2020年05月25日

デジタルプラットフォーム透明化法案の解説-EU規制と比較しながら

保険研究部 専務取締役 研究理事 兼 ヘルスケアリサーチセンター長 松澤 登

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1――はじめに

少し前の話題となるが、楽天市場において、一定金額(通常、税込み3980円)以上の購入をすれば、送料無料とするとの方針を、楽天が発表したことがあった。この方針に対して出店者側が一方的だと反発し、公正取引委員会が2月28日に独占禁止法に基づく緊急停止命令の申し立てを東京地裁に対して行った1。結果的には楽天がこの方針を取り下げたため、案件としては収束した。

楽天の方針が独占禁止法違反になるかどうかは別として、デジタルプラットフォーム事業者が、デジタルの場において出店者に対して大きな影響力を持つことは、この事案からも理解できよう。

以前、基礎研レター「EUのデジタルプラットフォーマー規則」で述べたように、EUは先行して、デジタルプラットフォームに関する規則を導入し、取引関係を透明化することとした(施行は本年7月予定)。デジタルプラットフォーム事業者の不公正な競争行為を規制する方法としては、独占禁止法(競争法)の適用によることが考えられる。しかし独占禁止法による取引の適正化は、通常は、不公正な行為が行われたのちの事後規制となることや、適用要件である公正競争阻害性があるといえるかどうかといった、不公正な行為として認定するための壁がある。そのため、デジタルプラットフォーム利用の急速な普遍化とそれに伴うトラブルの多発化という実態に鑑み、まずはデジタルプラットフォームとその利用者の関係を見える化することとしたものである。

日本でも、同様の趣旨から、この通常国会(第201回)において「特定デジタルプラットフォームの透明性及び公正性の向上に関する法律案(以下、法という)」が付議されている2。法は、EU規則を参考とするものではあるが、日本流にアレンジしたものである。本稿では、EU規則と比較しつつ、解説を行うこととする。
 
1 公正取引委員会HP https://www.jftc.go.jp/houdou/pressrelease/2020/feb/200228.html
2 衆議院を全会一致で通過し、現在参議院で審議中である(5月20日現在)。
 

2――法の適用対象となる特定デジタルプラットフォーム提供者

2――法の適用対象となる特定デジタルプラットフォーム提供者

1|特定デジタルプラットフォーム提供者
法の適用対象となる特定デジタルプラットフォーム提供者とは、以下の3要件のいずれも満たすデジタルプラットフォームの提供者と定義されている(法第2条)。すなわち、(1)デジタルプラットフォームであること、(2)ネットワーク効果を有すること、および(3)経済産業大臣が指定したものであることである。以下、理解のために法文そのものでなく、わかりやすく言い換えて解説する。

まず、(1)デジタルプラットフォームというものは、多数の者が利用することを予定したデジタルの場において、商品等を提供しようとする者(商品等提供利用者。出店者のことを指す)の商品等の情報を表示することを常とする役務(サービス)が、インターネット等を通じて提供されるものをいう(法第2条第1項柱書)。

次に、(2)ネットワーク効果であるが、商品等提供利用者が増加することとで利便性が増してさらに商品等提供利用者が増す関係にあり、また一般利用者(購買者)が増加して利便性が増すことで一般利用者が増す関係にある(これらを直接ネットワーク効果という)とともに、この二つの効果が相互に関連して商品等提供利用者・一般利用者ともに増加する(これを間接ネットワーク効果という)こととされている(法第2条第1項第1号、第2号)。(ここまで図表1参照)。
特定デジタルプラットフォーム提供者
そして、このような性格を有するデジタルプラットフォームについて、(3)売上高の総額、利用者数などの事業規模が政令で定める規模以上のものを、透明性および公正性の確保が特に必要なものとして経済産業大臣が指定することで規制の対象となる。なお、政令で定める規模を超えたデジタルプラットフォーム提供者は、経済産業大臣に届け出をしなければならない(法第4条第2項)。

これらの規制対象には、楽天市場や、Amazon、PayPayモール、メルカリ、Google Play、Apple Storeなどが該当することになると思われる。
2EU規則との比較
まず、日本の法は、EU規則にあるような、検索エンジンを規制対象とはしていない。日本では、2010年にYahoo!検索がGoogle検索を利用するようになって以降、検索エンジンはGoogle一強という時代が続いている。そういう意味ではGoogleを規制するかどうか、という議論になる。この点、検索エンジンそのものは、現時点において、経済取引に大きな影響を直接的に与えているものではないという価値判断が法の策定にあたってあったのではないかと考える。

もう一つの違いは、EU規則は出店者を事業者(business user)に限定している(第2条(2)(b))が、日本の法では、商品等提供利用者と定義しており(法第5条)、事業として販売を行う者とはされていない。そのため、フリマアプリなど個人売買を仲介するデジタルプラットフォームも、規制対象になると考えられる。

確かに個人売買といっても、個人営業の古物商として販売を行う者と、不用品を単に処分する一般的な利用者との判別はむつかしいので、規制対象を広めにしておくことは、理にかなっている。

特筆すべきは、法案に双方向市場というデジタルプラットフォームの性格が、定義として書き込まれたところだ。これは、いわゆる間接ネットワーク効果の認められる市場とされているものである。具体的には、上述の定義のところで述べた通り、デジタルプラットフォームの購買市場や販売市場でユーザーの増加により市場の利便性が増すことでユーザーが増加し、それらユーザーと取引をしようとする反対側の市場(購買市場に対する販売市場)のユーザーが増加する効果が認められる市場である。

このような市場では、ロックイン効果が生ずる。ロックイン効果とは、商品等提供利用者がデジタルプラットフォームでの取引を繰り返すことで、販路としてのデジタルプラットフォームへの依存度が増し、容易に他のチャネルにスイッチできなくなる効果である。したがって仮にデジタルプラットフォームから不当な申し出があっても拒絶できないという状況が発生する。

言い換えると、デジタルプラットフォームの定義規定の中に、なぜデジタルプラットフォーム提供者に対して規制が必要となるのかの趣旨が、書き込まれているということができよう。
 

3――特定デジタルプラットフォーム提供者の開示義務・講ずべき措置

3――特定デジタルプラットフォーム提供者の開示義務・講ずべき措置

1特定デジタルプラットフォーム提供者の開示義務
特定デジタルプラットフォーム提供者の商品等提供利用者に対する開示義務は、図表2の通りである。
特定デジタルプラットフォーム提供者の開示義務
まず、イについてだが、デジタルプラットフォーム提供者には、取引の自由があるため、誰と取引するのかしないのか、何をどう取引するのかは本来自由である。不適正な販売を行う商品提供利用者のアカウントを停止するなど、取引停止が積極的に求められる場合もある。他方、たとえばデジタルプラットフォーム提供者が自社や関連会社で提供する商品がある場合に、その商品と競合する別の商品の販売停止を求めるケースなどは、独占禁止法上問題となるおそれがある(単独の取引拒絶、一般指定3第2項)。したがって、どのような場合に利用拒絶を行うのか明示させることが必要となる。

次に、ロであるが、典型的な事例として、デジタルプラットフォーム提供者が、自社の指定する決済サービスの利用を求めることがある。このことはデジタルプラットフォーム提供者が、エスクローサービス(商品が問題なく届いたことを確認したうえで支払を完了させるサービス)を提供するなど合理性がある場合がある。

他方、商品提供者が従来から利用してきた決済サービスで何ら支障がないのに、手数料の高い自社の展開する決済サービスを抱き合わせるなど独占禁止法上問題となるおそれがある場合もある(抱き合わせ販売または拘束条件付き取引、一般指定第10項、第12項)ため、明示させることとした。

ハのランキングであるが、ランキングは商品提供者の販売動向に大きな影響を与える。したがってランキングの算定方法や実際の算出は、デジタルプラットフォーム提供者が自由に定められるものとしても、そのルールが透明性を持った公正なものである必要がある。特に、広告宣伝費を支払っている商品等提供利用者を、外部からはわからないように優遇するようなものは、不公正なものと考えられる。このような事情を踏まえ、開示が求められる。

ニ、ホの販売データを誰が取得するのかの開示であるが、販売データは本来商品等提供利用者に帰属するものと考えられる。しかし、デジタルプラットフォーム提供者によっては、販売データの顧客情報を商品等提供利用者には提供しないというところもある。デジタルプラットフォーム提供者からは、顧客情報を開示しないことでトラブル回避の意味がある等の説明がなされる。

問題となるのは、販売データを利用して、デジタルプラットフォーム提供者自身や、その関連会社による販売に活用するといった行為である、これは独占禁止法上も問題になりうる行為である(取引妨害、一般指定第14項)。

また、ヘにある通り、苦情や紛争の窓口を商品等提供利用者に対して明確化しておくことも求められる。
 
他方、デジタルプラットフォーム提供者がその一般利用者(=購入者)に対して、開示すべき情報は図表3の通りである(法第5条第2項第2号)。
デジタルプラットフォーム提供者がその一般利用者(=購入者)に対して、開示すべき情報
イのランキングについては商品等提供利用者で述べたところが一般利用者にとっても当てはまる。特に、高評価と信じて購入したものが、広告宣伝費により特別扱いされているような場合も考えうるため、その旨を開示することが必要となる4

ロの購買履歴であるが、デジタルプラットフォーム提供者にとって、一般利用者の閲覧履歴や購買履歴は競争力の源泉である。他方、購買情報等個人データの不適正な取得については、独占禁止法上、優越的地位の濫用となり、問題があるというのが公正取引委員会の見解である(独占禁止法第2条第9項第5号、第19条)。法では、適切な開示を事前に行わせることで、独占禁止法の問題が生じないようにするものと思われる。

そのほか、デジタルプラットフォーム提供者が、商品等提供利用者に対して一定の行為を行うときの開示義務(図表4)、同様に一定の重要な行為を行うときの事前開示義務(図表5)が定められている(法第5条第3項、第4項)。
デジタルプラットフォーム提供者が、商品等提供利用者に対して一定の行為を行うときの開示義務
一定の重要な行為を行うときの事前開示義務
特定デジタルプラットフォーム提供者が、取引条件を変更する場合や取引を拒絶しようとする場合には、商品等提供利用者に対して、事前告知して内容と理由を明確にする必要があるとの趣旨である。

上述した例で説明するとすれば、たとえば従来は、決済サービスの選択は商品等提供利用者の自由であったとする。しかし、特定デジタルプラットフォーム提供者が新たに決済サービスを始めるため、その利用を求めることをデジタルプラットフォーム利用の条件とし、その条件を満たさない商品等提供利用者との取引を拒絶するようなケースである。このような場合は、商品等提供利用者に事前に告知するとともにその理由を開示する必要があることとなる。

これらの開示義務についてデジタルプラットフォーム提供者が遵守していないときには、経済産業大臣は開示するよう勧告、さらには措置命令を出すことができる(法第6条第1項、第4項)。経済産業大臣は一定の場合には総務大臣と協議しなければならない(同条第2項、第5項)。また、勧告、命令を行った場合にはその旨を公表しなければならない(同条第3項、第6項)。
 
3 一般指定とは、独占禁止法第2条第9項第5号に基づいて、公正競争阻害性があるとして、不公正な取引方法として問題とされる行為を公正取引委員会が定めたものである。
4 景品表示法の優良誤認表示に該当するおそれもある(第5条第1項)。
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保険研究部   専務取締役 研究理事 兼 ヘルスケアリサーチセンター長

松澤 登 (まつざわ のぼる)

研究・専門分野
保険業法・保険法|企業法務

経歴
  • 【職歴】
     1985年 日本生命保険相互会社入社
     2014年 ニッセイ基礎研究所 内部監査室長兼システム部長
     2015年4月 生活研究部部長兼システム部長
     2018年4月 取締役保険研究部研究理事
     2021年4月 常務取締役保険研究部研究理事
     2024年4月より現職

    【加入団体等】
     東京大学法学部(学士)、ハーバードロースクール(LLM:修士)
     東京大学経済学部非常勤講師(2022年度・2023年度)
     大阪経済大学非常勤講師(2018年度~2022年度)
     金融審議会専門委員(2004年7月~2008年7月)
     日本保険学会理事、生命保険経営学会常務理事 等

    【著書】
     『はじめて学ぶ少額短期保険』
      出版社:保険毎日新聞社
      発行年月:2024年02月

     『Q&Aで読み解く保険業法』
      出版社:保険毎日新聞社
      発行年月:2022年07月

     『はじめて学ぶ生命保険』
      出版社:保険毎日新聞社
      発行年月:2021年05月

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