2020年07月07日

新型コロナ対策で傷病手当金が国保に広げられた意味を考える-分立体制の矛盾を克服する契機に

基礎研REPORT(冊子版)7月号[vol.280]

保険研究部 主任研究員・ヘルスケアリサーチセンター・ジェロントロジー推進室兼任   三原 岳

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1―はじめに

新型コロナウイルスへの対応策として、公的医療保険制度に関して注目すべき制度改正が盛り込まれた。国民健康保険(国保)に加入する勤め人が新型コロナウイルスに感染したり、発熱などで感染が疑われたりしたことで、就労できなくなった場合、「傷病手当金」を新たに支給するという制度改正である*1。従来、傷病手当金は健康保険組合など被用者保険では給付が法定化されているが、自治体が運営する国保では支給実績がなかった。

このため、今回の制度改正を通じて、国保に加入する非正規の勤め人も給付の対象に部分的に加えられたことになり、画期的な対応と言える。さらに勤め人が雇用形態や収入に応じて、被用者保険と国保に分かれている結果、給付内容に格差が生まれやすい矛盾を克服する可能性も含むと考えられる。

本レポートでは、この制度改正の内容や意義を考察する。
 
* 本稿は2020年5月13日掲載の同題レポートを再構成 した。国民皆保険のプロセスなど詳細は下記を参照。 https://www.nli-research.co.jp/report/detail/id=64427&pno=1?site=nli
*1 なお、国保には自治体が運営する制度に加え て、医師や弁護士などを対象とする国民健康保険組合 (国保組合)という仕組みがあり、傷病手当金が支給さ れているが、本レポートでは述べない。さらに、今回の 制度改正では後期高齢者医療制度に加入する勤め人 も対象になったが、詳述を避ける。

2―傷病手当金とは何か

傷病手当金とは、被保険者が病気やケガのために働けなくなり、会社を3日間連続で休んだ場合、4日目から休んだ日に対して月給の概ね3分の2の現金が1年6カ月間、支給される。これまでの対象は被用者保険、つまり協会けんぽ、健康保険組合、共済組合、船員保険に加入する勤め人に限られており、予算規模は2017年度現在で約3,675億円。原則として事業主と勤め人が折半している。

一方、国保に関しては、保険者(保険制度の運営者)による任意給付となっており、これまで支給実績がなかったが、新型コロナウイルス対策の一環として、国保加入の勤め人が特例的に給付対象となった。

3―今回の制度改正

今回の制度改正は3月10日の「緊急対応策 第2弾」に盛り込まれた。具体的には、新型コロナウイルスに感染したり、感染が疑われたりした国保の勤め人に対し、被用者保険と同一内容の傷病手当金が支給される。必要な財源規模は明示されていないが、特別な財政事情を考慮する「特別調整交付金」という国庫補助金から充当される。

しかし、全ての国保加入者が対象となるわけではない。第1に、支給するかどうか保険者の判断に委ねられており、被用者保険のように法定化されたわけではない。第2に、国保に加入する自営業者や農林水産従事者、退職者が新型コロナウイルスに感染しても支給は受けられず、給付対象は勤め人に限定される。この点について、厚生労働省幹部は2020年3月の国会答弁で、国保にはパートや非正規雇用などの勤め人だけでなく、自営業者や農林水産業従事者など多様な人が加入しているとして、給与を収入源とする被用者保険と同じようには取り扱えない点を説明している*2

では、ここで言う「多様」な国保の加入者はどのような状況なのだろうか。この点を次に見る。
 
*2 第201回国会会議録2020年3月16日参議院予算委員会における厚生労働省の浜谷浩樹保険局長による発言。

4―国保加入者の現状

国保加入者を職業別で見ると、無職、被用者、自営業者、農林水産業従事者に分かれる。その内訳は2018年度現在では図1の通り、「無職」が45.4%で1位、「被用者」は32.3%で第2位を占めている。
[図1]職業別で見た国保世帯主の内訳
このうち、無職とは被用者保険を脱退した退職者か、学生などの若者、被用者とは被用者保険に入っていない勤め人を意味しており、傷病手当金の給付対象となるのは図1で類型されている「被用者」のうち、新型コロナに感染したり、発熱が出たりして、就業不能になった人ということになる。

では、どのような線引きで給付格差が生まれていたのだろうか。次に被用者保険と国保の「境界線」を考察する。

5―分立体制の境界線と給付格差

まず、5人以上の事業所は被用者保険に強制加入するが、5人未満の事業所は任意となっている。さらに、非正規雇用者のうち、労働時間など一定の要件を満たしている人は被用者保険、それに満たない人は国保に加入する。

このため、働き方や給与水準に応じて、勤め人は被用者保険と国保に分立して加入しており、前者に加入する人は傷病手当金が受けられるが、国保加入の勤め人は給付対象から外れていた。

しかし、傷病手当金は制度改正論議や社会保障制度の研究で顧みられてこなかった。むしろ、「自らの権限と責任で事業を営む自営業者と異なり、生産手段をもたず他人に雇われ、賃金によって生計を維持せざるをえない被用者には一定の配慮を必要とする。被用者保険の法定給付として傷病手当金が設けられているのはその例である」という指摘*3が見られるなど、被用者保険と国保の典型的な違いの一つとして傷病手当金が理解されていた面がある。
 
*3 島崎謙治(2011)『日本の医療』東京大学出版会 p221。

6―制度が分立している遠因

では、なぜ勤め人の保険制度は分断されているのだろうか。第1に、国民皆保険を1961年に整備する際、転職や引っ越しなどが多い中小企業の従業員については、所得捕捉が困難という判断があった。このため、従業員5人未満の事業所は国保で対応した。

第2に、国保が産業構造の転換、人口の高齢化による影響を受けた点である。国保のターゲットは当初、自営業者と農林水産業従事者だったが、産業構造の転換とともに、その割合は減少した。一方、退職者を専ら意味する無職と、非正規の勤め人を表す被用者のシェアが上昇し、1980年代以降は両者の合計が過半数を占めるようになった。この様子については、国保に加入する世帯主の職業の年次推移を示す図表2で見て取れる。これは調査が悉皆となった1963年度から最新の2018年度までのシェアを表している。

第3に、バブル経済崩壊後、企業は事業は負担を避けるため、非正規雇用者を多く使うようになり、こうした人は国保に多く加入した。こうして被用者保険と国保加入の勤め人の間で、傷病手当金の給付格差が生まれていた。
[図表2]国保世帯主の職業別シェアの年次推移

7―今回の意義付けと今後の方向性

以上の議論を踏まえると、今回の制度改正の意義が新型コロナウイルス対策に限らない点を理解できる。つまり、雇用形態が多様化する中、傷病手当金を巡って生じていた給付格差に「風穴」が開いた点で、画期的な制度改正と言える。スーパーや運送業などの非正規雇用者が社会機能の維持に貢献した点を踏まえれば、当然の対応である。

むしろ、給付格差が生み出されていた分立体制の矛盾が拡大している点を考えれば、遅きに失したという見方も可能である。政府としても、被用者保険の対象を拡大させる法改正を実施するなど、少しずつ手を打ってきたとはいえ、今後は新型コロナウイルスに限定した特例ではなく、一般的な制度として恒久化することが必要である。

8―おわりに

今回の制度改正は臨時的とはいえ、「正規雇用者=被用者保険」「非正規雇用者=国保」という分立体制の給付格差に「風穴」を開けた。財源確保など詰めなければならない点は多いが、分立体制の矛盾克服に向けた契機となることを期待したい。
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保険研究部   主任研究員・ヘルスケアリサーチセンター・ジェロントロジー推進室兼任

三原 岳 (みはら たかし)

研究・専門分野
医療・介護・福祉、政策過程論

(2020年07月07日「基礎研REPORT(冊子版)」)

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