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サンクトペテルブルクのパラドックス- コインの賭けは効率的か?
保険研究部 主席研究員 兼 気候変動リサーチセンター チーフ気候変動アナリスト 兼 ヘルスケアリサーチセンター 主席研究員 篠原 拓也
まず、偏りのないコインを1枚用意する。このコインを、表が出るまで何回も投げ続ける。そして、表が出たときに、それまでに投げた回数に応じて、賞金を受け取る。
受け取る賞金は、1回目に表が出た場合1円。1回目は裏が出て、2回目に表が出た場合、倍の2円。1回目、2回目と続けて裏が出て、3回目に初めて表が出た場合は、そのまた倍の4円。3回目まで続けて裏が出て、4回目に初めて表が出た場合は、さらにそのまた倍の8円。……というふうに、倍々で増えていくことにする。
この賞金の決め方だと、10回目に初めて表が出た場合は、512円。20回目に初めて表が出た場合は、52万4288円、30回目に初めて表が出た場合は、5億3687万912円を受け取ることとなる。
ここで、このゲームの賭け金がいくらまでなら、ゲームに参加したほうがよいか、考えてみよう。ゲームの参加者は、「賭け金がいくらまでなら、支払っても損はないか?」と考えるはずだ。ただ、支払額は、コインの表と裏の出方によって変わってくる。こういう場合、確率論では、賞金の期待値を計算してみる。賭け金が、期待値より少なければ、ゲームに参加した方が得だと判断する。
期待値を計算してみよう。コインには偏りがないから、投げれば、表も裏も2分の1の確率で出る。1回目に表が出る場合、その確率2分の1と、そのときにもらえる1円を掛け算して、期待値は0.5円となる。2回目に初めて表が出る場合、その確率は4分の1だから、そのときにもらえる2円を掛け算して、期待値はやはり0.5円となる。3回目に初めて表が出る場合、その確率は8分の1だから、そのときにもらえる4円を掛け算して、期待値はやはり0.5円。4回目に初めて表が出る場合、その確率は16分の1だから、そのときにもらえる8円を掛け算して、期待値はやはり0.5円となる。……このように、何回目に初めて表が出る場合でも、その期待値は0.5円となることがわかる。
そこで、初めて表が出るのが1回目、2回目、3回目、4回目、……のすべての場合について、足し算してみよう。0.5円を、何回も何回も――無限に足し算していく。無限に足し算するのだから、答えは当然無限になる。つまり、このゲームの期待値は、無限となるわけだ。
このため、賭け金がいくら高くても、たとえば、1000億円でも、1000兆円でも、1000京円でも、その賭け金は賞金の期待値よりは小さい。結局、賭け金がいくらであっても、このゲームには参加したほうが得だ、という結論になる。
それでは、実際にこのゲームに参加すると、どういうことが起こるだろうか。少し、考えてみよう。
まず、1回目に表が出るのは2分の1の確率で、そのときは1円を受け取る。2回目に初めて表が出るのは4分の1の確率で、そのときは2円を受け取る。……10回目に初めて表が出るのは1024分の1の確率で、そのときは512円を受け取る。ここで、考えをいったんストップしてみよう。
賞金の額が512円以下にとどまる確率は、どれくらいあるか? それは、ここまでの確率を全部足し算して、1024分の1023 (=2分の1 + 4分の1 + …… + 1024分の1)となる。
言い換えると、賞金が512円を超える確率は、1024分の1であり、0.1%にも満たない。たとえば、賭け金が1000円だとすると、その賭け金を上回る賞金を手にする確率は、0.1%もないことになる。
このように、賭け金を上回る賞金を稼ぐ確率は、極めて小さいのに、賞金の期待値は無限大となっていて、このゲームには、無限の価値があることになる。これこそが、このゲームが“パラドックス”とされる所以(ゆえん)だ。
このゲームを運営する、元締めの立場からみてみよう。賞金の額が無限に膨れ上がれる、というのであれば、いつか、その支払いのために破産してしまうだろう。そこで、実際には、賞金の額に上限を設けることになる。たとえば、上限を27回目に初めて表が出た場合の金額、6710万8864円までとしてみよう。27回目には、裏が出た場合でも、表が出た場合と同額の6710万8864円の賞金が支払われて、ゲームは終了するわけだ。元締めは、6710万8864円を用意しておけば、破産しなくて済む。
この場合、ゲームの期待値はいくらになるだろうか。26回目までは、何回目に初めて表が出る場合でも、期待値は、0.5円。27回目は表が出ても、裏が出ても、それぞれ0.5円なので、合わせて1円。1回目から27回目までの期待値を足し算すると、ゲームの期待値は、14円(=0.5円×26+1円)だ。
先ほどまでは、賞金の期待値は無限大などと威勢がよかったが、賞金の額に上限を設定したとたんに、その期待値はわずか14円にしぼんでしまった。
さて、元締めが6710万8864円を用意した上で、賭け金を14円として、ゲームを開催するとしよう。客も元締めも受取額と支払額の期待値が一致していて、平均的には、利益も損失もないはずだ。
ただし、客と元締めの目には、このゲームの魅力は、だいぶ違うものとして映る。
客の側からすると、14円の賭け金を上回る16円の賞金を受け取る確率は、32分の1。32円の賞金を受け取る確率は64分の1。……3355万4432円の賞金を受け取る確率は6710万8864分の1。そして、 賞金上限額の6710万8864円を受け取る確率も、6710万8864分の1となる。
これを宝くじと比べてみよう。年末ジャンボ宝くじでは、1枚300円のくじで、最高7億円が当たる。その倍率は、約233万倍だ。いっぽう、今回紹介しているゲームでは、14円の賭け金で、6710万8864円が当たる。賭け金と賞金の倍率は、約479万倍にもなる。客の立場からみると、一攫千金の程度が高くて、とても魅力的といえそうだ。
一方、元締めの側からするとどうなるか。元手として6710万8864円を用意しても、1回の賭け金はたったの14円。用意した金額の、0.00002%程度しか収入がない。これでは、用意した金額に対して、賭け金の収入が小さすぎて、とても非効率だ。
実際に、ゲームを運営するためには、さまざまな費用がかかる。そうした費用まで考えると、とてもペイしないだろう。元締めの立場からみると、こんなに割の合わない事業では、とても運営していけない、ということになる。
このようなギャンブルの話をきくにつけて、やはり世の中には、“濡れ手で粟”のようなうまい話はなかなか転がっていない、と感じてしまうものだが、いかがだろうか。
(なお、今回紹介したゲームは、あくまで確率・統計学上の思考実験だ。日本では、このようなコインのギャンブルを行うことは、刑法の賭博罪に該当する行為として、処罰の対象とされている。)
(2020年08月21日「研究員の眼」)
保険研究部 主席研究員 兼 気候変動リサーチセンター チーフ気候変動アナリスト 兼 ヘルスケアリサーチセンター 主席研究員
篠原 拓也 (しのはら たくや)
研究・専門分野
保険商品・計理、共済計理人・コンサルティング業務
03-3512-1823
- 【職歴】
1992年 日本生命保険相互会社入社
2014年 ニッセイ基礎研究所へ
【加入団体等】
・日本アクチュアリー会 正会員
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