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2020年07月16日
Appendix:1918年スペイン風邪におけるアメリカのNPIと感染症拡大の抑制効果
Hatchett et al. (2007) 及びMarkel et al. (2007) はアメリカの主要都市でのNPIの実施状況をもとに分析を行っている。利用データはCenter for Disease Control’s (CDC) Mortality Statistics tablesやUS Bureau of the Census、” Weekly Health Index” 等の公式統計の他、当時の新聞報道である。
Hatchett et al.(2007)によれば、H1N1ウイルスの第2波(1918年秋頃)に対して、アメリカの17都市では、感染症の隔離政策、学校・劇場・教会などの閉鎖及び、イベント等の禁止措置等が実施されている。他方で、休業要請を実施した都市は少なく、営業時間の調整や交通機関での混雑緩和ルール作成など、人々が集中しないような政策が実施されている(付録図表左側)。NPIのタイミングや実施内容で、セントルイスとフィラデルフィアを比較検討し、セントルイスの方が死亡率が抑制されたとしている。フィラデルフィアでは1918年9月17日に最初の感染者が報告されたが9月28日の大規模な市民集会・パレードを当局は許可した。その後も感染症が広がりをみせたにも関わらず、10月3日までNPIは実施されなかった。つまり、最初の感染者報告から16日後に実施された。セントルイスは最初の感染者は10月5日に報告されたものの社会的距離の確保を意識したNPIが10月7日には実施された。こうした2つの都市の対応で、各都市の感染症による死亡率で大きな差異が生じたと指摘している。
Markel et al.(2007) は全米43都市のNPIの効果を検証している。当時のNPIを「学校休校」、「集会の禁止」及び「検査と隔離」の3つのカテゴリーに分類して、全ての都市はこの内少なくとも1つを採用している。43都市で最も多く採用された組み合わせは「学校休校」と「集会禁止」である。この組み合わせを早期に実施した都市では死亡率のピーク到達が大幅に遅れ、ピーク死亡率が低いと指摘している。また、NPIの実施期間は 1カ月以上が多いが、中には16週間実施している都市もみられる。実施期間と死亡率との関係では実施期間が長いほど、死亡率が低くなる関係も確認できるとしている(付録図表右側)。また、Bootsma and Ferguson,(2007)は全米16都市のデータを基に、NPIのタイミングや実施期間を中心に検討している。Markel et al. (2007)と同様に、サンフランシスコ、セントルイス、ミルウォーキー、カンザスシティー等、流行の早い段階でNPIを導入した都市ほど、より長くNPIを実施した都市ほど、ピーク死亡率が大幅に削減されたとしている。
このように、アメリカの事例ではNPIの早期かつ持続的な実施が感染症対策として有効なものとなることを示している。
経済への短期的な効果では、感染症拡大の抑制効果と同様に、早期かつ強力なNPIを実施した都市が、そうでない都市に比べてより強い経済成長に復帰したとの指摘(Correia et al., 2020)がある。ただし、長期的にはアメリカの世代別のデータを用いた分析ではパンデミック時に幼児(胎児)であったコーホートは他と比較して、教育水準の低下、収入水準の低下、社会経済的地位の低下、社会的な移転の増加等、世代間の格差を引き起こす原因と指摘する研究もある(Almond, 2006)。
Hatchett et al.(2007)によれば、H1N1ウイルスの第2波(1918年秋頃)に対して、アメリカの17都市では、感染症の隔離政策、学校・劇場・教会などの閉鎖及び、イベント等の禁止措置等が実施されている。他方で、休業要請を実施した都市は少なく、営業時間の調整や交通機関での混雑緩和ルール作成など、人々が集中しないような政策が実施されている(付録図表左側)。NPIのタイミングや実施内容で、セントルイスとフィラデルフィアを比較検討し、セントルイスの方が死亡率が抑制されたとしている。フィラデルフィアでは1918年9月17日に最初の感染者が報告されたが9月28日の大規模な市民集会・パレードを当局は許可した。その後も感染症が広がりをみせたにも関わらず、10月3日までNPIは実施されなかった。つまり、最初の感染者報告から16日後に実施された。セントルイスは最初の感染者は10月5日に報告されたものの社会的距離の確保を意識したNPIが10月7日には実施された。こうした2つの都市の対応で、各都市の感染症による死亡率で大きな差異が生じたと指摘している。
Markel et al.(2007) は全米43都市のNPIの効果を検証している。当時のNPIを「学校休校」、「集会の禁止」及び「検査と隔離」の3つのカテゴリーに分類して、全ての都市はこの内少なくとも1つを採用している。43都市で最も多く採用された組み合わせは「学校休校」と「集会禁止」である。この組み合わせを早期に実施した都市では死亡率のピーク到達が大幅に遅れ、ピーク死亡率が低いと指摘している。また、NPIの実施期間は 1カ月以上が多いが、中には16週間実施している都市もみられる。実施期間と死亡率との関係では実施期間が長いほど、死亡率が低くなる関係も確認できるとしている(付録図表右側)。また、Bootsma and Ferguson,(2007)は全米16都市のデータを基に、NPIのタイミングや実施期間を中心に検討している。Markel et al. (2007)と同様に、サンフランシスコ、セントルイス、ミルウォーキー、カンザスシティー等、流行の早い段階でNPIを導入した都市ほど、より長くNPIを実施した都市ほど、ピーク死亡率が大幅に削減されたとしている。
このように、アメリカの事例ではNPIの早期かつ持続的な実施が感染症対策として有効なものとなることを示している。
経済への短期的な効果では、感染症拡大の抑制効果と同様に、早期かつ強力なNPIを実施した都市が、そうでない都市に比べてより強い経済成長に復帰したとの指摘(Correia et al., 2020)がある。ただし、長期的にはアメリカの世代別のデータを用いた分析ではパンデミック時に幼児(胎児)であったコーホートは他と比較して、教育水準の低下、収入水準の低下、社会経済的地位の低下、社会的な移転の増加等、世代間の格差を引き起こす原因と指摘する研究もある(Almond, 2006)。
参考文献
- Almond, D. (2006) “Is the 1918 influenza pandemic over? long-term effects of in utero influenza exposure in the post-1940 U.S. population,” Journal of Political Economy, 114(4), 672–712.
- Bootsma, M. C. J. and N. M. Ferguson (2007) “The effect of public health measures on the 1918 influenza pandemic in U.S. cities,” Proceedings of the National Academy of Sciences, 104(18), 7588–7593.
- Bank of England (2020) “Monetary Policy Report,” May 2020.
- Chronopoulos, D. K., M, Lukas and John O.S. (2020) “Wilson4Consumer spending responses to the Covid-19 pandemic: An assessment of Great Britain,” The Centre for Economic Policy Research (CEPR) working paper, Covid Economics Vetted and Real-Time Papers, Issue 34, 3 July 2020
- Correia, S. Stephan Luck, and E. Verner (2020) “Pandemics Depress the Economy, Public Health Interventions Do Not: Evidence from the 1918 Flu”
- Eichenbaum, M. S., S. Rebelo, and M. Trabandt (2020) “The macroeconomics of epidemics,” Working Paper 26882, National Bureau of Economic Research.
- Hatchett, R. J., C. E. Mecher, and M. Lipsitch (2007) “Public health interventions and epidemic intensity during the 1918 influenza pandemic,” Proceedings of the National Academy of Sciences 104(18), 7582–7587.
- Inoue, H. and Y, Todo (2020) “The propagation of the economic impact through supply chains: The case of a mega-city lockdown to contain the spread of Covid-19,” The Centre for Economic Policy Research (CEPR) working paper, Covid Economics Vetted and Real-Time Papers, Isuue 2, 8April 2020.
- 小巻泰之(2020)「今こそエビデンスに基づくソーシャルディスタンスの検討を~感染症対策の効果に関する定量的分析の必要性~」,東京財団政策研究所『政策データウォッチ』,Forthcoming.
- Koren, M. and R, Peto (2020) “Business disruptions from social distancing,” The Centre for Economic Policy Research (CEPR) working paper, Covid Economics Vetted and Real-Time Papers, Isuue 2, 8April 2020.
- Markel, H., H. B. Lipman, J. A. Navarro, A. Sloan, J. R. Michalsen, A. M. Stern, and M. S. Cetron (2007) “Nonpharmaceutical Interventions Implemented by US Cities During the 1918-1919 Influenza Pandemic,” JAMA 298(6), 644–654.
- 内務省衛生局(1922)「流行性感冒」
- Relihan, L. E., Marvin M. Ward Jr., Chris W. Wheat and Diana Farrell (2020) “The early impact of COVID-19 on local commerce: Changes in spend across neighborhoods and online,” The Centre for Economic Policy Research (CEPR) working paper, Covid Economics Vetted and Real-Time Papers, Issue 28, 12 June 2020.
- Watanabe, T. and Y, Omori (2020) “Online consumption during the COVID-19 crisis: Evidence from Japan,” The Centre for Economic Policy Research (CEPR) working paper, Covid Economics Vetted and Real-Time Papers, Issue 32, 26 June 2020.
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(2020年07月16日「基礎研レポート」)
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