2019年04月23日

政策指標としての「健康寿命」が抱える課題

保険研究部 主任研究員・ヘルスケアリサーチセンター兼任 村松 容子

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1――はじめに

「健康寿命」は、2013年の日本再興戦略で「健康寿命の延伸」が掲げられたことで広く注目されるようになった。2018年の新経済・財政再生計画 改革工程表(2018 年12 月閣議決定)では、「平均寿命の延伸を上回る健康寿命の延伸」を目標として位置付けるとともに、「3年に1度の調査に加え、毎年の動向を把握するための補完的な手法を検討」すること、「健康寿命について、まずは客観的かつ比較可能な統計としての在り方を検討」することとされている。

現在、国内で最もよく利用されている「健康寿命」は、3年に1度、厚生労働省が行う「国民生活基礎調査(大規模調査)」と生命表を使って計算する「健康上の問題で日常生活が制限されることなく送れる期間」を言う。この手法については、(1)3年に1度しか計算できない、(2)サンプル数が限られているため、市町村別や二次医療圏別では計算結果の精度が確保できない、といった調査設計上の課題のほか、日常における活動制限の状況評価が自己申告によるものであり、不安定である可能性が指摘する声もあった1。また、この「健康寿命」には、個々の生活習慣から社会・経済の環境まで、多くの要因が複雑に影響し、政策との対応関係が不明確であるため、政策指標には向かないとの意見がある。
 
こういった指摘を受けて、今回設置された「健康寿命のあり方に関する有識者研究会」では、改めて現行の健康寿命活用方法や指標・評価について議論が行われた。
図表1 2040 年を展望した社会保障・働き方改革本部の検討課題
 
1 活動制限を自己申告で評価した場合と、他者が評価した場合の比較についての先行研究は複数あり、両者に大きな差異はなく、自己申告であっても信頼性や妥当性には問題がないと解釈されている。海外でも同様の指標を使っている。

2――報告書の概要

2――報告書の概要

1|論点の整理
(1) 「健康上の問題で日常生活が制限されない」が目指すべき「健康」の状態
「健康」とは幅の広い概念で、単に傷病の有無だけで判断することは不適切であり、身体的には良好な状態であったとしても、精神的あるいは社会的に良好な状態でなければ、健康であるとは言い難い。

現行指標である「健康上の問題で日常生活が制限されない期間」は、単に身体的要素に止まらず、精神的要素・社会的要素も広く、包括的に表していると考えられ、「健康」の状態を表す指標として妥当であることを再確認した。
(2) 補完的な指標として、平均自立期間(要介護2以上とならない期間)の活用を提案
毎年、地域ごとに算出できる新たな補完的指標としては、介護保険関連データを使って要介護2以上にならない期間を示す「平均自立期間」の活用を提案している2。介護保険関連データは、いずれ医療データが格納されている国保データベース(KDB)システムと連携することが可能であるため、活用情報が広がることが見込める。

しかし、現行の「健康寿命」と比べると、社会的要因に関する情報は少ないほか、原則として65歳以上の高齢者のみを対象としている等、この指標で表せる範囲が狭いほか、寿命と近すぎる(65歳の平均余命と平均自立期間の差は、男性で1年余、女性で3年余3)ため、評価指標として使いにくい等の問題がある。
 
2 統計的に有意な計算とするためには、1年間分の死亡情報を用いた場合で13万人程度、3年間分の死亡情報を用いた場合でも4.7万人程度の人口規模が必要となる。
3 「健康寿命の全国推移の算定・評価に関する研究―全国と都道府県の推移―」 厚生労働科学研究費補助金報告書によると、65歳時点の平均余命と平均自立期間の差(自立していない期間)は、男性で1.63年、女性で3.45年である。
(3) 健康寿命延伸による医療費・介護費への効果
予防・健康づくりなどの健康寿命を延伸させるための取組は、延伸の医療費・介護費、経済等に与える影響を議論する以前の認識として、(仮に医療費や介護費低減の効果がなかったとしても)個々のQOLの向上という極めて大きな価値をもたらすものであることが再確認された。

健康寿命延伸による医療費への効果については、健康寿命が伸びた場合には寿命も伸び疾病にかかるタイミングを先送りしているとの考え方から、あまり変わらない又は増加する可能性が高いとする考え方と、仮に寿命の伸びを上回る健康寿命の伸びが実現された場合には、生涯医療費も抑制され得る、との考え方が示された。

介護費への効果については、医療が健康な間も費用がかかるのに対し、介護は要介護状態にならなければ費用がかからないことから、医療費に比べると、より効果が期待できるのではないかとの考え方が示された。
2|残された課題
(1) 政策指標としての適切性
この研究会では、そもそも健康寿命が政策指標として適切かどうかも議論された。

一般に、政策指標には、指標と施策の対応・因果関係が明確であること、施策に対する感度が良いこと、速報性が高いこと、測定方法の客観性が高いこと等が求められる。そういった視点でみると、健康寿命延伸のための政策は、糖尿病重症化予防対策、認知症予防推進、がんの早期発見と就労との両立支援、フレイル対策等多岐にわたるが、現在使用している健康寿命や今回提案された平均自立期間のどちらも、こういった政策との対応関係は不明確である。また、健康は短期的に大きく変動するものではないため、施策に対する感度も良くない。

さらに、生活習慣等が健康寿命に与える影響については、明らかになりつつあるが、社会的・経済的要因が健康寿命に与える影響については研究を蓄積しているところであり、明らかではない。

そのため、これまで議論されてきた以外の指標についても、今後も検討を続けていくことになった。

(2) 経済面、社会面要因への効果の測定
健康寿命延伸による医療費・介護費への効果だけでなく、就労や消費活動といった社会面、経済面での効果についても、定量的な評価・推計を行うことを検討することになった。
 

3――おわりに

3――おわりに

「健康」を複合的な意味でとらえ、現行の「健康寿命の延伸」を目標とすること、および、仮に医療費や介護費低減の効果がなかったとしても、個々のQOLの向上のために健康増進に関する取組みを推進することに、反対する意見は少ないだろう。しかし、今回の議論にもあがったとおり、現行の「健康上の問題で日常生活が制限されないこと」を健康とみなす健康寿命は、政策との対応関係が不明確であるため、政策の効果測定のためにもより適切な指標の検討が必要となると思われる。

また、引続き「健康上の問題で日常生活が制限されない」期間の延伸が目標とされたが、日常生活として思い描く生活は、個々であまりに幅広い4と思われる。健康であると感じることができる主観を高めるための政策も必要だと思われる5

今回提案された補完的指標である平均自立期間について都道府県別のデータをみると、平均自立期間と現行の健康寿命は、相関関係が強いわけではない6。主な理由として、現行の健康寿命は、整形外科疾患、眼科疾患、精神疾患等が原因となって短縮されるのに対し、平均自立期間は、認知症、脳血管疾患が多いことによる7。また、前者は、社会福祉施設の入居者や長期入院者は対象外であるのに対し、後者は、社会福祉施設の入居者や長期入院者も対象となる。そのため、健康寿命と平均自立期間は、対象となる集団や対象となる傷病が異なるために、異なる推移をする可能性があり、各種政策を立案・評価するのが難しい可能性がある。
 
4 諸外国でも同様の手法で計算することがあるが、厚労省の資料によると、イギリスでは「通常の人ができる活動にどの程度影響があるか」という聞き方であり、アメリカでは食事や入浴等のほか、家事や必要な作業、外出時に他者の助けが必要か等、ある程度、水準が統一されているのに対し、日本では「健康上の問題で日常生活に影響がありますか」とだけ聞いており、個人が思い描く日常生活の違いによって回答が大きく変わる可能性がある。
5 より主観的な指標として「自分が健康であると自覚している期間の平均」を算出することがある。このより主観的な指標と現行の健康寿命は相関が高いため、現行の健康寿命はある程度、主観に基づくと考えられる。
6 相関係数は男性0.45、女性0.06(ただし、女性は有意ではない)。
7 厚生労働省「健康寿命のあり方に関する有識者研究会報告書」(2019年3月)
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保険研究部   主任研究員・ヘルスケアリサーチセンター兼任

村松 容子 (むらまつ ようこ)

研究・専門分野
健康・医療、生保市場調査

経歴
  • 【職歴】
     2003年 ニッセイ基礎研究所入社

(2019年04月23日「保険・年金フォーカス」)

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