2020年08月24日

求められる米国の追加経済対策-景気回復の持続に追加対策が不可欠も、議会は結論先送りで休会入り。経済への影響を懸念

経済研究部 主任研究員 窪谷 浩

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1.はじめに

米国では新型コロナの感染拡大に伴う経済活動の落ち込みを緩和するため、米議会は3月から4月にかけて累次に亘る巨額の経済対策を決定した1。政策の目玉は、個人向け支援策では、家計への直接給付や失業保険給付の拡充、中小企業向けには給与保護プラグラム(PPP)、州・地方政府向けには補助金支給などである。

米経済は4-6月期の実質GDP成長率が前期比年率▲32.9%と統計開始以来最大の落ち込みとなったが、月次でみると米経済は4月を底に5月は早くも底打ちした可能性が高い2。これは、家計に対する直接給付によって可処分所得が押し上げられるなど、経済対策が一定程度奏功したと言えよう。

もっとも、経済対策の多くは時限措置となっており、期限切れに伴い政策効果の剥落が懸念されている。追加対策の必要性については与野党で合意されており、追加対策の検討が行われているものの、合意には至らず、議会は9月までの夏季休会に入ったため、早期の合意は困難となった。このため、追加経済対策の遅れに伴う米景気回復への影響が懸念される。

本稿ではこれまで実施された主要な経済対策や政策効果を確認した後、与野党が目指す追加対策の政策案と与野党合意の障害となっている項目、今後の政策見通しについて説明したい。

休会明けから政策審議が再開されるものの、10月からの新会計年度に向けて予算審議が控えているほか、11月には議会選挙を控えていることから、実質的な審議日程は限られており、政策調整は難航しよう。
 
1 詳しくはWeeklyエコノミスト・レター(2020年4月20日)「新型コロナウイルス感染・経済対策-経済対策に金融・財政政策をフル稼働も追加対策は必至」https://www.nli-research.co.jp/report/detail/id=64267?site=nliを参照下さい。
2 詳しくはWeeklyエコノミスト・レター(2020年6月9日)「米国経済の見通し-5月に底打ちした可能性も、ソーシャル・ディスタンシングの確保などで回復は緩やか」https://www.nli-research.co.jp/report/detail/id=64695?site=nliを参照下さい。
 

2.新型コロナ感染拡大に伴う経済対策

2.新型コロナ感染拡大に伴う経済対策

(新型コロナ対策):個人向けは直接給付、失業保険拡充、企業向けは給与保護プログラム(PPP)などが目玉
米議会は、3月6日に新型コロナ対策として83億ドルの緊急補正予算(CPRSAA)を成立させたことを皮切りに、3月18日には予算総額1,920億ドルの「家族第一コロナウイルス対策法」(FFCRA)、3月27日には同2兆3,000億ドルの「コロナウイルス支援・救済・経済安全保障法」(CARES Act)、4月24日には同4,830億ドルの「給与保護プログラム・医療充実法」(PPPHCEA)を成立させるなど、矢継早に新型コロナ感染・経済対策を決定した。これらの予算規模は合計3兆ドルと金融危機時の経済対策(同8,000億ドル)を大幅に上回り、昨年の名目GDP比では15%弱の水準となる米経済史上最大となった。

これらの経済対策のうち、個人向けの支援策では所得制限を付した上で成人一人当たり1,200ドル、子供1人当たり500ドルの直接給付や、失業保険について週当たり一律600ドルの追加給付、給付対象の拡大(PUA)、給付期間の延長(PEUC)3などが目玉となっている(図表2)。

また、企業向けの支援策ではFRBの資金供給ファシリティで発生する損失を補填するための基金(同:4,540億ドル)や航空業界への支援策などに加え、中小企業の雇用維持を目的に雇用維持などの一定の条件を満たせば返済が免除される中小企業向け融資の給与保護プログラム(PPP)の創設などが注目される。

さらに、新型コロナの影響で税収が減少する一方、社会保障関連費用の増加に伴い財政状況の悪化が避けられない州・地方政府向けにコロナウイルス救済基金(CRF)として1,500億ドルの補助金が盛り込まれた。
(図表2)新型コロナ関連の主要な経済対策と財政規模
 
3 詳しくはWeeklyエコノミスト・レター(2020年7月17日)「回復に転じた米労働市場-最悪期は脱するも、新型コロナの第2波、政策効果の剥落に注目」https://www.nli-research.co.jp/report/detail/id=64976?site=nliを参照下さい。
(政策効果):個人向け支援が4-6月期の可処分所得を4,600億ドル押上げ
上記の経済政策を実施した結果、個人所得から税負担などを除いた可処分所得は、直接給付によって4月分が+2,157億ドル押し上げられ、4-6月期合計で+2,695億ドル引き上げられた(前掲図表1)。同様に失業保険給付の拡充によって+1,922億ドル引き上げられ、これらを合計した4-6月期の可処分所得の押上げ幅は+4,617億ドルとなった。これは、新型コロナ流行前の1-3月期の可処分所得を+10%超押し上げる水準だ。

また、中小企業対策であるPPPの融資実績は予算枠の6,590億ドルに対して8月8日時点で5,250億ドルとなったほか、融資件数が512万件に上った。中小企業庁は、PPPによって51百万人超の中小企業従業員の雇用が維持されたとしている。これは、中小企業従業員全体(59.9百万人)の8割超の水準である。
(政策効果の剥落懸念):多くの経済対策が時限措置、期限到来に伴う政策効果の剥落が懸念
これまでみた経済対策の多くは1回限りや、期限を決めた時限措置となっており、7月以降に多くの経済政策が期限を迎えている。個人向けの直接給付は1回限りの措置で給付は既にほぼ終了している。また、失業保険の週600ドルの追加給付についても7月末が期限となっていたが、議会で期間延長について合意できず追加給付は失効した。トランプ大統領は8月8日に署名した大統領覚書4で災害救援基金の440億ドルを流用して連邦政府が8月以降も週300ドル支給し、州政府にも州財政から100ドルの支給を求め、合計で最大週400ドル支給する方針を示した。しかしながら、制度設計に時間が掛かっており未だ追加給付は再開されていない。また、災害救援基金からの流用は憲法違反の疑いが指摘されているほか、440億ドルでは僅か5週間程度で失業保険給付の財源が枯渇することが指摘されており、トランプ大統領の提案は実現性が低いとみられている。

一方、PPPについても8月8日以降の期限延長について議会で合意できなかったため、中小企業庁は、融資枠を1,340億ドル残したまま、新規の融資受付を停止している。  

3.求められる追加経済対策

3.求められる追加経済対策

(図表3)米国の感染者数および死亡者数 (新型コロナの感染再拡大):高水準の新規感染が持続、感染終息の目途は立たず
米国内の新型コロナ感染者数は、直近(8月23日)では567万人となったほか、死亡者数は17.6万人に上っている(図表3)。新規感染者数の増加ペースは6月上旬の2万人割れから7月下旬人7万8千人超まで加速した後、足元では4万4千人と依然として高い水準を維持しており、新型コロナの感染終息の目途は立っていない。

4月以降、段階的に経済活動が再開されているものの、NYタイムズによれば511州では飲食店の再開が見送られるなど、経済活動再開の動きが見直されている。
(消費回復への懸念):高水準の失業保険継続受給者、消費回復に陰り
米労働市場は3月から4月にかけて大幅に悪化した後、5月からは回復基調が持続している。しかしながら、回復ペースは緩やかに留まっている。実際に失業保険の継続受給者数(未季調)は、8月1日の週で通常の失業保険が1,511万人、PUAが1,122万人となるなど、失業保険全体では2,806万人となった(図表4)。これは労働力人口(1億6千万人)の2割弱の水準であり、継続受給者数は依然高水準となっている。

一方、クレジットカードやデビッドカードの支払い実績に基づく個人消費支出額(20年1月からの乖離率)は、3月30日に▲33.3%の大幅な減少となった後、家計への直接給付が開始された4月15日以降に急激な回復をみせたものの、8月9日が▲4.4%と給付がほぼ終了した7月以降に明らかに回復ペースが鈍化していることが分かる(図表5)。今後、失業保険の追加給付の打ち切りの影響が加わると個人消費の回復がさらに鈍化することが懸念される。

米シンクタンクのピーターソン国際経済研究所は追加経済対策で合意できず、個人向け支援が5,000億ドル減少する場合、GDPで▲4~5%ポイント、失業率で+4~5%ポイント上昇する懸念があると試算6した。米国の実質GDP成長率は、4-6月期に大幅なマイナス成長となった反動もあって7-9月期は2桁のプラス成長が予想されているが、追加対策が実施されない場合には回復ペースの鈍化は不可避だろう。
(図表4)失業保険継続受給者数(プログラム別)/(図表5)クレジット・デビッドカード支払い額(個人消費支出)
(州政府の歳入不足):20年度~22年度で5,550億ドル不足する見通し
州・地方政府向け支援であるCRFは既に大部分が既に連邦政府から支給されている。一方、財務省は6月30日までの中間報告として、州・地方政府によるCRFからの歳出実績が支給額の25%に留まっているとことを指摘7した。このため、トランプ政権は州・地方政府向け追加支援の必要性を認めていない。

もっとも、これに対して米国の非営利調査研究機関である全米予算担当者協会(NASBO)は、州・地方政府はCRFのおよそ75%分について、既に歳出予定が決まっており、財務省の報告は実態を反映していないと批判している。

一方、米シンクタンクの「予算と政策の優先順位に関するセンター」(CBPP)はFRBと議会予算局の失業率や成長率などの経済見通しと過去の財政状況との比較から、州政府の歳入不足額を試算8した。同試算によれば多くの州が6月末で終了した20年度で▲1,100億ドルの歳入不足となったほか、7月1日から始まった21年度予算では▲2,900億ドル、22年度では▲1,550億ドルと20年度~22年度で合計5,550億ドルの歳入が不足することが見込まれている。このため、新型コロナの感染拡大に伴い、当面州・地方政府の財政状況の急激な悪化は不可避とみられる。

米国では連邦政府と異なり、州・地方政府の財政均衡が義務付けられているため、州・地方政府は歳入不足分を増税か歳出削減で穴埋めする必要がある。実際に今般の新型コロナに伴う財政状況の悪化を受けて歳出削減のために州・地方政府職員が150万人解雇されるなど、緊縮財政の動きが広がっている。

このため、州・地方政府への追加的な財政支援は、経済状況が悪い中での州・地方政府の緊縮財政を回避するために不可欠だろう。
(与野党の追加政策比較):追加対策の必要性では与野党が一致も、支持する政策に相違
与野党ともに追加経済対策の必要性については合意している。実際に、野党民主党が過半数を占める下院では、追加経済対策の第5弾となる総額3兆ドルのHEROES法案を5月15日に下院で成立させた。また、与党共和党が多数を占める上院でも院内総務のマコーネル議員が8つの法案をまとめる形で総額1兆ドルの政策パッケージであるHEALS法案を7月27日に発表している。

もっとも、HEALS法案は上院共和党内でも合意が得られていないほか、上院民主党が反対していることから、法案採決の目途は立っていない。

一方、両法案はともに個人向け支援策やPPPの期限延長などの項目を盛り込んでいるものの、金額などの条件については両法案で相違している(図表6中の赤字部分)。例えば、直接給付の金額に関して、HEALS法案では金額を変更せずに2回目の給付を目指している一方、HEROES法案では子供の支給額を3人までと制限を付けた上で1人500ドルから成人と同じ1,200ドルに引き上げることを目指している。

また、失業保険の追加給付では、HEROES法案が週当たり600ドルの追加給付の金額を変更せずに7月末の期限を21年1月末まで延長しているのに対して、HEALS法案では9月末まで200ドルに減額し、10月以降は失業前の給与水準の70%とするなど、一律ではなく前職の所得水準に応じた支給額にしており、複雑な制度設計となっている。

さらに、PPPでは融資基準や債務免除条件の緩和、申請期限の延長で一致する一方、HEALS法案では融資の追加原資として1,900億ドルを見込んでいるが、HEROES法案は増額を求めていない。

一方、HEROES法案に盛り込まれた州・地方政府支援がHEALS法には盛り込まれておらず、これらの追加支援を巡る政策の違いは与野党合意の大きな障害となっている。
与野党追加政策比較(主要な相違点)
(今後の見通し):最終的には合意も政策調整は難航を予想
追加経済対策の与野党合意に向けて与野党幹部による水面下での協議は続いているものの、米議会は9月7日までの夏季休会に入ったため、早期の合意は困難とみられる。

一方、追加経済対策の必要性は与野党で合意されているほか、追加対策なしで景気が再び悪化する場合には11月の選挙に向けてトランプ政権と与党共和党には逆風となるため、野党民主党の合意が得られるように、最終的には民主党の意向を大幅に反映した形で追加経済対策が実施されると予想する。

もっとも、休会明けから本格的に審議されるとみられるものの、10月からの新会計年度に向けて予算審議が控えているほか、11月に議会選挙を控えていることから、実質的な審議日程は限られており、政策調整は難航しよう。
 
 

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経済研究部   主任研究員

窪谷 浩 (くぼたに ひろし)

研究・専門分野
米国経済

経歴
  • 【職歴】
     1991年 日本生命保険相互会社入社
     1999年 NLI International Inc.(米国)
     2004年 ニッセイアセットマネジメント株式会社
     2008年 公益財団法人 国際金融情報センター
     2014年10月より現職

    【加入団体等】
     ・日本証券アナリスト協会 検定会員

(2020年08月24日「Weekly エコノミスト・レター」)

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