2020年07月31日

新型コロナウイルスのグローバルM&Aマーケットへの影響-各国で広がる外資規制の強化

金融研究部 准主任研究員・ESG推進室兼任 原田 哲志

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1――コロナ禍により急減した世界のM&A取引

新型コロナウイルスの流行の影響を受けて、世界のM&A取引が減少している。図表1は世界のM&Aの月次の件数と金額の推移を示している。これを見ると、世界のM&Aの取引金額は2019年6月の5602億米ドルから、2020年5月には981億米ドルに減少、リーマンショック後と同水準まで落ち込んだ。6月は3028億米ドルと戻りが見られたものの、昨年と比較して低い水準に留まっている。

新型コロナウイルスの流行によって企業業績が悪化したことや、企業が手元資金の確保を優先し、新規の投資を抑制していることが背景となっている。通常、企業を買収する場合、デューデリジェンス(資産査定)の一環として現地調査が欠かせない。しかしながら、新型コロナウイルスの流行感染拡大防止のため、外国への渡航が厳しく制限されている現状では、こうした現地調査を行うことが困難となっていることも影響している。
図表1 グローバルM&Aの月次取引件数・金額の推移

2――大型買収案件の中止

2――大型買収案件の中止

グローバルM&A取引の減少についてその内訳を見てみたい。2019年下期から2020年上期のグローバルM&Aの取引金額の変化を地域別に見ると、北米が9543億米ドルから5444億米ドルに減少、欧州が5112億米ドルから3480億米ドルに減少、アジア太平洋が4001億米ドルから3062億米ドルに減少、中南米が506億米ドルから301億米ドルに減少、中東・アフリカが454億米ドルから444億米ドルに減少と軒並み減少していることが分かる(図表2)。グローバルM&Aの取引金額は、特に北米で大きく減少している。これは、米国で予定されていた大型の企業買収が中止されたことなどが背景となっている。
図表2 グローバルM&A取引金額の地域別の変化(2019年下期・2020年上期)
図表3は2020年上期に発表された取引金額上位のM&A案件を示している。これを見ると、米事務機器大手ゼロックスによる米パソコン・プリンター大手HPの買収、米インターコンチネンタル取引所(ICE)による電子商取引(EC)大手イーベイ買収など、大型の企業買収案件が相次いで中止されていることが分かる。

その一方で、6月7日、イギリスの製薬会社のアストラゼネカは米国の製薬会社ギリアド・サイエンシズに合併を提案した。発表時の取引金額は962億米ドルと、実現すれば非常に大きな取引となる。
図表3 2020年上期に発表された取引金額上位M&A取引

3――世界各国で広がる外資規制の強化

3――世界各国で広がる外資規制の強化

アストラゼネカによるギリアド・サイエンシズの買収は、大型案件であるが、実現には障壁があると言われている。主要国・地域が相次いで外国からの出資を厳しく管理する外資規制の強化を打ち出しているためだ。

新型コロナウイルスの流行によってグローバルサプライチェーンの寸断、生活必需品や医療品の深刻な不足が起こった。こうしたことから、国民を守るために何が必要かという点で、世界の見方が大きく変化している。このような中、株価下落により企業価値が減少することで、自国の安全保障において重要な企業が外国投資家に買収されることが危惧されている。各国政府は外国投資家によって自国の安全保障上重要な企業が買収されるのを防ぐために、外資規制を強化している。図表4は主要な国・地域の外資規制見直しの内容を示している。

EUは、2020年6月にEU域外の政府から補助金を受ける企業によるEU域内企業の買収などを制限する規制案を公表した。

オーストラリアは、2020年6月に外国からの投資について安全保障の観点に基づく審査を導入した。エネルギー、防衛産業、メディアなどセンシティブな分野への外国投資について、事前通知を義務化している。

米国では、新型コロナウイルスの流行を受けての外資規制の見直しは現在のところ行われていない。しかし、2020年1月13日に、外国投資リスク審査現代化法(the Foreign Investment Risk Review Modernization Act  FIRRMA)の最終規則を公表し、外国投資家による自国企業や不動産などへの審査を導入している。

日本でも、2019年に外国為替及び外国貿易法(外為法)を改正し、外国投資家が国内企業に出資を行う場合に必要な届出の対象の出資比率を10%以上から1%以上に引き下げている。

このように、各国政府は外国投資家による出資規制の強化を行っている。各国の政策において自由競争よりも産業保護や安全保障がより重視されるようになった。各国の外資規制強化は今後もしばらく継続すると考えられる。新型コロナウイルスをきっかけとしてグローバルM&Aや業界再編を取り巻く状況は大きく変化したと言えるだろう。
図表4 主要国・地域の外資規制見直し

4――おわりに

4――おわりに

本稿では、直近のグローバルM&Aマーケットの動向とその背景について説明した。新型コロナウイルスの流行が拡大する中で、グローバルM&A取引は低調となっている。これは、企業業績の悪化や移動制限により企業買収に必要な現地調査が難しくなっていることなどが背景となっている。

また、新型コロナウイルスの流行による生活必需品や医療品の深刻な不足が起こったことから、自国の安全保障や産業保護を重視する動きが広がっている。こうした背景から世界各国で外資規制を強化する動きが広がっている。

このように新型コロナウイルスをきっかけとしてグローバルM&Aを取り巻く状況は大きく変化している。こうした外資規制の強化は、業界再編や企業経営にも大きな影響を及ぼすだろう。今後の各国の政策やグローバルM&Aマーケットの動向に注目していきたい。
 
 

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金融研究部   准主任研究員・ESG推進室兼任

原田 哲志 (はらだ さとし)

研究・専門分野
資産運用、オルタナティブ投資

経歴
  • 【職歴】
    2008年 大和証券SMBC(現大和証券)入社
         大和証券投資信託委託株式会社、株式会社大和ファンド・コンサルティングを経て
    2019年 ニッセイ基礎研究所(現職)

    【加入団体等】
     ・公益社団法人 日本証券アナリスト協会 検定会員
     ・修士(工学)

(2020年07月31日「基礎研レポート」)

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