コラム
2020年02月28日

感染力でみる新型コロナの脅威-ワクチンができるまで「集団免疫」の予防策はとれない

保険研究部 主席研究員 兼 気候変動リサーチセンター チーフ気候変動アナリスト 兼 ヘルスケアリサーチセンター 主席研究員 篠原 拓也

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新型コロナウイルスの感染拡大の脅威が高まっている。2月27日現在、世界全体で感染者は8万2294人、死亡者は2804人。日本では、感染者は891人、死亡者は7人(横浜港に停留したクルーズ船、中国からのチャーター機を含む) に達している。(世界保健機関(WHO)“Situation Report–38”(2020.2.27)より)

人類は、有史以前から感染症との闘いを繰り返してきた。衛生環境をよくしたり、診療技術を高めたりして、感染症の拡大防止に努めてきた。しかしいまも、その脅威から完全に逃れることはできていない。今回の新型コロナウイルスの感染拡大は、そのことを浮き彫りにしている。

感染症は病気の一種ではあるが、対処方法は通常の医療の枠内にとどまらない。保険会社では、リスク管理の一環として、感染症の調査が続けられている。そこでは、予防時やパンデミックなど感染拡大時の対策は、自然災害に対処する場合と類似したものと位置づけられている。つまり、感染症対策は、社会全体での予防や正確な情報の伝達など、世の中の幅広い領域に関係すると考えられている。

そこで、過去のパンデミックを振り返って、予防や拡大防止にはどうしたらよいか、考えてみよう。

そもそも、パンデミックという言葉は、感染症が世界的に同時期に流行することや、世界的に流行する感染症そのものを指す言葉として用いられる。世界保健機関(WHO)は、感染症の流行状況に応じて4つの期を設定しており、「人への感染が世界的に拡大した段階」を、パンデミック期と位置づけている。

スペイン・インフルエンザでは5000万人もの死亡者が発生 (最大推計)

ここで、今回の新型コロナウイルスと同様、肺炎症状を示すインフルエンザについて、過去に発生したパンデミックの様子をみておこう。

インフルエンザは、流行性感冒といわれ、20世紀に3回、21世紀にこれまで1回のパンデミックを引き起こしている。特に被害が大きかったのは、1918年に発生したスペイン・インフルエンザのパンデミックで、世界で5000万人が死亡したとされる(最大推計)。これは、1つの感染症による死亡者数としては、史上最大級といわれている。
20世紀以降のインフルエンザ・パンデミック
こうしたパンデミックの背景には、社会の近代化とともに、都市部の人口密集が進んだことや、鉄道、航路などの交通網が発達して人の移動が活発になったこと、などがあると考えられている。

ただし、2009年に流行した新型インフルエンザは、世界全体でみれば死亡者数は多かったが、日本での影響の広がりは限定的だった。これは、感染が拡大しつつあった大阪府や兵庫県で大規模な学校休業(大阪府では、全域で高校・中学を全校1週間休業)を実施したことをはじめ、市民の間で季節性インフルエンザ対策と同様の健康管理(うがいや手洗いなど)が徹底されていたためとみられている。

過去のコロナウイルス肺炎では日本国内の感染例はなかった

過去にも、コロナウイルスによる肺炎が流行したことがある。2002年に流行開始して2003年に中国を中心に猛威を振るったSARS(重症急性呼吸器症候群)と、2012年にサウジアラビアで流行が始まり2015年には韓国にも飛び火したMERS(中東呼吸器症候群)だ。

どちらも、コロナウイルスが感染の原因となっている。このウイルスは、電子顕微鏡で撮影すると、太陽のコロナのような形をしているために、このような名前で呼ばれている。

SARSとMERSでは、それぞれ774人、858人(2019年11月時点)の死亡者が出ている。(WHOのサイトより) SARSは2003年に終息宣言が出されたが、MERSは現在も中東地域で流行が続いている。いずれも、日本国内での感染例はない。だが、今回の新型コロナウイルスでは、世界全体でそれらを上回る死亡者が発生している。日本国内でも、すでに多数の感染者、死亡者が出ている。中国や東アジア地域をはじめ、世界各地で感染拡大が進行しつつあり、パンデミックとなる懸念が強まるばかりだ。

感染症ごとに異なる「感染力」の見方

感染症の感染力を表すために、「基本再生産数」という概念がある。ある感染症にかかった人が、その感染症の免疫をまったく持たない集団に入ったときに、直接感染させる平均的な人数を表す。

たとえば、この値が1より大きいと、平均的に、1人の患者から1人よりも多くの人に感染するため、感染は拡大する。逆に、この値が1より小さいと、1人未満にしか感染しないので、感染はいずれ終息する。そして、ちょうど1ならば、拡大も終息もせず、その地域に風土病のように根付くことを意味する。

感染症ごとに、基本再生産数は異なる。ある研究によると、インフルエンザは2~3、SARSは2~5、MERSは0.8~1.3、などとされている。
各感染症の基本再生産数とワクチンの有無
では、今回の新型コロナウイルスの基本再生産数はどうか。WHOが暫定的に出した値は1.4~2.5だ。しかし、香港や英国の大学チームの見解によると、3.3~5.5の幅で推定値が示されたとの報道もある。今までに経験したことのないスピードで感染が広がるかもしれない、との専門家の見方も出ている。

感染症の種類でいえば、はしかはこの値が16~21と非常に高く、コロナウイルスよりもはるかに感染しやすいことがわかる。これは、コロナウイルスが主に咳やくしゃみなどによる飛沫感染(飛距離は2メートル以内)や、ドアノブなどに触れてうつる接触感染で拡大するのに対して、はしかはウイルスの粒子が小さく、長時間空気中に浮遊して、広範囲に感染が拡大する(空気感染)ためとみられている。ただし、感染症関連の学会は、今回の新型コロナウイルスは、会話で生じる唾などがウイルスを含んで、閉鎖空間でごく短時間空気中に浮遊し、他者に感染させる可能性がある、と注意を促している。

総合的な感染力でみたときの新型コロナウイルスの脅威

一般に、感染症は免疫をもっている人にはかからない。そこで、日本では、さまざまな感染症に対するワクチンの予防接種が行われている。その結果、現在、ワクチンがある感染症に対しては、9割を超える人が免疫をもつようになっている。

ただし、インフルエンザの場合は、流行しているウイルスの株とワクチンの株が違うと、予防接種を受けていても感染拡大を防ぎきれないこともあるとされている。

この「免疫を持つ人が多ければ多いほど、感染症が流行しにくくなる」という考え方にもとづいた感染拡大の予防策は、「集団免疫」といわれる。感染症の拡大防止のための、重要な予防策となる。

基本再生産数で表される素の感染力でみれば、はしかやおたふくかぜのほうが断然高い。しかし、ワクチン効果を含めた総合的な感染力でみると、効果が限定的なインフルエンザや、ワクチンがないSARS、MERSの脅威が高まってくる。

そして残念ながら、いま流行している新型コロナウイルスに対しても、まだワクチンはない。今後、ワクチンを開発して臨床試験を経て実用化するまでには、相当な時間がかかる見込みとされている。

そこで、いますぐにすべき予防策として、帰宅時、食事前、トイレ後の石鹸での手洗いや、電車内での咳エチケットの励行など、一人ひとりが日常生活のなかで感染症対策を行うことが重要となる。

新型コロナウイルスは流行のピークが見えず、今後も新たな感染拡大の状況が明らかになることが予想される。2月27日、政府は、全国の小中学校、高等学校、特別支援学校について、3月2日から春休みまで臨時休校を要請した。今回の感染拡大防止の動きは、史上に例をみない展開となっている。

一般の市民として、大切なことは、メディアが報じる数値にあまり踊らされることなく、一人ひとりが、いますぐにすべき予防策を粛々ととっていくことだと思われるが、いかがだろうか。
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保険研究部   主席研究員 兼 気候変動リサーチセンター チーフ気候変動アナリスト 兼 ヘルスケアリサーチセンター 主席研究員

篠原 拓也 (しのはら たくや)

研究・専門分野
保険商品・計理、共済計理人・コンサルティング業務

経歴
  • 【職歴】
     1992年 日本生命保険相互会社入社
     2014年 ニッセイ基礎研究所へ

    【加入団体等】
     ・日本アクチュアリー会 正会員

(2020年02月28日「研究員の眼」)

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