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救急搬送と救急救命のあり方

保険研究部 主席研究員 兼 気候変動リサーチセンター チーフ気候変動アナリスト 兼 ヘルスケアリサーチセンター 主席研究員 篠原 拓也
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(1)ドクターカーの運用も始まっている
ドクターヘリと同様、医師が患者のいる場所に赴く、ドクターカーの試みも始まっている。ドクターカーとは 消防本部からの要請を受け、医師・看護師・救急救命士などを救急現場に派遣するための車両を指す。ドクターヘリと同様、病院への搬送前から、現場で患者に救命処置を始めることができる利点があり、傷病者の救命や、後遺症の軽減につながることが期待されている。
(2)運用には3つの方式がある
ドクターカーの運用には、ワークステーション方式、ピックアップ方式、病院車運用方式がある。
1) ワークステーション方式
自治体が、救急隊の分署(救急ワークステーション)を、医療機関内に設置する方式。出動の際、医療機関の医師を、ドクターカーに同乗させることができるため、効率的である。しかし、同乗する医師の確保は、医療機関しだいとなり、手配が困難になることもある。また、設置の費用や、維持費、医師の同乗に対する対価は、自治体が負うこととなり、その負担は大きくなる。
2) ピックアップ方式
出動する複数の救急車のうち、1台は、医療機関に出動して医師をピックアップした上で救急現場に向かう方式。ワークステーション方式に比べて、自治体の費用負担は小さいが、医師のピックアップに時間がかかる。また、同時に複数の救急車を使用するため、救急車の不足をきたす恐れがある。
3) 病院車運用方式
自治体の消防の依頼により、医療機関所有の病院車を救急現場に派遣する方式。即ち、医療機関が主体となって、ドクターカーを運営する。ドクターカーの保守点検や車検、車両保険、運転手人件費等は、医療機関の経費となる。この方式では、派遣した医療機関が患者を全て受け入れることはできない。別の搬送先の医療機関と、事前に協議をしておくことが必要となる。

(3)ドクターカーには、多くの課題が残されている
ドクターカーは、災害時の道路の寸断に弱い、道路の交通渋滞に巻き込まれる可能性があるなど、課題も多い。また、事業の採算性23についても課題が指摘されている。これまでのところ、日本では、ドクターカーの運用は進んでおらず、今後の整備・拡充が期待されている。
23 ドクターカーには、ドクターヘリのような国や都道府県からの補助金制度がない。
4――救急搬送から救急救命へ
1|救急搬送の限界
1963年の消防法改正で、交通事故傷病者の救急車搬送が、消防の救急業務とされた。これは、当時、交通戦争とまで言われた交通事故による外傷患者の急増に対応することが目的であった。その後、20年以上もの間、消防の行う救急搬送業務は、主に事故患者を対象としてきた。しかし、高齢化が進み、がん・急性心筋梗塞・脳卒中などの生活習慣病(当時は、成人病と呼称)の患者が増えると、救急搬送に求められる対象は、外傷患者から疾病患者に変化していった。
このため、1986年には、消防法が改正されて、一般の急病患者も救急搬送の対象とされるようになった。この結果、急性心筋梗塞や脳卒中などにより、心肺停止となった患者を救急搬送するケースが増加した。しかし、救急隊が、搬送中に実施可能とされたのは、胸骨圧迫や、人工呼吸等の応急処置のみで、心肺停止傷病者への気管挿管などは不可とされた。このため、搬送中に病態が悪化してしまい、患者の蘇生に至らない事例が続出した。このことは、当時、社会的な問題となった。このような経緯を経て、救急医療における、搬送段階での救護、病院搬送前救護(プレホスピタルケア24)の重要性が、認識されるようになってきた。
24 次章にて、触れる。
2|救急救命士制度の創設
1991年に、救急救命士制度が創設された。この制度により、救急救命士は、患者を現場から医療機関に搬送するまでの間、救急救命処置を実施することができるようになった。しかし、救急救命士は、医師ではないため、行うことのできる救急救命処置に制限が設けられている。具体的には、処置可能な場所と、処置の内容の2点について、制限が課されている。
(1)救急救命処置が可能な場所は、搬送中か、現場のみ
救急救命士制度について定めた救急救命士法では、救急救命士が救急救命処置を行うのは、重度傷病者を救急用自動車等で搬送する間と、救急用自動車等に乗せるまでの間に、限定している。例えば、患者を病院に搬送した後、病院内で救急救命処置を行うことは認められていない。
(2)救急救命処置の内容は、限定列挙されたもののみ
救急救命処置は、法令で列挙された処置に限られている。各種処置には、一般人でも可能なもの、救急隊員が行う応急処置、救急救命士が行う救急救命処置に分けられる。救急救命処置は、医師の包括的な指示があれば足りるものと、医師の具体的な指示を要するもの(特定行為)に分けられる。

3|救急救命処置等の範囲の拡大
1991年の救急救命士制度創設以降、救急救命処置は、少しずつ拡大された。これにより、救急救命士が果たすべき役割も増してきた。

救急救命処置の拡大については、救急救命士が行う処置の安全性、有効性をどのように確保するか、が常に問題とされてきた。例えば、救急救命士が扱うことのできる医薬品について、種類を拡大する場合、各医薬品の作用はもとより、それらのもたらす相乗効果や、副作用についても深い知見が必要となる。これらを担保する際には、救急救命士制度とセットで、医師による管理、即ち、メディカルコントロール体制を確立することが不可欠とされている。(次章にて後述)
4|救急救命士の養成過程
ここで、簡単に、消防職員を経て、救急救命士になるまでの養成ステップを見ておこう。
まず、地方公務員試験に合格して、地方公務員として入職し、基礎的訓練を受けて、消防職員となる。その後、250時間の救急科としての専科教育を受けて、救急隊員となる。そして、その後5年または2,000時間以上の経験を経た救急隊員が、特定の養成所で6ヵ月以上教育を修了した場合に、救急救命士国家試験の受験資格が与えられる25。この試験に合格すると、厚生労働大臣の免許を受けて、同省の救急救命士名簿に登録される。救急救命士は、救急隊員とは異なり、国家資格である。これは、医師の行う医行為に対して、診療の補助をする者と位置づけられる。例えば、理学療法士や作業療法士などと、同様の位置づけとなる。

25 この他にも、民間の専門学校や大学で所定の単位を修得するなどの要件を満たした場合などに、受験資格が与えられる。
5|救急救命士制度の抱える課題
現行の救急救命士制度には、いくつか課題もある。主なものを、2点見ておこう。
(1)消防機関に所属していない救急救命士は機能発揮が困難
救急救命士として、2015年には、50,448人が資格を有している。その65%は、消防機関に所属している。一方、残りの35%は、海上保安庁、警察、病院等に所属している。

救急救命士が救急救命処置を行うことができるのは、現場か、救急自動車等での搬送中に限られる。このことを踏まえると、消防機関以外に所属する救急救命士資格者は、そのスキルを有効に活用できない可能性が高い。このことが救急救命士体制の整備における、大きな課題となっている。
(2)救急救命士は、救急搬送と救急救命処置のバランスのとり方が難しい
救急救命士は、日々の業務において、救急搬送と救急救命処置のバランスをどのようにとるか、という問題に接している。救急救命士が救急救命処置に時間をかけ過ぎてしまうと、救急搬送が遅れ、医師による治療が手遅れになる可能性がある。一方、救急搬送ばかりに専念して、救急救命処置を行わなければ、蘇生率の低下を招く恐れがある。
救急救命士が行う処置は、医療ではなく、あくまで処置に過ぎない。救急医療においては、傷病者を速やかに医療機関に救急搬送し、一刻も早く医師による医療を開始することが基本である。その中で、いかに救急救命処置を施すべきか。救急救命士には、適切に、両者のバランスをとることが求められている。
(2017年07月04日「ニッセイ基礎研所報」)

保険研究部 主席研究員 兼 気候変動リサーチセンター チーフ気候変動アナリスト 兼 ヘルスケアリサーチセンター 主席研究員
篠原 拓也 (しのはら たくや)
研究・専門分野
保険商品・計理、共済計理人・コンサルティング業務
03-3512-1823
- 【職歴】
1992年 日本生命保険相互会社入社
2014年 ニッセイ基礎研究所へ
【加入団体等】
・日本アクチュアリー会 正会員
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