2020年07月16日

ソーシャルディスタンス(社会的距離の確保)の経済への影響

大阪経済大学経済学部教授 小巻 泰之

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4.2 消費への効果(推計結果)
消費と人々の外出行動との関係を確認する。ここでは、月次ベースの統計データで外出状況と消費との関係性を確認した上で、日次ベースのデータに適用して日々の影響を確認する。モバイルデータ(NTTデータ)については月次平均し、オフライン消費者の代理変数とみなす。Watanabe and Omori(2020)やRelihan et al. (2020)での分析に示されたオフライン消費に該当するものである。家計調査(月次)とモバイルデータとの関係について2019年1月~2020年4月まで推計した結果が図表9である。

延期可能消費で0.37~0.44、SD消費で0.91~1.04で有意となっている。両者の消費ウエイトで換算すると、概ねSDが1%強化(外出が1%減少)すると、人と人が接触する必要のある消費は0.65%程度減少すると試算できる(図表9)。また、2020年4月までの推計結果を日次ベースSDの実績を外挿して5月の日次ベースのSD消費をどの程度予測できているのをみると、かなり再現されている(図表10)。
[図表9] SDの消費に与える影響(推計結果)
[図表10]消費への影響(外挿結果)
4.3 地域別消費とSDとの関係
47都道府県の消費動向は月次ベースで動向を確認できる1 。ここでは商業動態統計の県別データとSDとの関係をみた。日次ベースのSDを月平均にて算出して、各地域の販売額との関係を推計する。SDが1%変動すると百貨店・スーパーの販売額は0.48%程度低下することがわかる。この結果は家計調査での推計結果程度と大きな差異はない。しかし、SDの水準の高低で見れば、外出率の比較的高い地域では販売額が大きく低下していない。この点では、NPIへの取組で強く実施した地域ほど消費への影響が大きいことが窺える(図表11)。
[図表11]地域の販売額への影響
 
1 都道府県の消費動向はPOSデータを集計した日本経済新聞「CPInow」及びJCBクレジットカード使用状況を集計した「JCB消費ナウ」が利用可能である。
 

5――まとめ

5――まとめ

感染症による経済活動の悪化は、過去の経済ショックとは大きな相違がある。経済の悪化原因は、需要と供給のサイクルの不一致(需給バランスの悪化)から生じたものではなく、1998年の金融危機や2008年以降のリーマンショックで問題とされた金融面(信用)での機能不全でもない。また、大地震や異常気象等の自然災害による一部地域の経済機能の不全やサプライチェーンの寸断とも異なる。

今回の経済活動の落ち込みは先行研究でも示される通り、Social Distancing(社会的距離の確保、以下SD)にある。これまで日常のことと考えられてきた、人と人との接触で通じて形成されてきた経済活動が遮断される状況である。

感染症が生じた時点では不透明感が強く、どのような対策であっても迅速なものが是認されてきた。しかし、今後については、NPIにおける費用対効果を検証した上での対応でないとなかなか支持されないのではなかろうか。

にもかかわらず、今回のNPIの感染症拡大の抑制への効果については、ほとんど実施されていない。3.2節でみたように、地域毎にNPIに対する対応は異なっている。こうした対応が地域での感染症の拡大にどのような影響を与えたのかを確認する必要がある。たとえば、 1918年スペイン風邪でのアメリカの事例では全米の都市ごとに異なったNPIが実施され、NPIが早期かつ持続的な実施の場合感染症対策としても、その後の経済活動にとっても有効なものとなることが示されている(Appendix参照)。

さらに、感染症に関する情報やデータの整備ではなかろうか。特に、今回の感染症を巡る状況の推移及び対応策に対する情報は全て残す必要があると考える。Appendixで整理したように、1918年のスペイン風邪に関しては、情報通信機器やパソコンのような機器がない中で、過去の事例研究が可能となるデータが存在している。日本においても内務省衛生局から『流行性感冒』(1922年)が刊行されている。その内容は、国内における感染症拡大の推移だけでなく、各都道府県のNPIについて時系列で詳細に記録されている。

今回、47都道府県のNPIの状況を調査する際、地域によっては過去の情報が入手しづらいところもあった。日本では「地方分権」の原則から都道府県のデータ集計が実施されない場合が多いが、日本以上に地方分権の進むアメリカでは中央政府がデータ整備をおこなっている。国の積極的な関与が必要ではなかろうか。
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大阪経済大学経済学部教授

小巻 泰之

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