2019年12月06日

就労延長で老後の生活水準はどうなるか

基礎研REPORT(冊子版)12月号[vol.273]

金融研究部 主任研究員・年金総合リサーチセンター・ジェロントロジー推進室・ESG推進室兼任 高岡 和佳子

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1―就労延長という選択肢

生活水準は所得によって大きく異なり、一般的には所得が高いほど生活水準は高い。退職後も退職前と同程度の生活水準を維持し、かつ生存中に資産が枯渇する可能性を抑えることを前提にするなら、高所得者ほど老後のためにより多くの資産を準備する必要がある。例えば年収500万円の世帯なら、2,000万円の資産を用意できれば老後も同様の生活水準を保てるが、年収1,000万円の世帯なら、6,500万円もの資産を用意しないと生活水準を保つことができない。
 
しかし、退職までの期間が相対的に短い50代であっても、生活水準を維持できる十分な資産を用意できている世帯は少ない。およそ半数の世帯は退職後に生活水準が10%以上低下する可能性が高い*1。十分な資産を用意できていない世帯にとって、老後の収入を増やすことが生活水準の低下を防ぐ最も有効な手段となる。まずは公的年金の受給開始を繰下げることで、収入を増やすことが可能だ。そこで、就労期間の延長によって老後の生活水準がどの程度改善するかを確認する。老後も現役時代と同程度の生活水準が維持できる世帯の割合を、65歳で退職する場合と70歳まで就労期間を延長する場合で比較する。70歳まで就労期間を延長する場合は、公的年金の受給開始も70歳まで繰り下げることとする。70歳まで繰下げると、公的年金受給額は42%も増額(1月あたり0.7%×60ヶ月)されるからだ。

2―就労延長期間中の働きかた

最初に、総務省労働力調査(2018年)で男性の就労状況を年齢別に確認する[図表1]。
年齢別の就労状況
年齢が上昇するにつれ役員や自営業者の割合が増加するものの、59歳までは大部分が正規の従業員である。60歳から64歳で非労働者と非正規の従業員の割合が増加し、正規の従業員の割合が大きく減少する。65歳から69歳においては、一般の雇用者(雇用者の内役員以外の者)のうち、正規の従業員はおよそ3分の1に過ぎず、残りの3分の2は非正規の従業員である。更に非正規の従業員のおよそ半数は、パートやアルバイトの従業員である。
 
そこで、65歳から69歳までの就労形態は、(1)非正規の従業員として就労するパターン、(2)正規の従業員として就労するパターンに分けて考え、更に非正規の従業員として就労するパターンは、(1-1)パートやアルバイトの従業員として就労するパターンと(1-2)パート・アルバイト以外の非正規の従業員として就労するパターンに分け、計3パターンとする。続いて、厚生労働省平成30年賃金構造基本統計調査を参考に、それぞれの就労パターンで期待できる収入を図表2の通り想定した。
就労パターン想定年収

3―就労延長による効果

各種公表資料*2を参考に、老後の資金の準備状況に応じて50代を4つのグループに分割し、就労延長などによる各グループの構成割合の変化を確認する。グループ1とは、退職時の退職給付も含めると、既に十分な資産を保有し、生活水準が低下する可能性が極めて低い世帯である。グループ2とは、今後の資金計画次第で生活水準が低下する可能性を回避できる世帯である。グループ3とは、生活水準が低下する可能性が高いが、今後の資金計画次第で低下率が10%未満にとどまる見込の世帯である。最後に、グループ4とは、生活水準が低下する可能性が極めて高く、かつ低下率が10%を超える見込の世帯である。
 
就労パターン別の各グループの構成割合は図表3の通りである。1番左は65歳で退職すると同時に公的年金の受給を開始する場合を示しており、右側3つは70歳まで働き退職と同時に公的年金の受給を開始する場合を、就労パターン別に示している。
当然ながらより高い収入が得られる就労パターンほどグループ1の割合が増加し、グループ4の割合が減少する。65歳から69歳の一般の雇用者(男性)における収入上の中間層である(1-2)パート・アルバイト以外の非正規の従業員として就労するパターンにおけるグループ4の割合は32%で、65歳で退職すると同時に公的年金の受給を開始する場合の46%と比べ14%も減少する。なお、一番収入が少ない(1-1)パートやアルバイトの従業員として就労するパターンでも、グループ4の割合は36%にまで減少する。
 
続いて、世帯の所得水準によって就労延長の効果に差があるのかどうかを確認する[図表4]。
公的年金の値下げ支給
就労延長の効果は、低所得世帯ほど効果が大きい。65歳で退職すると同時に公的年金の受給を開始する場合(1番左)のグループ4の割合は、年収500万円未満の世帯では54%、年収500万円以上1,000万円未満の世帯では42%、年収1,000万円以上の世帯で41%である。退職後も退職前と同程度の生活水準を維持することを前提としているため、グループ4の割合は年収1,000万円以上の世帯でも40%を超えるとはいえ、やはり所得の低い世帯ほどグループ4の割合が高い。しかし、(1-2)パート・アルバイト以外の非正規の従業員として就労するパターン(右から2番目)におけるグループ4の割合は、年収500万円未満の世帯では34%、年収500万円以上1,000万円未満の世帯では30%、年収1,000万円以上の世帯で33%であり、所得水準による差はほぼなくなる。更に、同じくパターン(1-2)におけるグループ1の割合は、年収500万円未満の世帯では41%で、年収1,000万円以上の世帯の25%を大きく上回る。

4―まとめと今後の課題

退職後に生活水準を引き下げざるを得ない世帯の割合が、就労延長によってどの程度減少するのかを確認した。その結果、就労延長には、生活水準の低下を抑制する効果が大きいことが確認された。当然ながら、より高い収入が期待できる就労パターンほど、生活水準の低下を抑制する効果が大きいが、パートやアルバイトの従業員として就労する場合でも、十分な効果が確認できた。また、就労延長の効果は所得の低い世帯ほど大きいこともわかった。
 
しかし、就労延長による生活水準の低下を抑制する効果を勘案してもなお、およそ50代の3割程度は生活水準が低下する可能性が極めて高く、かつ低下率が10%を超えることが見込まれる。75歳や80歳まで働くといった選択肢もあるが、自宅を含む保有資産の活用や、長寿年金など相互扶助を可能とする金融商品の活用も併せて検討した方がいい。世帯の所得水準、老後の資金の準備状況や考え方によって、適切な金融商品も異なる。各世帯が適切な金融商品を選択でき、また適切な消費水準を把握できるだけの十分な金融リテラシーを身に付ける方が良いが、簡単ではない。フィナンシャル・プランナーなどの適切なサポートも重要である。
 

*1 基礎研レポート「50代の半数はもう手遅れか-生活水準を維持可能な資産水準を年収別に推計する」
*2 家計調査及び広報中央委員会家計の金融行動に関する世論調査[二人以上世帯調査](平成30年調査結果)、厚生労働省平成30 年就労条件総合調査、東京都労働相談情報センター中小企業の賃金・退職金事情(平成30年版))、及び中小企業庁中小企業の企業数・事業所数(2016年)
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金融研究部   主任研究員・年金総合リサーチセンター・ジェロントロジー推進室・ESG推進室兼任

高岡 和佳子 (たかおか わかこ)

研究・専門分野
リスク管理・ALM、価格評価、企業分析

経歴
  • 【職歴】
     1999年 日本生命保険相互会社入社
     2006年 ニッセイ基礎研究所へ
     2017年4月より現職

    【加入団体等】
     ・日本証券アナリスト協会検定会員

(2019年12月06日「基礎研マンスリー」)

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