2019年11月15日

中央銀行デジタル通貨の動向-デジタル人民元vsリブラ、米国

総合政策研究部 常務理事 チーフエコノミスト・経済研究部 兼任   矢嶋 康次
総合政策研究部 准主任研究員   鈴木 智也

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4――デジタル人民元の挑戦と影響

[図表3] 通貨別構成割合 1リブラ(※補足)への対抗
中国がCBDC発行を急ぐ背景には、フェイスブック社が開発を進めるリブラが中国にとって大きな脅威になるとの危機感がある。脅威の1つ目として挙げられるのは、リブラの準備資産構成の中に中国の人民元が含まれていないことである。ドイツ連邦議会のFabio De Masi氏の要請でフェイスブックが明らかにしたところによると、リブラの準備資産構成は、米ドル50%、ユーロ18%、円14%、ポンド11%、シンガポールドル7%になるという[図表3]。中国ではフェイスブックの利用が制限されていることから、人民元が含まれないことは事前に予想されていた。しかし、アクティブユーザー数が23.2億人2と世界人口の約3割に相当するフェイスブックの経済圏から排除されることは、人民元の国際化を目指す中国にとっては痛手となる。世界一の人口を有する中国を上回るリブラ経済圏は、中国にとって大きな脅威だと言える。脅威の2つ目として挙げられるのは、資金流出リスクである。中国は、依然として資金流出に脆弱性を有しており、オフショア市場の設置や銀行・不動産に対する規制強化などの様々な取組みを講じて資金流出に歯止めを掛けている。しかし、デジタル金融に関して見てみると、海外の仮想プライベートネットワーク(VPN)や相対取引(OTC)を用いた違法な仮想通貨取引が行われるなど、対応に苦慮しているのが実態である。そこに、取引規模や価値の安定性に加え、換金性などにも優れたリブラが誕生すれば、抜け穴を通じた資金流出はさらに加速しかねない。デジタル人民元でリブラに先手を打つことは、そうしたリスクに対処するためにも重要だと言える。
 
2 フェイスブックHPより。数値は2018年12月31日時点。
2米国への対抗
また、中国は少し長い時間軸の中で、別のことを考えている可能性もある。第1に、デジタルの世界では、サービスの導入で先行した者がネットワーク効果に乗じて大きな市場シェアを獲得する「先駆者利益」というものがある。デジタル人民元がデジタルの世界で先行することができれば、巨大な流通圏を構築することも可能だ。現在中国は、アジアから欧州・アフリカまでを結ぶ大経済圏構想「一帯一路(One Belt One Road)」を主導している。デジタル人民元の流通圏の構築もこの構想と結びつけば早く進むだろう。また、CBDCには、脱税や汚職、不法取引などを削減する効果もある。CBDCの普及で取引の透明性が高まれば、中国の金融システムに対する信頼性も向上していくと見られる。その結果、既に世界第2位の経済規模と軍事力を有する中国には、デジタル人民元を基軸通貨とするための要件が次第に揃うことになる。デジタル人民元には依然として、クロスボーダー取引の仕組み構築という高いハードルがあるものの、それがクリアされた場合には、ドルを中心とする既存の国際通貨体制が揺らぐ事態もあるかもしれない。なお、現在中国は、米国との間に覇権を巡る争いを抱えている。その争いは、貿易から技術・投資などにはじまり、通貨を媒介とする金融分野にも及びつつある。そのような情勢のもとで米ドル決済に依存した現状は、米国の金融制裁に苦しめられているイランのように、中国にとっていざというとき大きなリスクとなり得る。デジタル人民元の発行は、米国の金融制裁に先んじて打つ、中国の対抗手段だと捉えることも可能だろう。

第2に、CBDCは共産主義体制との相性が非常に良い。金融インフラが整っていない中国では、アリペイ(アリババ)やウィーチャットペイ(テンセント)などのデジタル決済が急速に普及しており、CBDCが市民に受入れられる土壌は整っていると言える。中国でデジタル人民元が普及すれば、中央銀行に膨大な個人情報が集約されて、国家は個人をより効率的に管理することが可能になる。中国は、国家が経済を主導する「国家資本主義」の国でもあり、集約されたデータは国の経済活動にも活用されて、中国の経済力を高めることにもつながっていく。経済力は覇権に欠かせない要素であり、デジタル人民元の普及は経済面から米国を追い上げる力となるだろう。

デジタル通貨の登場は、世界のあり様を変える大きな可能性を秘めている。今後、デジタル人民元の発行が近づけば、従来の貿易・技術・安全保障の分野に加えて、金融面での覇権争いも激しいものとなるだろう。今後のデジタル通貨の動向には、金融システムに与える影響だけでなく、国際力学の面からも注目していく必要があろう。
 

※【補足】――リブラ(Libra)

※【補足】――リブラ(Libra)

リブラは、米国SNS大手フェイスブック社が開発3を進めるデジタル通貨であり、従来の仮想通貨が持つ「価格の変動性」や「信頼構築コストの高さ」といった問題を、ドルや円などの安全資産を裏づけに持つことで解決を図ったステーブルコインである。

リブラの仕組みは、運営を担うリブラ協会が認定する再販業者を中心として構築される[図表4]。再販業者は大量の法定通貨とリブラの交換を行い、交換した法定通貨を準備資産に委託して管理する。委託された準備資産は、通貨の信認が確保された複数国の国債や預金などとして保有され、そこから生まれる利子や配当でシステム管理費用などを賄い、残額が投資家などに分配される。なお一般利用者は、再販業者を通じてリブラを購入することになるが、準備資産から生まれる利益を受け取らない。

[図表4] リブラの仕組み

リブラ協会は事業構想の記載されたホワイトペーパーの中で、相対的に貧しい人々が金融サービスで高いコストを支払い、労働の成果が送金やATM使用などの手数料に侵食されていると指摘している。そのうえでリブラの使命は、そのような現状を変えることにあり、シンプルなグローバル通貨と世界の数十億人に力を与える金融インフラを提供することだと説明する。

フェイスブック社から2019年6月18日にリブラ計画が発表されると、各国の当局者や議員などから懸念の声が相次いで表明された。その主な内容は、(1)リブラに対する規制監督の在り方、(2)ガバナンスに対する懸念、(3)金融システムに関わる問題、などがある。規制監督については、リブラの法的性質が各国で異なる可能性があり、リブラに課される規制が明確になっていないという点が挙げられる。リスクに見合う資本規制や業務範囲の制限がない状態は、過度のリスク選好を招いて、一般利用者の利益が脅かされる懸念がある。また、危機発生時には、預金保険制度などのセーフティーネットがないことも大きな問題となり得る。ガバナンス面については、リブラがマネー・ロンダリングや犯罪資金の決済、保蔵などに使用される可能性がある。リブラの匿名性は、その運用の仕方次第で変えることができるものの、金融機関並みの対策が求められた場合には、途上国などでリブラを使用することが難しくなり、金融包摂の取組みが結果として進まなくなる可能性もある。金融システムについては、より大きな懸念がある。銀行の決済ビジネスを侵食し、中央銀行による金融調節機能を弱め、為替を通じた国際収支の調整機能を奪い、市場の価格変動を高めるなど、様々な懸念が存在する。特に、国家通貨に対する信認の低い途上国などでは、国家通貨がリブラに代替されて、国家が通貨の主権を失う事態も想定される。さらに、中央銀行や国家にとって見れば、再販業者に分配される利子や配当も大きな問題に映る。これまで中央銀行は、通貨の発行と引き換えに国債などの有利子資産を取得し、そこから生まれる利息収入を通貨発行益(シニョレッジ)として獲得してきた。そして、その利益の一部は国民共通の財産として国庫に納付され、国民は国家予算を通じてその利益の還元を受けてきた。リブラの投資家に分配される利子や配当は、この利益を侵食する可能性がある。中央銀行や国家にとって看過し得ない事態だと言えるだろう。

以上のように、リブラはその利便性や安定性の高さから多くの人々を惹きつけているものの、現時点では多くの解決すべき課題が残されている。実際、2019年10月のG20財務相・中央銀行総裁会議のあとに発表された「グローバル・ステーブルコインに関するG20プレスリリース」の中では、リブラを含むステーブルコインの潜在的な有用性に一定の理解が示されたものの、十分かつ包括的な規制・監督上の措置が必要であるとして、その早期発効には厳しい姿勢が示されている。リブラ実現の難易度はこれまで以上に高くなったと言えるが、技術進歩は不可逆な動きであり、その動向はCBDCと共に今後も注目されるだろう。

 
3 当初、リブラは2020年上期の開発を目標としていたが、2019年10月に開かれた米国下院の議会でマーク・ザッカーバーグCEOは「米国当局の許可を得るまでリブラ発行はない」と発言し、開発時期の目標は撤回されている。

【参考文献】
・日本銀行金融研究所「中央銀行デジタル通貨に関する法律問題研究会」報告書 2019年
・柳川範之、山岡浩巳「情報技術革新・データ革命と中央銀行デジタル通貨」2019年
・日本銀行副総裁 雨宮正佳「日本銀行はデジタル通貨を発行すべきか」ロイター・ニュースペーパーにおける講演 2019年
・木内登英「銀行デジタル革命 現金消滅で金融はどう変わるか」2018年 pp.198-234
 
 

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総合政策研究部

矢嶋 康次 (やじま やすひで)

総合政策研究部

鈴木 智也 (すずき ともや)

(2019年11月15日「基礎研レポート」)

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