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救急搬送と救急救命のあり方

保険研究部 主席研究員 兼 気候変動リサーチセンター チーフ気候変動アナリスト 兼 ヘルスケアリサーチセンター 主席研究員 篠原 拓也
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3――救急搬送の手段
1|救急車による搬送
(1)救急車は、出動回数や搬送される人数が増加し、搬送時間が伸びている
第1章で見たとおり、救急自動車の救急出動件数や、それによって搬送された人の数は、年々、増加しており、2015年には、過去最多となっている。その背景には、高齢化が進み、搬送対象となる高齢の傷病者が増加していることがある。これを受けて、救急搬送に要する時間は伸びており、救命や、後遺症の有無に影響を与えかねない状況となっている。
(2)救急車の適正利用が求められている
救急車の出動回数の増加は、高齢者の救急搬送が増加していることの影響が大きい。しかし、そこには、同じ人が何回も救急車を呼ぶ頻回利用や、軽症の人が救急車を呼ぶ軽症利用の問題もある。救急車の適正利用に向けた動きや、救急車利用の有料化の議論について、見ていこう。
1) 一部の利用者による頻回利用の問題
2014年に、10回以上救急車を要請した人の実績を見ると、次の図表のとおりとなる。

全国でわずか2,796人の頻回利用者が、年間52,799回もの出動要請をしている。これに対して、各消防本部は個別対策を行っている。例えば、あらかじめ頻回利用者の家族や親族等に説明しておき、本人からの要請時には、家族等と協議の上、救急対応する。事前に保健福祉部局等と連携しておき、要請時には、福祉担当者が自宅を訪問して対応する、等である。これらは、一定の効果を上げている。
2) 軽症での利用が約半数を占める問題
次に、2014年に、救急車で搬送された人を、傷病の程度別にみると、約半数の49%が軽症となっている。これを、事故種別ごとにみると、急病で49%、交通事故で77%、一般負傷で59%が軽症となっている。このように、近年、軽症での救急車利用が、多発している。

約半数を占めている軽症での搬送者について、そもそも救急搬送の必要はなかったのではないか、との指摘がなされることがある。しかし、軽症の中には、骨折等のため緊急に搬送を行い、直ちに治療を行う必要があったが、搬送先の医療機関において適切な治療を行うことで、入院せずに通院で治療することになった事例も含まれている。つまり、軽症の傷病者でも、救急搬送が必要な場合がある。この図表は、救急搬送の必要性を判断する上での緊急度の概念を含んでいない点に留意が必要である。
また、傷病の程度は、医師の診断により明らかになることにも、留意すべきであろう。素人の目からは軽症に見えたとしても、医師による精密検査の結果、中等症以上と診断される場合もある。仮に、このような場合に、救急搬送をしなければ、症状が悪化する恐れも出てこよう。
3) 救急車利用の有料化の議論
救急車利用について、有料化の議論がある。頻回利用者の存在や、軽症での利用者が多数を占めている現状などが議論の背景にあるものと思われる。行政コスト削減の動きが強まる中で、救急車利用の有料化の賛否が渦巻いている。2015年6月に、財政制度等審議会は「財政健全化計画等に関する建議15」を財務大臣宛に提言した。そこでは、救急出動の一部有料化を検討すべきとしている。
このうち、頻回利用者の問題については、個別対策がとられており、一定の効果を上げつつある。また、軽症利用者については、軽症であるとの判断を医師以外の人ができるのかという問題がある。即ち、軽症について、どのように線引きをするかという問題である。この線引きが曖昧であれば、救急隊と傷病者(およびその家族)との間のトラブルが頻発しかねない。また、有料化する場合には、生活困窮者が救急要請を躊躇(ちゅうちょ)する懸念がある。有料化によって救急車の要請をためらった結果、救命に支障が生じれば、裕福な者と生活困窮者との間で、医療格差が生じることにもなりかねない。その他、実務面で、料金徴収の事務負担の増大といった問題も、検討が必要となろう。
海外では、救急車等による搬送を有料化している事例もある16。有料化の議論の際は、これらの事例で、どの程度の効果や、どのような問題が生じているかを、参考にすべきと考えられる。
(3)転院搬送での救急車利用の適正化が求められている
より高度な治療等をするために、医療機関の入院患者等を、他の病院に搬送することを、「転院搬送」という。通常、搬送には、病院の救急車やドクター・カー、民間の介護・福祉タクシーが使われる。緊急度や重症度が高い場合は、医療機関からの要請を受けて、消防の救急車が出動し、搬送にあたる。ここ数年、転院搬送の占率は低下傾向にあるが、件数は徐々に増えている。

転院搬送については、いくつかの問題点が指摘されている。例えば、消防本部の管轄区域外への転院搬送が、どこまで許されるのか不透明なこと。医師・看護師等の同乗要請の協力度が低いこと。緊急度の低い転院搬送が、多発していること。と、いった点である。このため、転院搬送の要件を明確化したり、ガイドラインを作成して医療機関側に示したりする取り組みが、進められている。
(4)消防以外の救急車を充実させる取組みが始まっている
1) 民間の搬送車の充実
消防の救急車の出動を減らすために、民間の搬送車を充実させて、緊急性のない傷病者等の搬送を促す取り組みが進められている。搬送のための車両、資器材、人員等の条件を満たす事業者については、各消防本部が「患者等搬送事業者」として認定している。
今後、高齢化が進むと、自力での通院が困難な高齢者が増加する。入院患者の転院搬送や、他の社会福祉施設への搬送などの需要も高まる。患者等搬送事業者は、このような搬送ニーズの受け皿として期待されている。2015年4月時点で、全国に1,162社(1,174事業所)があり、1,757台の車両が認定を受けている。これは、消防の保有する救急隊数5,069隊、救急車台数6,184台には及ばないものの、一定の代替機能を有するものとみられる。
2) 病院救急車の拡充
病院救急車を、拡充させる取り組みも進められている。病院救急車は、転院搬送の適正化に相応しいと考えられている。2014年8月時点で、全国に492の地域医療支援病院があり、これらの病院では、「救急用又は患者輸送用自動車」を1台以上備えることが承認基準とされている。
全国では、673台の病院救急車が配備されている17。今後、その拡充が求められる状況にある。
15 建議では、次のように述べられている。(救急出動の一部有料化) 救急出動件数は、平成25年で591万件と10年間で+20%となっており、今後も増大が予想される。一方、救急搬送者のうち49.9%が軽症となっている。こうした中、消防費は約2兆円にも上っている。このような現状を放置すれば、真に緊急を要する傷病者への対応が遅れ、救命に影響が出かねない。この点、諸外国でも救急出動を有料としている例は見られる。消防庁の「救急需要対策に関する検討会報告書」(平成18年3月24日)でも、救急需要対策を講じてもなお十分でない場合には、「救急サービスの有料化についても国民的な議論の下で、様々な課題について検討」とされており、諸外国の例も参考に、例えば、軽症の場合の有料化などを検討すべきである。(「財政健全化計画等に関する建議」(財政制度等審議会, 平成27年6月1日)より、該当部分を抜粋。)
15 海外では救急搬送を有料としている事例が見られる。例えば、ニューヨークでは、救命士(パラメディック)が同乗しない患者搬送で700ドルが必要となる。ミュンヘンでは、医師の指示による緊急の場合を除いて搬送費用が生じる。医師処方がある場合、5~10ユーロの範囲内で、搬送費用の10%を負担する。医師処方がない場合は、概ね100~600ユーロの負担となる。ただし、患者からの直接徴収はなく、個人保険会社または公的保険会社から徴収される。パリでは、SMURと呼ばれる救急機動組織の料金は、30分の利用で335ユーロとなっている(2012年)。そのうち65%は社会保険から支払われるため、患者は残り35%の負担が必要となる。ただし、患者が任意保険に加入していれば、その任意保険から支払われる。(「平成27年度 救急業務のあり方に関する検討会 報告書」(消防庁, 平成28年3月)の、図表2-29「救急車の適正利用の推進に係る海外事例」より。)
17 「平成27年度 救急業務のあり方に関する検討会」第一回資料(総務省消防庁, 平成27年7月27日)より。
(2017年07月04日「ニッセイ基礎研所報」)

保険研究部 主席研究員 兼 気候変動リサーチセンター チーフ気候変動アナリスト 兼 ヘルスケアリサーチセンター 主席研究員
篠原 拓也 (しのはら たくや)
研究・専門分野
保険商品・計理、共済計理人・コンサルティング業務
03-3512-1823
- 【職歴】
1992年 日本生命保険相互会社入社
2014年 ニッセイ基礎研究所へ
【加入団体等】
・日本アクチュアリー会 正会員
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