2017年01月11日

「日銀は株価を歪めていない」は本当か-新ルールは評価できるが歪みは拡大

基礎研REPORT(冊子版) 2017年1月号

金融研究部 主席研究員 チーフ株式ストラテジスト 井出 真吾

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日銀のETF大量購入が株価を歪めている可能性を検証したところ、日経平均レベルでの歪みは明確でないものの、個別銘柄の株価は歪んでいることが明らかとなった。買入れの中心をTOPIX型にシフトさせた新ルールに一定の効果はあったが、6兆円に増額した副作用を中和できておらず、依然として株式市場に歪みが残っている。いっそ、真の大株主となって企業に経営改革を迫る手もある。

1――黒田総裁は「歪めていない」と主張

日本銀行はETFを大量に購入しており、これが株価を歪めている可能性が指摘されている。黒田総裁は11月1日の会見で「歪めていない」と発言したが本当か。

日銀が買入対象としている主なETFはTOPIX型、日経平均型、JPX日経インデックス400型で、この3種類の合計額は年間計画(ETF保有残高を6兆円ペースで増やす)の95%に当たる5.7兆円だ(残り0.3兆円は、設備投資および人材投資に積極的に取り組んでいる企業を支援するためのETF、いわゆる“賃上げETF”が対象)。5.7兆円のうち2.7兆円はTOPIX型を優先的に買い、残り3兆円はTOPIX型を含む3種類のETFの時価総額に概ね比例して買入れることとしている。

このルールに従い2016年9月末時点のETFの時価総額から買入額を計算すると、TOPIX型を4兆円(5.7兆円の7割)、日経平均型を1.6兆円(同3割弱)、JPX日経400型は0.1兆円( 同2~3%)となり、TOPIX型が買入の中心に据えられている。

ただし、これは2016年10月以降の買入から適用された新ルールで、9月以前の旧ルールは単純に各ETFの時価総額に比例して買い入れることとしていた。旧ルールでは日経平均型が5割強、TOPIX型4割強、JPX日経400型4~5%と日経平均型ETFの買入割合が高かった。このため時価総額に比べて日経平均の指数構成比が大きな品薄株を大量に買い付けることになるため、需給ギャップで株価が歪む懸念があった。新ルールでは浮動株ベースの時価総額に応じて構成比が決まるTOPIXの買入割合を増やしたので歪みが小さくなった可能性がある。

2――日経平均レベルでは歪みは見当たらない

仮説を検証してみよう。図表1は日経平均ベースのPER(株価収益率)とNT倍率(日経平均÷TOPIX)の推移だ。PERは株価の割高/割安をみる代表的な指標で、この値が高いほど割高である。NT倍率は日経平均をTOPIXで割った指標なので、グラフが右上がりのときはTOPIXよりも日経平均が値上がりしていることを示す。

日銀が年間計画を6兆円にほぼ倍増すると発表した7月29日、新ルールを発表した9月21日の前後の動きをみると、PERには特に目立った変化はみられず基本的に上昇基調を辿った。NT倍率は7月29日以降に上昇したものの、日銀が何か発表したわけでもないのに8月中旬から下落した。また、日経平均型ETFの買入額を減らす新ルールはNT倍率を下げる方向に作用するはずたが、逆に上昇した。これを見る限り日経平均レベルで株価を歪めている様子はない。
日経平均ベースでは歪んでいない

3――個別銘柄の株価は歪んでいる

しかし、個別銘柄レベルでは様子が違う。図表2の横軸は個別銘柄の時価総額(浮動株ベース)に対する日銀の年間買入額の割合(推定)、縦軸はPER(株価収益率)だ。従って、図表2の傾向線の傾きが大きいほど、日銀のETF買入が株価を歪めている度合いも大きいことを意味する。なおPERは業種間格差を考慮するため、東証33業種別に中央値との差分を表示している。

図表2を見ると6兆円に増額することを発表する前日の7月28日時点では、日銀の買入割合が浮動株ベース時価総額の10%に相当する企業はPERが業種の標準的水準より約7ポイント高い傾向があり、株価を歪めていたことが分かる。問題は歪み度合いがどう変化したかだ。特に、6兆円への増額と新ルールの影響がポイントだ。

そこで、図表2の傾き(株価の歪み度合い)の推移を示した図表3は興味深いことを示唆している。7月29日に日銀が年間計画を6兆円にほぼ倍増すると発表した直後から9月上旬にかけて株価の歪み度合いは大きくなった。その後、9月21日に新ルールの導入を公表すると歪みは縮小したが、7月以前の水準には下がっていない。

このことから、TOPIX型ETFの買入割合を増やした新ルールは株価の歪みを是正する一定の効果があり、日銀の判断は評価できる。しかし6兆円に増額した影響を中和するに至っていない。今後も日銀がETFを大量に買い続ける限り歪み続けるだろう。
日銀の買入割合が大きい企業ほど株価は割高/新ルールでも歪みは拡大

4――大株主としての金融政策

ところで、日銀はETFを大量に買う目的を「リスクプレミアムを下げるため」と説明している。リスクプレミアムとは平たく言えば“リスクを嫌がる度合い”なので、これを下げることで貯蓄から投資への流れを後押ししたり、企業の資金調達コストを下げて設備投資などを促す狙いだ。理屈としては正しいが現実は思うように進んでいないようだ。

コーポレート・ガバナンスへの悪影響も指摘される。日銀はETFを保有しているに過ぎないので株主総会で議決権を行使することは物理的にあり得ない。しかし、株価が経営内容を正しく反映せず値上がりすれば自ずと経営が緩むという懸念だ。実際、「ラッキー」という企業の声も伝わってくる。

そこで、倫理的・法的な問題も多いと思われるが、筆者の所属する組織とは一切関係なく、個人的かつ突飛なアイデアを一つ示したい。日銀がETFを現物株に交換し、真の大株主となって企業に経営改革を迫るというものだ(ETF運用会社に申請すれば交換可能)。

大株主として議決権を持てば、リスクを取らず利益を溜め込むばかりの経営者の交代やM&Aなどの成長投資を促すこともできる。日銀内の組織整備が困難なら外部機能を活用する手もあろう。

無論、日銀がETFの一部を現物株に交換するだけでも「官の介入」という批判は免れない。しかし設備・人材投資に積極的なETFを年間0.3兆円ほど買うより直接的かつ効果的と考えられるうえ、企業の経営改革が進み実力が上がれば株価の歪みも是正される。日銀がそこまで踏み込めば、物価目標2%の達成や株式市場が再活性化する可能性も高まるのではないか。

一方、現状ではETF運用会社が議決権を行使する。その運用会社はスチュワードシップ・コード(「責任ある機関投資家」の諸原則)に則り適切に議決権を行使するはずなので、日銀がETFを通じて保有している株式の議決権が無駄になることはない。むしろ運用会社が行使する議決権が増えれば、これまで無投票や白紙投票されていた分が減るので好ましいことでもある。

しかし、運用会社の議決権行使に日銀の意向が反映されるとは限らないことや、もし大量保有するETFが値下がりして損失が出れば国民負担に繋がることを考えれば、少なくとも日銀は運用機関の議決権行使状況をしっかり監視し、必要があれば運用機関に注文をつけることも検討すべきだろう。筆者は本当に日銀が真の株主になるとは思っていないが、議論のきっかけになれば幸いだ。
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金融研究部   主席研究員 チーフ株式ストラテジスト

井出 真吾 (いで しんご)

研究・専門分野
株式市場・株式投資・マクロ経済・資産形成

経歴
  • 【職歴】
     1993年 日本生命保険相互会社入社
     1999年 (株)ニッセイ基礎研究所へ
     2023年より現職

    【加入団体等】
     ・日本ファイナンス学会理事
     ・日本証券アナリスト協会認定アナリスト

(2017年01月11日「基礎研マンスリー」)

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