2018年01月15日

WeWorkのビジネスモデルと不動産業への影響の考察(2)-Amazonを参考にプラットフォーマーという視点からの分析

金融研究部 主任研究員 佐久間 誠

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(ウ) データを活用したオフィスの再定義
WeWorkは、社内に建築士やアーティスト、デザイナーなどを抱え、オフィス空間をインハウスでデザインしている。また同社では、データを活用することで、オフィスの生産性向上を図ることを重視している。メンバーのイノベーションやコラボレーションを活性化し、アウトプットを最大化することに加え、WeWorkが効率的にコワーキングスペースを構築・運営できるようにしているのだ。例えば、廊下の広さもメンバー間のコミュニケーションを活性化することを目的に設計している12。またゴミ箱一つにしても、拠点のメンバー数からどのくらい必要か、どのように配置すれば、利用者・運営者にとって効率的かデータをもとにデザインするなど、同社が提案する対象は細部に及ぶ。

また同社は2015年にBIM13に強みを持つ建築会社Caseを買収し、BIMをベースとした設計・施工プロセスのデジタル化に取り組んでいる。BIMを活用することで、空間効率を15~20%改善できるとも言われている14。また同社はAI(人工知能)などの先端技術の活用にも積極的である。同社では、800以上の会議室の活用状況をAIによって分析し、会議室の稼働率を最適化する取り組みも進めている。またAmazonが開発したAI「Alexa」をアシスタントとして活用するAlexa for Businessの最初のパートナーの一つとなっている。

これまで不動産におけるデータ活用は、他分野と比較して遅れているとされ、オフィス空間は最大公約数的な造りとなることが多かった。同社のイノベーション・グループの責任者であるマーク・タナー氏がこのことを次のように指摘している。
今までの会社ビルというのは、社員をビルの中に入れておくためのものでした。今、私たちは、社内にいながら、どうしたら効率よく、スマートな決断を下すことができる環境を作れるかということを提案していきたいのです15
なお同社がデータを活用できるのも、多数のコワーキングスペースを運営し、そのデータを蓄積しているからである。データの蓄積と活用がさらに進めば、今後、利用者のニーズやアクティビティにあわせて最適化された空間へと、オフィス環境が変革されていく可能性がある。IBMはWeWorkが設計・運営しているマンハッタンにあるオフィスを一棟借りするなど16、同社はコワーキングスペースで培ったノウハウを活かして、大企業に対して、ワークプレイスの設計やデザインに加え、運営までを行うサービスを提供している。WeWorkはデータを活用して、オフィスを再定義しようとしているとも言えよう。

WeWorkの特異さは金融市場でのバリュエーションに表れている。CB Insights社の調査によれば、同社の企業価値は200億ドル(2.3兆円)とされる17。日本の不動産会社と比較しても、住友不動産の(1.8兆円)を上回り、三菱地所(2.7兆円)、三井不動産(2.5兆円)に迫る規模である18

創業7年に過ぎないWeWorkの評価がここまで高いのは、同社がプラットフォーマーだと見做されているからだ。コワーキングスペースはビルオーナーからオフィスを借り受け、複数の個人・企業に貸し出すというビジネスで、ビルオーナーと借主を直接結び付けているわけではなく、空室リスクを負うのはコワーキングスペースの運営会社である。そのため、コワーキングスペース自体はプラットフォームではない。WeWorkはコワーキングスペースに、プラットフォームとしての機能を追加し、それが金融市場の高評価をもたらしている。「WeWorkは不動産業会社なのか?それともIT企業なのか?」といった質問が投げかけられることが多いが、金融市場はIT企業として評価していると言える。

しかし、一般的なプラットフォーマーとは異なり、WeWorkはコワーキングスペースというオフラインの事業とプラットフォームというオンラインの事業を併せ持つことが特徴的で、それが同社の強みとなっている。またこれが、ECプラットフォームと物流に強みを持つAmazonと非常に良く似ている点でもある。Amazonのベゾス氏は、物流の重要性を説くために、同社のECビジネスを氷山に例え、海面上で見える氷の塊がECプラットフォームで、海面の下に隠れている氷山の本体が同社の物流機能であると述べている19。この例えに擬えるならば、WeWorkのコワーキングスペースとしての機能は氷山の一角に過ぎず、コミュニティ・プラットフォームが同社のビジネスモデル上、重要な氷山の本体だと言える。
 
12 安部 (2017) 参照。
13 BIM(Building Information Modeling)とは、「従来のような2次元の建物の図面情報だけでなく、使用材料や性能などの仕様情報も加えた3次元の建物モデルをコンピュータ上で構築し「見える化」するもの」(株式会社大林組HP参照)
14 Rhodes, Margaret (2016) 参照。
15 津山 (2017b) 参照。また、WeWorkでは、スマホをデスクにかざすことで、デスクの高さが自分の好みの高さに自動で調整される機能など、個々人に合わせたカスタマイズ機能を導入する取り組みも行っている。
16 Putzier (2017) 参照。
17 CB Insights (2017) 参照。
18 Bloomberg(2017年12月末時点)
19 Brandt (2011) 参照。

(3)WeWorkのプラットフォーム戦略の考察
WeWorkへの注目度は非常に高い。しかし、情報が限られ、事業が急拡大していることからも、その実態は明らかではない。そこで、WeWorkをプラットフォームという枠組みから分析し、同社の戦略や方向性について考察する。
(ア) XaaS(X as a Service)プラットフォーマーを志向している可能性
WeWorkがプラットフォーマーとして台頭している理由は、他のプラットフォーマー同様、昨今の産業のデジタル化によりモジュール化、レイヤー化が進み、多様なビジネス要素をアウトソースできるようになったためである。従来は、ITのインフラ、プラットフォーム、ソフトウェアは自社で保有し、管理・運用することが一般的だったが、最近はAmazonのAWSなどのクラウドサービスが普及している。また、AWSのようにハードやソフトをサービスとして提供するビジネスを総称して、「XaaS (ザース、X as a Service)」と呼ばれる。

同様の視点で見ると、コワーキングスペースは、従来は自社で所有または賃貸していたオフィスを小分けにして、サービスとして提供する「Space as a Service」である。またコミュニティは、従来は自社で雇用していた人材・スキルをクラウドソーシングする「Employee(Skill) as a Service(EaaS)」だと見ることもできる。さらに同社のWeWork Services Storeで提供するソフトやサービスは、「Infrastructure as a Service (IaaS)」や「Platform as a Service (PaaS)」、「Software as a Service (SaaS)」だ。このように考えると、同社はモジュール化された会社機能をアウトソースするためのXaaSプラットフォーマーだと見做すことができる。現時点ではまだXaaSプラットフォームマーとしての規模は限られるが、同社が提供するサービスから、同社の一つの将来像として想定されるのが、メンバー企業とベンダー企業を結びつけるXaaSプラットフォーマーである(図表-2)。
図表-2 XaaSプラットフォームとしてWeWorkのイメージ
WeWorkはXaaSプラットフォーマーとして、様々な業務をアウトソースすることを容易にする可能性がある。これにより、従来ほど資産を保有し、人材を雇用する必要がなくなる。これは小規模の企業も大企業と同様のコスト構造を持てることを意味し、資本力など企業規模が企業の競争力に与える影響が小さくなる。それにより、小規模の企業が増え、プラットフォーマーのような大企業と、スタートアップやフリーランスのような小企業に、企業規模の二極化が進んでいくことが予想される。
(イ) WeWorkのプライシング戦略
現状、同社のプラットフォームに参加するユーザーは、コワーキングスペースのメンバーとWeWork Services Storeなどでサービスを提供するベンダーに大別できる。WeWorkは170万人を超えるユーザー数を抱え、2015年夏には黒字化していると報じられている20が、主な収益の内訳は明らかではない。しかし、同Storeでは収益は限定的とされ21、メンバーからの利用料が主な収益源であると推測される。つまり、メンバーが主要な課金サイドでサービスを提供するベンダーは補完サイドだと考えられる。

ただし、今後も同様のプライシングを継続する保証はない。コワーキングスペースを運営する企業は世界的に増えており、競争は激しくなっており、シェア獲得のため、今後攻勢を強める可能性がある。また同社のメンバー数がさらに増加していけば、同社のプラットフォームはマーケティング対象としての価値が大きくなる。そうすれば、ベンダーからの課金を増やし、メンバーの利用料を引下げるといった戦略をとることも可能である。なお、Facebookなどのオンラインのコミュニティ・プラットフォームの収益源が広告料であることを考えれば、WeWorkのコミュニティ・プラットフォームに広告主といった新しいユーザー・グループ課金サイドを追加することも可能だ。さらに、同社のエコシステム内での取引などに課金する方法や取引を円滑化するツールを有料で提供するなど、様々な収入が考えられる。同社のプライシング戦略は、今後のユーザー数などによって変化する可能性があり、注目される。
 
20 Weinberger (2016) 参照。
21 Crook (2017) 参照。
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金融研究部   主任研究員

佐久間 誠 (さくま まこと)

研究・専門分野
不動産市場、金融市場、不動産テック

経歴
  • 【職歴】  2006年4月 住友信託銀行(現 三井住友信託銀行)  2013年10月 国際石油開発帝石(現 INPEX)  2015年9月 ニッセイ基礎研究所  2019年1月 ラサール不動産投資顧問  2020年5月 ニッセイ基礎研究所  2022年7月より現職 【加入団体等】  ・一般社団法人不動産証券化協会認定マスター  ・日本証券アナリスト協会検定会員

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