2017年05月31日

生産緑地法改正と2022年問題―2022年問題から始まる都市農業振興とまちづくり

社会研究部 都市政策調査室長・ジェロントロジー推進室兼任 塩澤 誠一郎

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3|不確定要素を考慮した場合の農家の選択肢
これらの点について、現時点では不確定要素であるが、仮にこのような想定による解釈を前提にして、特定生産緑地に指定する場合と、不指定の場合を整理すると次のようになる。

特定生産緑地に指定すると(図表8のa,a)、営農継続が前提となり、10年間の行為制限が適用される。買取り申出は、指定から10年経過後及び、主たる農業従事者が死亡や故障などで営農継続できない場合に行うことができる。

不指定の場合(図表8のb,b)は、常時買取り申出は可能だが、その後、特定生産緑地に指定することはできず、相続発生時に相続税納税猶予制度は適用できない。(以上図表8)
図表8 生産緑地地区の指定30年経過後の取り扱いと、特定生産緑地指定制度を踏まえた選択肢
4|2022年以降10年間農業継続可能かどうかの見極めが選択を左右
以上のように、特定生産緑地に指定しない生産緑地に対して課税強化されるならば、常時買い取り申出可能ということ以外に農家にとってメリットとなる点は少ない。したがって、少なくとも2022年以降10年間は農業継続が可能でその意思があるならば、この機会に特定生産緑地に指定すると判断するだろう。現状で後継者の見通しが立っていない場合、今後10年間の内に考慮することができる。今回の法改正は、この条件にあてはまる農家に対しては農業継続を促すことになろう

一方、現状でも収益性が高く、直売所等の設置により、さらに農業収益を上げていくことで、課税強化分も十分負担でき、しかし、後継者の見通しが立っていない状況であるならば、いざ、相続が発生したときの土地活用を考慮して、特定生産緑地に指定しないという判断が成り立つ。

以上の条件にあてはまらない場合、買い取り申出を選択する可能性が高くなりそうである。

こうしてみると、農家の選択において最も重要になるのは、後継者も含めて2022年以降10年間農業継続可能かどうか、その見極めであることが分かる22。したがって、都市農業振興、農地を活かしたまちづくりを推進する立場からは、10年間継続できるかどうか迷いのある農家に対し、継続を後押しする材料を提示することが求められる。

10年継続する見通しが立たない農家にも、単純に宅地化するだけでなく、都市農業振興、農地を活かしたまちづくりの推進に寄与する方策の提示が必要ではないか。

2022年までに、そうした前向きな材料をどの程度提示できるかが重要になる。以降では、そのような観点から主に市区町村に期待される取り組みを考察した。
 
22 農業継続が可能かどうかの見極めに後継者がいるかどうかが重要になるが、この点については今回の法改正のみでは十分ではないと推察する。本文では言及していないが、別途、家族経営農家後継者の育成や、生産緑地の貸借を可能とする制度の導入を含めた新たな担い手の育成、支援も含めた制度的対応が求められてこよう。
 

5――都市農業振興とまちづくり

5――都市農業振興とまちづくり

冒頭で述べたように、筆者は2022年問題を、都市農業振興、都市農地を活かしたまちづくりを進める契機として捉えるべきだと考えている。なぜなら、今回の法改正によって、生産緑地のみならず、市街化区域内農地全般について、2022年以降10年間の見通しを整理することになり、それはつまるところ、今後の都市農業振興のあり方、都市農地を活かしたまちづくりのあり方を検討する契機になると思うからである。以下に詳述する。

1|法改正を受けた市街化区域内農地の仕分け
改正法案では、特定生産緑地の指定は申出基準日までに行うこととしており、当該市区町村は、まずは対象農家に新制度の周知を行うことが必要になる。その上で、買取り申出するか、特定生産緑地指定を希望するか、しないかの意向を把握して、指定を希望する場合は利害関係者の同意を取り付けることになる。

この意向把握は、いわば、2022年以降の市街化区域内農地について、保全する農地、活用する農地、開発する農地に仕分けすることと捉えることができる。

特定生産緑地指定を希望する場合、その後10年間は確実に保全することができる(図表9〈ア〉)。特定生産緑地指定を希望しない場合は、常時買取り申出可能となり、基本的にはその後10年以内に買取り申出の可能性があるものとして、公的活用するか、開発されるものと捉えることになるだろう(同〈ウ〉)。

買取り申出意向の場合、買い取って公共施設などへの活用を検討することになる(同〈エ〉)。検討の結果、買い取らない場合は、他の生産者へあっせんを行い農地継続の可能性を検討する(同〈オ〉)。あっせんが成立しない場合は行為制限が解除されて宅地化することになり、開発許可などまちづくりの中で良好な市街地へと誘導する対象となる(同〈カ〉)。

さらに言えば、2022年時点で指定から30年未満の生産緑地については、30年経過まで確実に保全できるが、その後の特定生産緑地指定により、それ以降10年間保全を図ることができる農地と考えることができる(同〈イ〉)。

既存の宅地化農地についても、法改正により生産緑地指定面積の下限が引き下げられることで、追加指定しやすくなることから、開発ばかりでなく保全する対象も含まれてくる(同〈キ〉)。

このように、農家に対する意向把握は、現在の市街化区域内農地全体について、2022年以降、当面保全するのか、公的に活用するのか、開発を前提にするのかを、個々に洗い出すことになる。
図表9 法改正を受けた市街化区域内農地の取り扱い
2|仕分けを踏まえて都市農業振興、農地を活かしたまちづくりの方針を検討
以上のように考えると、今回の法改正は、単に生産緑地の買取り申出時期を10年先延ばしにするかどうかを検討する機会ではないことが理解できる。むしろ、2022年以降の都市農業振興のあり方、農地を活かしたまちづくりのあり方を検討する契機と捉えるべきだ。

つまり、指定30年に該当する生産緑地以外の農地も含めて、所有農家の意向を把握した上で、保全、活用、開発という方向性を整理する。それを踏まえて、保全する農地については、後述するように、都市農業振興基本法の理念に照らして、個々の農地についてどのような機能の発揮が求められるのかの検証を行う。買取り申出が見込まれる農地については、実際にどのような公的活用が考えられるのか個々に検証する。開発が見込まれる農地については、農業に触れあうことができる住宅開発を誘導するなど、民間と連携して知恵を出していく。こうした検討は、市区町村の都市農業政策、都市緑地政策、都市計画全般について2022年以降の少なくとも10年間の方向性を見定めることと言えるだろう。

そうした検討の中で、都市緑地法改正に伴う緑の基本計画23への農地の位置付け、都市計画法改正に伴う田園住居地域指定の是非についての議論も行うことになろう。立地適正化計画24を導入する市区町村は、市街化区域内農地の仕分けを踏まえて、都市機能誘導区域、居住誘導区域等にそれら農地をどのように位置づけるのかの検討も必要になるだろう。そうした間に、生産緑地指定面積を定める条例づくりも行わなければならない。

2022年までの5カ年は、市区町村にとってこのような機会になるはずである。そして、その検討方法として、都市農業振興基本計画の市区町村版の策定は、一定の意義があると考えられる。
 
23 緑地の保全及び緑化の推進を総合的、計画的に実施するために、市町村が、緑地の保全や緑化の推進に関して、その将来像、目標、施策などを定める基本計画。
24 都市再生特別措置法に定めた計画制度。市街化区域内に店舗、病院などの都市機能を誘導する区域、住宅立地を誘導する居住誘導区域等を設定して、コンパクトな都市構造に誘導するしくみを設けている。
3|都市農業振興基本計画の市区町村版によって農業継続を後押しし、全市民的理解を育む
2015年4月に制定した、都市農業振興基本法の基本理念(第3条)には、都市農業の多様な機能として、農産物供給、景観創出、交流創出、食育・教育、地産地消、環境保全、防災が挙げられ、都市農業の振興は、「これらの機能が将来にわたって適切かつ十分に発揮されるとともに、そのことにより都市における農地の有効な活用及び適正な保全が図られるよう、積極的に行われなければならない」と示されている。

基本法に基づき、2016年5月に閣議決定された「都市農業振興基本計画」では、都市農業の多様な機能の発揮に向けた施策の基本方針、講ずべき新たな施策の方向性が示された。基本法では、この基本計画を基に、都道府県、市区町村版の策定に努めることを求めている。

法改正を受けた2022年までの市区町村の対応を考えたときに、都市農業振興基本計画の市区町村版を策定する意義は、次の2点にあると思われる。

(1)農業継続を後押しする材料を示す
一つは、農地を所有する農家が農業を継続するかどうかの選択に影響を与える点である。市区町村版は、基本法の理念に照らして、当該市区町村において、都市農業の担い手の確保、農地の確保、都市農業施策の本格展開といった具体策を総合的に講じるための方針を定めることになると思うが、そこで求められるのは、都市農業を継続していくためのプラス材料を具体的に示すことである。

筆者は、都市農業の振興には、都市農業が持つ多様な機能を享受する様々な立場の市民が、農業に触れる機会を数多く確保していくことが重要だと考えている。それには、収穫体験や農業体験農園などで実際に農作業を体験するような直接的な機会ばかりでなく、採れたてのおいしい野菜を入手しやすくする流通や、それを通して生産者の野菜作りへの思いに接する機会を増やしていくことも含む。

最近では、農地を利用した様々な活動を提供することで、農業に触れる機会を増やし、農地の持つ可能性を広げ、さらに農地を介在したコミュニティを醸成している、コミュニティ型の農園も現れている。

こうした新たな農地の活用方策も含めて、農業に触れることで生じる人々の交流が、地域における社会関係資本の醸成に資するような状況をつくり出していくことを市区町村版で提示するのだ。

それは、先に紹介した東京都の調査で、生産緑地の今後の利用意向について半数以上が「わからない」と回答したように、多くの農家が将来について明確化できていない状況に対し、前向きに農業継続を検討する一つの材料を示す機会になろう。

(2) 都市農業振興に対する全市民的理解を促す
もう一つは、都市農業振興に対する全市民的理解の形成に有益だと思える点である。都市農地の保全、都市農業の振興には、それに対する全市民的理解が不可欠である。市区町村版の策定を多様な市民の参加により行い、保全する農地を明示したうえで、そこに市民がどのような機能の発揮を望むのか、それにはどのような取り組みが必要か具体的に検討することで、理解が深まるはずである。
 

6――おわりに

6――おわりに

冒頭述べたように、生産緑地の2022年問題は、既に空き家、空き地の増加が社会問題化している中で、生産緑地が宅地として大量に供給される可能性への懸念として語られてきた。しかし、こうして改正法を踏まえてみると、最初の生産緑地指定から30年経過し、当時と宅地需要の状況や、都市農業に対する期待が大きく変化した中で、改めて、市街化区域における今後の都市農業振興や、まちづくりをどう捉えるかという問題であることが分かる。

そして、その問題を解決するには、農家、都市住民、行政が共に都市農業に対する理解を深めることが、何より重要になるのである。
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塩澤 誠一郎 (しおざわ せいいちろう)

研究・専門分野
都市・地域計画、土地・住宅政策、文化施設開発

経歴
  • 【職歴】
     1994年 (株)住宅・都市問題研究所入社
     2004年 ニッセイ基礎研究所
     2020年より現職
     ・技術士(建設部門、都市及び地方計画)

    【加入団体等】
     ・我孫子市都市計画審議会委員
     ・日本建築学会
     ・日本都市計画学会

(2017年05月31日「基礎研レポート」)

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