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新型コロナを機に米国も有給病気休暇の付与を義務化か―感染拡大で俄かに脚光

経済研究部 主任研究員 窪谷 浩
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1――はじめに
一方、これまでの実証研究によって、有給病気休暇は休職中に収入を確保できるセーフティーネットとしての機能だけでなく、従業員が罹患したまま職場に行くことを減らすことで、感染症の感染抑制にも効果があることが示されている。
米国内で新型コロナの感染者数や死亡者数の急激な増加、感染対策として外出制限や外食禁止などの感染対策が強化される中で、自身の感染や感染家族の介護に加え、感染者との濃厚接触による隔離などで休職者数が増加している。このような中、生活保障、感染対策として有給病気休暇が俄かに注目されている。
米議会は、有給病気休暇の導入が遅れている中小企業をターゲットに、新型コロナに関連し休職した従業員に対して、有給病気休暇付与の義務付けを盛り込んだ「家族第一コロナウイルス対策法」(FFCRA)を3月18日に超党派の圧倒的な支持で成立させた。
本稿では、米国の有給病気休暇付与の状況を概観した後、新型コロナ関連に限定されているとは言え、連邦レベルで初めて有給病気休暇の付与を義務付けるFFCRAについて解説した。米国における今後の有給休暇付与義務の拡大を期待したい。
2――有給病気休暇の現状と課題
有給病気休暇(Paid Sick Leave)とは、本人や家族の病気治療・予防・見舞いの為に仕事を休んだ場合に、欠勤により失う給与を補う休暇制度である。米国では連邦レベルの労働法に病気休暇を含めた有給休暇の付与に関する規定はない。米国の「家族・医療休暇法」(FMLA)は、従業員50人以上の企業に対して、病気や家族の介護のための休暇付与を義務付けているが、有給ではなく無給休暇だ1。OECD加盟国で有給病気休暇の付与が義務付けられていないのは、米国と韓国2だけである3。
米国で有給休暇が義務付けられていない理由として、有給休暇は福利厚生であるとの認識が強く、有給休暇の付与はあくまで雇用者と被雇用者間の取り決め事と考えられていることが大きい。このため、有給病気休暇を付与するかどうかは基本的に各企業が判断することになる。
もっとも、07年のサンフランシスコ市を皮切りに、12年にコネチカット州が州として初めて有給病気休暇の付与を義務化するなど、州や地方政府では義務化の動きが続いている。20年5月末時点ではワシントンDCを含む13の州で義務化されており、行政府でも対応は分かれていると言えよう。

もっとも、付与率を時系列にみると、州・地方政府職員は9割前後で横ばいだが、民間企業は2010年の63%から+10%ポイント増加しており、有給休暇を付与する動きが広がっていることが分かる。
一方、民間企業の付与率は改善しているものの、以下に示すように企業規模、業種や地域による格差が大きくなっており、問題視されている。
1 FMLAは新型コロナ対策のために、FFCRAによって20年12月末を期限として新型コロナに関連して最長12週間の有給休暇付与を義務付ける改訂がされた。
2 韓国政府により、新型コロナが「第1級感染症新種感染症症候群」に分類されたことを受けて、新型コロナ感染により入院・隔離される場合には、感染予防法に基づく時限措置として韓国政府から有給休暇費または、生活支援費が援助されることになっている。
3 “Paid Leave for Personal Illness: A Detailed Look at Approaches Across OECD” (2018), UCLA WORLD Policy Analysis Center, https://www.worldpolicycenter.org/sites/default/files/WORLD%20Report%20-%20Personal%20Medical%20Leave%20OECD%20Country%20Approaches_0.pdf

付与率の高い金融・保険業と、最も低い飲食・サービス業では52%ポイントもの格差が存在している。
一方、これら業種の18年の平均年収は金融・保険で10万9千ドル、情報で11万4千ドルと民間企業の平均年収である5万7千ドルを大幅に上回るのに対して、建設業が6万3千ドルと平均を上回っているものの、小売業が3万2千ドル、飲食・宿泊業に至っては2万2千ドルと最も低賃金の業種となっている。
さらに、有給病気休暇の付与義務化に伴う労働コストの増加は、義務化前の年間567.6ドルから45.8ドル増加する。これは年間総労働時間(1,700時間)で換算すると1時間当たりの追加コストが2.7セント、付与率の変化分を加味した場合に1時間当たり2.1セントの増加要因となる。
州政府などが有給病気休暇の付与を義務化することに対する反対理由として、労働コストが上昇し、労働需要が減少する懸念が示されることが多い。しかしながら、前述の実証研究では、有給病気休暇の付与義務化に伴う労働コストの上昇は限定的であり、労働需要の減少を示すデータは確認できなかったとしている。
一方、有給病気休暇には病気罹患時の生活保障としての機能だけでなく、インフルエンザなどの感染症が流行する際に罹患を隠して職場に通い感染を拡大させるのを防ぐ効果も指摘されている。08年のシカゴ大学の調査5では、インフルエンザのような感染症に罹患した際に出勤したことがあるとの回答が、有給病気休暇が付与されていない労働者では68%に上っている一方、有給病気休暇が付与されている層では53%と、付与されていない労働者が15%ポイント上回っている。同調査は、有給病気休暇を付与されていない感染症の罹患者が、休職することで収入が絶たれ、失職することを恐れて出勤する結果、感染症を拡大させる可能性を指摘している。
4 "MANDATED SICK PAY: COVERAGE, UTILIZATION, AND WELFARE EFFECTS” (20年3月)、NBER Working Paper No. 26832 https://www.nber.org/papers/w26832
5 “Paid Sick Days: A Basic Labor Standard for the 21st Century” (08年2月)https://www.norc.org/PDFs/publications/PaidSickDaysReport.pdf
(2020年06月04日「基礎研レポート」)

03-3512-1824
- 【職歴】
1991年 日本生命保険相互会社入社
1999年 NLI International Inc.(米国)
2004年 ニッセイアセットマネジメント株式会社
2008年 公益財団法人 国際金融情報センター
2014年10月より現職
【加入団体等】
・日本証券アナリスト協会 検定会員
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