2019年11月01日

スタートアップ・エコシステム形成に向けた政府・地方自治体の取り組み

中村 洋介

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4――現状は東京に一極集中、足もとでは各地方自治体の取り組みが進む

拠点都市の候補となり得るのはどの都市であろうか。VCの投資実績(図表4)を見ると、東京一極集中となっており、他地域との差は大きい。東京を拠点とするVCが多く、大手の銀行や証券会社と違って、地方を広くカバーする支店網を持つVCがあるわけではない。投資案件発掘に向けた情報収集や、投資に向けたデューデリジェンス、投資後の支援を考えると、VCにとってはスタートアップ企業は地理的に遠くない方が望ましいということもある。大学発スタートアップの企業数(図表5)を見ても、東京大学や早稲田大学、慶應義塾大学といった東京の大学が目立つ。大企業の数(図表6)、経済規模(図表7)や人口(図表8)等でも東京が抜きん出ている。実際、優秀な人材、ビジネスチャンス、投資資金等が集まる東京から生まれるスタートアップ企業が多いのが現状であり、東京を軸としてスタートアップ・エコシステムの形成を考えていくことになる。次いで、ヒト・モノ・カネ・情報が集積し、地方自治体の支援策も進められている福岡、大阪、京都等がスコープに入ってくるだろう。
(図表4)VCの地域別投資実績/(図表5)大学発スタートアップ企業数 (2018年度)
(図表6)大企業の数/(図表7)県内総生/(図表8)都市別人口
ここ数年のトレンドとして、地方自治体がスタートアップ企業支援にこれまで以上に力を入れるようになってきている。新しい産業及び雇用を創出し、若者の流出を防ぎ、地域の活性化、地方創生に繋げていきたいという思いがある。足もとでは、支援組織・施設の新設、支援・育成プログラムの実施等、様々な取り組みが見られている。以下、代表的な取り組み事例に触れていきたい。

東京都は、2016年に策定した4か年の実施計画「都民ファーストでつくる『新しい東京』~2020年に向けた実行プラン~」で、3つの「シティ(セーフシティ、ダイバーシティ、スマートシティ)」の実現を掲げている。その1つ、「スマートシティ(世界に開かれた環境先進都市、国際金融・経済都市・東京)」の実現に向け、「世界に羽ばたくベンチャー企業の創出と東京の産業の魅力発信」に取り組むことを掲げ、都内の開業率を米国・英国並みの10%台とすること等を政策目標として設定し、創業支援やスタートアップ企業育成に取り組んでいる。2015年4月には、国家戦略特区の取り組みの1つとして、法人開設に必要な諸手続を1ヶ所で行える「東京開業ワンストップセンター」を港区赤坂の日本貿易振興機構(JETRO)本部内に開設し、国と共同で運営している。2017年1月には、東京都と公益財団法人東京都中小企業振興公社が連携して、起業・創業に関する総合支援拠点「TOKYO創業ステーション」を、東京駅から徒歩5分の立地(千代田区丸の内)に開設した。同年7月には、上述の東京開業ワンストップセンターのサテライトセンター5も同施設内に開設された。また、2014年からスタートアップのコンテスト「TOKYO STARTUP GATEWAY6」を開催している。今年のコンテストでは、最優秀者100万円、優秀者50万円の賞金が与えられる他、コンテストの上位10名には約3ヶ月間の短期集中型アクセラレーションプログラム(先輩起業家や専門家によるメンタリング、経営ノウハウに関する勉強会等、事業化を「加速(accelerate)」させるためのプログラム)が提供される。他にも、都内起業家の海外展開を支援するための「X-HUB TOKYO」プログラムを実施する等、様々な取り組みを進めている。

福岡市の取り組みは良く知られている。2012年9月に高島宗一郎市長が「スタートアップ都市ふくおか宣言」を行い、リーダーシップを発揮して取り組みを進めてきた。2014年5月には、政府の成長戦略の一環である国家戦略特区の1つ(グローバル創業・雇用創出特区)に選定される。2014年10月には、創業から人材の確保までワンストップで支援を行い、誰でも気軽に利用できる支援拠点「スタートアップカフェ」を開設し、起業マインドの醸成に努めてきた。2015年12月には、在留資格(経営・管理)の取得要件を満たす見込みがある外国人に一定期間の創業活動を特例的に認める「スタートアップビザ制度7」を開始し、広く外国人起業家を呼び込むための手を打った。また、2017年4月からは独自の取り組みとして、市税のスタートアップ法人減税も開始した。要件8を満たした企業について、法人市民税(法人税割)が、最大5年間免除されるという内容だ。同じく2017年4月には、有数の繁華街にある天神駅から徒歩7分程度の立地(閉校した小学校跡地)に、官民協働型の支援施設「FUKUOKA growth next」を開設した。コワーキングスペース、シェアオフィス、交流スペースの他、上述の「スタートアップカフェ」も同施設内に移転し、スタートアップ企業関連のイベントが盛んに開催される等、福岡市の取り組みを象徴する拠点となっている。こうした支援策を通じて、福岡発のスタートアップ企業が増えてきていることもあって、スタートアップのまち、スタートアップ企業支援に力を入れている都市としての認知も高まっており、他の地方自治体が取り組む上での参考とされている。

大阪市では、松井一郎市長が2019年9月の記者会見で拠点都市選定を目指す旨を表明した。大阪市も、支援拠点の開設や育成プログラムの実施等に取り組んでいる。2013年には、梅田貨物駅跡地の再開発エリア「うめきた地区」の先行開発区域に「大阪イノベーションハブ(OIH)」を設置した。起業家によるピッチ(プレゼンテーション)イベントが年間50回以上開催されているとのことであり、起業家が投資家や大企業等と出会う機会となっている。他にも、コワーキングスペースの提供や、専門家や先輩起業家によるメンタリングといった支援を行っている。2016年からは、創業間もない時期のスタートアップ企業を対象にした約4ヶ月間の支援プログラム「OIHシードアクセラレーションプログラム(OSAP)9」を実施している。なお、大阪府でも「スタートアップ・イニシャルプログラムOSAKA」、「RISING!」といったスタートアップ企業の支援事業等が進められている。

京都府・京都市も拠点都市に名乗りを上げている。ライフサイエンス等の分野に強い京都大学、そして京セラや日本電産等の大手メーカーの本社が集まるのが特徴だ。8月に行われた府市懇談会において、京都府の西脇隆俊知事と京都市の門川大作市長が、府と市が連携して拠点都市の指定を目指す旨を確認したことが報じられた。京都市は、今年の7月に、米国シリコンバレーに本社を構える有力アクセラレーター、Plug and Playの日本法人とグローバル・スタートアップ・エコシステム形成に関する連携協定を締結したことでも話題になった。Plug and Playは、東京(渋谷)に続く2つ目の拠点を京都に開設済で、12月にはものづくりとライフサイエンスを機軸としたアクセラレーションプログラムを開始する予定だ。京都市では、「ライフサイエンスベンチャー創出支援事業」、「京都発革新的医療技術研究開発助成」の実施、「ものづくりベンチャー拠点(Kyoto Makers Garage)」の開設等、ものづくりやライフサイエンスといった「京都ならでは」の分野のスタートアップ企業を後押ししていこうという取り組みが見られる。

神戸市も米国のアクセラレーターと連携し、取り組んでいる。2016年からシリコンバレーに本社を置くアクセラレーターの500 Startupsと組んで、アクセラレーションプログラム「500 Startups Kobe Accelerator」を実施している。初回から3回目までの開催では、デジタル領域全般を対象とし、計56社のスタートアップを育成してきた。海外からの参加申込も多く、メディアでも多く取り上げられる等、多くの注目を集めた。今年開催する4回目のプログラムは、対象を「ヘルステック」領域に絞り、神戸市が掲げる「神戸医療産業都市」と連携したプログラムとして実施される。また、2017年からはスタートアップ企業と市の職員が協働する地域課題解決プロジェクト「Urban Innovation KOBE」を開始している。神戸市が抱える課題をテーマとして提示し、その解決に取り組むスタートアップ企業等を公募する。選考されたチームは、市の職員と協働して約4ヶ月間で製品・サービス等の開発を進め、プロトタイプが出来たら実証実験や市による試行導入等を行う。その成果を地域の課題解決に役立てることだけでなく、スタートアップ企業に対して、技術やアイデアを実証実験するための場や、今後の事業展開に繋がる実績作りのための機会を提供する狙いがある。

政令指定都市以外でも、支援に力を入れている地方自治体がある。例えば、茨城県のつくば市は2018年12月から「つくば市スタートアップ戦略」を打ち出している。人口は約23万人に過ぎないが、筑波大学・宇宙航空研究開発機構(JAXA)・産業技術総合研究所(産総研)等、国と民間合わせて約150の研究機関、そして約2万人の研究従事者が集まっていると言われている。つくば市ならではの研究開発型ベンチャー支援を進めていく計画だ。介護支援ロボットを手掛けて上場を果たした筑波大発スタートアップ企業のCYBERDYNEに続くようなスタートアップ企業の創出に期待がかかる。
 
5 その他、渋谷(2017年4月開設)にもサテライトセンターが設置されている。
6 運営は東京都から委託を受けた特定非営利活動法人エティック(ETIC.)が行っている。
7 国家戦略特区に指定された福岡市に特例的に認められていた制度。外国人が日本国内で創業し、事業の経営を行うためには「経営・管理」の在留資格が必要となる。その申請には、常勤職員2名以上の雇用または資本金総額500万円以上等の要件を満たしていることが必要となり、外国人起業家にとってハードルがある。2015年12月に開始された当制度によって、申請時にその要件が整っていなくとも、市に事業計画等を提出し要件を満たす見込みについて確認を受け、入国管理局による審査を経ることで、最長6ヶ月間の在留資格が認められ、創業活動を行うことが出来るようになった。なお、2018年12月から政府の外国人起業活動促進事業(スタートアップビザ制度)が創設され、経済産業省の認定を受けた地方自治体において、その地方自治体と入国管理局の審査を経た上で、最長1年間の在留資格が与えられることになった。福岡市は2019年1月に経済産業省から第1号となる認定を受け、この新しいスタートアップビザ制度を運用している。
8 主な要件として、創業5年未満であること、国家戦略特区の規制の特例措置等を活用する等の一定の要件を満たすこと、「医療」・「国際」・「農業」・「一定のIoT」・「先進的なIT」のいずれかの分野で革新的な事業を行う法人であること等が指定されている。
9 運営は大阪市から委託を受けた有限責任監査法人トーマツが行っている。
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中村 洋介

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