2018年07月31日

10年が過ぎた後期高齢者医療制度はどうなっているのか(上)-負担構造、制度運営から見える論点

保険研究部 上席研究員・ヘルスケアリサーチセンター・ジェロントロジー推進室兼任 三原 岳

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1――はじめに~後期高齢者医療制度はどうなったか~

75歳以上の高齢者が加入する後期高齢者医療制度1が発足して4月で丸10年が過ぎた。2008年度に制度が発足した際、高齢者差別などの批判が出たが、近年はニュースに取り上げられる機会も少なく、国民の間に定着したという評価が可能かもしれない。

しかし、人口的なボリュームの大きい団塊の世代が2025年に75歳以上となると、高齢者医療費は一層の増大を迎える可能性が高く、将来世代のツケ回しを減らす必要性も含めて、「高齢者医療費をどう分かち合うか」という点を考える必要がある。

後期高齢者医療制度の10年を総括する本レポートのうち、(上)では制度の概要や負担構造、10年間の医療費や保険料の推移などを見るとともに、国・自治体の財政負担や74歳以下の人が支払う保険料負担が増加している点を考察する。

その上で、後期高齢者医療制度の前身に当たる老人保健制度について、(1)現役世代と高齢者の費用・負担関係が不明確、(2)保険料を納める主体と、医療費を使う主体が分離している――といった問題点が指摘されていたことを挙げつつ、どこまで課題が解決したか、現状がどうなっているかを考える。さらに、(下)では関係者の利害調整を通じて、少しずつ制度を改正する漸増主義(incrementalism)が志向された制度導入時の経緯を振り返った上で、今後の制度改革の方向性を模索するため、会社が保険料を負担する「事業主負担」や非正規雇用労働者など別の論点も切口として加えつつ、制度改革の選択肢と長所・短所を論じる。
 
1 65~74歳の寝たきり高齢者も被保険者となるが、ここでは原則として75歳以上と表記する。
 

2――後期高齢者医療制度の概要

2――後期高齢者医療制度の概要

まず、後期高齢者医療制度の財源構造である。図1の通り、自己負担を除く財源は保険料、税金でほぼ折半する構造となっており、税金の部分については、国が32%、都道府県、市町村が8%ずつとなっている。

一方、保険料のうち約10%は75歳以上の高齢者が負担する。残りの約40%部分は74歳以下の人が後期高齢者支援金(以下、支援金)として分け合う構造となっている。さらに、保険料の部分にも低所得者の保険料軽減などを目的とした税金の投入がなされている。

さらに、図1には含んでいないが、75歳以上の高齢者が医療機関にかかった際、窓口では自己負担として1割を支払う(ただし現役世代並み所得の人は3割)。
図1:後期高齢者医療制度に関する税金、保険料の流れ
こうした保険制度を運営する主体(保険者)は都道府県単位の広域連合である。広域連合は都道府県内の全市町村で構成しており、例えば東京都の場合、首長に相当する広域連合長は荒川区長、地方議会に当たる広域連合議会の定数は31人となっている。
 

3――後期高齢者医療制度の現状

3――後期高齢者医療制度の現状

図2:5歳刻み年齢階級別1人当たり平均医療費(2015年度現在) 1増加する医療費
次に、後期高齢者医療制度の医療費推移を見てみよう。一般的に75歳以上になると心身に不具合を感じる人が増えるため、医療費は増加する傾向にある。「国民医療費」をベースにした図2で見ると、全年齢平均は33万3,000円であるのに対し、75~79歳は80万1,500円、80~84歳は94万3,500円、85歳以上は107万7,900円となっている。
図3:後期高齢者医療制度の医療費推移 一方で、75歳以上人口は増加しており、厚生労働省の「後期高齢者医療事業状況報告」によると、2008年度に制度が創設された時には1,297万2,364人だったが、2016年度時点で1,645万477人に増えた。この結果、後期高齢者医療制度から支払われる医療費(後期高齢者医療制度に加入する65~74歳の医療費も含む)も増加し続けている。その推移を見ると、図3の通りに制度発足時の約11.44兆円から約15.38兆円に増加し、その伸び率は1.34倍に及ぶ。

では、こうした高齢者医療費をどのように賄っているのだろうか。その方策としては、(1)75歳以上高齢者が支払う保険料、(2)75歳以上高齢者が医療機関の窓口で支払う自己負担、(3)74歳以下の人が支払う保険料(支援金)、(4)国・自治体の税金――に大別可能であり、厚生労働省が公表している「後期高齢者医療事業状況報告」などを基に順次見ていく。
図4:後期高齢者からの保険料収入の推移 2上昇する高齢者の保険料
まず、後期高齢者医療制度が75歳以上高齢者から徴収する保険料収入を見ると、図4の通りに0.83兆円から1.13兆円に上昇している(前年度滞納分の収納も含む)。これは医療費の伸び率とほぼ同じレベルの1.35倍に相当する。
図5:後期高齢者の全国へ金保険料の推移 さらに、75歳以上高齢者が広域連合に支払う保険料についても上昇傾向にある。保険料は都道府県ごとに異なり、2年に1回改定されている基準保険料の全国平均月額を見ると、図5の通りに5,283円から5,857円に増えており、その伸び率は1.10倍である。







 
図6:後期高齢者の自己負担推移 3伸び率が低い高齢者の自己負担
次に、後期高齢者が医療機関にかかった際、窓口で支払う自己負担である。2008年度の制度創設後の推移を見たのが図6である。

現役世代は原則3割だが、75歳以上高齢者は1割に抑えられており、しかも高額療養費で上限が設定されているため、増加割合は1.20倍となり、後期高齢者医療費全体の伸び率である1.34倍に比べると低い2
 
2 後期高齢者医療制度の自己負担に関する議論は拙稿2018年6月29日レポート「高齢者医療費の自己負担引き上げは是か非か」参照。http://www.nli-research.co.jp/report/detail/id=58956
図7:後期高齢者医療制度療養費に関する国・自治体の支出金推移 4著増する国・自治体の財政負担
次に、国・自治体の税金部分である。療養費に関する支出金を見ると、その推移は図7の通りとなる。これを制度創設時から比較すると、国で1.56倍、都道府県で1.53倍、市町村で1.51倍となっており、いずれも後期高齢者医療制度の医療費の伸び率よりも大きい。


 
図8:支援金の推移 5著増する支援金
74歳以下の人が後期高齢者医療制度に支払う支援金も増加している。その規模は図8の通り、2008年度の4.13兆円から2016年度までに5.95兆円にまで増加した。その増加割合は1.44倍となっている。

さらに、図8には反映されていないが、勤め人が加入する被用者保険の支援金については、被保険者数に応じた人頭割の割合を減らす一方、所得に応じて課す総報酬割の比重を年々増やし、2017年度までに全面総報酬割に移行した。これは健康保険組合(以下、健保組合)の負担を増やす代わりに、協会けんぽの国庫負担を減らすことで国の一般会計を見掛け上、減らす効果を持つが、税金で広く薄く国民が負担していた部分を健保組合加入者に課しているに過ぎず、いわば負担の付け替えである。その結果、後述する通りに健康保険組合連合会(以下、健保連)が不満を強めている。

(2018年07月31日「基礎研レポート」)

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保険研究部   上席研究員・ヘルスケアリサーチセンター・ジェロントロジー推進室兼任

三原 岳 (みはら たかし)

研究・専門分野
医療・介護・福祉、政策過程論

経歴
  • プロフィール
    【職歴】
     1995年4月~ 時事通信社
     2011年4月~ 東京財団研究員
     2017年10月~ ニッセイ基礎研究所
     2023年7月から現職

    【加入団体等】
    ・社会政策学会
    ・日本財政学会
    ・日本地方財政学会
    ・自治体学会
    ・日本ケアマネジメント学会

    【講演等】
    ・経団連、経済同友会、日本商工会議所、財政制度等審議会、日本医師会、連合など多数
    ・藤田医科大学を中心とする厚生労働省の市町村人材育成プログラムの講師(2020年度~)

    【主な著書・寄稿など】
    ・『必携自治体職員ハンドブック』公職研(2021年5月、共著)
    ・『地域医療は再生するか』医薬経済社(2020年11月)
    ・『医薬経済』に『現場が望む社会保障制度』を連載中(毎月)
    ・「障害者政策の変容と差別解消法の意義」「合理的配慮の考え方と決定過程」日本聴覚障害学生高等教育支援ネットワーク編『トピック別 聴覚障害学生支援ガイド』(2017年3月、共著)
    ・「介護報酬複雑化の過程と問題点」『社会政策』(通巻第20号、2015年7月)ほか多数

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