2020年08月07日

英国金融政策(8月MPC)-政策変更なし、新しい見通しを提示

経済研究部 主任研究員 高山 武士

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1.結果の概要:政策変更なし

8月6日、英中央銀行のイングランド銀行(BOE:Bank of England)は金融政策委員会(MPC:Monetary Policy Committee)を開催し、金融政策について決定した。概要は以下の通り。
 

【金融政策決定内容】
・政策金利を0.1%で維持(変更なし)
・国債および投資適格級社債の購入を総額7450億ポンドまで実施する(変更なし)

【記者会見での発言(趣旨)】
・GDP成長率見通しは、2020年▲9.5%、2021年+9%、2022年+3.5%
・マイナス金利は手段の一つではあるが、現在、利用する予定はない
・銀行の資本バッファーは損失を吸収するのに十分であると判断している

2. 金融政策の評価:関心は今後の回復へ

今回のMPCでは、市場の予想通り金融政策の維持を決定した。また、8月の金融政策報告書(MPR)および金融安定報告書(FSR)を公表した。

MPRでは今後の経済見通しを提示し、20年の成長率を▲9.5%と前回5月の例示シナリオ1(20年▲14%)から大幅に上方修正している。

FSRでは、「逆ストレステスト」を実施、見通しをどれほど下回った場合に、銀行の回復力を脅かすかを試算している。結果は、MPC見通しの2倍の累積経済損失、失業率で15%まで上昇するケースでも資本余力があると評価している。

会見では、マイナス金利、今後の景気回復シナリオ、ブレグジットなどの質問が見られた。ベイリー総裁は、マイナス金利について「道具箱にはあるが、現在は使う予定はない」と明言し、緩和策の選択肢としてはそれほど利用するつもりがないことを示した。

今後の景気回復シナリオは、金融政策報告書(MPR)見通しの中央値は2021年末頃に19年10-12月期の水準を戻すとしており、回復ペースはやや早いといえる一方、見通しの誤差(ファンチャートの幅)が拡大しており、将来の不確実性は大きく下方リスクは高いとしている。EUとの離脱交渉については包括的合意に至ることをベースラインとしつつも、合意に至らないリスクも考慮しており、不確実性の一因であるとしている。

今回のMPRは例示シナリオから不確実性は高いものの見通しになり、やや強めの数値が示された。一方で、BOEが指摘するように、今後の回復力はまだ不確実性が残る。今回は金融政策に対する関心は薄れているが、年末には資産購入策の枠上限に近づくこともあり、英国の回復状況次第で追加緩和策にも焦点が移っていくと見られる。
 
1 MPCは5月時点では、見通しではなくシナリオとして成長率を提示していた。

3.金融政策の方針

今回のMPCで発表された金融政策の概要は以下の通り。
 
  • MPCは、金融政策を2%のインフレ目標として設定し、経済成長と雇用を支援する
    • Covid-19のパンデミックによる経済・金融への影響にどのように反応するかが課題
    • 政策金利(バンクレート)を0.1%で維持する(全会一致で決定)
    • 国債および投資適格級の非金融機関社債の総額で7450億ポンドの購入を続ける(全会一致で決定)
       
  • 経済活動とインフレ率見通しは8月のMPRに示されている
    • 最近の情報は前回の委員会での見通しほど悪くないことを示しているが、今後の回復についての情報としては不透明といえる
    • 英国と世界経済の見通しは極めて不透明といえる
    • 見通しはパンデミックの状況と公衆衛生策、政府・家計・企業がこうした状況にどう反応するかに依存する
    • MPCの見通しはCovid-19による経済への直接的な影響は、予測期間を通じて徐々に低下すると仮定している
    • パンデミックという本質的な不確実性のため、MPC中期予測は通常時より有益性に劣る
       
  • 世界経済は、2019年10-12月期を下回っているものの、ここ数か月改善している
    • しかし、Covid-19はかなりの新興国で急拡大中、多くの先進国でも再拡大が見られる
       
  • 英国の7-9月期GDPは19年10-12月期より20%以上落ち込んだと見られる。
    • 高頻度指標では、4月の底からの急回復を示している
    • 決済データは、6月の家計消費が年初と比べ10%以上下回っていることを示唆している
    • 住宅市場は一部の家計への信用を厳格化する兆しはあるものの、通常の水準に戻っている
    • 企業活動に関する情報は少ないが、調査では7-9月期の企業投資は急減しており、設備投資意欲も引き続き弱いことを示唆している
       
  • 雇用はCovid-19の急拡大以降に低下しているが、政府の一時的な支援策によって大きく緩和されている
    • 調査では多くの労働者が一時休業から復帰しているものの、支援策の終了後の雇用見通しについては大きな不確実性が残っている
    • 失業率は、短期的には労働力の需給の弛みに沿う形で、今年の終わりにかけ7.5%程度まで上昇するだろう
       
  • MPC見通しの中央値は社会的距離政策と消費支出の改善によって、短期的に回復していくとしている
    • 設備投資も回復しているが、より遅いペースとなる
    • 失業率は、2021年初から次第に低下する
    • 経済活動は、これまで実施されてきた財政・金融政策によって支えられている
    • GDPは永続的な供給力の低下を一部反映して、2021年末まで19年10-12月期を超えることはないとしている
    • 生産量の変動と、見通し決定に関する要因の不確実性を考慮すると、需給バランスの変化を評価することは難しい
    • MPC見通しの中央値では、来年終わりまで需給の弛みは残ることを示唆している
    • GDP見通しのリスクは下方に傾いている
       
  • CPIインフレ率は5月の0.5%から6月には0.6%まで上昇した
    • CPIインフレ率は目標の2%からかなり下方に推移し、Covid-19の影響を直接・間接に反映して、年後半には0.25%程度まで低下する
    • これは、エネルギー価格の低下と飲食・宿泊・娯楽に対するVAT(付加価値税)の一時的な引き下げの影響が含まれる
    • これらの効果の消滅と、今後の需給の弛みが縮小によって物価上昇圧力が強まることでインフレ率は上昇していく
    • MPC見通しの中央値では、インフレ率は2年後には2%程度になる
       
  • MPCは引き続き状況を注視し、権限沿って金融政策を調整する準備がある
    • MPCは目的を達成するために必要な行動を広く検討する
    • MPCは生産力余剰の解消と、2%のインフレ目標の安定的達成への著しい進展についての確証が得られるまでは、金融政策を引き締めるつもりはない
       
  • 委員会は今回の会合で、現在の金融政策を続けることが適切であると判断した

4.記者会見の概要

今回は金融安定委員会(FPC:Financial Policy Committee)も開催され、8月の金融政策報告書(MPR)および、金融安定報告書(FSR)が公表されている。

記者会見の冒頭陳述原稿の概要(上記金融政策の方針で触れられていない部分)および質疑応答において注目した内容(趣旨)は以下の通り2
 
2 また、報告書の内容も冒頭陳述原稿に関する部分を中心に追記
(Covid-19の経済への影響)
  • 消費支出の回復は一様ではない
    • 衣類や家具などは急速に回復している
    • 食料品などの必需品はコロナ禍前の水準を超えている
    • 社会的交流を伴う支出は抑制されたままである
       
  • 雇用維持政策は7-9月期に約600万人が利用、自営業者所得支援策は80%が利用した
     
  • 7月は約7%の企業が休業した
 
(MPC見通し)
  • GDP成長率見通しは、2020年▲9.5%、2021年+9%、2022年+3.5%
    • 失業率見通しは、2020年7.5%、2021年:6%、2022年4.5%(いずれも10-12月期)
    • CPIインフレ率見通しは、2020年0.25%、2021年1.75%、2022年2%(いずれも10-12月期の前年比)
 
(FPCでの評価)
  • 企業は依然として深刻な資金調達環境(cash flow shock)に直面しており、雇用・生産能力への影響を最小限に抑えるためにさらなる資金を必要としている
    • MPC見通しの中央値と政府の財政政策を踏まえると、英国企業は一時的に2000億ポンドの資金不足(cash-flow deficit)に直面する可能性がある
       
  • 英国の金融システムは政府・中央銀行の政策に支えられ、当初の信用需要のほとんどが満たされている
    • 英国企業の銀行からの資金調達の純額は、主に政府の信用保証策を通じて行われ、700億ポンドを超えた
       
  • 企業倒産件数は低水準で推移しているが、今後増加する可能性がある
    • コロナ禍で債務負担が増えた企業や収益不足になった企業や、経済の構造変化に直面している企業もある
       
  • 英国の家計は世界金融危機時よりは良好な財政状況でコロナショックに突入した
    • 有給休暇や政府支援策は家計を支えているが、経済活動の急減は多くの家計収入に影響を与えている
    • 今年下半期には支援策が切れ始めるため、一部家計の脆弱性が明らかになる可能性が高い
       
  • FPCは銀行資本バッファーがMPC見通しの損失吸収に十分あると判断している
     
  • FPCは「逆ストレステスト(reverse stress test)」を実施し、銀行の回復力を脅かす経済状況について、見通しをどれほど下回った場合にそうなるかを逆算した
    • 2019年のストレステストで用いられた水準まで資本規制バッファーを枯渇させる3ためには、1200億ポンドの信用損失を被る必要がある
    • これは、MPCの見通しの2倍の累積経済損失に相当し、失業率は15%まで上昇するケースとなる
    • この場合でも銀行は、資本バッファーを保有しているため、800億ポンドの損失吸収余力が残る
       
  • FPCは、今後に起こりうる経済状況の中でも、銀行は耐えられると判断する
    • 銀行は深刻な景気後退の中でも、企業や家計への貸出を継続する余力がある
    • これは存続可能な企業の破産、貸し手の損失増加、より深刻な景気後退を防ぐ
       
  • FPCは3月の主要金融市場の機能不全を踏まえ、金融市場の強靭性や、民間部門の強靭性と中央銀行の流動性供給支援の適切なバランスについて、さらなる点検(review)の必要性について確認した
     
  • 金融システムは国債・レポ市場に依存している
    • 3月には現金化を急ぐ(dash for cash)ことに対する脅威が、金融市場の脆弱性を浮き彫りにした
    • 中央銀行の介入はより広範な経済的被害を回避するためには効果的ではあるものの、公的資金をリスクにさらし、また投資家の過剰なリスクテイクを助長する可能性がある
       
  • 市場はグローバルであるため、この点検は国際的な協調が必要であり、FPCはFSBによるコロナショックを踏まえた市場型金融に関する包括的な点検を歓迎する
 
3 具体的には、CET1比率で5.2%ポイントの減少に相当
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経済研究部   主任研究員

高山 武士 (たかやま たけし)

研究・専門分野
欧州経済、世界経済

経歴
  • 【職歴】
     2002年 東京工業大学入学(理学部)
     2006年 日本生命保険相互会社入社(資金証券部)
     2009年 日本経済研究センターへ派遣
     2010年 米国カンファレンスボードへ派遣
     2011年 ニッセイ基礎研究所(アジア・新興国経済担当)
     2014年 同、米国経済担当
     2014年 日本生命保険相互会社(証券管理部)
     2020年 ニッセイ基礎研究所
     2023年より現職

    【加入団体等】
     ・日本証券アナリスト協会 検定会員

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