2023年09月12日

公的年金の財政見通しで使われる経済前提はどうなる?~年金改革ウォッチ 2023年9月号

保険研究部 上席研究員・年金総合リサーチセンター 公的年金調査室長 兼任 中嶋 邦夫

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1 ―― 先月までの動き

年金広報委員会では、被用者保険の適用拡大に関する年金広報について意見交換を行い、公的年金シミュレーターの運用状況の報告を受けた。年金財政における経済前提に関する専門委員会は、有識者による潜在成長率に関する報告や内閣府による中長期試算の説明を受け、今後の検討課題について意見交換を行い、検討作業班の設置を了承した。
 
○年金局 年金広報検討会
8月9日(第18回) 被用者保険の適用拡大に向けた広報の取組、その他
 URL https://www.mhlw.go.jp/stf/shingi2/0000212815_00034.html (資料)
 
○社会保障審議会 年金部会 年金財政における経済前提に関する専門委員会
8月24日(第5回) 有識者及び内閣府へのヒアリング、これまでの主な意見、検討作業班の設置
 URL https://www.mhlw.go.jp/stf/newpage_34792.html (資料)

2 ―― ポイント解説

 
* 年金改革ウォッチは2013年1月より連載。2023年4月より毎月第2火曜日(5月と1月は第3火曜日)に連載。

2 ―― ポイント解説:2024年の財政見通しで使われる経済前提の展望

経済前提に関する専門委員会は、これまでに出た委員の意見を整理し、年末まで作業班で検討を進めることを了承した。本稿では、これまでに示されたデータや議論を踏まえて、2024年の財政見通しで使われる経済前提を展望する。
1|基本的な設定方法:当面10年は内閣府試算に準拠、11年目以降は経済モデルを活用した一定値
専門委員会で検討される経済前提は、物価上昇率、賃金上昇率、運用利回りの3つである。当面の10年分は内閣府の「中長期の経済財政に関する試算」に準拠して毎年度変動する値が設定され、11年目以降は経済モデルを利用して長期の平均的な値(11年目から約100年後まで一律に適用される一定値)が設定される。このため、長い期間に適用される長期の前提が、財政見通しを大きく左右する*1

また、将来は不確実であるため、過去の長期的な変化を踏まえて、数通りの前提が策定される。
 
*1 当面10年間の前提の影響は相対的に小さいが、長期の前提を設定する際には内閣府試算の最終年度の値が使われるため、内閣府試算の影響は小さくない。内閣府試算は毎年1月と7月に公表されており、最終的な前提には直近の試算が使われる。
2|物価上昇率:前回より低い前提が登場する可能性
長期の前提は経済モデルを利用して策定されるのが基本だが、経済モデルは物価変動の影響を除いた実質値で作成されるため、物価上昇率は経済モデルとは別に(外生的に)設定される。物価上昇率が低すぎると、年金財政の健全化策(マクロ経済スライド)の効きが悪くなる。
図表1 物価上昇率の推移と前回の前提 前回(2019年)や前々回(2014年)の将来見通しでは、最も高い前提が日本銀行の目標であり内閣府試算の成長実現ケースの最終年度の値でもある2.0%、最も低い前提が過去30年の平均(前回は0.5%)とされた。現状では、日銀の目標は2.0%のままだが、過去30年の平均は0.3%に低下しているため、低めの前提では前回より低い値が設定される可能性がある。
図表2 全要素生産性上昇率の推移と前回の前提 3|賃金上昇率:前回より幅が広がる可能性
賃金上昇率(対物価)の長期の前提は、「経済モデルから設定した労働時間あたり成長率+1人あたり労働時間変化率」で設定される。プラス幅が大きいと、年金財政の健全化に貢献する。

労働時間あたり成長率に影響する全要素生産性上昇率は、前回や前々回では、最も高い前提が内閣府試算の成長実現ケースの最終年度の値(前回は1.3%*2)、最も低い前提が足下の低い水準や過去30年間の最低値(前回は0.3%)とされた。最新の推計では、内閣府試算の成長実現ケースの最終年度が1.4%、2022年度が0.5%、過去30年の最低値が0.2%となっており、前回より前提の幅が広がる可能性がある。
 
*2 前回の長期の前提は2019年1月の内閣府試算から作られた。財政見通しの公表前に新たな内閣府試算が公表されたが、長期の前提は変更されなかった(当面10年間の前提は新たな内閣府試算に合わせて変更された)。
図表3 運用利回りの実績と現行の資産構成での推計 4|運用利回り:2つの手法変更案で不透明
運用利回り(対物価)の長期の前提は、「過去の実績×経済モデルから設定した利潤率の伸び」で設定される。賃金上昇率(対物価)を上回ると年金財政の改善に、下回ると悪化に影響する。

過去の実績は10年平均の分布をもとに設定されていたが、委員から実績の代わりに現行の資産構成を過去に遡及した値を利用する案が出され、検討中となっている。現行の資産構成は以前より株式の比率が高いため、設定方法が変更されれば、運用利回りの前提を前回より上げる要因となる。

他方で、利潤率の設定方法も変更が検討されており、前回の基礎数値を利用した試算では前回より将来の水準が上がらない結果になっている*3。近年の実績の影響にもよるが、運用利回りの前提を前回より下げる要因となりうる。2つの変更が相反しうるため、運用利回りの前提は不透明である。
 
*3 年金財政における経済前提に関する専門委員会(2023.4.5) 資料3を参照。
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保険研究部   上席研究員・年金総合リサーチセンター 公的年金調査室長 兼任

中嶋 邦夫 (なかしま くにお)

研究・専門分野
公的年金財政、年金制度全般、家計貯蓄行動

経歴
  • 【職歴】
     1995年 日本生命保険相互会社入社
     2001年 日本経済研究センター(委託研究生)
     2002年 ニッセイ基礎研究所(現在に至る)
    (2007年 東洋大学大学院経済学研究科博士後期課程修了)

    【社外委員等】
     ・厚生労働省 年金局 年金調査員 (2010~2011年度)
     ・参議院 厚生労働委員会調査室 客員調査員 (2011~2012年度)
     ・厚生労働省 ねんきん定期便・ねんきんネット・年金通帳等に関する検討会 委員 (2011年度)
     ・生命保険経営学会 編集委員 (2014年~)
     ・国家公務員共済組合連合会 資産運用委員会 委員 (2023年度~)

    【加入団体等】
     ・生活経済学会、日本財政学会、ほか
     ・博士(経済学)

(2023年09月12日「保険・年金フォーカス」)

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