2020年02月21日

21年度予算教書-財政赤字・債務削減見込みの実効性に疑問符

経済研究部 主任研究員 窪谷 浩

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1.はじめに

トランプ大統領は2月10日に予算要求である21年度の予算教書(大統領予算)を議会に提出した。予算教書ではインフラ投資などを増やす一方、非国防関連の裁量的経費や社会保障関連の支出を削減することで長期的に財政赤字や債務残高を削減する方針が示された。

もっとも、歳出削減の実現に疑問が残るほか、財政収支や債務残高見通しの前提となる成長率が過大に評価されていることから、当研究所は予算教書が目指す財政赤字や債務残高削減の実効性を懐疑的に捉えている。

一方、米国における予算編成は議会主導で進められ、予算教書に法的拘束力はない。今回提示された歳出削減方針に対して野党民主党の反発が予想されることに加え、11月に議会選挙を控えて実質的な審議時間が限られることから、最終的な予算は予算教書の内容から大幅に見直されるとみられる。

本稿では、足元の財政状況を振り返った後、今回提出された予算教書の概要と、債務残高見通しについて、成長率の前提をCBOに近い水準に引き下げた場合の影響を試算した。結論から言えば、成長率を現実的な前提に変更するたけで将来の債務残高は悪化が見込まれるため、予算教書が提示する財政赤字や債務残高が削減される可能性は低いというものだ。
 

2.財政状況の振り返り

2.財政状況の振り返り

(財政収支・債務残高):15年以降、財政赤字の拡大基調が持続
19年9月末に終了した19年度予算は3兆4,642億ドル(名目GDP比:16.3%)の歳入に対し、歳出が4兆4,483億ドル(同21.0%)となり、財政収支は▲9,842憶ドルと名目GDP比で▲4.6%の赤字となった(図表2)。
(図表2)財政収支および債務残高(名目GDP比) 財政赤字は、金融危機後の09年度に▲1兆4,127億ドル(同▲9.8%)に拡大した後、15年度に▲4,420億ドル(同▲2.4%)まで縮小していた。その後、15年度以降は財政赤字の拡大に転じ、19年度まで4年連続の拡大となった。

財政赤字の拡大を歳出入(名目GDP比)でみると、歳入が15年度の18.0%から16.3%に低下したほか、歳出が20.4%から21.0%に増加しており、歳出入ともに財政赤字を拡大する方向に働いていることが分かる。

次に債務残高は、19年度が16兆8,007億ドル(名目GDP比:79.2%)となった。債務残高は金融危機以前から増加基調が持続しており、金融危機前の30%台半ばから19年度は2倍以上の増加となっている。

一方、20年9月までの20年度の財政収支見込みは▲1兆834億ドル(同▲4.9%)と、19年度からさらに赤字が拡大するとみられている。これは、歳入(名目GDP比)が16.7%と小幅ながら改善が見込まれているものの、歳出(同)が21.6%に増加することが大きい(前掲図表1)。
 

3.予算教書の概要

3.予算教書の概要

(財政収支見通し):30年度に名目GDP比▲0.7%を目指す
今回提示された予算教書では、財政赤字が21年度に▲9,661億ドル(同▲4.1%)と20年度から縮小した後、10年後の30年度には▲2,610億ドル(同▲0.7%)まで大幅に縮小することが見込まれている(前掲図表1)。これは現行の予算関連法が継続することを前提にしたOMBの試算(OMBベースライン)による30年度の▲1兆1,920億ドル(同▲3.3%)から9,310億ドル(同2.6%ポイント)の改善幅となっている。

これを歳出入(名目GDP比)でみると、歳入は予算教書では30年度に17.6%となっているのに対して、OMBベースラインでも17.5%とほぼ変わらない水準となっている。一方、歳出は予算教書では18.4%までの低下を見込んでいるのに対して、OMBベースラインは20.8%と2.4%ポイントの乖離が生じており、財政収支の改善は主に歳出削減によって達成する見込みとなっている。
(歳出削減の内訳):非国防関係の裁量的経費を大幅に削減
OMBベースラインと予算教書の今後10年間(21年度~30年度)の累計歳出額の内訳を比較すると、歳出削減額(▲4兆4,270億ドル)のうち、裁量的経費分が▲1兆9,380億ドル、義務的経費が▲2兆1,100億ドル、利払い費が▲3,800億ドルとなっている(図表3)。
(図表3)歳出額比較(21年度~30年度累計) 裁量的経費では、非国防関係費を20年度から21年度にかけて▲5%減少させるほか、22年度から30年度にかけて毎年▲2%削減(”two-penny plan”)するとしており、10年間の歳出削減額は▲1兆5,370億ドルに上っている。
(図表4)裁量的経費歳出額(含むOCO等) なお、21年度の歳出額(授権ベース)は、昨年8月に超党派で合意した2019年超党派予算法で、20年度の6,217億ドルから6,265億ドルに微増させることが決まっており、予算教書はこれを反故にし、5,900億ドルにおよそ▲3割削減することを求めている(図表4)。このため、野党民主党を中心に反発を招きそうだ。

また、22年度以降の具体的な削減項目は提示されておらず、歳出削減の実効性には疑問が残る内容となっている。

次に国防関係費については、授権ベースで21年度が6,715億ドルと20年度の6,665億ドルから+5%増加させるものの、22年度から25年度まではインフレ率(+2%)と同水準で増加、26年度以降は25年度の水準を維持する方針が示されている。この結果、今後10年間の歳出額は▲4,010億ドルの削減が見込まれている。

一方、義務的経費では連邦政府が高齢者向けに提供する医療保険(メディケア)で、病院や診療所で提供される同様のサービスに対する支払いの均等化や、急性期後医療費の伸び鈍化、支払いの厳格化、薬価引き下げ、などにより今後10年間で▲7,560億ドルの削減を目指すとしている。

また、州政府が運営する低所得者向け医療保険(メディケイド)では、連邦政府から州政府に対する補助金について、健康な成人に対する受給資格の厳格化などで削減を目指すほか、大統領医療改革ビジョンに対する引当金を▲8,440億ドル計上し、今後10年間で▲9,200億ドル削減することを目指している。もっとも、大統領医療改革ビジョンは既往症者も含めて医療保険を提供することなどが明記されているものの、具体的な改革内容については言及されていない。
(主要な提案事項と財政収支への影響):今後10年間累計で4兆6,260億ドルの削減
予算教書では、歳出削減だけでなく、利払い負担の軽減も含めたの財政赤字削減幅が今後10年間で累計▲4兆6,260億ドルと見込まれている。主要な提案事項毎の財政収支への影響額では、インフラ投資の増加、育児有給休暇の補助金支給などで5,850億ドルの財政赤字悪化要因を見込む一方、非国防裁量的経費の削減などで合計▲5兆,2110億ドル財政赤字縮小要因を見込んでいる(図表5)。
(図表5)21年度予算教書の主要な提案事項と財政収支への影響
このうち、インフラ投資について、トランプ大統領は今後10年間で1兆ドル拡大するとしているが、同大統領の提案では、既存のインフラ投資予算を含めているものが多く、新規の増加分としては、インフラ投資支援に+1,900億ドル、陸上プログラムの再認可に750億ドルの合計2,650億ドルが盛りこまれているに過ぎない。

一方、財政赤字削減項目では2,920億ドルの削減を目指す福祉制度改革で、食料購入補助制度のフードスタンプの給付の減額など低所得層向けの社会保障給付の縮小が盛り込まれている。予算教書では、州、地方政府と重複している社会保障給付については、削減方針を明確にしている。

なお、予算教書には2017年税制改革法(TCJA)で25年末までの時限措置となっている個人所得減税の恒久化が盛り込まれており、今後10年間で▲1.4兆ドル程度の財政赤字拡大要因と見込まれるが、OMBベースラインには、既に恒久化が盛り込まれていることから、図表5にはこれらの金額は反映されない。
(債務残高見通し):30年度に名目GDP比66%まで低下を目指すも実効性に疑問
予算教書では、債務残高(名目GDP比)が19年度実績の79.2%から30年度に66.1%へ低下することが見込まれており、OMBベースラインの78.9%から▲12.8%ポイントの低下となっている(図表6)。
(図表6)債務残高見通し 一方、同じ現行の予算関連法の継続を前提にしても、CBOによるベースライン予想では30年度の債務残高が98.3%へ増加すると推計されているため、30年度まで横ばいを見込んでいるOMB予想とは大幅な乖離がみられる。
(図表7)経済前提比較(10年平均) 乖離の要因は、CBOとOMBの経済環境の前提が異なっていることが挙げられる。実際に主要な経済指標について比較してみると、物価や金利水準には大きな乖離がみられないものの、実質GDP成長率はOMBが10年平均で+2.9%としているのに対して、CBOは+1.7%と+1.2%ポイントもの乖離が生じていることが分かる(図表7)。

トランプ政権は、成長重視政策によって成長率が高まるとしているが、FRBの長期見通し(+1.9%)や、米国の潜在成長率(2%近辺)はCBOの想定に近く、OMBの成長率想定だけ突出して高くなっている。このため、OMBの前提は非現実的と言わざるを得ない。

そこで、当研究所はOMBが公表している経済前提が財政収支に与える感応度を用いて、成長率をCBO想定並みに▲1.2%ポイント低下させた場合の財政収支、債務残高への影響を試算1した。試算の結果、30年度の財政収支(名目GDP比)は予算教書の▲0.7%から▲3.1%へ大幅な拡大となった(図表8)。歳出入(名目GDP比)では、歳入が予算教書の17.6%から17.9%に小幅な増加に留まる一方、歳出が18.4%から21.0%に増加する影響が大きいことが分かった。これは、歳出額が予算教書から480億ドル増加したほか、成長率が低下したことで名目GDPが予算教書の36兆1,640億ドルから31兆8,700億ドルに低下するなど分母が減少した影響が大きいようだ。

一方、債務残高(名目GDP比)は、30年度が86.1%と予算教書から20%ポイントの大幅な増加となった(図表9)。

このため、予算教書が提示している財政赤字や債務残高の削減見通しは、歳出削減ではなく非現実的な成長率の前提に負っている可能性が高いとみられ、予算教書の想定通りに財政赤字や債務残高が削減できる可能性は低いだろう。
(図表8)財政収支見通し/(図表9)債務残高見通し
 
1 予算教書のANALYTICAL PERSEPCTIVEの17ページにある感応度のうち、20年~30年の実質GDP成長率が1%低下し、失業率が変化しない(3)のケースにおける歳入、歳出への影響額を1.2倍することで歳出、歳入への影響額を試算したほか、名目GDP成長率の伸びを毎年▲1.2%下振れする前提で名目GDPを試算した。
 

4.今後の見通し

4.今後の見通し

予算教書が提出され21年度の予算審議がスタートした。前述のように21年度予算のうち、毎年の予算編成で予算額を決定する裁量的経費については、2019年超党派予算法で予算額の大枠では合意している。

今回提示された予算教書では、非国防関連の裁量的経費で合意された歳出上限額から3割削減する提案がされており、野党民主党が同意する可能性は低い。また、大統領選挙でも重要な争点と考えられているメディケア、メディケイド、社会保障費の削減などが盛り込まれていることも民主党の合意を困難にしている。

さらに、今年は11月に大統領・議会選挙が予定されており、夏場以降は本格的な選挙活動も控えているため、例年に比べて実質的な審議日程は限られる。

このようにみると、最終的な予算案は予算教書から大幅な見直しは不可避だろう。
 
 

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経済研究部   主任研究員

窪谷 浩 (くぼたに ひろし)

研究・専門分野
米国経済

経歴
  • 【職歴】
     1991年 日本生命保険相互会社入社
     1999年 NLI International Inc.(米国)
     2004年 ニッセイアセットマネジメント株式会社
     2008年 公益財団法人 国際金融情報センター
     2014年10月より現職

    【加入団体等】
     ・日本証券アナリスト協会 検定会員

(2020年02月21日「Weekly エコノミスト・レター」)

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