2019年10月15日

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(中国経済-中国の成長率は段階的に低下し3%台半ばへ)
中国では、長らく続いた一人っ子政策の影響で2013年をピークに生産年齢人口(15-64歳)が減少に転じた。人口構成を見ると、これから生産年齢人口になる14歳以下の人口が少なく、定年退職が視野に入り始める50歳台前半の人口が多い。従って、今後も生産年齢人口は減少傾向を続けて、経済成長にマイナスのインパクトをもたらすだろう。

また、従来の成長モデルに限界が見えてきたことも経済成長にはマイナスのインパクトをもたらす。文化大革命を終えて改革開放に乗り出した中国は、外国資本の導入を積極化して工業生産を伸ばし、その輸出で外貨を稼いだ。稼いだ外貨は主に生産効率改善に資するインフラ整備に回され、中国は世界でも有数の生産環境を整えた。この優れた生産環境と安価な労働力を求めて、世界から中国へと工場が集まり「世界の工場」と呼ばれるようになった。そして高成長期を謳歌した中国だが、経済発展とともに賃金など製造コストも上昇したため、今度は中国から後発の新興国へと工場が流出し始めた。そして、米中対立の激化や「一帯一路」構想の推進は、そうした工場の海外流出を後押しする要因となるため、中国では今後も経済成長の勢いが鈍化していくだろう。

一方、中国政府は従来の成長モデルに代わる新たな成長モデルを築こうと「構造改革」を進めている。具体的には、外需依存から内需主導への体質転換、労働集約型から高付加価値型への製造業の高度化、製造業中心からサービス産業の育成へなどである。こうした構造改革の実現には時間を要するものの、経済成長にはプラス貢献すると思われる。また、中国で進められている「新型都市化」も経済成長の下支えに貢献しそうである。農村から都市へと労働者が移動すれば、より生産効率が高い分野に労働力が配分されることになり、生産性向上が期待できるからである。これまでも中国では都市化が進んできたが、巨大都市への人口集中、環境問題の深刻化、都市戸籍を持たない農民工(出稼ぎ農民)の待遇など多くの問題も同時に生じた。農民工の待遇改善、中小型都市の開発、環境問題に配慮した都市化など質を重視した「新型都市化」を推進することで、より持続性の高い都市化の進展が期待できる。また、中国の都市化率(総人口に占める都市人口の比率)は2018年時点で59.6%と日本や韓国などアジアの先進国と比べてまだ低いことから、2029年には70%前後まで都市化率が上昇すると見ている。
中国の人口構成(2017年)/都市化率の推移
従来の成長モデルを卒業して新たな成長モデルにバトンタッチしようとする構造改革は、世界の先行事例を見ると後者のスピードが前者よりも遅いため、成長率の鈍化は避けられそうにない。こうした環境の下、中国政府は「新常態(ニューノーマル)」という旗印を掲げて、安定成長へ移行する方向に舵を切り、第13次5ヵ年計画(2016-20年)では成長率目標を「6.5%以上」へと引き下げた。そして、一人当たりGDPが1万ドルを超える第14次5ヵ年計画(2021-25年)では「5%前後」へ、さらに先進国との競争が激しさを増す第15次5ヵ年計画(2026-30年)では「3.5%前後」へ目標を引き下げると見ている。
(新興国経済-成長率は短期的に上昇後、4%台前半まで緩やかに低下)
新興国経済は2010年代に入って中国の緩やかな景気減速が続くなか、2012年以降の「スロー・トレード」現象の発生、2014年の資源ブームの終焉、2015年末からの米FRBによる利上げ等の要因によって低調なパフォーマンスが続いた。2016年から2017年にかけては、世界経済の回復と原油価格の底打ちを受けて新興国経済は持ち直したが、2018年に入ると米国の金利上昇や米中貿易摩擦の勃発を背景に資金流出圧力が高まり、回復が頭打ちとなった。2019年は米FRBが緩和姿勢に転換したことで新興国に資金が再流入しているが、米中貿易摩擦の激化による世界経済の先行き不透明感は根強く、資金流出懸念がくすぶっている。

新興国全体の今後10年間の平均成長率は4%台半ばとなり、過去10年間の5%強から低下すると予想する。主要新興国では今後、長寿化を背景に高齢者の労働参加が増えるものの、少子高齢化に伴う生産年齢人口の増加率が鈍化するため、労働投入の伸びは緩やかに低下するだろう。一方、インフラ投資需要への対応を通じて底堅い資本投入の拡大が続くほか、資本ストックの蓄積や都市化に伴う集積の経済効果、ICT(情報通信技術)の利活用による生産性向上が続くだろう。また近年各国が着手している構造改革や規制緩和が先行きの資本投入の増加や労働生産性の向上に寄与していくことも期待される。主要新興国(中国を除く)の成長率は総じて足元の水準から上昇するものの、2021年以降は中国経済の一段の減速と周辺国への悪影響の波及により、新興国全体の成長率は減速傾向を辿るだろう。
生産年齢人口の増加率/新興国への資本流入
ブラジルは、人口増加による労働投入の拡大と政府が進める様々な構造改革による潜在成長率の上昇を通じて、成長率は緩やかに上昇していくだろう。今後10年間の平均成長率は2%強と、過去10年間の1%強から上昇すると予想する。

ブラジルの人口は2020年の2.13億人から2030年にかけて2.24億人へと増加し、生産年齢人口も2020年の1.48億人から2030年にかけて1.53億人へと増加すると予測されている。生産年齢人口の増加ペースは緩やかに鈍化していくが、今年中の成立が見込まれる年金改革法案において支給開始年齢の段階的な引上げが盛り込まれており、現状就業率の低い女性や55歳以上の層の労働参加によって労働投入は堅調に拡大していくだろう。

資本投入については、ブラジルは特に電力、通信、輸送網などのインフラ投資需要が大きいため、成長率の押し上げ余地が大きい。しかし、政府部門の財政状況が厳しいなか、公共投資の拡大が期待できないため、国内外の民間部門による資本投入の拡大が望まれる。特に、海外からの資本流入については、世界第5位の人口規模を誇るマーケットとその成長期待から拡大してきたが、近年は「ブラジルコスト」と呼ばれるビジネス環境を巡る様々なコストが顕在化したことで、伸び悩んでいる。

13年続いた左派政権に代わって2016年に誕生したテメル政権は、「ブラジルコスト」の解消に取り組み、歳出上限法の制定や労働法の改正、公営企業の民営化などの構造改革を実現したが、最重要課題である年金改革は先送りされた。2019年に誕生したボルソナロ政権は前政権の方針を踏襲し、年金改革のほか、税制改正や公営企業の民営化、自由貿易の推進に取り組んでいる。年金改革には憲法の改正が必要であるため、その要件の厳しさから当初は実現が困難と見られたが、今年中の法案成立が見込まれるなど改革機運が高まっている。これらの改革による資本投入の拡大と生産性の向上を通じて潜在成長率が上昇していくだろう。
 
ロシアは、人口減少による労働投入の縮小と経済制裁による資本流入の停滞によって潜在成長率が低下していくものの、原油価格の上昇基調が続くと見込まれるため、緩やかな成長が続くだろう。今後10年間の平均成長率は2%弱と、過去10年間の1%台後半から小幅に上昇すると予想する。

ロシアの人口は2020年の1.46億人から2030年にかけて1.43億人へと微減に留まるものの、生産年齢人口は2020年の0.97億人から2030年にかけて0.90億人と急激なペースで減少し、その割合も2020年の66.1%から2030年にかけて63.0%まで低下すると予測されている。2019年からの年金支給開始年齢の段階的な引上げによって労働参加率が上昇していくと予想されるが、労働投入の縮小は避けられないだろう。

また、ロシアは2014年のクリミア併合を契機として、積年の課題である資源依存型の産業構造からの脱却を進めているが、欧米諸国による経済制裁等によって十分な資本投入を確保できず、農業など一部産業を除いて十分な成果を挙げられていない。特に米国による経済制裁は、米国内外の個人や企業に対して、制裁対象との金融取引や貿易取引のほか、エネルギー開発関連の物資や技術の提供を禁止している。当面の間、ロシアと欧米諸国との関係改善は見込めないため、資本投入は伸び悩むだろう。

政府は、構造的課題の解消に向けて、2019年から2024年にかけて約26兆ルーブル(2018年名目GDP比で約25%相当)の大規模な国家事業を計画している。国家事業には平均寿命の延伸、デジタル技術の発展、インフラ投資の拡大など13分野での事業が盛り込まれており、潜在成長率を押し上げることが期待される。ただし、予算全体の約30%を、事業別予算で最大規模のインフラ投資の拡大に至っては約50%を民間資金に依存していることから実現性は不透明であり、足元でも投資に目立った動きは見られない。

一方で、ロシア経済は、2018年通年で燃料・エネルギー製品が輸出総額の約3分の2、関連税収が連邦政府の歳入の50%弱を占めるなど、依然として資源依存度が高く、原油価格の変動に左右されやすい。先行きは原油価格の上昇基調が続くと見込まれるため、このまま潜在成長率が低下したとしても、緩やかな成長が続くだろう。
 
インドは、人口ボーナスが長期に渡り経済の成長エンジンとなる。インドの人口は2020年の13.8億人から2030年には15.0億人まで増加、また同期間の生産年齢人口の割合は67.2%から68.4%まで上昇すると予測されている。もっとも生産年齢人口の増加率が緩やかに鈍化するなかで、潜在成長率の押し上げ効果は徐々に低下しよう。

一方、資本投入は旺盛な内需を背景とする海外資本の流入やインフラ投資需要への対応などから成長率の押し上げ余地が大きい。現在は土地収用問題や許認可の遅れ、公営銀行の不良債権問題などから投資プロジェクトが進まず、盛り上がりに欠けているが、中期的には不良債権問題の緩和や財政再建の進展に伴い投資が持ち直していくだろう。もっともインドは今後も国際的な輸出拠点としての地位を築けず、恒常的な経常赤字を解消することができないため、不安定なマクロ経済環境を背景に海外からの資本流入が抑制され、飛躍的な投資拡大には至らないと予想する。

労働生産性は都市化に伴う工業化とサービス業の発展により向上するため、今後も潜在成長率を押し上げるだろう。またインドのIT産業は世界的な競争力を有しており、物的資本ストックの蓄積の遅れをICTの利活用がカバーすることで生産性向上に寄与する。

政治面では、予測期間前半に上院・下院の「ねじれ」が解消すると予想する。現政権はこれまでに外資規制緩和や物品・サービス税(GST)の導入、そして破産・倒産法の施行など構造改革を実施してきた。今後はねじれ議会の解消により、これまで遅れていた土地収用法や雇用規制などのビジネス環境の改善に向けた改革が継続的に進められるものと予想され、資本投入と労働生産性の安定した伸びに寄与するだろう。

実質GDPは、短期的には足もとで下振れた景気の回復局面が続いた後、潜在成長率の高さを背景に安定的な高成長が持続するだろう。今後10年間の平均成長率は7%台半ばと、過去10年間の7%強から小幅に上昇すると予想する。
 
ASEAN4(マレーシア・タイ・インドネシア・フィリピン)は、予測期間末にかけて人口ボーナスが続くものの、生産年齢人口の増加率は徐々に低下すると見込まれる。しかしながら、資本投入と労働生産性は海外直接投資の拡大や都市化の進展、社会資本ストックの蓄積などを背景に今後も堅調な伸びが見込まれ、成長を下支えるだろう。今後10年間の平均成長率は5.0%となり、過去10年間の5.2%から小幅に低下すると予想する。

ASEAN域内にはインフラと資本市場が整備されたマレーシア、産業集積が形成されたタイ、内需が魅力のインドネシアとフィリピン、中国からの生産移転先として注目を集めるベトナム、労働コストが安い後発新興国のCLM諸国(カンボジア、ラオス、ミャンマー)など多様な特徴を有する国がある。またASEANは域内の統合深化に向けた国境インフラの整備や税関手続きの円滑化、そして域外との自由貿易協定の締結促進など地域として貿易・投資の優位性を高める取組みを継続しており、グローバル・サプライチェーンを構築する企業によるASEAN展開の勢いは今後も続くだろう。また米中対立の長期化により中国からASEAN地域への工場移転が進みやすくなることも中期的に資本投入を押し上げるだろう。

もっともASEAN各国は、賃金上昇に伴う製造コストの増加や地域格差の拡大、社会保障制度の整備の遅れなどの共通の課題に加え、経済の成熟度によって異なる構造的課題を有する。例えば、高位中所得国のマレーシアやタイは産業の高度化・高付加価値化への挑戦に技術面の不安を抱えており、また低位中所得国のインドネシアやフィリピンなどはインフラの未整備や不正・汚職の蔓延などビジネス環境の悪さが企業進出を阻んでいる。こうしたボトルネックを解消することができれば持続的成長の確度が高まる一方、各国の取組みが不十分であれば「成長の壁」にぶつかり成長速度が著しく低下しかねず、楽観視はできないだろう。
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【中期経済見通し(2019~2029年度)】【シンクタンク】ニッセイ基礎研究所は、保険・年金・社会保障、経済・金融・不動産、暮らし・高齢社会、経営・ビジネスなどの各専門領域の研究員を抱え、様々な情報提供を行っています。

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