2023年06月07日

全国旅行支援の経済効果に対する評価と課題

大阪経済大学経済学部教授 小巻 泰之

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■要旨

本論は、新型コロナウイルス感染症(以下、Covid-19)により業況が大きく悪化した旅行業界への支援策として実施されたGo To トラベルから全国旅行支援までの旅行支援の経済的な効果を検証する。本論から得られた結論は以下の通りである。
 
  1. Go To トラベルの事業費は、2020年度時点で2兆6,972億円である。総額で、約3兆円程度の予算が付けられた。Go To トラベルは事業主体が国であることから執行状況などはある程度把握可能であるが、県民割及び全国旅行支援は、事業主体が都道府県であり、その後の予算執行状況は明らかにされていない。
     
  2. 旅行支援の実施の可否は新型コロナウイルス感染症対策分科会から示された感染症のステージ(レベル)1を基準に実施されている。全国旅行支援は実施公表(2022年6月17日)後、2度延期(2022年7月15日、8月25日)されている。多くの都道府県がレベル2にあったことが原因とみられる。しかし、最終的に9月26日に10月11日より実施と公表されたが、2022年7月及び8月時点よりレベル2の地域が多く、過去の延期判断の状況から改善していない。全国旅行支援では、実施可否の判断基準が不明瞭である。
     
  3. 旅行支援により宿泊料の下落が期待できる。実際の宿泊料への反映状況(価格転嫁率)でみれば、Go To トラベルは概ね100%の価格転嫁となっている。しかし、全国旅行支援については、2020年10月から12月までは価格への反映は55.9%~73.5%程度にとどまっている。さらに、2023年1月以降は26.1%~43.8%と価格転嫁率は大きく低下している。消費者よりも旅行業界の収益の改善に資する結果となった可能性がある。
     
  4. 消費支出全体に占める個々の消費費目割合でみると、Covid-19により対面を必要とする外食と宿泊料では、その動きが大きく異なる。外食については、Covid-19以前の水準に回復していないものの、旅行支援が実施された宿泊料は回復している。特に、所得の高い階層はCovid-19以前の水準を上回る状況となっている。
     
  5. 可処分所得と消費費目との関係では、宿泊料は平時2 でみて86%程度回復している。他方で、外食は30%程度、教養娯楽(サービス)65%と、旅行と比較して、回復が遅れている。宿泊料を所得階層別でみると、1,500万円以上の世帯では平時を上回る水準であるものの、400-600万円世帯の回復が遅れている。
     
  6. 旅行需要が増加する一方で、他の消費を減少させていることが確認でき、消費全体でみれば経済効果は小さいといえる。
 
このように、全国旅行支援については、経済全体を浮揚させる効果は乏しかったとみられる。しかし、インバウンドを含む旅行需要が回復してきたとはいえ、2019年の水準を超える状況にはない。こうした中で、旅行支援による宿泊料の割引は機械的試算よりも小さくなっている。この点は、リーマンショック時にフランスでのレストランへのVATを引下げた効果と同様に、消費者よりも旅行業界の収益の改善に資する結果となったと可能性がある。旅行支援の本来の目的が旅行業界の業況回復であることを鑑みれば、所期の目的を果たすことにはなったといえる。
 
しかしながら、課題は多い。

第1に、Go To トラベルなどの支援策が、Covid-19の感染拡大との関係で適切であったかである。先行研究では、Covid-19の拡大が続く状況ではかえって感染症を拡大させたと指摘している。

第2に、他の業界支援策との比較である。当時の業種別で影響を受けていたのはFace to faceのサービスを必要とする業種である。旅行業界を含むこれらの業種には種々の給付金が実施されており、旅行支援は旅行業界への上乗せとみることができる。Covid-19のような急激かつ正体不明なショックへの対応として追加的な支援が必要な業界への施策は重要である。しかし、それぞれの業種にとって、どのような施策が良いのか、欧米がおこなった施策も含めて、比較検証する必要がある。

最後に、全国旅行支援策に関する情報開示が十分ではなく、事後的な評価が難しい。特に、都道府県が事業主体となってから公表文書を確認できない場合が多い。また、各地域にどの程度の補助金が配分されたのかも不明であり、予算の執行状況もまた不明である。これらの情報開示などをすすめ、政策効果を評価できる体制を構築する必要がある。
 
1 新型コロナウイルス感染症対策分科会が策定した基準は、図表4のように、2021年11月8日の改定で、呼称が「ステージ」から「レベル」に変更されている。また、感染段階を示す数字についても「ローマ数字」から「アラビア数字」に変更されている。
2 本論において、平時とは、Covid-19以前の2018~2019年の平均値としている。


■目次

1――はじめに
2――旅行支援策の概要
  2.1|実施内容
  2.2|実施要件
  2.3|予算編成
3――旅行支援策の停止要件と実施の適否
  3.1|感染症ステージ(レベル)の状況
  3.2|実施可否の判断基準とその評価
4――旅行支援策に関する先行研究
  4.1|旅行代金の割引
  4.2|地域クーポンの発行
  4.3|分析方法
5――全国旅行支援の経済効果~旅行代金の割引効果
  5.1|CPIにおける宿泊料の推移
  5.2|旅行支援の宿泊料への価格転嫁状況
6――全国旅行支援の経済効果~消費喚起効果
  6.1|データ
  6.2|旅行支援策の消費支出に与える効果
7――まとめ
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大阪経済大学経済学部教授

小巻 泰之

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