2020年08月11日

気候変動のリスク指数開発-アクチュアリーは異常気象による損害リスクを、どう表現するのか?

保険研究部 主席研究員・ヘルスケアリサーチセンター兼任   篠原 拓也

米国 欧米保険事情 などの記事に関心のあるあなたへ

btn-mag-b.png
基礎研 Report Head Lineではそんなあなたにおすすめのメルマガ配信中!
各種レポート配信をメールでお知らせするので読み逃しを防ぎます!

ご登録はこちら

twitter Facebook このエントリーをはてなブックマークに追加 Pocketで後で読む

文字サイズ

1――はじめに

アメリカとカナダのアクチュアリー会は、共同で、アクチュアリー気候指数(Actuaries Climate IndexTM, ACI)を開発し、2016年11月より定期的な公表を続けている。ACIは、月および季節ごとの、気象や海水面の異常の度合いを指数化したものである。観測の対象は、アメリカとカナダの北米地域で、この地域の気候変動の様子を、定量的に把握できるようにしている1

その後、アメリカではACIを応用して、アクチュアリー気候リスク指数(Actuaries Climate Risk IndexTM, ACRI)の開発が進められた。そして2020年1月に、ACRIのバージョン1.0が、アメリカのアクチュアリー会のホームページ上で公開された2

ACIやACRIは、気候変動に関するリスク管理の基礎をなすもので、その内容や推移は、注目すべきものといえる。現在、気候変動リスクは、世界中で取りざたされている。これらの指数は、日本での気候変動関連のリスク管理においても、参考になる点が多い、と考えられる。

本稿では、その内容や特徴などの概要を紹介することとしたい。
 
1 ACIの詳細については、「アクチュアリー気候指数の開発-異常気象の発生度合いは、指数で表せるか?」篠原拓也(保険・年金フォーカス, ニッセイ基礎研究所, 2017年9月12日)を、ご参照いただきたい。
2 “Actuaries Climate Risk Index-Preliminary Findings”(American Academy of Actuaries, Jan. 2020)
 

2――ACIの枠組み

2――ACIの枠組み

まず、すでに運用されているACIについて、簡単に振り返っておこう。

1アメリカとカナダを12の地域に分けて、地域ごとに指数を設定
ACIは、つぎの図表に示すとおり、アメリカを7つ、カナダを5つの地域に分けて、指数を設けている。また、併せて、アメリカ全体、カナダ全体、北米全体に対しても、指数を設定している。これらの指数は、熱帯から寒帯まで多様な気候を有する北米大陸について、地域ごとの気候状況を捉えようとするものである。
図表1. 北米の12 の地域区分
2指数は、月ごとと季節ごとの値として表されている
ACIは、月ごとおよび季節ごとに設けられている。併せて、月の5年移動平均、季節の5年移動平均の指数も設定されている。気候変動を、長いスパンで捉えようとするものと考えられる。
3指数は、高温、低温、降水、乾燥、強風、海水面の6項目からなる
ACIは、高温、低温、降水、乾燥、強風、海水面の6項目からなる。毎月、地域ごとに、各項目と、それらを統合したACIの指数が計算されている。

このうち、高温は、参照期間中の気温分布に照らした場合に、月(もしくは季節)のうち、上側10%の中に入る日が、何日を占めるかという割合をみる。同様に、低温は、下側10%の中に入る日が、何日を占めるかという割合をみる。降水は、月(もしくは季節)のうち、連続する5日間の降水量(降雪も含む)の最大値をみる。乾燥は、降水量が1ミリメートル未満の、乾燥日が連続する日数をとる。乾燥は、年間のデータしかとれない3ため、月(もしくは季節)のデータに換算する際には、線形補間をする。

強風は、参照期間中の日中平均風力分布に照らした場合に、月(もしくは季節)のうち、上側10%の中に入る日が、何日を占めるかという割合をみる。海水面は、時系列の海水面データから月(もしくは季節)の、参照期間からの乖離度を算出して使用する。
 
3 乾燥のベースとなるGHCNのデータからは年間でのデータしか取得できない。
4指数は、異常なしをゼロとして、プラスとマイナスの乖離度の大きさで表される
ACIや構成要素の計算にあたり、1961~1990年の30年間を、参照期間とする。そして、あらかじめ構成要素それぞれについて、参照期間中の計数値の平均と標準偏差を求めておく。

具体的に、ある月、ある地域のある項目の指数をどう計算するか、みてみよう。そのためには、まずその月の計数値から、参照期間中の同じ月の計数値の平均を引き算する。そして、その引き算の結果を、参照期間中の同じ月の計数値の標準偏差で割り算する。このようにすることで、その月の計数値が、標準偏差の何倍くらい、平均から乖離しているかという、乖離度が計算できる。この乖離度を、6つの項目それぞれで計算して、その平均をACIとする。
 

3――これまでのACIの推移

3――これまでのACIの推移

ここで、これまでのACIの推移を、見ておこう。指数には、毎月の指数と季節ごとの指数がある。また、それぞれに単月(季節)の指数と、5年平均の指数がある。アメリカとカナダのアクチュアリー会が、主として公表しているのは、季節ごとの5年平均の指数となっている。これを、全体のACIと、各項目ごとに示すと、次の図表の通りとなる。
図表2-1. 指数推移(1)(季節ごと、5年平均)/図表2-2. 指数推移(2)(季節ごと、5年平均)
1961~1990年は参照期間であり、この期間に渡るACI等の平均は0となる。実際にこの期間のACI等の推移を見ると、横軸の付近で推移している。参照後期間となる1991年以降、ACIや高温、海水面、降水の数値は高くなっている。逆に、低温は低くなっている。また、乾燥や強風は上下動が激しさを増している。ACIは、2019年秋期(9~11月)に、1.16の過去最高値をマークしている。近年、北米地域において、気候の異常度合いが高まっていることがわかる。
 

4――リスク指数の開発

4――リスク指数の開発

異常気象が、社会経済に与える影響を定量的に表すために、アクチュアリー気候リスク指数(ACRI)の開発が進められた。2020年1月に、そのバージョン1.0が公表された4。その内容をみていこう。
 
4 実は、この前に、Solterra Solutionsが作成したバージョン0.1がある。このバージョン0.1は、アクチュアリー会では未承認だが、考え方の基礎をなしているとされる。
1今回公表されたACRIは、アメリカ分のみ
ACRIは、ACIと同様、アメリカとカナダを対象とすることを目指している。しかし、今回公表されたバージョン1.0は、アメリカの7つの地域のみが対象とされた。これは、アメリカとカナダで取り扱う災害データの内容が異なり、カナダのデータ数が少なかったことによる5
 
5 カナダのデータでは、分析対象の3,360地域・月 (=5地域×56年(1961~2016年)×12月) のうち、約8%の275地域・月にしか損害のデータがなかった。
2今回公表されたACRIは財産の損害のみ
ACRIは、生命の損失、負傷など、さまざまな損害を対象とすることを目標としている。しかし、今回公表されたバージョン1.0は、財産の損害に限られた。これは、ベースとしている災害データうち、信頼度の高いデータとして、財産の損害のみを取り扱ったためとされる。

ACRIは、全米海洋大気庁(NOAA6)のStorm Events Database というデータベースをもとに作られた、SHELDUS7と呼ばれるデータが使用されている。Storm Events Databaseには、アメリカで発生した50種類以上の自然災害について、物的損害、作物の損害、人命の損失・負傷が含まれている。
 
6 NOAAは、National Oceanic and Atmospheric Administrationの略。
7 SHELDUSは、Spatial Hazard Events and Losses Database for the United Statesの略。
3損害額を対数換算して、4つの変数の回帰式で表すモデルを構築
ACRIを計算するためには、さまざまな災害による被害を金額換算して、損害額(Loss)を計算することが必要となる。金額換算では、インフレを加味した2016年基準ドル換算が用いられている。Lossは、地域・月ごとに、モデルに含まれる要因以外を考慮して損失を測るための切片(I)、地域・月の資産価値(推定値)を表すエクスポージャー、4つの環境条件(降水、低温、高温、強風)の変数によって表される関数として、つぎのように表現されると仮定している8

Loss = I × (エクスポージャー) e  × (降水) p × (低温) l × (高温) h × (強風) w        [ドル]

e、p、l、h、wは、それぞれの変数に対する指数で、変数の変化に応じて損失が増減する感度を表すパラメータである。過去のデータをもとに、これらのパラメータを推定していくこととなる。

ただし、Lossを実額のまま取り扱うと、損害の発生した地域・月と、発生しなかった地域・月の間の差が大きく、分布が大きく歪んだ形となってしまう。そこで、Lossを対数換算することで、その歪みを小さくして、回帰計算等の作業処理がしやすい形としている。

具体的には、つぎの算式で、ln(Loss)のモデル化を行っている。(ln(〇)は、〇の自然対数を表す)

ln (Loss) = ln (I) e×ln (エクスポージャー) p×ln (降水) l×ln (低温) h×ln (高温) w×ln (強風)

この算式で、84の地域・月(=7地域×12月)につき、パラメータを推定する。各地域・月のデータは1961~2016年の56個しかない9ため、パラメータの推定値には相当なブレが含まれることとなる。
図表3. 信頼水準90%で有意なパラメータ推定のまとめ
 
8 ACIの項目のうち、海水面と、乾燥はACRIには用いられていない。海水面は、内陸にある「中西部」で観測できないためとしており、予備分析では、海水面を除外しても説明力があまり失われないことを確認したとしている。また、乾燥は、年データを補間して月データを算出しており、直接獲得できるわけではないためとしている。
9 たとえば、「平原南部」の「3月」のデータは、同地域の1961~2016年の3月のデータ、すなわち56個しかない。
4地域レベルの推定の安定度は低い
ln(Loss)の算式によるモデル化においては、アメリカ全体では推定の安定度が高かった。一方、地域レベルでの推定や、地域・月レベルでの推定では、安定度が低かった。たとえば、推定の安定度を決定係数でみると、アメリカ全体は0.62なのに対し、各地域は0.22~0.50の範囲にとどまっている。
5ACRIは、損失額から参照期間中の平均損失額を差し引いて計算する
以上のように、パラメータを推定して、モデルを作ることができる。このモデルに、エクスポージャーや4つの変数(降水、低温、高温、強風)を代入することで、モデル化された損失額が計算できる。計算された各年の損失額から、参照期間中の損失額の平均を差し引くことで、ACRIが計算される。ただし、パラメータが統計的に有意でない場合には、モデルによる計算は行わず、ACRIはゼロとなる。
 

5――ACRIの推移

5――ACRIの推移

こうして構築されたACRIの実際の推移をみておこう。つぎの図表のとおりとなる。
図表4. ACRIの推移
参照期間中のACRIの平均は、ゼロとなる。1979年に31億ドルとなり、この間の最高値となっている。 30年のうち、22年はACRIがマイナスであり、多くの年は平穏であった、とみることができる。

一方、1991年以降、ACRIが40億ドル超の年が4つある。特に、2008年には120億ドル近くまで上昇した。同年6月に中西部で発生した、大洪水の損害によるものとみられる。このように、年次によっては自然災害で巨額の損失が発生することを示している。なお、ACRIは1991年以降も14年でマイナスとなっている。近年、年次ごとのACRIの変動が激しくなってきている様子がうかがえる。
 

6――おわりに (私見)

6――おわりに (私見)

今回、公表されたACRIバージョン1.0は、アメリカの財産の損害のみを対象とする、限定的なものであった。その内容をみると、ACIと同様に、過去の推移を数量で表示するものとなっている。これにより、リスクの定量化を定期的に更新する枠組みが整えられたといえる。今後は、カナダ地域への拡張や、作物の損害、人命の喪失・負傷の表示といった、同指数の機能向上が期待される。

地球温暖化を背景とした、気候変動の問題は、北米地域にとどまるものではない。日本でも、スーパー台風10の襲来や、ゲリラ豪雨11、南岸低気圧等による激甚災害の発生懸念が高まっている。こうしたリスクを定量的に示すためには、データによる指数化が重要であると考えられる。今後、同様の取り組みが、日本を含めて、世界各国に広がっていくことが期待される。

引き続き、リスクの定量化、指数化の動向について、ウォッチしていくこととしたい。
 
10 アメリカ海軍の合同台風警報センター(JTWC)は、最大風速(10分間平均)が130ノット(秒速約67メートル)以上の熱帯低気圧を、スーパー台風として統計をとっている。なお、日本では、気象庁が、34ノット(秒速約17メートル)以上のものを、台風としている。このうち、105ノット(秒速約54メートル)以上のものを、猛烈な台風としている。
11 気象庁の用語では、集中豪雨(同じような場所で数時間にわたり強く降り、100mmから数百mmの雨量をもたらす雨)や、局地的大雨(急に強く降り、数十分の短時間に狭い範囲に数十mm程度の雨量をもたらす雨)が用いられる。
twitter Facebook このエントリーをはてなブックマークに追加 Pocketで後で読む

保険研究部   主席研究員・ヘルスケアリサーチセンター兼任

篠原 拓也 (しのはら たくや)

研究・専門分野
保険商品、保険計理

(2020年08月11日「保険・年金フォーカス」)

アクセスランキング

レポート紹介

【気候変動のリスク指数開発-アクチュアリーは異常気象による損害リスクを、どう表現するのか?】【シンクタンク】ニッセイ基礎研究所は、保険・年金・社会保障、経済・金融・不動産、暮らし・高齢社会、経営・ビジネスなどの各専門領域の研究員を抱え、様々な情報提供を行っています。

気候変動のリスク指数開発-アクチュアリーは異常気象による損害リスクを、どう表現するのか?のレポート Topへ