2019年03月25日

英国はいつ、どのようにEUを離脱するのか、しないのか?

経済研究部 常務理事 伊藤 さゆり

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(2) 4月12日の合意なき離脱― リスクは上昇
EUにとっても合意なき離脱は望ましくなく、英国議会でも3月13日の動議の採決で確認された通り、合意なき離脱を容認する議員はごく少数派だが、偶発的に生じるリスクは上昇している。メイ首相の政治手腕では、自らがまとめた協定支持の多数派形成は危ぶまれる。「将来関係のソフト化」についても、例え超党派の支持が得られる目途が立ったとしても、メイ首相に与党・保守党を割るという決断はできそうになく、仮にメイ首相が、ソフト化に傾けば、首相辞任の圧力が強まりそうだ。保守党が「長期延長」の条件となる欧州議会選挙への参加で一致することは困難に思われ、議会の過半数確保も難しい。

期限延期を認めたEU側も、メイ首相の無力さ、英議会の混迷は承知しており、「合意なき離脱」は起こり得ると考えているはずだ。

EUが、4月12日までは無条件の延期を決めたのは、合意なき離脱への準備の時間を確保するという意味もあるように思われる。
(3) 長期延期-離脱撤回の可能性は高くなるが、合意なき離脱も起こり得る
離脱協定が否決された場合、4月12日の期限前に、英国が欧州議会選挙への参加の意思を表明し、離脱に関する新たな方針を示した場合には、EUが長期延期を認める可能性はある。

延期の理由としては、将来関係の方針転換し、政治合意を修正した上で協定の再可決を行うための時間的猶予を求めるケース、メイ首相の辞任やメイ政権への不信任案による総選挙のための時間の確保、あるいは離脱方針について改めて民意を問う再国民投票などが考えられる。

メイ首相は、16年6月の国民投票で示された民意を実現する方針を譲らず、再国民投票の可能性を繰り返し否定するが、協定案が3度否決され、議員提出の動議で、撤回も選択肢とする再国民投票が過半数を超えた場合には、政府が、これまでの方針を押し切ることは難しくなる。20日のメイ首相の演説の後、英国議会のウェブサイトに開設された離脱撤回を求める嘆願書に署名が殺到、英国時間3月25日午前4時時点で532万人に達している。23日にロンドンで行われた再国民投票を求めるデモには主催団体の発表によれば100万人が参加した。24日の英スカイニュースの番組で、ハモンド財務相は、再国民投票は「筋の通った提案であり、検討に値する」と述べている。

長期延期は、離脱撤回に向けた第1歩となり得るが、民意を問えば、離脱撤回が選択されるとは限らず、「合意なき離脱」も起こり得る。

3.評価-どの方向に進むにせよ不確実性残る。民意を問うべき局面に差し掛かりつつある

向こう1カ月で英国がどの方向に向かうにせよ、不確実性は消えない。

最も穏当な「5月22日の合意あり離脱」でも今までと同じかそれ以上の不確実性は残存する。前稿6で触れたとおり、20年末まで現状を維持する「移行期間」は確保できるが、21年初の将来関係協定の発効はほぼ不可能だ。EU側の政治スケジュール(図表2)を考えると、「移行期間」のうち、将来関係の協定作りに実質的に費やせる時間は見た目以上に短い。19年は、5年に一度の欧州議会の選挙年で、欧州委員会の委員長、EU首脳会議常任議長、欧州中央銀行(ECB)総裁と、EU機関のトップも総入れ替えとなる。委員長の交代とともに、EUの政策を担当する各領域の委員の顔ぶれも替わる。協定がまとまった後の承認手続きに要する時間も離脱協定よりも長くなる。EUが権限を有する領域をカバーする「離脱協定」の欧州議会の承認のみが必要だが、将来関係の協定は、加盟国の権限を有する領域もカバーするため、加盟各国の憲法上の要件に従う承認手続きが必要になるからだ。移行期間延長の意思決定の期限は20年7月1日であり、1年も経てば、延長の議論が再び浮上する。移行期間終了時にアイルランド国境管理の安全策は現実の問題となる。

「4月12日の合意なき離脱」は問題の解決策にも終着点にもなり得ない。アイルランドの国境管理は直ちに対処すべき現実の問題となる。EUとの関係も、いったん世界貿易機関(WTO)ルールに基づくものになるにせよ、幅広い領域で統合が進んだ英国とEUの間の持続可能な関係とはなりえない。混乱収拾後、新たな協定の締結に、最優先で取り組まざるを得なくなるだろう。

英国のEU離脱の迷走の根本の原因は、極めて膨大な法体系の基盤の上に成立するEUからの離脱という重大な意思決定を国民投票に委ねたことにある。EUからの「いいとこどり」は可能と訴える離脱派のキャンペーンには多くの問題があったが、最大の問題は、EUからの離脱と新たな関係の構築は容易という印象を与えたことにある。

有力なシナリオではないものの、EU離脱は困難なプロセスであるという真実を明らかにした上で、このまま離脱手続きを進めるべきか改めて民意を問うべき局面を迎えているように思われる。
図表2 英国の「合意あり離脱」後の主要日程
 
6 基礎研レター2019-03-05「ブレグジットはどうなるか?-日本経済・企業にとっての英国EU離脱のリスクは何か(https://www.nli-research.co.jp/report/detail/id=61012?site=nli)」
 
 

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経済研究部   常務理事

伊藤 さゆり (いとう さゆり)

研究・専門分野
欧州の政策、国際経済・金融

経歴
  • ・ 1987年 日本興業銀行入行
    ・ 2001年 ニッセイ基礎研究所入社
    ・ 2023年7月から現職

    ・ 2011~2012年度 二松学舎大学非常勤講師
    ・ 2011~2013年度 獨協大学非常勤講師
    ・ 2015年度~ 早稲田大学商学学術院非常勤講師
    ・ 2017年度~ 日本EU学会理事
    ・ 2017年度~ 日本経済団体連合会21世紀政策研究所研究委員
    ・ 2020~2022年度 日本国際フォーラム「米中覇権競争とインド太平洋地経学」、
               「欧州政策パネル」メンバー
    ・ 2022年度~ Discuss Japan編集委員
    ・ 2023年11月~ ジェトロ情報媒体に対する外部評価委員会委員
    ・ 2023年11月~ 経済産業省 産業構造審議会 経済産業政策新機軸部会 委員

(2019年03月25日「経済・金融フラッシュ」)

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