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2025年05月08日

所得階層別にみた食料品価格の高騰の影響-賃金を考慮した価格水準からの検討

大阪経済大学経済学部教授 小巻 泰之

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■要旨

物価高に対する家計への影響については、実質所得の減少による購買力の低下や、所得の低い階層への負担が大きくなっていることが指摘されている。しかし、全国平均のデータをもとにした議論では、物価高の影響について所得階層や家族構成等の家計の属性の違いや、また都市圏と地方圏での相違は明確とはならない。また、所得が低い階層への影響が大きいことは感覚的に理解しやすいものの、所得水準の差異による物価高の影響度について、定量的に示されることは多くない。

特に、新型コロナ感染症が収束し始めた2021年頃から、地球環境問題やウクライナ戦争等の地政学的リスクの影響を背景に、食料品価格の高騰は世界的に継続している。食料品価格の変動は季節的要因が強く、コアの物価変動ではなく一過性とみられているが、4年近くも継続すると一過性の事象とみるわけにはいかない。また、アメリカにおける政策の大幅な転換の影響により、食料品を含む物価高は継続を予測する向きが多い。

イギリスでは2025年4月に、物価高対策として、食品や園芸用品、建材など89品目の輸入関税を2027年7月までゼロにすると発表した。日本においても、物価高対策が議論されているが、現行のCPI等を基にした物価高対策では、所得階層ごとの影響度をもとにした定量的な判断が難しく、全世帯を対象とする施策(一律の給付金や消費減税)の適否に議論が集中せざるを得まい。
 
本論では、所得比価格データを作成し、所得階層ごとに物価高影響を定量的に明らかにすることが目的である。本論でえられた物価高の所得階層別の影響をまとめると、以下の通りである。
 
  1. 食料品に関して、CPIと所得比価格データの前年比変化率の推移は異なる。CPIでは、2008年頃、2014年頃及び2022年以降ゼロ近傍から大きく上昇している。しかし、所得比価格データでは2007年頃、2012年頃、2020年以降と上昇が確認できる。実際に、当時の状況を新聞検索すると、CPIでは食料品の価格上昇率がゼロ近傍の時に物価高を懸念する記事数が多くなっている。
     
  2. 所得比価格データを時系列にみると、食料品への負担が急激に増加したのは2022年からであり、企業規模の大きい一般労働者(フルタイム労働者)ほど上昇している。この傾向はパートタイム労働者も同様である。
     
  3. 所得水準の格差は、5-29人規模と500人以上規模で比較して、一般労働者、パートタイム労働者とも、5-29人規模の方が所得水準は33%程度低い。所得水準の高い労働者ほど、食料品の購入で単価の高い品目を購入する傾向があり、このことで食料品への支出が高くなっている。
     
  4. 価格水準指数をもとに、一般労働者でみると、500人以上規模の労働者と比べ、零細企業に相当する5-29人規模の労働者は所得ベースで食費に1.5倍程度の負担増となっている。ただし、新型コロナ感染症拡大前より、企業規模間での格差は縮小している。
     
  5. パートタイム労働者でも同様に、企業規模間での格差は1.5倍程度である、ただし、企業間の格差はここ数年拡大傾向にあり、規模の小さい企業に勤めるパートタイム労働者の負担は高くなっている。
     
  6. 一般労働者とパートタイム労働者では所得の格差がもともと大きい。5人以上規模でみて、近年はやや低下したとはいえ4.0倍程度(可処分所得ベース3.5倍程度)と大きな乖離がある。しかし、食料品に対する負担については、所得(賃金)の格差以上に、労働者間の格差が大きくなっている。
     
  7. 米と生鮮野菜で合わせて、2025年では、世帯年間収入五分位階級の第一分位で第1分位17,314円、第5分位18,490円の追加的支出が必要となる。2023年以降、食料品価格の高騰を背景に、第1分位では年間70,000円程度の食費が増加してきた。
     
  8. 米の消費量は所得の高低に関わらず月間4㎏弱である。米の消費支出は減少傾向にあるとはいえ、所得の低い階層での消費比率は比較的に高くなっている。こうした点で、米の価格高騰の影響はより大きいとみられる。
 
ここでの試算は家族構成や形態等、家計の属性を考慮していない。単身か、多人数の家族か、就学中の被扶養者を抱える家族か、またどの地域に居住する家族なのか、家族の属性の違いによりさらに家族間の食料費支出は大きく変わってくる。食料費への支出は外食を除き、必需的消費に属することから、所得の低い階層かつ多人数家計ほど、今般の食料品価格の高騰はさらに大きな影響を与えていると考えられる。しかしながら、現状の物価高の判断では、物価や消費支出の変化率をもとにした平均的な議論であり、個々の家計への水準ベースでみた定量的な影響度は明確ではない。このような現状把握では。物価高の影響を埋める施策の検討で、平均的な家計像をもとにした議論にとどまるのはある意味で致し方ない。

食料品価格の高騰が持続的なものであるならば、平均的な家計像をもとにした議論からの脱却が求められる。対応策の検討に当たって参考になるのは、新型コロナ感染症時のイギリスの給付金の対応である。現地でのヒアリング調査によれば、イギリスでは申請者にネットを通じた登録のみで、追加的な資料や証明書の添付もなく申請を可能としてきた。また、給付までは営業日ベース6~10日間で、指定の口座に振り込みされたとのことである。個別の状況に応じた経済対策の実施も検討すべき時期にきていると考える。
 
■目次

1――はじめに
2――他の方法による物価の計測
  1|物価水準の計測
  2|生計費指数(Living Cost Index)と消費者物価指数
3――所得比でみる食料品価格高騰の影響
  1|データ
  2|所得比価格データによる食料品価格の状況
4――食料品における必需的消費への物価高の影響
  1|食料品購入の状況
  2|米と生鮮野菜の高騰の影響
5――まとめ

本資料記載のデータは各種の情報源から入手・加工したものであり、その正確性と完全性を保証するものではありません。
また、本資料は情報提供が目的であり、記載の意見や予測は、いかなる契約の締結や解約を勧誘するものではありません。

(2025年05月08日「基礎研レポート」)

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【所得階層別にみた食料品価格の高騰の影響-賃金を考慮した価格水準からの検討】【シンクタンク】ニッセイ基礎研究所は、保険・年金・社会保障、経済・金融・不動産、暮らし・高齢社会、経営・ビジネスなどの各専門領域の研究員を抱え、様々な情報提供を行っています。

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