、アメリカの変額年金には、投資信託の基本的な仕組みに加えて、保険としての強力な保証が組み入れられた4。これらの保証には、デリバティブなどの複雑な約束が組み込まれた。予定利率や予定死亡率の保証については、保険会社は十分な知見を有していたが、デリバティブの約定についての経験は浅く、結果として、多くの保険会社がこの保証に関するリスクを大幅に過小評価した。ただ、顧客の側も加入した契約の保証の内容を十分に把握できず、せっかくの有利な保証を十分に活用できなかった。その結果、保険会社の損失は限定的なものにとどまった。もし顧客が、契約に備わっているオプションを有効に活用していたならば、保険会社の経営状況は悪化していたとみられる。
 
4 死亡時の一時金給付をはじめ、年金開始時の原資、解約時の解約返戻金など、さまざまな金額が保証された。
2アクチュアリーはデリバティブの専門家ではない、といった教訓が得られた
なぜ、変額年金で保証コストの過小評価が起こったのか。憂慮すべき点は、ミスを犯したのが、専門性が高いとされていた専門職の人々だったということだ。教訓には、つぎのようなものがある。

(教訓1) アクチュアリーは、デリバティブ価格設定の専門家ではない
アクチュアリーは、新しい保証を評価する際に、自分たちが熟知していた方法を用いた。しかし、その方法は、デリバティブなどの金融商品のリスク評価や価格設定を踏まえたものではなく、新しい保証の市場価値を正確に反映するものではなかった。すなわち、アクチュアリーは、価格設定に必要な専門知識を備えていなかった。

(教訓2) 商品開発時には、時間をかけて新機能をテストする必要がある
変額年金の商品開発は、一から新しい商品として開発したのではなく、すでにある商品を改定する形で進められた。通常、新しい保証が付いた給付に対しては、さまざまなケースをテストする必要がある。しかし、当時の変額年金は、保険会社間の開発競争が激しく、開発担当者には、大きな時間的プレッシャーがかかっていた。このため、新機能のすべてを十分にテストすることが難しかった。

(教訓3) 市場で販売が進んでいる商品を改定することは困難
すでに市場でうまく販売が進んでいる商品に対して、魅力的な機能を外すことは難しい。これは、商品開発時に、あらかじめその機能を外しておくことよりも格段に困難となる。つまり、販売中の商品を改定することは高くつく。危機的状況にでも至らない限り、商品のアップデートは難しい。

(教訓4) 規制当局の対応を予測することは難しい
一般に、新機能に関して規制当局が何らかの対応を行う場合、規制の影響が現れるのは、商品開発サイクルの後半、つまり設計や価格設定などの開発作業がすべて完了してからとなる。商品開発の初期段階で、想定しうる規制の影響をコストとして織り込むことは難しい。
 

4――長期保証とリスク

4――長期保証とリスク

保険会社が行う長期保証に関連して、いくつかのリスクが懸念される。こうしたリスクに対しては、定性面で認識はされていても、定量面で十分に対応できないことがある。

1システミック・リスクは同時に同方向で発生
一般に、システミック・リスクは、分散効果をもたない。保険会社はすべての契約に対して同時に同じ方向のリスクの影響を受ける可能性がある。システミック・リスクの例をいくつかみていこう。

(1) 金利保証のリスク
過去に、金融機関は、金利が上昇するリスクに苦しんだことがある。このときは、解約や乗り換えなど、多くの契約で同じリスクが現実化して、損失発生や流動性の枯渇といった問題をもたらした5

現在は、持続的な低金利環境が、多くの国で問題化している。日本は最も早く低金利時代に入り、その経験は、新たなストレスシナリオとして、各国の保険会社のリスク管理に活用されている。ドイツでは、最低保証利率が新規運用可能な水準を上回ってしまい、過去の運用分からの利益率が低下した。アメリカでは、各州の監督当局が、保険会社が保証金利水準を引き下げることを許容していない。その結果、最低保証利率(フロア・レート)は、1%程度に、はりついている。
 
5 ディスインターミディエーション・リスクと呼ばれている。
(2) 死亡率の改善
死亡率の変化の方向は、通常、被保険者や年金受給者すべてに同じとなる。一般に、死亡率の変化のリスクには、分散とヘッジ手段が限られる。このため、一生涯の生存保障を行うことを保証する場合、長期のリスクとなる。特に、定額の終身年金では、死亡率の改善が大きなリスクとなる。

(3) 資産運用における特定の市場への集中
運用先の市場が一時的に不調をきたすと、深刻な影響を及ぼす可能性がある。ある保険会社は、ジャンク債市場で集中的に運用を行っていたため、その市場が不調の時に、破綻してしまった。なお、これまでの資産運用関連のリスクは、主に信用リスクだが、流動性リスクも大きな部分を占めている。
2実績データが不十分
保険会社は、商品開発時に、給付や費用の発生、資産運用動向などの将来の見通しを予測する。その予測に必要な実績データが不十分であることが、しばしば起こる。そうした場合、類似の保険商品や、保険以外の金融商品の実績を参照することがある6

このリスクの一例として、低解約返戻金保険の予定解約率の設定が挙げられる。この保険は、契約者が低解約返戻金期間中に解約すると、限定された解約返戻金しか受け取れない。保険会社は、責任準備金と解約返戻金の差額を解約差益として受け取ることとなる。保険会社がこの保険の開発時に行った予測は、他の保険の過去の解約データに基づいていた。ところが、顧客は予想以上に賢いことが、販売後に判明している。長期介護保障保険、カナダの100歳満期保険など、予定解約率を組み込んでいるさまざまな保険で、失効率が1%未満の低い水準にとどまる、ということが明らかになっている。

このように、限られた実績データで基礎率設定を行う場合、つぎの機能を考慮する必要がある。
 
6 たとえば、住宅ローンの借り換え実績を利用して、金利に対する顧客の感応度を把握することがある。
(1) 保険期間中に、価格を変更できるようにしておく
価格設定の前提は不確実であるため、保険契約期間中に契約を変更できることは極めて重要である。当初の価格設定が間違っていることはほぼ確実ともいえ、予測はその前提で行われるべきである。

(2) 販売当初の結果をよく監視して、予想からの乖離に迅速に対応する
予想と実績の乖離により、損失が拡大することを防ぐ。そのために、販売当初の実績をモニタリングして、経営層に早期かつ頻繁に報告することが必要となる。

(3) 新商品発売時の売り上げ増には、特に注意
新商品に、急速な売り上げの伸びが見られた場合、まずとるべき対応は、価格設定に問題がないかを確認することである。売り上げの伸びを、祝っている場合ではない。
3契約者の逆選択が発生する
一般に、保険契約者には契約期間中に行使できるオプションが付与されている。保険会社は、商品開発段階で、ストレス条件下でのさまざまな逆選択の発生をすべて想定することは困難である。たとえば、変額年金での年金額保証の利用率があげられる。その他にも、金利上昇時の、低金利での契約者貸付の利用や、約定価格ベースでの解約の増加などがあげられる。
4長期保証と基礎率の不確実性を混同する
長期保証を行うということと、基礎率が不確実であるということは、よく混同されやすい。この問題の回避のためには、つぎのような商品設計時のチェックが必要となる。
図表1. 長期保証と基礎率設定に関する商品設計時のチェック (主なもの)

5――商品開発時の重大なリスクの特定

5――商品開発時の重大なリスクの特定

検討中の新商品で考慮すべき主なリスクは何か。重大なリスクの特定についてみていこう。

1リスクの特定にはチェックが有用
画期的な新機能が、商品自体を壊してしまうこともある。これにはいくつかのチェックが役に立つ。
図表2. 新機能がもたらし得る損失に関するチェック (主なもの)
2リスクの基準には限界がある
現実の問題を分析していくためには、過去の記録をみることに加えて、一定の想像力を必要とする。従来、保険業界では、過去に問題が生じた事象を踏まえて、さまざまなリスク基準が設けられてきた。しかし、次表の通り、これらの基準だけでは必ずしも万全とはいえない。過去には起きていなくとも、これから起こるかもしれないリスク事象を想定して、それに備えていかなくてはならない7
図表3. リスク基準の限界 (主なもの)
 
7 たとえば、自己資本の基準において、200年に1回のリスクへ対応できることが求められているが、これは過去の実績を前提とした基準であり、もしかすると、このような基準には限界があるかもしれない。
 

6――創造的な商品設計

6――創造的な商品設計

新商品開発のスタンスには、標準的な商品設計に従うか、商品設計そのものを従来のものから拡張するか、という2つの軸がある。それぞれ、簡単にみていこう。

1標準的な商品設計は価格競争を招きやすい
標準的な商品設計は、開発担当者に受け入れられやすい。商品設計のために特別なスキルを身に付ける必要がなく、すでに市場に出ている他の商品をコピーすることで対応できるからだ。

ただし、これは価格面で競争をしなければならないことを意味する。つまり、市場競争力を持つためには、高い金利、高い手数料、引受条件の緩和などが求められる。その結果、目標利益を低く設定せざるを得ない場合もある。
2商品設計の拡張を行う場合、顧客価値を十分に理解することが必要
もう1つのスタンスは、他に例のない、全く新しい保証や機能を商品に付与することだ。通常、そのためのコストを、正確に見積もることは難しい。しかし、商品開発がうまくできれば、大きな販売の増加につながる期待がある。

なお、このスタンスに立つ場合、顧客価値の創造が二の次となってしまいがちで、注意が必要だ。 この落とし穴に陥らないためには、顧客が真に価値を置いているものを十分に理解する必要がある8。すなわち、顧客が本当に必要としている機能を特定し、それに価値を集中させることが求められる。
 
8 顧客が与えられたオプションを使うときに、その都度保険会社から保証料を請求されるような複雑な商品は、顧客が望むものを超えてしまっていると考えられる。
3新商品は市場の一部を切り出せればよい
新商品は、必ずしもすべての顧客にとって、評価される必要はない。多くの人々は標準的な商品を好む傾向があり、保険会社はこれからもそれを販売し続けるだろう。

一方で、全く新しい機能を持つ新商品が成功するためには、その商品が、市場の一部を切り出すことができるかどうかがカギとなる。たとえば、顧客の3割にしか訴求力がない商品であっても、その3割の顧客に対する標準的な商品の訴求力が低い場合には、開発する意義が出てくることもある。
 

7――おわりに (私見)

7――おわりに (私見)

保険会社にとって、保険商品の開発は、顧客価値の創造に直結する重要な手段といえる。顧客が求める長期保証を提供する商品は、市場で成功して、大きな販売の増加につながる可能性がある。しかし一方で、長期にわたる保証のコストを正確に評価することは容易ではない。一歩間違えれば、コストに見合う保険料を顧客から徴収できず、莫大な損失をもたらす危険性もある。

今後、社会全体で、デジタルトランスフォーメーション(DX)が進み、保険会社でも、大量の情報やデータを活用したマーケティングや商品開発が進められることとなるだろう。保険会社各社で、顧客価値を高める有意義な保険商品の開発がどのように進められるか、引き続き、みていくこととしたい。
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保険研究部   主席研究員 兼 気候変動リサーチセンター チーフ気候変動アナリスト 兼 ヘルスケアリサーチセンター 主席研究員

篠原 拓也 (しのはら たくや)

研究・専門分野
保険商品・計理、共済計理人・コンサルティング業務

(2020年10月13日「保険・年金フォーカス」)

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【長期保証と保険商品開発-顧客と保険会社にとって、契約の価値を高める保証とは何か?】【シンクタンク】ニッセイ基礎研究所は、保険・年金・社会保障、経済・金融・不動産、暮らし・高齢社会、経営・ビジネスなどの各専門領域の研究員を抱え、様々な情報提供を行っています。

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