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- 注目のメディケア・フォー・オール-民主党大統領候補者選定の主要な争点。財源問題も含めた議論が本格化へ
2019年11月22日
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1.はじめに
20年の大統領選挙まで1年を切る中、民主党の大統領候補による指名争いが本格化している。大統領選挙に向けた有権者の関心が高いこともあって、医療保険制度改革が民主党候補者の論戦において主要な争点となっている。
民主党候補者による医療保険制度改革の議論では、人口のおよそ1割弱を占める無保険者の減少を目指す点では一致しているものの、どのような医療保険制度によって実現するのかの政策手段については、バイデン候補が目指す現行の医療制度改革法(アフォーダブル・ケア・アクト、ACA)の拡充によるものや、サンダース候補やウォーレン候補が目指す連邦政府が単一の保険提供者となって国民皆保険を達成するメディケア・フォー・オールなど、候補者によって幅がある。
本稿では、米国の医療保険制度の概要と課題について触れた後、メディケア・フォー・オールに焦点を当て、メディケア・フォー・オールの概要、導入のメリットや必要財源などについて解説を行っている。とくに、今後10年間で30兆ドルを超えるとの試算がある財源をどのように確保するのかは今後の議論の中心になるとみられる。
一方、後述するように世論調査では、無保険者を減少させることへの支持は高いものの、メディケア・フォー・オールに対する評価は分かれている状況となっている。このため、20年の大統領選挙に向けて、今後医療保険制度改革議論が深まる中で、メディケア・フォー・オールの支持が拡大するのか注目される。
民主党候補者による医療保険制度改革の議論では、人口のおよそ1割弱を占める無保険者の減少を目指す点では一致しているものの、どのような医療保険制度によって実現するのかの政策手段については、バイデン候補が目指す現行の医療制度改革法(アフォーダブル・ケア・アクト、ACA)の拡充によるものや、サンダース候補やウォーレン候補が目指す連邦政府が単一の保険提供者となって国民皆保険を達成するメディケア・フォー・オールなど、候補者によって幅がある。
本稿では、米国の医療保険制度の概要と課題について触れた後、メディケア・フォー・オールに焦点を当て、メディケア・フォー・オールの概要、導入のメリットや必要財源などについて解説を行っている。とくに、今後10年間で30兆ドルを超えるとの試算がある財源をどのように確保するのかは今後の議論の中心になるとみられる。
一方、後述するように世論調査では、無保険者を減少させることへの支持は高いものの、メディケア・フォー・オールに対する評価は分かれている状況となっている。このため、20年の大統領選挙に向けて、今後医療保険制度改革議論が深まる中で、メディケア・フォー・オールの支持が拡大するのか注目される。
2.米医療保険制度と課題
(医療保険の加入状況):雇用主提供を中心に民間保険の加入率が高い
米国人口に占める医療保険の加入状況をみると、民間保険会社が提供する保険の加入者が67.3%と公的保険の同34.4%を大幅に上回っている1(図表2)。また、民間保険では雇用主(企業)が従業員に提供する医療保険が55.1%と過半数を占めている。
米国人口に占める医療保険の加入状況をみると、民間保険会社が提供する保険の加入者が67.3%と公的保険の同34.4%を大幅に上回っている1(図表2)。また、民間保険では雇用主(企業)が従業員に提供する医療保険が55.1%と過半数を占めている。

一方、公的医療保険では、65歳以上の高齢者や障害者を対象とし、連邦政府が運営するメディケアの加入者が同17.8%となっているほか、低所得者を対象として州政府が連邦政府の補助金を受けながら運営するメディケイドが同17.9%となっている。ちなみにメディケアとメディケイドの両方を利用している加入者もいるため、これらの合計は公的保険の合計と一致しない。
最後に民間、公的を問わず、いずれの医療保険にも加入しない無保険者は18年時点で27.5百万人、人口対比ではおよそ1割弱となっている。
1 複数の制度を利用している保険加入者がいるため、合計は100を超える。
(医療関連支出の状況):医療関連支出の増加基調が持続、国際比較では米国が突出
米国の医療関連支出額をみると、17年が3.3兆ドル(GDP比17.0%)であった(図表3)。内訳は、民間医療保険が1.2兆ドル、メディケアが0.7兆ドル、メディケイドが0.6兆ドルとなっており、民間医療保険が支出額全体の35.6%と最も大きい。
米国の医療関連支出額をみると、17年が3.3兆ドル(GDP比17.0%)であった(図表3)。内訳は、民間医療保険が1.2兆ドル、メディケアが0.7兆ドル、メディケイドが0.6兆ドルとなっており、民間医療保険が支出額全体の35.6%と最も大きい。
(無保険者数の状況):ACAの効果もあって減少も、人口の1割弱が無保険者
無保険者数は、足元で1割弱と高い水準となっているが、過去の推移からは10年につけた47.2百万人(人口対比15.5%)のピークから20百万人程度減少していることが分かる(図表5)。
無保険者数は、足元で1割弱と高い水準となっているが、過去の推移からは10年につけた47.2百万人(人口対比15.5%)のピークから20百万人程度減少していることが分かる(図表5)。
3.メディケア・フォー・オールの概要と実現に向けた課題
(概要):メディケアの対象を拡大し、連邦政府が単一の保険提供者(single-payer)となる制度
民主党の支持率で2位と3位につけている上院議員のサンダース候補とウォーレン候補は、企業が提供する民間医療保険を締め出し、連邦政府が単一の保険提供者(single-payer)となって国民皆保険を達成するメディケア・フォー・オールの実現を目指している。
サンダース候補とウォーレン候補をはじめ民主党14名の上院議員で提出された2019年メディケア・フォー・オール法案(Medicare for All Act of 2019、S.1129)2では、不法移民も含めた米国に居住する全国民を加入対象にし、医療保険給付対象を歯科治療や長期的な医療サービスにも拡大することを目指している(図表7)。また、ブランド処方薬には一部自己負担が発生するものの、基本的には医療サービスを受ける際の患者自己負担は発生しない制度設計となっている。
民主党の支持率で2位と3位につけている上院議員のサンダース候補とウォーレン候補は、企業が提供する民間医療保険を締め出し、連邦政府が単一の保険提供者(single-payer)となって国民皆保険を達成するメディケア・フォー・オールの実現を目指している。
サンダース候補とウォーレン候補をはじめ民主党14名の上院議員で提出された2019年メディケア・フォー・オール法案(Medicare for All Act of 2019、S.1129)2では、不法移民も含めた米国に居住する全国民を加入対象にし、医療保険給付対象を歯科治療や長期的な医療サービスにも拡大することを目指している(図表7)。また、ブランド処方薬には一部自己負担が発生するものの、基本的には医療サービスを受ける際の患者自己負担は発生しない制度設計となっている。
一方、メディケア・フォー・オールを導入することで、無保険者を解消できるほか、民間の医療保険に比べて医師や病院に支払う治療費を抑制することや、医療保険を集約することによる医療保険の管理手数料の削減効果が期待されている。治療費に関しては、米国病院協会(American Hospital Association)が民間と公的医療保険で病院に支払われる治療費と治療コストの比較を行っている3。同調査によれば、16年に民間保険は治療コストより45%程度高い治療費を支給している一方、メディケアでは逆にコストより13%低い金額の支給に留まっていることが示されている。この結果、民間保険とメディケアでは治療費に58%ポイントもの大幅な差が生じており、メディケアの利用拡大は、治療費の抑制に貢献するとみられる。
また、米国では医師1人に対しておよそ16人のスタッフがいるが、そのうち看護師などの臨床治療に係わっている人数は6人しかおらず、そのほかのスタッフは医療保険金の処理に携わっていることが指摘されている4。これは同じ治療内容であっても保険会社によって異なる請求金額が設定されていることに伴う複雑な事務処理によるようだ。このため、医療保険をメディケア・フォー・オールに集約することでこれらの人件費削減も期待できる。
また、米国では医師1人に対しておよそ16人のスタッフがいるが、そのうち看護師などの臨床治療に係わっている人数は6人しかおらず、そのほかのスタッフは医療保険金の処理に携わっていることが指摘されている4。これは同じ治療内容であっても保険会社によって異なる請求金額が設定されていることに伴う複雑な事務処理によるようだ。このため、医療保険をメディケア・フォー・オールに集約することでこれらの人件費削減も期待できる。
(連邦政府負担)国民皆保険、保険対象の拡大で連邦政府の負担は今後10年間で34兆ドル増加
メディケア・フォー・オール導入に伴う連邦政府の費用負担については、保険適用範囲の設定など制度設計によって異なるが、シンクタンクなどの試算では今後10年間で概ね25兆ドルから36兆ドル5の増加となっている。
このうち、最近(19年10月)試算を行ったUrban Institute6は、2019年メディケア・フォー・オール法案での制度設計を元に、保険管理手数料を6%、病院に支払われる医療費をメディケアの料率から治療コストを僅かに上回る15%高い水準を前提として、今後10年間における連邦政府負担の増加額を34兆ドルとしている(前掲図表1)。内訳は民間保険会社や州政府が提供する医療保険金27兆ドルを連邦政府が肩代わりするほか、保険管理手数料などの低下にも係わらず、保険加入者や保険対象医療サービスの拡大に伴う費用増加が7兆ドルとしている。
メディケア・フォー・オール導入に伴う連邦政府の費用負担については、保険適用範囲の設定など制度設計によって異なるが、シンクタンクなどの試算では今後10年間で概ね25兆ドルから36兆ドル5の増加となっている。
このうち、最近(19年10月)試算を行ったUrban Institute6は、2019年メディケア・フォー・オール法案での制度設計を元に、保険管理手数料を6%、病院に支払われる医療費をメディケアの料率から治療コストを僅かに上回る15%高い水準を前提として、今後10年間における連邦政府負担の増加額を34兆ドルとしている(前掲図表1)。内訳は民間保険会社や州政府が提供する医療保険金27兆ドルを連邦政府が肩代わりするほか、保険管理手数料などの低下にも係わらず、保険加入者や保険対象医療サービスの拡大に伴う費用増加が7兆ドルとしている。
(財源問題):歳入からの調達では大幅な増税は不可避、制度設計も含めた現実的な議論が必要
メディケア・フォー・オール導入のための財源をどのようにするのか、ウォーレン候補7やサンダース候補8はそれぞれ独自の財源案を提示している。両氏ともに概ね富裕層や金融機関、大企業に対する増税によって賄うとしている。しかしながら、提示された増税案は非現実的であったり、財源としては不十分との指摘がされている。実際に米シンクタンクのタックス・ポリシー・センターは、ウォーレン候補が提示した富裕層に対するキャピタルゲイン課税(キャピタルゲインの58%)と資産課税(資産残高の2%)について、仮に投資リターンが6%となった場合には、資産課税分(2%)が投資収益の33%に上ることから、これらの合計で投資収益に対する実効税率は90%超になるとし、非現実的であると批判している9。
一方、米シンクタンクの責任ある連邦予算委員会(CRFB)は、今後10年間で30兆ドルの財源を確保するための選択肢を提示している10。CRFBによれば、30兆ドルを給与税だけで賄う場合には、労使折半で15.3%賦課されている現行の税率に上乗せする形で新たに32%、合計で47%超の税率を課す必要があるとしている(図表8)。また、付加価値税のみでは42%の税率を賦課する必要があるとしている。さらに、歳出削減では医療以外の連邦政府支出の8割削減、債務での調達では10年間で債務残高(GDP比)が108%増加するとしている。CRFBは、これらの財源確保案は実現が難しいことから、メディケア・フォー・オールの保険適用範囲を制限するなどして連邦政府負担の軽減を考慮すべきとしている。
メディケア・フォー・オール導入のための財源をどのようにするのか、ウォーレン候補7やサンダース候補8はそれぞれ独自の財源案を提示している。両氏ともに概ね富裕層や金融機関、大企業に対する増税によって賄うとしている。しかしながら、提示された増税案は非現実的であったり、財源としては不十分との指摘がされている。実際に米シンクタンクのタックス・ポリシー・センターは、ウォーレン候補が提示した富裕層に対するキャピタルゲイン課税(キャピタルゲインの58%)と資産課税(資産残高の2%)について、仮に投資リターンが6%となった場合には、資産課税分(2%)が投資収益の33%に上ることから、これらの合計で投資収益に対する実効税率は90%超になるとし、非現実的であると批判している9。
一方、米シンクタンクの責任ある連邦予算委員会(CRFB)は、今後10年間で30兆ドルの財源を確保するための選択肢を提示している10。CRFBによれば、30兆ドルを給与税だけで賄う場合には、労使折半で15.3%賦課されている現行の税率に上乗せする形で新たに32%、合計で47%超の税率を課す必要があるとしている(図表8)。また、付加価値税のみでは42%の税率を賦課する必要があるとしている。さらに、歳出削減では医療以外の連邦政府支出の8割削減、債務での調達では10年間で債務残高(GDP比)が108%増加するとしている。CRFBは、これらの財源確保案は実現が難しいことから、メディケア・フォー・オールの保険適用範囲を制限するなどして連邦政府負担の軽減を考慮すべきとしている。
7 https://elizabethwarren.com/plans/m4a-transition?source=soc-WB-ew-tw-rollout-20191115
8 https://www.sanders.senate.gov/download/options-to-finance-medicare-for-all?inline=file
9 https://www.taxpolicycenter.org/taxvox/warrens-plan-tax-assets-and-returns-those-assets-unrealistic
10 http://www.crfb.org/papers/choices-financing-medicare-all-preliminary-analysis
4.まとめ
(お願い)本誌記載のデータは各種の情報源から入手・加工したものであり、その正確性と安全性を保証するものではありません。また、本誌は情報提供が目的であり、記載の意見や予測は、いかなる契約の締結や解約を勧誘するものではありません。
(2019年11月22日「Weekly エコノミスト・レター」)
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経歴
- 【職歴】
1991年 日本生命保険相互会社入社
1999年 NLI International Inc.(米国)
2004年 ニッセイアセットマネジメント株式会社
2008年 公益財団法人 国際金融情報センター
2014年10月より現職
【加入団体等】
・日本証券アナリスト協会 検定会員
窪谷 浩のレポート
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