2020年02月26日

エンタメ狂がモノ申す-ポケモンは誰のモノ?-ポケモンマーケティングを考える-

生活研究部 研究員 廣瀨 涼

このレポートの関連カテゴリ

文字サイズ

1――2月27日は「ポケモンの日」

2月27日は「ポケモンの日」である。ポケモンシリーズ最初のゲームソフト『ポケットモンスター 赤・緑』が発売されたのが1996年2月27日(火)であったことから、その始まりを記念して日本記念日協会は2月27日を「Pokémon Day」と認定している1。ポケモンといえば、ポケモンと呼ばれる不思議な生き物が生息する世界において、プレイヤーとポケモンとの冒険を描くロールプレイングゲーム (RPG) のことである。ポケモン関連ゲームソフトシリーズの累計出荷数は、2019年9月末時点で全世界3億4,600万本以上に達している 2。また、1996年のソフト発売以来、ゲームを含めた関連市場の全世界累計販売高は、2017年3月末現在で6兆円以上3にもなるなど、世界的に人気のあるコンテンツといえるだろう。
 
1 ポケモン公式サイトより https://www.pokemon.co.jp/info/2020/01/200131_cm01.html(2020/02/12閲覧)
2 株式会社ポケモン公式サイトよりhttps://www.pokemon.co.jp/corporate/services/ (2020/02/12閲覧)
3 2017年夏テレビ東京ステークホルダー通信「世界と世代をつないでいくアニメ「ポケモン」の魅力」https://www.txhd.co.jp/ir/library/business/pdf/txhd/07_02.pdf?1709(2020/02/12閲覧)
 

2――三世代にわたって愛されるポケモン

2――三世代にわたって愛されるポケモン

初代ポケモンが発売されてからもうすぐ25年が経つ。ポケモンが発売された当時子どもだったファンも大人になり、ポケモンから離れていったものもいる。しかし、彼らの子どもがポケモンファンになり、ポケモンというコンテンツと再び出会うことで、子どもと一緒にプレイしたり、一緒に消費はしなくても、ポケモンに触れる機会が再び生まれた父母世代も多いのではないだろうか。また、父母世代が子どもだった頃に一緒にポケモンを消費していた祖父母世代が今度は孫とのコミュニケーションにポケモンを使うなど、ポケモンは三世代にわたって消費されるコンテンツになった(図1)。  
図1 三世代にわたって消費されるポケモン
しかし、ポケモンはその歴史の長さから発売されているシリーズも多種多様で、親世代はよく知っていても、子ども世代が知らないポケモンも存在するなどジェネレーションギャップが存在する。この世代間のギャップを埋め、三世代のポケモンファンを迎えてくれるのがポケモンセンターである。「ポケモンセンター」とは、ポケモン関連商品を販売する専門店で、株式会社ポケモンが経営する、唯一の直営店でもある。ポケモンのキャラクター戦略の拠点として多角的に展開しており、欲しいポケモングッズが必ず手に入る店舗として、どの世代のポケモンファンも取りこぼさないような仕組みができている。ポケモンセンターは、ゲームやアニメにも同名の施設が登場していたことから、ポケモンファンにとって「聖地」として位置づけられており、ポケモンカルチャーを集約する受け皿としての機能を持っていた。そのため休みの日にポケモンセンターに行くと、親子で「どのポケモンが好きか」といった談義に花を咲かせているのを目にすることができる。現役のポケモンファンである子ども世代にとってはゲーム内に登場する施設に実際に入ることができるという感動を提供する一方で、父母世代には昔自分が一緒に冒険したポケモンが出迎えてくれるノスタルジア(なつかしさ)を誘発する機能を持っているのである。ポケモンセンターは、すべてのポケモンにスポットを当てることで商品ラインを広げ、幅広いニーズに応えるのみならず、三世代がコミュニケーションをとることができる場の提供を可能にしているのである。
 

3――かつて子どもだった大人たち

3――かつて子どもだった大人たち‐ポケモンマーケティングにおけるウィンバック戦略‐

ポケモンセンターが過去のポケモンファンとの接点を提供することで、また過去シリーズに登場したポケモンが今でも登場していることで、ポケモンは潜在的に過去にポケモンファンだった層をウィンバックさせるための市場環境を整えてきた。ウィンバックとは、一度離反してしまった顧客をまた呼び戻して 購入してもらう事で、顧客カムバックとも言う。

また近年では、発売当時は子ども向けとされてきたキャラクターも当時の子どもが大人になったことで、彼らをターゲットとした大人向けのポケモングッズが販売されるなど、子ども向けというイメージからリブランディング(Re-Branding)されてきている。このように新シリーズが継続して発売される中でも、過去のシリーズのファンを呼び戻すために、ポケモンはノスタルジアマーケティングを積極的に行ってきた。特にポケモンが20周年を迎えた2016年9月には、YouTubeで『ポケモンジェネレーションズ』と呼ばれるTVアニメ版とは異なるゲームのシナリオに忠実なオリジナルアニメシリーズを配信した 。この配信では、当時発売されていたポケモン第6世代に当たる『ポケットモンスターX・Y』までのすべてのシリーズのシナリオからエピソードが作られており、過去にポケモンシリーズを一度でもプレイしたことがある消費者に懐かしさを喚起させる作品となっていた。また劇場版ポケットモンスターにおいても、2017年からはゲームの世界観に重点を置くよりも、過去にポケモンファンであった消費者を再度取り込むことに軸足を移しており、2017年公開の『劇場版ポケットモンスター キミにきめた!』は、1997年に放送されたテレビアニメ第1話のストーリーに基づくスピンオフとして制作された。2019年に公開された『ミュウツーの逆襲 EVOLUTION』も1998年に公開された劇場版第1作『劇場版ポケットモンスター ミュウツーの逆襲』のリメイク作品であり、かつて子どもだった大人たちに対してアプローチされている。
 

4――ポケモン市場の変革

4――ポケモン市場の変革

もともとポケモンはゲームソフトであり、そこからグッズ化、アニメ化、映画化とその市場を拡大してきた背景があるため、ポケモンというマーケットの中心には常にゲームソフトが存在していた。そのため、消費者が初めてポケモンと接点を持つ場所として想定されていたのは「ゲーム」であった。言い換えればアニメやグッズや映画は、ゲームを盛り上げるための付随したマーケットであり、シリーズの舞台とそれぞれをリンクさせる必要があったのだ。しかし、この従来の消費者のロールモデルはPokémon GO(以下ポケモンGO)の登場で大きく変化することとなる。

ポケモンGOとはスマートフォン向け位置情報ゲームアプリで、スマートフォンのGPS機能を使用しながら移動することでポケモンの捕獲・育成・交換・バトルをすることを目的としている。世界中にユーザーを持つ同アプリは2019年8月に10億ダウンロードを突破しており、ゲームソフトの累計販売数である3億4,600万本を大きく上回る。このことは、初めてポケモンと触れる機会がゲームではなく、ポケモンGOがきっかけとなった消費者が大量に生まれたことを意味する。例えばインターネット行動分析・ヴァリューズの「ポケモンGOの利用者調査」4から2017年6月の年代別利用者(10代以下は除く)の割合を見ると、全体の25%が50代以上であった。また、50代以上の定着率が最も高かったなど、従来ポケモンのメインターゲットとされてきた幼児~20代という層から大きく離れた層から支持されている。この層では、健康増進やポケモンGOをきっかけとした孫とのコミュニケーションが目的となっているようである。このようにポケモンGOというアプリはポケモンのファン層の構造を大きく変化させたと言えるだろう。  

5――ポケモン市場の3つのセグメントとポケモンセンターの役割

5――ポケモン市場の3つのセグメントとポケモンセンターの役割

ポケモンGOが登場したことでポケモン市場は以下の3つに分けられたように思われる。

(1) ポケモンのゲームシリーズのファン(従来の消費者のロールモデル、現役ファン)
(2) 過去にポケモンを楽しんでいたファン(ウィンバック、過去ファン)
(3) ポケモンGOからのファン(ポケモンGOをきっかけにファン化)
 
従来のポケモンマーケティングでは①ポケモンのゲームシリーズのファンと②過去にポケモンを楽しんでいたファンが対象とされていたため、ポケモンの世界はゲームが中心に置かれていた。ユーザーの拡大を意図したマーケティングとしては、ノスタルジアマーケティングとして過去ファンを喚起するという構造がとられており、分断されたファンを包括する受け皿としてポケモンセンターは機能していた。1996年初代ポケモンが発売された当時、ポケモンは151匹存在していたが、現在では890匹以上のポケモンが確認されている。例えば、「ピカチュウ」というポケモンは、ポケモンをプレイしたことがない人でも名前を聞いたことがあるかもしれないが、「リリーラ」という名前を聞いたことがある人は少ないだろう。これだけの数のポケモンが存在すると、知名度によってゲームやアニメでの登場の場が偏ってしまう。しかし、ポケモンセンターは、すべてのポケモンにスポットを当てることで、現在ポケモンをプレイしている“現役ファン層”と、ポケモンに対してノスタルジアを抱く“過去ファン層”の両方の需要を満たすことができていると言える。また、ポケモンGOは2020年2月現在で第5世代までのポケモンしか登場しておらず、ポケモンGOからファン化した層においても、ポケモンに対してノスタルジアを抱く層と消費対象は同じであると言える(表1)。
表1 ポケモンセンターに来店する消費者と消費対象
このように、ポケモンファンが多様化する中で、前述の通りポケモンセンターは、すべてのポケモンというコンテンツを嗜好するファンを集約する機能を持っているのである。しかし、ポケモンセンターが受け皿となるのはあくまでもマーチャンダイジングの側面であり、多面的に展開されるポケモンコンテンツの一側面にしか過ぎない。その結果、ポケモンマーケティングはポケモンGOの登場により大きな変革を求められた。
 

6――2人の主人公

6――2人の主人公

2019年11月15日に、ポケモン第8世代に当たるシリーズ最新作「ポケットモンスターソード・シールド」が発売され、2019年12月時点で全世界1,600万本販売されている5。これまでのポケモンのマーケティングでは、戦略の一環で新シリーズの発売にあわせて、放送されているTVアニメ版のシリーズもリニューアルされ、新シリーズと同じ舞台になることが通例であった。しかし、本シリーズではゲームとアニメの世界は連動してはいない。また、1997年のTVアニメ版放送開始から一貫して主人公は「サトシ」と呼ばれる少年一人であったが、本作では「ゴウ」と呼ばれる少年も主人公として登場している。それぞれの主人公の旅の目的は異なり、サトシは“ポケモンを収集することではなく戦わせること”に、ゴウは“ポケモンを戦わせることよりも収集すること”に比重を置いている。なぜ、ゲームとTVアニメ版を同期させるという通例を覆す必要があったのだろうか。また、なぜ主人公を2人登場させる必要があったのだろうか。この変革こそポケモンGOによる影響によるものであると筆者は考えている。というのも、新しいポケモンのアニメはポケモンGOからポケモンを消費し始めた層を意識した作りになっているからである。

前述した通り、ポケモンGOに登場するポケモンは2020年2月現在で第5世代までのポケモンしか登場していない。そのため、従来のようにゲームの世代とアニメの世代を同期させると、ポケモンGOからポケモンを消費し始めた層が知らないポケモンで溢れてしまうのである。これを解決するために、現在放送しているTVアニメ版では世代を統一せず、過去のシリーズのポケモンも多く登場しており、ポケモンGOから好きになったファンを置いてきぼりにしないような戦略がとられている。

また、前述した2人の主人公の目的についても、サトシの“ポケモンを収集することではなく戦わせる”という目的はゲームシリーズを、ゴウの“ポケモンを戦わせることよりも収集する”という目的はポケモンGOを反映しており、ポケモンコンテンツの楽しみ方の多様化にあわせている(表2)。
表2 2人の主人公の比較
ポケモンGOの成功は市場構造に大きく影響を与えた。前述した通り、ゲームソフト累計販売数よりもポケモンGOダウンロード数の方が多く、ゲーム版のポケモンを知らない消費者がポケモンGOユーザーの大半を占めているのである。彼らはポケモンGOというアプリを利用していることから、ポケモンコンテンツに対してネガティブな印象を持ってはおらず、言わばメインプロダクトであるゲームやマーチャンダイジングの潜在顧客なのである。それを踏まえて現行のTVアニメ版においては、ポケモンGOからの消費者を取りこぼさず、従来ポケモンセンターが担ってきたポケモンファン集約の受け皿としての機能を持たせたことは、大きな変革であったと筆者は考える。
 
5 任天堂株式会社「2020年3月期第3四半期決算参考資料」よりhttps://www.nintendo.co.jp/ir/pdf/2020/200130_3.pdf(2020/02/17閲覧)
 

7――ポケモンマーケティング

7――ポケモンマーケティング

さて、現在のポケモン市場のセグメントが大きく3つに分類されたことで、筆者は以下のようなシナジーが期待できると考えている(図2)。
図2 現在のポケモン市場において期待できるシナジー
まずゲームシリーズの消費者は、ゲームを中心としたポケモンマーケティングの従来の消費者のロールモデルであるが故、ポケモンに対するロイヤリティが高くポケモンGOに対する受容度も高いと考えられる。ポケモンGOをきっかけにポケモンを消費し始めた層は、ポケモンGOをきっかけにゲームシリーズ購入を検討する者もいるだろうし、ポケモンGOで登場しているポケモンのグッズを購入したいと考える者もいるだろう。また、近年の過去ファンの取り込み戦略でポケモンに対するノスタルジアを感じて、再びポケモンに興味をもったファンは、自分の親しみのあるポケモンが登場しているポケモンGOのダウンロードや、新シリーズをプレイするかもしれない。

ポケモンという同一コンテンツ内でターゲットを変えることで、ゲームを中心においていたマーケティング戦略とは違った形で市場を拡大することを可能にした。TVアニメ版ポケットモンスターの大きな変革は、市場の変化に柔軟に対応し、ポケモンブランドの価値を増大させるための変革の一歩であった。これは、ファンをシリーズやポケモンとの接点で分断しない、ポケモンという大きなコンテンツを維持していくための戦略であったと筆者は考える。

ポケモンへの世界はすべての人に開かれており、現在、過去、そして未来のすべてのポケモンファンが取りこぼされないようになっている。本レポートの副題を「ポケモンは誰のモノ」とつけたが、間違いなくポケモンは“すべてのファンのためのモノ”といえるだろう。
Xでシェアする Facebookでシェアする

このレポートの関連カテゴリ

生活研究部   研究員

廣瀨 涼 (ひろせ りょう)

研究・専門分野
消費文化、マーケティング、ブランド論、サブカルチャー、テーマパーク、ノスタルジア

経歴
  • 【経歴】
    2019年 大学院博士課程を経て、
         ニッセイ基礎研究所入社

    ・令和6年度 東京都生活文化スポーツ局都民安全推進部若年支援課広報関連審査委員

    【加入団体等】
    ・経済社会学会
    ・コンテンツ文化史学会
    ・余暇ツーリズム学会
    ・コンテンツ教育学会
    ・総合観光学会

(2020年02月26日「基礎研レター」)

公式SNSアカウント

新着レポートを随時お届け!
日々の情報収集にぜひご活用ください。

週間アクセスランキング

レポート紹介

【エンタメ狂がモノ申す-ポケモンは誰のモノ?-ポケモンマーケティングを考える-】【シンクタンク】ニッセイ基礎研究所は、保険・年金・社会保障、経済・金融・不動産、暮らし・高齢社会、経営・ビジネスなどの各専門領域の研究員を抱え、様々な情報提供を行っています。

エンタメ狂がモノ申す-ポケモンは誰のモノ?-ポケモンマーケティングを考える-のレポート Topへ