2017年02月10日

トランプ大統領の米国とEU-統合の遠心力はますます強まるのか?

経済研究部 常務理事 伊藤 さゆり

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トランプ政権発足から3週間。EUでも波紋広がる

米国のトランプ政権の発足から3週間が経った。この間、世界は矢継ぎ早の大統領令と、既存の価値観や体制への挑戦を厭わないトランプ大統領の言動に大きく揺れた。

欧州連合(EU)にも波紋が広がっている。昨年11月の大統領選挙結果判明後のレポートでは、トランプ大統領の選出によって、EUと米国の環大西洋貿易投資協定(TTIP)の行方が不透明化し、米国、カナダ、欧州の28カ国が加盟する北大西洋条約機構(NATO)についての潜在的な不安、そしてEUに懐疑的な極右・ポピュリスト政党を勢いづかせる間接的な影響を指摘した(注1)

(注1)Weekly エコノミスト・レター 2016-11-18「トランプ・ショックと欧州」をご参照下さい。
 

TTIPは棚上げ、NATOは時代遅れで不公平

TTIPは棚上げ、NATOは時代遅れで不公平

実際に政権が発足してから、EUと米国の環大西洋貿易投資協定(TTIP)について、トランプ政権で国家通商会議のトップを務めるピーター・ナバロ氏が、1月31日付のフィナンシャル・タイムス(FT)紙のインタビューで、「ドイツが妥結の大きな障害の1つとなっており、協議は終わった」と述べている。EU加盟国の間でも反発が強い協定でもあり、凍結となりそうだ。

NATOに関しては、トランプ大統領の就任直前に行われたドイツの大衆紙「ビルト」と英国の「タイムズ」紙によるインタビューで「テロの脅威に対処できない」「時代遅れ」の枠組みであり、米国にとって不公平と改めて批判した。

実際、NATO加盟国で軍事費GDP比2%の目標を達成しているのは英国、ポーランドなどわずか5カ国で、同3.6%の米国頼みがはっきりしている(図表1)。経費負担の公平化は、オバマ前大統領の時代から求められていた。NATOの目標を割込む国々には負担増の圧力が掛かる。ロシア、中東・アフリカなど境界を接する地域での地政学リスクの高まりやテロの脅威に対抗するためにも、欧州最強の軍事力を誇る英国の離脱に備える面からも、EUとしての安全保障政策の強化も、優先課題となっている。
図表1 北大西洋条約機構(NATO)加盟国軍事費対GDP比(16年推定値)/図表2 世界の名目GDPに占める比重

批判の矛先はEU、ユーロにも

批判の矛先はEU、ユーロにも

「ビルト」紙と「タイムズ」紙のインタビューではEUについても批判した。

トランプ大統領は、キャンペーン期間中から、イギリスのEU離脱という選択を肯定してきたが、「英国のEU離脱は素晴らしい結果をもたらすだろう」として英国との早期の貿易協定の締結に意欲を示した。さらに、メルケル首相の難民政策を「破滅的な過ち」と表現し、難民問題がなければ、「英国が離脱を選択することはなかっただろう」との見方を示した上で、難民の流入が続くならば、「その他の国もEUを離脱することになるだろう」と述べ、「EUはドイツのための乗り物」と切り捨てた。

TTIPやNATOを巡るトランプ政権の発言は、おおむね想定の範囲内だが、EUについて、トランプ大統領が「ドイツのための乗り物」とみなし、圏内の人の移動の自由というEUの基本原則を軽視し、分裂しても構わない、という冷淡な態度を隠さないことに、米新政権への警戒感は一気に高まった。

ユーロについても、国家通商会議トップのピーター・ナバロ氏は、先に紹介したFT紙のインタビューで、単一通貨ユーロを「暗黙のドイツ・マルク」であり、「著しく過小評価されている」と批判している。
 

トランプ大統領のEU懐疑の3要素:過剰な規制、人の移動の自由、ドイツのための乗り物

トランプ大統領のEU懐疑の3要素:過剰な規制、人の移動の自由、ドイツのための乗り物

トランプ大統領のEU懐疑には大きく3つの要素からなるように感じる。

1つは、過剰な規制への嫌悪感だ。「ビルト」と「タイムズ」紙のインタビューや、1月27日の米英首脳会議後の記者会見では、トランプ大統領は、実業家としての欧州の過剰な規制に悩まされた経験を語っている。トランプ氏は、EU法規制と欧州司法裁判所の管轄権から外れたいと望む英国の離脱派の主張に共感を覚えているだろう。

2つめは、人の移動の自由を原則とし、難民に寛容な立場をとるEUは、加盟国が自国に入国する人を選択する権利を奪い、アイデンティティーを脅かしていると見ていることだ。トランプ大統領は、就任後、メキシコとの壁の建設など不法移民対策の強化や、中東・アフリカの7か国からの入国を一時禁止する大統領令に署名するなど、人の移動のコントロール強化には最優先で取り組んでいる。ただ、英国がEU離脱を選択するきっかけとなったのは、トランプ氏が指摘した「難民危機の対応」ではなく、ポーランドなどEUに新規加盟した国々からの「EU市民の大量流入」にある。英国のメイ首相も、米国の入国禁止令は「対立を生む間違った政策」と否定している。メイ首相には、トランプ大統領の保護主義的な政策と、離脱によってむしろ開かれた国を目指す英国を同一視されることには抵抗があるだろう。

3つめは、EUとユーロからドイツが不当な利益を得ており、米国の国益を損なっていると感じていることだ。グローバル化が進展した80年代以降、世界経済の勢力関係は大きく変わった。最大の変化は改革開放政策によって「世界の工場」としての地位を築いた中国が世界第2位と経済に躍進し、米中格差が大きく縮まったことだが、EUの地域的な拡大も進んだ。(図表2)には、米国、EU、日本、中国の名目GDPをドル換算して世界のGDPに占めるシェアを示した。EUという名称が使われるようになったのは93年11月からだが、前身の欧州共同体(EC)の時代から、その時点で統合に参加していた国のGDPを集計した。南欧への拡大が実現する前の80年時点では加盟国は創設メンバーの6カ国に英国、アイルランド、デンマークを加えた9カ国だけだった。80年代に民主主義体制に移行した南欧の3カ国が加盟、90年代には冷戦の終結によって中立国(スウェーデン、フィンランド、オーストリア)が加盟した。さらに2004年5月以降、中東欧など13カ国が加盟し、28カ国の巨大市場となった。米国成長率は欧州よりもほぼ一貫して高いのだが、世界経済で同じ程度のプレゼンスを保ってきたのは、新規加盟によってEUが拡大したからだ。米国から見れば、東西ドイツの統一と、中東欧のEU加盟で、EUは「ドイツの乗り物」という様相を強めたのかもしれない。

米国に対して多額の貿易黒字を計上し、かつ、経常黒字が巨額なドイツは、オバマ前政権下で為替操作の有無を判断する条件としていた、①対米貿易赤字200億ドル超、②経常収支黒字対名目GDP比3%超、③年間で名目GDP比2%相当の外貨購入(ネット)という3つのうち、2つに抵触する「為替監視対象国」だった(図表3)。為替介入による通貨安誘導は行っていないため、当時の定義では日本同様に「為替操作国」とはならない。しかし、トランプ大統領が、日銀の資金供給を通貨安誘導と表現したように、競争力の弱い国と単一通貨を共有することを為替操作と定義し、圧力を強めるのかもしれない。
図表3 米国の為替監視(*)リスト掲載国/図表4 米国の対内対外直接投資残高と輸出入の地域別構成比(2015年)

批判を受け入れないドイツ。それでも、EU・ユーロ分裂は米国の利益にはならない

批判を受け入れないドイツ。それでも、EU・ユーロ分裂は米国の利益にはならない

いずれにせよ、「EUはドイツの乗り物」という表現には、ドイツが関税同盟と単一通貨ユーロによって強大化し、不当な利益を得ているとの受け止めが感じられる。

しかし、ドイツは、米国の批判を受け入れそうにない。ドイツでは、特にドイツ連銀は、ドイツにとって緩和的過ぎるECBの金融政策の結果としてユーロが割安になっていることに不満がある。巨額の経常黒字についても、特に、ユーロ圏内の債務危機の後は、ユーロ圏内の不均衡を増幅しており、南欧に緊縮を求めるばかりでなく、ドイツも内需を振興すべきと批判されてきた。しかし、経常黒字は競争量の高さの表れであり、人口減少・高齢化への備えとしても必要と見るドイツが耳を傾けることはなく、今日に至る。

ドイツが軌道修正する見込みが低いからといって、EUやユーロを分裂に追い込めば、米国が利益を得ることにはならないだろう。EUは、米国とほぼ同規模の、所得水準の高い市場であり、直接投資では米国向けの投資、米国からの対外直接投資の両面でEU(欧州)の比重が過半を超え、輸出入の2割をEUが占める(図表4)。米国の多国籍企業の欧州でも展開も財・サービス・資本・人の移動が自由な単一市場の恩恵に浴している。

トランプ大統領の判断は、直観に従うためか、いささか表面的で、波及的な効果には、目配りが行き届いていない傾向を感じる。EUの本格的な動揺は、米国経済にマイナスに働く。ユーロやEUを批判すれば、却って為替はドル高・ユーロ安に動き、ドイツに対する不均衡の是正を阻害する。
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経済研究部   常務理事

伊藤 さゆり (いとう さゆり)

研究・専門分野
欧州の政策、国際経済・金融

経歴
  • ・ 1987年 日本興業銀行入行
    ・ 2001年 ニッセイ基礎研究所入社
    ・ 2023年7月から現職

    ・ 2011~2012年度 二松学舎大学非常勤講師
    ・ 2011~2013年度 獨協大学非常勤講師
    ・ 2015年度~ 早稲田大学商学学術院非常勤講師
    ・ 2017年度~ 日本EU学会理事
    ・ 2017年度~ 日本経済団体連合会21世紀政策研究所研究委員
    ・ 2020~2022年度 日本国際フォーラム「米中覇権競争とインド太平洋地経学」、
               「欧州政策パネル」メンバー
    ・ 2022年度~ Discuss Japan編集委員
    ・ 2023年11月~ ジェトロ情報媒体に対する外部評価委員会委員
    ・ 2023年11月~ 経済産業省 産業構造審議会 経済産業政策新機軸部会 委員

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