2020年08月06日

政治的不安定が続く韓国の社会政策に対する考察-社会保障や労働市場関連政策を中心に-

生活研究部 主任研究員・ヘルスケアリサーチセンター・ジェロントロジー推進室兼任   金 明中

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進歩系の盧武鉉政権時代は「参与福祉」

このような状況の中で「参与政府5」と呼ばれる盧武鉉政権(大統領在任期間: 2003年2月25日 - 2008年2月24日)が誕生した。盧武鉉政権は、金大中元大統領と同じ進歩系政権であり、社会保障政策も「生産的福祉」を継承したものの、スローガンだけは既存の「生産的福祉」から「参与福祉」に変更した。
 
同政権は、福祉の普遍性、福祉に対する国の責任強化、福祉政策に対する国民の参加促進を強調しながら、貧富の格差を解消すると共に国民の70%を中流階級にするという目標を設定した。そのため、公的扶助制度である国民基礎生活保障制度の扶養義務者に対する所得基準(経済的に扶養する能力があると判断する所得基準)を、最低生計費の120%水準から130%水準に引き上げ、扶養義務者の認定範囲を広げて負担を減らす代わりに、政府の責任を強化した。
 
また、「次上位階層」6と言われる勤労貧困層の公的医療保険の本人負担率を引き下げる反面、国民年金の持続可能性を高めるために2007年7月には国民年金の給付水準を60%から50%に引き下げ、2028年までに段階的に40%に引き下げる年金改革を実施した。一方、高齢者の所得を保障するために2008年1月から一般会計を財源とする「基礎老齢年金」を導入した。基礎老齢年金は、国民年金や特殊職年金などの公的年金を受給していない高齢者や受給していても所得額が一定水準以下の高齢者の所得を支援するための補完的な性格を持つ制度である。この制度は、65歳以上の全高齢者のうち、所得と財産が少ない70%の高齢者に定額の給付を支給する制度で、2008年1月からは70歳以上の高齢者に、2008年7月からは65歳以上の高齢者に段階的に拡大・実施された。
 
一方、盧武鉉政権は、労働市場政策として、2004年に既存の「外国人産業技術研修生制度」を「雇用許可制」に転換した。日本の「技能実習生」をモデルとした「外国人産業技術研修生制度」は、ブローカーによる送り出し過程の不正により、不法滞在者が多数発生(2002年の場合、外国人労働者の8割が不法就労者)し、賃金未払いを含めた人権侵害の問題が続出するなど「現代版奴隷制度」とも呼ばれた。そこで、韓国政府は外国人労働者の処遇水準を改善し、将来の労働力不足を解決するための政策として「雇用許可制」を導入した。「雇用許可制」は、「外国人産業技術研修生制度」と異なり、慢性的な労働力不足に苦しんでいる中小企業が政府から外国人雇用の許可を受け、合法的に外国人労働者を労働者として雇用する制度である。
 
また、2006年には、民間部門に「積極的雇用改善措置制度(Affirmative Action)」を導入した。積極的雇用改善措置の実施により、女性従業員や女性管理職比率が徐々に上昇しており、職階における男女間の格差がわずかではあるが縮まる結果が得られた。さらに、盧武鉉政権は非正規労働者の増加が急速に進むなかで、2007年には「非正規職保護法」を施行した。この法律の目的は「雇用形態の多様化を認めて、期間制や短時間労働者の雇用期間を制限し、非正規職の乱用を抑制するとともに非正規職に対する不合理的な差別を是正する」ためであり、非正規労働者が同一事業所で2年を超過して勤務すると、無期契約労働者として見なされることになった。また、勤労と福祉を連携した制度として「勤労奨税制(EITC)」を2008年1月から実施した。
 
5 参与政府は、盧武鉉政権の愛称で、国民の参与(参加)により韓国の民主主義を完成させたという趣旨で名づけられた。
6 所得が最低生計費の120%以下かつ公的扶助制度である国民基礎生活保障制度の給付対象から除外された所得階層。
 

保守系の李明博政権はビジネスフレンドリー政策を実施

保守系の李明博政権はビジネスフレンドリー政策を実施

2008年には約10年間の進歩系政権が幕を閉じ、保守系政権である李明博政権(大統領在任期間:2008年2月25日 - 2013年2月24日)が誕生した。李明博政権は、「ビジネスフレンドリー」と呼ばれる企業の事業活動に親和的な環境整備政策を実施した。李明博元大統領の選挙公約には「747戦略」という有名な言葉がある。「747戦略」とは、大統領の5年間の任期中に年平均7%の経済成長率を達成し、10年以内に1人当たり国民所得を4万ドルに引き上げる、そして、世界7大経済大国になるという経済政策である。
 
李明博政権はこの目標を達成するために、法人税率の引き下げ(25%から23%に)、研究開発投資に対する税額控除の拡大、出資総額制限制度(資産総額が一定金額以上の大企業のグループ内の系列企業が保有できる他企業の株式を制限する制度)の廃止などを実施した。このようなビジネスフレンドリー政策の実施とウォン安政策により、2010年には経済成長率が6.3%まで上がるなど一時的に効果が出たものの、政策の恩恵が大企業に偏ることにより、中小企業等の不満は高まる一方であった。さらに、2010年6月に与党が地方選挙で敗北したことになり、ビジネスフレンドリー政策は方向を全面修正し、中小企業との同伴成長を重視する政策に変わることになる。
 
一方、李明博政権時代には日本の介護保険制度にあたる老人長期療養保険制度が導入された。しかしながら、この制度は進歩系政権時から導入が議論され、前盧武鉉政権ですでに導入が決められた制度なので、李明博政権独自の成果だとは言えない。李明博政権は以前の進歩系政権とは異なり、雇用と福祉の連携を強調した。そして、保守系政権らしく、医療サービスの規制緩和、民間医療保険の活性化、営利医療法人の導入の検討、医療観光商品の開発、海外患者誘致のための制度改善などの政策が推進された。興味深い点は、保守系政権にもかかわらず、社会保障関連支出は前の進歩系政権より増加したことである。
 
その理由としては、2008年から国民年金の給付が実施され、受給者数が毎年増加したことにより年金給付額が増加したことや、高齢化により医療関連支出が増加したことなどが挙げられる。つまり、社会保障関連支出の増加は、李明博政権の社会保障制度の拡充によるものではなく、制度の成熟や高齢化の進展によるものであった。
 

保守系の朴槿恵政権、政策の効果現れず弾劾に

保守系の朴槿恵政権、政策の効果現れず弾劾に

李明博政権の次に政権を握った同じ保守系の朴槿恵政権(大統領在任期間:2013年2月25日 - 2017年3月10日)は、李明博政権の普遍的福祉政策を継承した。朴槿恵政権の社会保障政策の主な公約としては、国民幸福基金や基礎年金制度の導入、国民基礎生活保障制度の給付方式の変更、無償保育の実施、4大重症疾患医療費の無償化が挙げられる。
 
まず朴槿恵政権は、家計債務(家計部門の債務残高)問題を解決するために、「国民幸福基金」という挑戦を始めた(2013年3月29日に発足)。国民幸福基金は、朴槿恵前大統領の選挙公約の一つであり、債務不履行者の信用回復や庶民の過剰債務解消を目指した政策である。国民幸福基金は、政府の財政負担により債務延滞者の債務負担を大きく緩和し、経済的に自立できるように支援した点からは肯定的な評価を受けたものの、債務調整中に再び債務を滞納している者が多数発生していることや教育ローンが適用対象から除外されていること等が問題点として指摘された。
 
2013年3月からは全所得層の0~5歳児を対象に無償保育が実施された。朴槿恵政権がオリニジップ7や保育園を利用する子どもに対する「保育手当」のみならず、家庭で保護者に養育される子どもに対して養育手当を支給するなど無償保育を実施した目的は、子育て世帯の養育費などの経済的負担を減らし、出生率を引き上げるためである。そして、2014年7月からは、既存の「基礎老齢年金制度」を改正した「基礎年金制度」を実施した。
 
「基礎年金制度」は、既存の「基礎老齢年金制度」の給付額を引き上げた制度である。つまり、2013年時点で単身世帯には1ヶ月当たり最大96,800ウォン、夫婦世帯には154,900ウォンが支給されていた給付額が、最低10万ウォンから最大20万ウォンまで引き上げ調整された。また、2015年7月1日からは、増加する貧困層に対する経済的支援の拡大や勤労貧困層に対する自立を助長することを目的に、国民基礎生活保障制度の給付方式を所得認定額が最低生計費以下の者だけが対象となり、生活扶助を基本に、必要に応じて他の扶助を給付する「パッケージ給付」から扶助ごとに選定基準や給付水準を設定する「個別給付」に変更した。
 
これ以外にもいくつかの社会保障政策が実施されたものの、朴槿恵政権の社会保障政策に対する評価はそれほど高くない。その理由は選挙公約を大きく変更し、制度を縮小して実施したからである。朴槿恵政権は5年という任期を終えず弾劾され、政策の成果が問われず在任中に実施したすべての政策が批判の対象になってしまった。
 
7 オリニジップは韓国語で子どもの家という意味。日本の保育所に近い施設。
 

進歩系の文在寅政権

進歩系の文在寅政権、所得主導成長論に基づいた労働政策や社会保障政策を実施

朴槿恵前大統領が弾劾されることにより、政権は保守系政権から進歩系政権に変わる。文在寅政権(大統領在任期間:2017年5月10日~)は、所得主導成長論に基づいて労働政策と社会保障政策に力を入れ、特に低所得層の所得を改善するための政策が数多く施行された。所得主導成長論は、家計の賃金と所得を増やし消費増加をもたらし、経済成長につなげるという理論で、ポスト・ケインズ学派のマル・ラヴォア教授(カナダ・オタワ大)とエンゲルベルト・シュトックハマー教授(英キングストン大)の「賃金主導型成長」に基づいている。文在寅政権は、韓国に零細自営業者が多い点を考慮し、賃金の代わりに所得という言葉を使い、最低賃金の引き上げや社会保障政策の強化による所得増加と格差解消を推進した。
 
まず、労働政策から見ると、2017年に6470ウォンであった最低賃金は2019年には8350ウォンに引上げられた。また、「週52時間勤務制」を柱とする改正勤労基準法(日本の労働基準法に当たる)を施行することにより、残業時間を含めた1週間の労働時間の上限を68時間から52時間に制限した。労働者のワーク・ライフ・バランスを実現させるとともに新しい雇用を創出するための政策である。しかしながら問題が発生した。最低賃金が2年間で29%も引き上げられたことにより、経営体力の弱い自営業者は、人件費負担増に耐えかねて雇用者を減らした。
 
一部の零細食堂では週15時間以上働く場合に支給することになっている週休手当が発生しないようにアルバイトの時間を週15時間未満に制限した。また、「週52時間勤務制」の実施により労働者の賃金総額が減少した。特に、製造業の場合は基本給が低く設定されており、残業により生活水準を維持している労働者が多かったので、残業時間の制限は生活費の減少に繋がった。実際に近年、韓国では運転代行業で働く人が増えてきている。それは、残業が制限され、これまで残業代で生活費の不足分を補ってきた人たちが、二つ、時には三つも仕事をかけ持ちして何とか生計を立てているからである。
 
社会保障政策としては2018年から「健康保険の保障性強化対策」、いわゆる文在寅ケアが施行された。文在寅ケアの主な内容としては、(1)健康保険が適用されていない3大保険外診療(看病費8、選択診療費、差額ベッド代)を含めた保険外診療の段階的な保険適用、(2) 基礎生活受給者または次上位階層などの脆弱階層(社会的弱者)の自己負担軽減 、低所得層の自己負担上限額の引き下げ、(3)災難的医療費支出(家計の医療費支出が年間所得の40%以上である状況)に対する支援事業の制度化及び対象者の拡大などが挙げられる。ポイントは医療費支出による国民生活の圧迫の主因とも言える保険外診療(健康保険が適用されず、診療を受けたときは、患者が全額を自己負担する診療科目)を大きく減らすことである。
 
また、2018年9月からは児童手当が導入された。対象は満6歳未満の子どもを育てる所得上位10%を除外した世帯であり、子ども一人に対して月10万ウォンが支給されるようになった。さらに2019年の4月からは所得基準が廃止され、満6歳未満の子どもはすべて児童手当の対象になった。一方、65歳以上の高齢者のうち、所得認定額が下位70%に該当する者に支給される基礎年金の最大給付額が2018年9月から月25万ウォンに引き上げられた。さらに、2019年4月からは所得下位20%の高齢者の基礎年金の給付額を既存の月25万ウォンから月30万ウォンに引き上げる政策を行った。社会保障に対する支出を賄うための予算は他の政権と比べて大きく増加している。
 
8 韓国では家族が患者を看病する独特の医療文化が残っている。家族が仕事等で患者の看病ができない場合には看病人を雇って患者の身の回りの世話をさせる。看病にかかる費用は医療保険が適用されず、患者やその家族には大きな負担になって いる。
 

今後の韓国の政権交代や政策運営に注目したい

今後の韓国の政権交代や政策運営に注目したい

低成長や高齢化が今後も続くことが予想される中で、韓国政府はどのように経済を活性化させ、雇用を創出することができるのだろうか。また、どのように社会保障制度の財源を確保し、持続可能な社会保障制度を構築することができるだろうか。政権が変わっても続けられる政策を時間をかけて工夫し実施することこそ、財源の無駄使いの削減や国民の幸福度の上昇に貢献できるに違いない。今後の韓国の政権交代や政策運営に注目したい。

 
金大中政権から文在寅政権までの主な経済指標・社会保障及び労働市場政策
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生活研究部   主任研究員・ヘルスケアリサーチセンター・ジェロントロジー推進室兼任

金 明中 (きむ みょんじゅん)

研究・専門分野
社会保障論、労働経済学、日・韓社会政策比較分析、韓国経済

(2020年08月06日「基礎研レポート」)

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