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老後資金の取崩し(5)-早期に誤りを認めて修正するという英断も重要

金融研究部 主任研究員・年金総合リサーチセンター・ジェロントロジー推進室・サステナビリティ投資推進室兼任 高岡 和佳子
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1――十分な資産が準備できなかったからといって、生涯にわたって資産運用し続ける必要はない
資産運用には必ずと言って良いほどリスクが伴い、人はリスクを避ける傾向がある。必要かつ十分な資産が準備できなかったために、老後も負いたくもないリスクを負い資産運用を継続する必要に迫られたとしても、実は、生涯にわたって資産運用し続ける必要はない。老後も引き続き資産運用を行うなら、資産の取崩し方や、資産運用を終了する条件などの出口戦略も事前に十分検討する方が良い2。
生涯にわたり資産運用し続けることを前提に老後の資産運用を考えた場合と、出口戦略も併せて考えた場合では、老後の資産運用の在り方、老後の資産運用に適した金融商品は変わるのではないかと思われる。高齢者は低リスク・低リターンの金融商品を好む傾向がある3。一般に、「若いほどリスクを取って資産運用するべき」と言われるので、高齢者が低リスク商品を好むのは当然かもしれない。しかし、出口戦略も併せて考えた場合でも、そうでない場合でも、老後の資産運用において低リスク・低リターンの金融商品が最適とは限らない。資産運用におけるリスクとは、一般に期間収益率(通常1年間)のぶれの大きさを意味するが、資産寿命を延ばすために仕方なく資産運用を継続する世帯にとって、心配すべきリスク、つまりコントロールすべきリスクとは期間収益率のぶれではなく、資産が枯渇するリスクではないだろうか。期間収益率のぶれが小さいほど、資産が枯渇するリスクも小さいとは限らない4。短期間の収益率のぶれが大きくても、複数期間投資した場合の期間平均収益率は、投資期間が長くなるほど安定する傾向があるからだ。定年を迎えた人は若い人に比べると投資期間が短いのである程度リスクを抑えるべきとは言え、理論上、収益率のばらつきは投資期間の平方根に反比例するので、9年間投資すると、1年間だけ投資した場合と比べて収益率のばらつきは3分の1になり、16年間投資すると4分の1になる。今日において資産寿命の延命が必要となる根本的な要因は、長生きすることによる老後の期間の長さにあるのだから、投資期間は実は結構長く、長期投資による収益率の安定化効果は十分享受できる。
老後の資産運用において、問題となるのは単年度の収益率のぶれではなく、経済環境の変化などにより、中長期平均的な収益率が低下することである。多少の低下であれば、資産の取崩し方や、資産運用を終了する条件の工夫で対処可能だが、大きく低下した場合は、資産の取崩し方や、資産運用を終了する条件の工夫だけでは対処しきれない。年金受給開始時点に保有資産額の一定割合を危機準備資金として取っておいたり、中長期平均的な収益率の低下を早めに察知し前倒しで取崩し額を減額したりする必要があるⅱ。当レポートでは、具体的方法を検討し、その効果を検証する。
1 資産寿命とは、老後の生活を維持するために保有資産を取崩すことを前提とした考え方で、資産が尽きるまでの期間、もしくは資産が尽きる時の年齢を意味する。
2 基礎研レポート「老後資金の取崩(4)-資産運用のゴールを自ら決定する」
3 野尻哲史「高齢者の金融リテラシー~生活に不安を抱えながらも資産の持続力に楽観的~」フィデリティ退職・投資教育研究所
4 基礎研レポート「老後資金の取崩(2)-リスクを味方につけ、より豊かな生活の実現を目指す」
2――予想外の収益率変化に備える場合
予想外の収益率変化に備えるバリエーションとして、まず専ら定期的な取崩しに充てる資産とは別に、危機準備資金として取っておく資産の割合を3パターン(10%、20%、30%)用意する。
次に、危機準備資金の保有方法として、(A)危機準備資金も専ら定期的な取崩しに充てる資産と同様に、一定割合(50%)を株式などのリスクはあるがその代わりに高いリターンが期待できる資産(以下、株式)に投資するパターンと、(B)リスクの無い資産(以下、預貯金)で保有するパターンを考える。(A)の場合、当初の資産構成は、危機準備資金として取っておく資産の割合(10%、20%、30%)によらず一定であるが、時々の取崩し額は異なる。時々の取崩し額は、年金受給開始時点の資産額から危険準備資金を控除した額に、投資割合や株式の期待収益率に応じて適正な率(以下取崩し率)を乗じる方法で、決定するからである。(A)(B)共に、資産の取崩し方は先のレポート1で提案した「安く買って高く売る」という投資の基本に忠実な取崩し方法(以下、二つの財布法)を採用する。二つの財布法では、株価が低い(高い)状況が継続するなどして、預貯金(株式)が底をついた場合に限り、株価に関わらず株式(預貯金)を取崩す。(B)リスクの無い資産(以下、預貯金)で保有する場合、更に2パターン細分化可能である。危険準備資金も含めて預貯金が底をついた場合に限り株価に関わらず株式を取り崩す方法(B-1)と、危険準備金に手を付けるのは最後の手段に取っておき、危険準備金以外の預貯金が底をついたら、株価に関わらず株式を取り崩す方法(B-2)である。
最後に、二つの財布法通りに資産を取り崩していくパターン(全売却無)と、時価総額と必要額(以降の取崩し額合計)を随時確認し、時価総額が必要額を上回った場合、即座に残り全ての株式を売却するパターン(全売却有)も考える。
以上、危機準備資金として取っておく資産の割合が3パターン(10%、20%、30%)、危機準備資金の保有方法も3パターン(A、B-1、B-2)、全売却の有無で2パターン(全売却有、全売却無)の総計18パターンの効果を検証する。
1 基礎研レポート「老後資金の取崩(1)-運用方法と取崩し方法をセットで考える」
初期の株式占率が50%を前提として、予想外に中長期平均的な収益率が低下した場合に、想定期間(30年)内に資産が枯渇する確率を経過年数別に確認する(図表1)。横軸が経過年数、縦軸がその時点で既に資産が枯渇している確率を表している。当然、確率が低い方が良い方法となる。何も対策を講じなかった場合は、30年内に100%資産が枯渇する(灰色)が、年金受給開始時点に保有資産額の一定割合を危機準備資金として取っておくことにより、全パターンで30年内に資産が枯渇する確率は低くなるか、資産が枯渇する時期が遅くなる。危機準備資金として30%も取っておくと、30年内に資産が枯渇する確率はほぼなくなる(図表1、下段)。
次に、危機準備資金の保有方法については、(A)危機準備資金も専ら定期的な取崩しに充てる資産と同様に、一定割合を株式に投資する、(B-1)危険準備資金は現預金を保有し、かつ危険準備資金も含めて預貯金が底をつくまで、株価が低い状況で株式売却しない、(B-2)危険準備資金は現預金を保有し、かつ危険準備金に手を付けるのは最後の手段に取っておき、危険準備金以外の預貯金が底をついたら、株価が低い状況でも株式を売却する、の順で資産が枯渇するリスクの軽減効果が高いことが分かる(図表1、上中段)。つまり、(A)の(B-2)及び(B-1)に対する優位性から判断すると、中長期平均的な収益率が低下しても、マイナスでない限り当初の資産構成上株式の保有比率が高い方が良いことが分かり、(B-1)の(B-2)に対する優位性から、可能な限り株価が低い状況での株式の売却を避ける方が良いことが分かる。

尚、想定期間30年間の場合、資産運用しなくても保有している資産を年間3.3%(=100%÷30年)取り崩すことができる。老後の生活資金として十分な資産を既に保有しており、毎年、年金受給開始時点における保有資産の3.3%も取崩せれば、望む生活水準が維持できるのであれば、老後に負いたくないリスクを負ってまで資産運用を継続する必要性はない。
(2020年06月19日「基礎研レポート」)
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- 【職歴】
1999年 日本生命保険相互会社入社
2006年 ニッセイ基礎研究所へ
2017年4月より現職
【加入団体等】
・日本証券アナリスト協会検定会員
高岡 和佳子のレポート
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