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英国は金融・財政政策協調を新型コロナ拡大防止策より先行-背景にある長期戦への覚悟

経済研究部 常務理事 伊藤 さゆり
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1――3月11日公表の金融・財政政策
BOEは、金融政策委員会(MPC)による決定と合わせて、マクロプルーデンス政策を担うFPCが20年末までに2%に引き上げる予定だった反景気循環資本バッファー(CCB)を現在の1%からゼロに引き下げ、少なくとも12カ月維持することも決めた。
BOEは、TFSMEによって1000億ポンド超、CCBの引き下げで最大1900億ポンドの貸出余力が生みだされると見積もっている。
BOEは3月26日に定例のMPCを予定していたが、新型コロナウィルス対策を盛り込んだ政府の2020年度予算案(2020年4月~2021年3月)の公表と同日に敢えて緊急利下げに動き、金融・財政政策の協調を演出した。
2020年度予算案は事実上2つのパートからなっている。1つは、昨年12月の総選挙時の公約などをもとに作成した予算であり、もう1つが新型コロナウィルス対策の予算措置だ。
新型コロナウィルス対策の予算措置は、企業と家計の支援のための70億ポンドと国家医療サービス(NHS)やその他の公共サービスのための50億ポンド基金の合計120億ポンド(同0.5%、1.6兆円)からなる。
家計向けの支援としては、法定疾病手当 (SSP)や生活保護等の支給要件を満たさない人々などへの支援を行う。企業向けには、コスト増加やキャッシュフローの混乱に対処するための減税や、中小企業向け融資の支援、納税延期などを行う。公共サービスの基金はNHS等が感染拡大への対応と、その後の正常化のために必要となる資金に充てる。
予算演説を行ったスナク財務相は、新型コロナウィルス対策関連予算とインフラ投資拡大などの財政措置全体の規模は300億ポンド(同1.4%、4兆円)とし、現時点での財政刺激措置としてはどの国よりも大きいとの認識を示した。
2020年度予算案には、例年同様、予算責任局(OBR)による経済予測とそれに基づく財政収支や政府債務残高の見通しが盛り込まれているが、緊急でまとめられた新型コロナウィルス対策費や、感染拡大による景気下振れのリスクは反映されていない異例の内容となっている。
スナク財務相は、予算演説で、「さらなる行動が必要となった場合には、行動をためらわない」と述べており、景気の悪化と対策費の増大によって、財政赤字と政府債務残高が予算案の想定以上に膨らむリスクは高い。
2――近隣諸国より低い活動制限の段階
英国における感染の拡大は、これまでのところ比較的抑えられている。欧州では、2月下旬以降、イタリアを中心に感染者数が急拡大しているが、英国は、3月12日午前8時時点(欧州時間)で感染者数456人、死者数は6人で、人口10万人に対する感染者数は0.68人で、欧州疾病予防管理センター(ECDC)が作成している世界全体の累積感染者数の6段階の分類では下から2番目だ(図表2)。イタリアは同20人超で、アイスランド1とともに6段階で最高位に分類されている。ドイツ(1.89人)、フランス(3.40人)、スペイン(4.56人)など他の欧州主要国の分類は英国よりも1段階高く、統計的に見る限り、英国内での感染拡大は抑えられている。
1 アイスランドは23.81人でイタリアを上回っているほか、ノルウェー9.18人、デンマーク8.89人、スウェーデン4.52人と人口比で見た感染者数は北欧諸国で多いが、死者数はスウェーデンで1人、他はゼロで死者数は抑えられている。
英国の感染拡大対策も近隣諸国に比べるとマイルドだ。感染者数だけでなく死者数も急増したイタリアは、今月4日には全土の学校閉鎖、9日に4月3日までの全土封鎖、11日には2週間の全店閉鎖など経済的には大きな打撃となる措置に踏み切っている。フランスは、すでに大規模イベント等の自粛を呼び掛けてきたが、12日には、マクロン大統領が「100年に一度の公衆衛生上の危機」として、学校の閉鎖、在宅勤務や、旅行の自粛、高齢者や重症化のリスクがある人々への外出の自粛を呼び掛けるなど、対応を一段階強化した。
英国も、12日に、ジョンソン首相が演説し、持続性の咳や高熱のいずれかの症状がある人々には少なくとも7日間の自宅待機を、高齢者と持病のある人々には船旅の自粛を、そして海外への修学旅行についても自粛を求めた。しかし、既に多くの国が実施している大規模イベントやスポーツイベントの自粛や在宅勤務の要請などは見送った。
3――英国の対応は数カ月にわたる感染拡大を視野に入れたもの
12日のジョンソン首相の演説では、「一世代で最悪の公衆衛生上の危機」であり、「実際の症例数は、これまでの検査で確認された症例数よりもおそらく遥かに多い」、「今後数カ月にわたって世界中に拡大し続ける」、「より多くの家族が愛する人を失うだろう」という厳しい言葉が並んだ。
英国が、感染拡大措置の段階を抑えているのは、3カ月程度先と見られるピークに合わせて、より厳しい措置を講じられる熱意を持ち続けるためとされる。
現時点では、英国の感染拡大は統計上抑えられているし、感染拡大措置もマイルドで、12日の世界的株価下落の一因となった米国による欧州からの30日間入国制限の対象外だ。それでも、英国の主要株式指数であるFTSE100の12日の下落幅は10.9%と、イタリアのFTSE・MIB16.6%、スペインのIBEX35の14.6%フランスのCAC40の12.3%、ドイツのDAXの12.2%に比べれば小さいものの、世界同時株安の例外とはなっていない。
4――気掛かりな英国とEUの協議の行方
今月始まった第1回の協議でも将来関係協定を巡る英国とEUの立場の隔たりの大きさは、確認されたところだ。
しかし、新型コロナウィルスの感染拡大に対する危機意識は共有されているはずだ。EU主要国で最も英国に厳しい立場とされるフランスのマクロン大統領とジョンソン首相は、同じ日の演説で、同じような表現で、新型コロナウィルスの脅威への認識を示した。
予見不可能な圧力にさらされている企業や家計、金融システムに、EU離脱を巡る混乱が一層の負荷をかけることがないよう、妥協の余地を探ってほしい。
(お願い)本誌記載のデータは各種の情報源から入手・加工したものであり、その正確性と安全性を保証するものではありません。また、本誌は情報提供が目的であり、記載の意見や予測は、いかなる契約の締結や解約を勧誘するものではありません。
(2020年03月13日「基礎研レター」)

03-3512-1832
- ・ 1987年 日本興業銀行入行
・ 2001年 ニッセイ基礎研究所入社
・ 2023年7月から現職
・ 2011~2012年度 二松学舎大学非常勤講師
・ 2011~2013年度 獨協大学非常勤講師
・ 2015年度~ 早稲田大学商学学術院非常勤講師
・ 2017年度~ 日本EU学会理事
・ 2017年度~ 日本経済団体連合会21世紀政策研究所研究委員
・ 2020~2022年度 日本国際フォーラム「米中覇権競争とインド太平洋地経学」、
「欧州政策パネル」メンバー
・ 2022年度~ Discuss Japan編集委員
・ 2023年11月~ ジェトロ情報媒体に対する外部評価委員会委員
・ 2023年11月~ 経済産業省 産業構造審議会 経済産業政策新機軸部会 委員
伊藤 さゆりのレポート
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