2020年09月14日

バイオセイムの展開-医薬品の開発・販売競争は、ますます激化

保険研究部 主席研究員 兼 気候変動リサーチセンター チーフ気候変動アナリスト 兼 ヘルスケアリサーチセンター 主席研究員 篠原 拓也

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1――はじめに

近年、医薬品開発において、バイオ医薬品の注目が高まっている。「オプジーボ®」や「キイトルーダ®」といった抗がん剤をはじめ、さまざまなバイオ医薬品が開発・製造され、治療に用いられている。ただし、バイオ医薬品には高額なものが多く、医療費の増大に拍車をかける要因ともいわれている。

そこで、ジェネリック医薬品と同様に、特許期間が終了したバイオ医薬品には、「バイオシミラー」という低価格の後続医薬品が作られて、徐々に市場に出てきている。

これに対して、先行薬メーカーは、手を打ち始めている。バイオ医薬品の特許期間が終わる前に、関連会社を通じて、原薬や製造方法などが同じで価格が安い「バイオセイム」を投入して、バイオシミラーの市場への侵入を封じる動きだ。医薬品の開発・販売競争は、ますます激化している。

本稿では、バイオ医薬品、バイオシミラー、バイオセイムの現状についてみていくこととしたい。
 

2――バイオ医薬品の動向

2――バイオ医薬品の動向

まず、先行品であるバイオ医薬品についてみていこう。

1バイオ医薬品の製造には、微生物や動物細胞の機能が利用される
バイオ医薬品は、その名前が示すとおり、製造に生物の機能、すなわちバイオテクノロジーが用いられる。微生物や動物細胞の機能を用いて、発酵、培養などにより作られたタンパク質が医薬品として用いられる。近年、遺伝子組み換えや細胞培養などの技術が進展して、製造の精度が上がっている。

ひとくちにバイオ医薬品といってもさまざまな種類があるが、大きくは、(1)補充療法に用いられる医薬品、(2)抗体医薬品、(3)その他(酵素やワクチンなど)に分けられる。

このうち、(1)は生体内のタンパク質を複製したり、改変したりしてつくられる薬であり、主に体内で不足する生理活性タンパク質を補う働きをする。たとえば、糖尿病に対するインスリン、血友病に対する血液凝固因子、腎性貧血に対するエリスロポエチンが挙げられる。

一方、(2)は免疫機構の抗体の構造を利用してつくられる薬であり、主に、病気に関連する分子の機能を阻害する働きをする。たとえば、抗リウマチ薬や、抗がん剤の免疫チェックポイント阻害薬などが抗体医薬品として治療に用いられている1
図表1. 種類別のバイオ医薬品数
 
1 抗リウマチ薬には抗TNF抗体。抗がん剤には抗PD-1抗体、抗PD-L1抗体、抗CTLA-4抗体、抗HER2抗体などが利用される。
2バイオ医薬品は分子量が大きく、注射剤となることが多い
バイオ医薬品の特徴として、従来の化学合成医薬品と比べて、分子量が非常に大きいことが挙げられる。また、同じ製法で製造しても、タンパク質の糖鎖構造などが完全に同じになるとは限らず、品質特性が不均一となる可能性がある。

なお、通常、バイオ医薬品は経口投与しても、体内の消化酵素の作用により分解されてしまい、薬効が発揮できない。そこで、一般に、注射剤として静脈、筋肉、皮下などに直接投与されるか、もしくは点滴として静脈に投与される2。このため、バイオ医薬品はすべて、医師や歯科医師の処方箋が必要な医療用医薬品となっている3
図表2. バイオ医薬品と化学合成医薬品の比較 (一般的な特徴の比較)
 
2 現在のところ、注射剤ではないバイオ医薬品は、トラフェルミン噴霧剤(褥瘡(じょくそう)の薬)、トラフェルミン歯科溶液、ドルナーゼアルファ吸入液(嚢胞性線維症の肺機能改善薬)等に限られている。
3 注射剤は、一般の人が用いる一般用医薬品としては適当ではないとされる。
3バイオ医薬品は薬価が高額となる傾向
バイオ医薬品は、微生物や動物細胞の機能を用いて、発酵、培養などにより製造される。このため、培養棟などの大がかりな製造設備が必要となる。また、製法の管理や、成分の分析には、多くのデータ処理を要する。このため、バイオ医薬品は製造に多額のコストがかかる。一方、つくられた医薬品は顕著な薬効を示すことが多い。こうしたことから、バイオ医薬品は薬価が高額となる傾向がある。
4バイオ医薬品は近年急激に拡大している
バイオ医薬品は、1980年代に承認された、ヒトインスリン、インターフェロン、B型肝炎ワクチンなどが先駆けとなった。近年、抗体医薬品を中心に開発が進み、急激に販売が拡大している。

世界の医薬品売上の推移(2010年代)をみると、従来製法等によるものは6,000億ドル前後と、ほぼ横這いで推移している。これに対して、バイオ医薬品は2018年に2,430億ドルとなり、8年間で88%増加した。この結果、バイオ医薬品の占率は、2010年の18%から、2018年には28%へと上昇した。
図表3. 世界の医薬品販売(推移)
一方、国内で承認されたバイオ医薬品の累計数の推移をみると、2020年5月時点で150品目となっており、10年間で倍増している。このうち、抗体医薬品は、2010年の17品目から2020年の62品目へと、3倍以上の増加となっている。
図表4. 国内のバイオ医薬品承認数(累計)の推移

3――バイオシミラーとジェネリック医薬品の相違点

3――バイオシミラーとジェネリック医薬品の相違点

バイオシミラーは、バイオ医薬品の後続品である。先行品の特許が切れた後に、低価格で販売されるという点で、ジェネリック医薬品と同じ特徴を持っている。しかし、バイオシミラーを、ジェネリック医薬品と全く同じものとしてとらえることは適切ではない。両者の相違点をみていこう。
1バイオシミラーは、先行品と有効性・安全性が全く同じというわけではない
バイオシミラーは、バイオ医薬品と同様、微生物や動物細胞の機能を用いて、発酵、培養などにより製造される。一般に、発酵や培養の進み方は、気温、湿度、気圧などの条件によって影響を受ける。このため、先行品と同じ製法で製造しても、できあがるタンパク質が完全に同じとは限らない。つまり、バイオ医薬品は、品質特性や有効性・安全性が、先行品とほぼ同じだが、全く同じというわけではない。これは、先行品と化学組成が完全に同じで、品質特性、有効性・安全性が先行品と変わらないとされる、ジェネリック医薬品とは異なる点である。

このため、バイオシミラーは、開発時に先行品と同等・同質の有効性・安全性を持つことを臨床試験により確認しなくてはならないとされている。
2初収載時のバイオシミラーの薬価は、原則として、先行品の7割水準
薬価基準に初めて収載される場合、バイオシミラーは先行品の薬価の7割、ジェネリックは5割(内用薬で10品目を超えるものについては、それぞれ6割、4割)が原則とされている。さらに、バイオシミラーには、承認申請にあたって実施した臨床試験の充実度に応じて、最大1割分の上乗せがなされることもある。このように、バイオシミラーは、先行品からの割引幅がジェネリックよりも小さく設定されている。
図表5. バイオシミラーとジェネリック医薬品の比較
3現在までに日本で承認されたバイオシミラーは、13成分25品目
バイオシミラーは、ジェネリック医薬品とは、製造にかかるコストが異なる。また、開発時には、臨床試験も必要となる。そのため、2020年5月までに日本で承認されたバイオシミラーは、13成分25品目に限られている。承認数は、2019年6月から3成分、7品目増加している。日本では、バイオシミラーの開発が徐々に進められてきているといえる。
 

4――バイオセイムの登場

4――バイオセイムの登場

ジェネリック医薬品に対して、先行薬メーカーは、関連会社を通じてオーソライズド・ジェネリック(AG)という対抗策を打ち出すことがある。バイオ医薬品についても、昨年、これと同様の動きが出てきた。バイオセイムの登場である。
1AGは、新薬メーカーが後続薬市場を囲い込むための手段
新薬メーカーにとって、後続医薬品への置き換えは、新薬である長期収載品の販売減を意味し、収益減につながる。そこで、新薬メーカーは、対抗策としてAGを市場に投入している。

AGは、新薬の特許期間中に、新薬メーカーが、関連会社を通じて新薬と有効成分が同じ医薬品を、名称を変えて販売するものをいう。新薬よりも価格の安いAGとして発売して、市場に浸透させる。AGの製造会社(新薬メーカーの関連会社)は、特許期間中、新薬メーカーにロイヤリティーを支払う。

仮に、後続薬メーカーが先行医薬品の特許期間中にAGを発売しようとしても、新薬メーカーへのロイヤリティー支払いにより、利益を出すことは困難となる。したがって、後続薬メーカーとしては、先行医薬品の特許切れを待つしかない。しかし、先行医薬品の特許期間後に、後続医薬品を発売しても、AGと価格面で大きな差はない。このため、市場への浸透は見込みにくい。

すなわち、AGは、新薬メーカーが先手を打って後続薬市場を自社グループで囲い込む戦略といえる。また、AGは、製造特許を引き継いでいるため、医薬品の安全性や有効性について、患者や医師の懸念点が少なく、治療に採用されやすい。こうしたことから、近年、AGの市場投入は拡大している。

ひとくちにAGといっても、新薬メーカーとAGを取り扱う医薬品メーカーの間の契約内容により、いくつかのパターンがある。通常、AGの有効成分、原薬、添加物、製造方法は、新薬と同じものとなる。しかし、製造場所や製造ラインは、新薬と同じとは限らない。また、名称は新薬と異なる。
図表6. 先行医薬品との比較 (AG と一般的な後続医薬品)[一般的なケース]
2日本初のバイオセイムが2019年に発売された
バイオ医薬品のAGに相当するバイオセイムは、2019年8月に初めて、腎性貧血治療薬として発売された。これは、先行薬を販売している協和キリン社が、子会社の協和キリンフロンティア社を通じて発売したもので、一般名は「ダルベポエチンアルファ」という。このバイオセイムは、原薬、添加物、製造方法、製造場所は、先行薬の「ネスプ®」と同じとしている4。薬事承認にあたり、臨床試験は行わずに、先行薬のデータを活用して申請されたという。このため、薬事承認上は、バイオシミラーではなく、ジェネリックとしての取り扱いとなった。

こうしたことから、このバイオセイムの薬価は、ジェネリックと同様、先行薬の5割に設定されるとの見方があった。しかし、2019年3月の中医協で、バイオセイムの薬価をバイオシミラーと同様、先行薬の7割と算定することが決められ、その水準で薬価が設定された。

その後、11月以降、ネスプのバイオシミラーを、JCRファーマ社/キッセイ薬品社、三和化学研究所/ジーンテクノサイエンス社、マイランEPD社、の3グループが発売した。現在、先行薬、バイオセイム、バイオシミラー(3つ)が入り乱れて、売り上げを競う状況となっている5

今後は、他の医薬品開発でも、バイオセイムの登場により、先行薬メーカーと後続薬メーカーの間の競争が激化することが考えられる。
 
4 ただし、適応については、先行薬が持っている「腎性貧血」と「骨髄異形成症候群に伴う貧血」の2つのうち、「腎性貧血」のみとなっている。
5 2020年6月までに、協和キリンフロンティア社のバイオセイムが264億円を売り上げたのに対し、JCRファーマ社/キッセイ薬品社のバイオシミラーの売り上げは20億円となっており、これまでのところ、バイオセイムの投入が奏功している模様。(売上金額は、各社の決算資料をもとに筆者がまとめた。)
 

5――おわりに (私見)

5――おわりに (私見)

本稿では、バイオ医薬品、バイオシミラー、バイオセイムの開発について、現状を概観していった。

バイオ医薬品は、製造に多額のコストがかかる。一方、つくられた医薬品は顕著な薬効を示すことが多い。こうしたことから、薬価が高額となる傾向がある。製薬メーカーにとっては、高い収益性が期待できる医薬品ということになる。

これから、バイオ医薬品の特許は、次々と終了の時期を迎える。特許終了後には、後続薬メーカーによってバイオシミラーが作られ、拡販される。一方、これに先んじるために、AGと同様、バイオセイムによって、先行薬メーカーの市場囲い込みの動きが活発化することも考えられる。

引き続き、バイオ医薬品等の医薬品開発を巡る動きに、注目していきたい。
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保険研究部   主席研究員 兼 気候変動リサーチセンター チーフ気候変動アナリスト 兼 ヘルスケアリサーチセンター 主席研究員

篠原 拓也 (しのはら たくや)

研究・専門分野
保険商品・計理、共済計理人・コンサルティング業務

経歴
  • 【職歴】
     1992年 日本生命保険相互会社入社
     2014年 ニッセイ基礎研究所へ

    【加入団体等】
     ・日本アクチュアリー会 正会員

(2020年09月14日「基礎研レター」)

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