コラム
2020年02月12日

慎重さと大胆さの使い分け-サイコロゲーム「ピッグ」にみる、勝ちきるための戦略

保険研究部 主席研究員 兼 気候変動リサーチセンター チーフ気候変動アナリスト 兼 ヘルスケアリサーチセンター 主席研究員 篠原 拓也

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確率や統計の話題には、ギャンブルと関係するものが多い。コイン、トランプ、ルーレットなどを用いたゲームで、さまざまな研究や分析が行われている。サイコロもそのうちの1つだ。サイコロは、世界中で用いられている。日本でも、たまにテレビの時代劇などで、丁半のシーンを目にしたりする。

今回は、研究者の間で知られている「ピッグ」というサイコロのゲームを紹介しよう。このゲームは、英語のpigという単語が持つ「強欲豚」の意味から、このような名前で呼ばれている。では、どのように強欲なのか、まず、ゲームの仕組みをみていこう。

ゲームに使うサイコロは1つ。このゲームは2人以上なら何人でもプレイできる。ゲームの原型は、2人のプレイヤーが対戦する形式だ。以下では、プレイヤーが2人の場合で説明する。

まず、2人の間で手番の先・後を決める。2人がサイコロを1回ずつ振って、出た目が大きいほうが先、小さいほうが後、といった感じだ。

プレイヤーは自分の手番に、「1」の目が出ない限り、サイコロを何度でも振ることができる。そして、いつ振り止めても構わない。振り止めた場合は、振り止めるまでに出たサイコロの目の合計が、その手番での得点となり、手番は終了となる。

ただし、もしも「1」の目が出てしまったら、その手番で得ていた得点はすべて没収されて、得点は0となり、その手番は終了となる。

手番が終わると、前回の手番までに獲得していた点数に、今回の手番の得点が加算される。この合計点数は、没収されて減るようなことはない。そして、相手のプレイヤーの手番となる。これを繰り返していって、先に合計点数が100点に達したプレイヤーが勝者となる。

たとえば、前回の手番までに30点の点数を獲得していたとしよう。今回の手番で、「6」、「4」、「5」、「3」と1以外の目が4回続けて出たとする。ここで振り止めれば、今回の手番の得点は18点となり、前回までの点数と合わせて、合計点数は48点となる。

しかし、ここで強欲さを発揮して、サイコロを振り続けて、つぎに「1」が出てしまったとしよう。すると、すでに出ていた18点はすべて没収されて、今回の手番の得点は0点となり、合計点数は30点のままとなる。そして、手番は相手に移ってしまう。

これをボードゲームに例えれば、100マス先にゴールがあって、途中のマスに「1回休み」や「振り出しに戻る」といったイベントが一切ない双六といえる。ただし、サイコロの振り方は普通の双六と違っていて、自分の手番で「1」が出ない限り何回も振って出た目の数だけコマを進めてよいが、「1」が出てしまったら手番を始めるときに居たマスに戻されてしまう、というルールだ。

このように、「ピッグ」は、サイコロ1つだけでできてルールも簡単だが、じつは奥が深い。各プレイヤーは、「自分の手番で、つねにサイコロを振り続けるか、振り止めるか」の判断が求められるからだ。

ではこのゲームで勝つためには、どういう戦略が求められるのだろうか。まず、単純に、1回の手番で獲得できる得点が確率的に最も多くなるような戦略を考えてみよう。「1回の手番での得点を最大化できれば、合計点数が早く100点に達するだろう」と考えるわけだ。

自分の手番で「1」が出てしまうと、その手番の得点は0になる。つまり、サイコロを1回振ると、6分の1の確率で、その手番の得点をすべて失う可能性がある。そこで、手番の得点がある程度たまったら、サイコロを振るのを止めて、その得点を確保したほうがよいはずだ。

サイコロを振り続けるか、振り止めるか。その判断の分かれ目は、「1」の目が出て得点をすべて失った場合に没収される得点の平均が、「1」以外の目が出て獲得できる得点の平均よりも大きいかどうかだ。「1」以外の目は、「2」~「6」だから、1回サイコロを振って獲得できる得点は平均して4点だ。

たとえば、その手番でそれまでに出た目の合計が21点となっていた場合を考えてみよう。この場合、あと1回サイコロを振ると、6分の5の確率で平均4点を獲得できるが、6分の1の確率で21点を没収される。

獲得できる得点の平均は、(6分の5)×4点=3.33点。いっぽう、没収される得点の平均は、(6分の1)×21点=3.5点となって、獲得できる得点の平均が、没収される得点の平均より小さいことがわかる。つまり、サイコロを振って得られるかもしれないリターンが、失うかもしれないリスクより小さいので、ここで振り止めにするべきだ──ということになる。

振り続けるか、振り止めるかの分岐点は、その手番でそれまでに出た目の合計が20点を超えているかどうかだ。つまり、その手番でそれまでに出た目の合計が20点に達したら、そこでサイコロを振り止めるのが、うまい戦略となる。これを「20点確保戦略」と呼ぶことにしよう。

ところが、「20点確保戦略」だけでゲームに勝てるかというと、そう簡単にはいかない。こんな状況を考えてみよう。前回の手番までの点数は、相手のプレーヤーは99点。これに対して、自分は78点。相手に21点もリードを許している。今回の自分の手番では、うまいことに「1」以外が出続けて、これまでに合計が20点となっている。

「20点確保戦略」にしたがって、いまサイコロを振り止めれば、20点を確保して、自分の合計点数は98点となる。相手との点差はわずか1点まで迫ることができる。

しかし、そうすると、相手に手番が移ってしまう。つぎの相手の手番で、相手が「1」以外を出すと点数は100点に達して、相手が勝者となってしまう。

逆に、自分があと1回サイコロを振り続けて、もし「1」以外が出れば今回の自分の手番は、22点以上となる。そうなれば、自分の合計点数が100点に達して、自分が勝者になれる。

つまり、この状況で「20点確保戦略」に固執すると、6分の5の確率で勝者となるチャンスをみすみす相手に譲ることになってしまうのだ。

このような局面では、勝つために、手番で20点に達していても、あえてもう少しリスクをとるべきといえる。「20点確保戦略」は1回の手番での得点を確率的に最大にはするが、最終的に勝つ可能性を最大にするとは限らない。ゲームの目的は、相手よりも先に100点に達して勝つことなのだ。

では、どういう局面で、どういう戦略をとるべきなのか。

このゲームについて、アメリカのゲティスバーグ大学のネラー氏とプレッサー氏が行った研究によると、自分の点数、相手の点数、自分の現在の手番でこれまでに出た目の合計の3つを変数として、確率変数を決める。その確率変数を用いて、サイコロを振り続けるか、振り止めるかに応じた確率変数間の関係式(漸化式)をつくる。そして、それを解くということになる。

しかし、この関係式の数は、50万5000個にも及ぶ。人間が紙と鉛筆を使って解くのは、ほぼ不可能だ。そこで、コンピューターを使った計算で、漸近的に解を求めることとなる。この計算の結果は、とても複雑で、簡単に文章で言い表すことは難しいが、あえて大まかにいうと次のようになる。

(1) 各プレイヤーの点数が20、30点などと低い、ゲームの序盤の段階では、「20点確保戦略」をとる。

(2) ゲームが中盤に入り点数が高くなってきたら、「1回の手番で10点分の目が出た段階で振り止める」など、振り止めの判断基準点数を少なくして、手番での得点が0にならないよう慎重な手を打つ。

(3) ゴールが迫ってきたら、「100点に達するまで振り続ける」ような大胆な勝負に打って出る。

(2)の慎重さと、(3)の大胆さという相反する戦略を、どう使い分けるか。そこが、各プレイヤーの腕の見せ所となる。戦略の使い分けには、各プレイヤーの性格が出る。相手の戦略を読んで、自分の戦略を決めることも必要となるだろう。これこそが、このゲームの醍醐味だ。

このように、「慎重かつ大胆に」というフレーズが、このゲームの戦略にはよく当てはまるのだ。

「20点確保戦略」に固執しているばかりでは、うまくいくとは限らない。これは経営学などで、「部分最適が、かならずしも、全体最適につながるわけではない」ということの事例ともいえるだろう。

情勢をよく見ながら、局面ごとに、とるべき戦略を柔軟に変える。これこそが、ゲームだけでなく、企業経営などで勝ちきるために必要な戦略と思われるのだが、いかがだろうか。
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保険研究部   主席研究員 兼 気候変動リサーチセンター チーフ気候変動アナリスト 兼 ヘルスケアリサーチセンター 主席研究員

篠原 拓也 (しのはら たくや)

研究・専門分野
保険商品・計理、共済計理人・コンサルティング業務

経歴
  • 【職歴】
     1992年 日本生命保険相互会社入社
     2014年 ニッセイ基礎研究所へ

    【加入団体等】
     ・日本アクチュアリー会 正会員

(2020年02月12日「研究員の眼」)

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