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芥川賞史上最高齢受賞で話題を呼んでいる黒田夏子さんの『abさんご』を目にする機会があった(「読んだ」とはとても言えない)。横書きで句読点は「,」「.」の論文調、そして何よりもひらがなを多用した文章は何ともとっつきにくく、読みにくい。ひらがなと漢字の使い分けの規則性もよく分からない。「帰」「離」といったかなり画数の多い漢字が使われている一方で、「入れ」は「いれ」とひらがなである。
この作品を見ていると、ふだん文章を読むときに、漢字が文章の読解を著しく早めていることが実感できる。しかし一方で漢字は固定されたイメージを読者に植え付ける面があり、著者はそれを拒否していると評される。同様に、この作品では、あること(もの)を、定着した言葉を用いずに表現することもしばしば行われる。「死者が年に一ど帰ってくると言いつたえる三昼夜」は誰しもお盆のことだと分かるが、一言で「お盆」と言われると帰省ラッシュとか暑さとかが想起されるのに対して、この表現だとそうしたものを想起しようがない。次に出てくる「しるべにつるすしきたりのあかりいれ」は、はずかしながら私はどのようなものかよく分からなかった。「盆提灯」を指すようだが、それだと読み飛ばすところ、こう書かれると立ち止まって言葉の示すものをイメージせざるを得ない。
本作の著者は十年に一作のペースで物語を紡いできたとのこと、本作も推敲に推敲を重ねられたという。
翻って、私や私の周りの研究員の主たる仕事である論文・レポートの執筆においては、文章の意味するところが明確であり、読者に誤解されることがないことが何より求められる。時間のかけ方も含めて本作のような文学の世界は全く異なる訳だが、推敲を重ねれば(誤字・脱字の発見も含めて)必ずよくなるという点は共通しているように思う。〆切に余裕をもって執筆し、見直しを重ねるよう努めたい。
折しも、芥川賞の発表と同じ今年1月の大学入試センター試験では、小林秀雄の難解な文章が出題され、物議を醸した。ふだん携帯メールの画面の下に表示される候補用語をつなぎ合わせている身でえらそうなことは言えないが、『abさんご』と小林秀雄がショート化・ファスト化した日本語を見直すきっかけになればと思う。スローフード、スローライフの後は「スロー日本語」だ。
(2013年03月15日「研究員の眼」)
明田 裕
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