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新型コロナ対策で傷病手当金が国保に広げられた意味を考える-分立体制の矛盾を克服する契機に
基礎研REPORT(冊子版)7月号[vol.280]

保険研究部 上席研究員・ヘルスケアリサーチセンター・ジェロントロジー推進室兼任 三原 岳
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1―はじめに
このため、今回の制度改正を通じて、国保に加入する非正規の勤め人も給付の対象に部分的に加えられたことになり、画期的な対応と言える。さらに勤め人が雇用形態や収入に応じて、被用者保険と国保に分かれている結果、給付内容に格差が生まれやすい矛盾を克服する可能性も含むと考えられる。
本レポートでは、この制度改正の内容や意義を考察する。
* 本稿は2020年5月13日掲載の同題レポートを再構成 した。国民皆保険のプロセスなど詳細は下記を参照。 https://www.nli-research.co.jp/report/detail/id=64427&pno=1&site=nli
*1 なお、国保には自治体が運営する制度に加え て、医師や弁護士などを対象とする国民健康保険組合 (国保組合)という仕組みがあり、傷病手当金が支給さ れているが、本レポートでは述べない。さらに、今回の 制度改正では後期高齢者医療制度に加入する勤め人 も対象になったが、詳述を避ける。
2―傷病手当金とは何か
一方、国保に関しては、保険者(保険制度の運営者)による任意給付となっており、これまで支給実績がなかったが、新型コロナウイルス対策の一環として、国保加入の勤め人が特例的に給付対象となった。
3―今回の制度改正
しかし、全ての国保加入者が対象となるわけではない。第1に、支給するかどうか保険者の判断に委ねられており、被用者保険のように法定化されたわけではない。第2に、国保に加入する自営業者や農林水産従事者、退職者が新型コロナウイルスに感染しても支給は受けられず、給付対象は勤め人に限定される。この点について、厚生労働省幹部は2020年3月の国会答弁で、国保にはパートや非正規雇用などの勤め人だけでなく、自営業者や農林水産業従事者など多様な人が加入しているとして、給与を収入源とする被用者保険と同じようには取り扱えない点を説明している*2。
では、ここで言う「多様」な国保の加入者はどのような状況なのだろうか。この点を次に見る。
*2 第201回国会会議録2020年3月16日参議院予算委員会における厚生労働省の浜谷浩樹保険局長による発言。
4―国保加入者の現状
では、どのような線引きで給付格差が生まれていたのだろうか。次に被用者保険と国保の「境界線」を考察する。
5―分立体制の境界線と給付格差
このため、働き方や給与水準に応じて、勤め人は被用者保険と国保に分立して加入しており、前者に加入する人は傷病手当金が受けられるが、国保加入の勤め人は給付対象から外れていた。
しかし、傷病手当金は制度改正論議や社会保障制度の研究で顧みられてこなかった。むしろ、「自らの権限と責任で事業を営む自営業者と異なり、生産手段をもたず他人に雇われ、賃金によって生計を維持せざるをえない被用者には一定の配慮を必要とする。被用者保険の法定給付として傷病手当金が設けられているのはその例である」という指摘*3が見られるなど、被用者保険と国保の典型的な違いの一つとして傷病手当金が理解されていた面がある。
*3 島崎謙治(2011)『日本の医療』東京大学出版会 p221。
6―制度が分立している遠因
第2に、国保が産業構造の転換、人口の高齢化による影響を受けた点である。国保のターゲットは当初、自営業者と農林水産業従事者だったが、産業構造の転換とともに、その割合は減少した。一方、退職者を専ら意味する無職と、非正規の勤め人を表す被用者のシェアが上昇し、1980年代以降は両者の合計が過半数を占めるようになった。この様子については、国保に加入する世帯主の職業の年次推移を示す図表2で見て取れる。これは調査が悉皆となった1963年度から最新の2018年度までのシェアを表している。
第3に、バブル経済崩壊後、企業は事業は負担を避けるため、非正規雇用者を多く使うようになり、こうした人は国保に多く加入した。こうして被用者保険と国保加入の勤め人の間で、傷病手当金の給付格差が生まれていた。
7―今回の意義付けと今後の方向性
むしろ、給付格差が生み出されていた分立体制の矛盾が拡大している点を考えれば、遅きに失したという見方も可能である。政府としても、被用者保険の対象を拡大させる法改正を実施するなど、少しずつ手を打ってきたとはいえ、今後は新型コロナウイルスに限定した特例ではなく、一般的な制度として恒久化することが必要である。
8―おわりに
(2020年07月07日「基礎研マンスリー」)

03-3512-1798
- プロフィール
【職歴】
1995年4月~ 時事通信社
2011年4月~ 東京財団研究員
2017年10月~ ニッセイ基礎研究所
2023年7月から現職
【加入団体等】
・社会政策学会
・日本財政学会
・日本地方財政学会
・自治体学会
・日本ケアマネジメント学会
【講演等】
・経団連、経済同友会、日本商工会議所、財政制度等審議会、日本医師会、連合など多数
・藤田医科大学を中心とする厚生労働省の市町村人材育成プログラムの講師(2020年度~)
【主な著書・寄稿など】
・『必携自治体職員ハンドブック』公職研(2021年5月、共著)
・『地域医療は再生するか』医薬経済社(2020年11月)
・『医薬経済』に『現場が望む社会保障制度』を連載中(毎月)
・「障害者政策の変容と差別解消法の意義」「合理的配慮の考え方と決定過程」日本聴覚障害学生高等教育支援ネットワーク編『トピック別 聴覚障害学生支援ガイド』(2017年3月、共著)
・「介護報酬複雑化の過程と問題点」『社会政策』(通巻第20号、2015年7月)ほか多数
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