2024年04月17日

EUにおけるAppleへの制裁金納付命令-音楽ストリーミングアプリに関する処分

保険研究部 専務取締役 研究理事 兼 ヘルスケアリサーチセンター長 松澤 登

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5――検討

1|総論
本事案の適用条文は、EU機能条約102条であり、条文は以下の通りである。

「域内市場又はその実質的部分における支配的地位を濫用する一以上の事業者の行為は,それによって加盟国間の取引が悪影響を受けるおそれがある場合には禁止される。この不当な行為は,特に次の場合に成立するおそれがある。
a 直接又は間接に,不公正な購入価格若しくは販売価格又はその他不公正な取引条件を課すこと(以下略)」

この条文を前提とすると問題となるのは、(1)Appleが関連市場において支配的地位にあるかどうか、(2)Appleの行為は市場の濫用行為か、(3)取引に悪影響を及ぼすか、(4)該当行為は不公正な取引条件か、である。ただし、(2)でいう濫用行為は内容としては(4)の不公正な取引条件を含むので、以下では(1)~(3)を検討する。
2|Appleは関連市場で支配的地位にあるか
まず(1)Appleが関連市場において支配的地位にあるかどうかについて検討する。Spotifyで音楽を聴くためには、iPhoneが唯一のデバイスではなく、Android端末やPCでも聞くことが可能である。そこで、まずAppleが支配的地位を確保しているとされる関連市場をどう設定するかが問題となる。

この点、エピックゲーズム判決ではデバイスごとに関連市場を認定している。これに倣えば、音楽ストリーミングアプリ市場における関連市場とは、まずはiPhoneとAndroid端末を含んだスマートフォンというデバイスを市場とする音楽ストリーミングアプリ市場を指すことになりそうにも思える。

しかし、AppleはApp Storeというアプリを利用者に配布するプラットフォームを所有し、このプラットフォームを運用する唯一の存在として市場を支配する地位にある。iOS利用者にとっては、Android端末で同じアプリまたはそのコンテンツが安価で提供されていても、それによってスマートフォンそのものをAndroid端末に機種変更することは考え難い。したがって、iOSというプラットフォーム上にある音楽ストリーミングアプリ市場という関連市場が成立し、Appleはこの関連市場で支配的地位にあるとの考え方も成り立つ可能性がある。

この点、欧州委員会の本命令を見ると、「アプリストア経由で配布されるiOS利用者に対する音楽ストリーミングアプリを配布する市場において支配的地位を濫用」との記載がある。つまり、iOS利用者に対する音楽ストリーミングアプリ市場が関連市場であって、Appleはその支配的地位にいると言っており、上記考え方と整合的である。

また、Appleの本反論ではこの点に関する議論はなされていない。したがって本稿では、AppleはiOS上の音楽ストリーミングアプリ市場における支配的地位にあると考える。
3|Appleの行為は濫用行為か
本命令で問題とされた行為は、AppleがSpotifyに課した契約上の義務で、アプリ内やemailで「アプリ外でも音楽の定額購入がより安価で可能であること」や支払方法を告知できないことにしているため、実際にもこれらの事項について通知することができないというものである。

ここでまず注目すべきは、欧州委員会は、一回目の異議通知時点では問題としていたIAPの強制については欧州機能条約102条違反という嫌疑を調査から取り下げた点である。IAPの強制については、エピックゲーズム判決でも、IAPの強制によって、生産量の減少やイノベーションの制約といった弊害が生じなかったことから濫用行為とは認めなかった。

そもそもプラットフォームが利用料を利用者に請求することそのものは違法ではない。たとえばAmazonの物販サイトを利用する小売業者は販売にあたってAmazonに料金を支払っている。料金徴収が問題となるのは、支配的なプラットフォーム事業者がその支配的な地位を濫用して、健全な競争が行われていたら課されていただろう料金を超過した高額な料金を徴収した場合である。Appleの利用料がこのような超競争的な価格であることの十分な資料・証拠が存在しなかったのではないかと推測する。

濫用行為と認められたのは、アンチステアリング条項についてである。アンチステアリング条項の弊害について欧州委員会は「利用者の選択権の阻害」であり「ほとんどの部分が非金銭的損害」であると指摘している。

エピックゲームズ判決では、このアンチステアリング条項について地裁はシャーマン法2条(=私的独占の禁止)違反を認定していない。その代わり、カリフォルニア州法の不公正慣行に該当するとして差し止めを命じた。この不公正慣行とはシャーマン法の初期段階を規制する位置づけの規定とされている。日本でたとえれば私的独占の禁止違反(独占禁止法3条)ではなく、不公正な取引方法(同法2条9項)違反にとどまるということであろう9

欧州機能条約102条違反もぎりぎりの認定だったのではないだろうか。なぜなら、欧州委員会の本命令によれば、利用者あるいはSpotifyの経済的・金銭的利益を直接侵害したものではなかったからである。

ところで上述の通り、App Storeで配布した電子書籍、音楽、ビデオなどをアプリ外で購入できることをアプリ内で告知することについて、リーダーアプリという機能を通じて可能であるとAppleは主張している。そして、外部で購入したコンテンツも、iOSでダウンロードしたアプリで楽しむことができるとする10。この主張がその通りだとすると欧州委員会の事実認定が誤っていることとなり、本命令は根拠を欠くこととなりそうであるが、詳細は不明である。
 
9 私的独占の禁止は市場の競争を実質的に制限するものであるのに対し、不公正な取引方法は公正な競争を阻害するおそれがあるものに過ぎない。前者は市場を支配するが、後者は競争状態に影響を及ぼすにとどまる
10 https://developer.apple.com/jp/support/reader-apps/ 参照。
4|取引に悪影響を及ぼすか
Appleの反論では消費者被害がそもそも存在しないとしている。ただ、欧州機能条約102条違反においては非金銭的であっても、品質が下落するのであれば、被害が存在すると言える。特定の品質の商品・サービスについての価格だからである。ここでは、消費者にとっての選択肢の存在という品質を劣化させているということである。

他方、Spotifyは音楽ストリーミングサービスの市場で過半のシェアを占めるまで成長している。品質が下落しているのに大きな成長を遂げられるのかどうかも問題にしつつ、Appleは提訴する意向を示している。これにあわせて、上述3|のリーダーアプリの件も含め明らかになるものと思われる。

6――おわりにかえて

6――おわりにかえて

Appleの本反論に「明らかなのは、この決定は既存の競争法に基づくものではないということだ。DMA(Digital Services Act)11が法制化される前にDMAを施行しようとする欧州委員会の努力である。」という一文がある。

DMAを見ると、確かに5条4項に「GK(=Gate Keeper)12は、ビジネスユーザーがGKのCPS(Core Platform Service)13で獲得したエンドユーザーに対して、CPSあるいは他のチャネルを利用して、GK のCPSでの条件と異なる条件で行うことも含め、エンドユーザーと通信し、勧誘を行って契約を締結することを無料で認めなければならない。」とある14

つまり本稿で検討した購入機能・決済機能を含めてプラットフォーム外へ誘導することを禁止するアンチステアリング条項はDMA上違法とされる可能性が高い。現に既にGKに指定されたAppleに対して調査が開始されている15。そうすると本命令はDMAの中で適正化されるべきものかもしれない。

思うに、欧州委員会が本命令を急いだのは、DMAでは同規則遵守までに一定の猶予期間が容認されることから、Appleにこの猶予期間を与えないためだったのではないだろうか。

ただ、本命令には本文で述べた通り、疑問点もある。Appleによる提訴が予想されるので、疑問点が明確になることを期待したい。
 
11 基礎研レポート「EUのデジタル市場法の公布・施行-Contestabilityの確保」https://www.nli-research.co.jp/report/detail/id=72386?site=nli 参照。DMAは競争可能性を確保するための欧州の規則で、簡単に言うと競争法違反の事前予防を趣旨とする法律である。
12 アプリストアなどプラットフォームの運営主体を指す。欧州委員会によって指定されるが、Appleも指定されている。
13 プラットフォームのうち、DMAの規制対象となるものを指す。AppleのApp StoreもCPSに指定されている。
14 リーダーアプリについての主張が正しいとすれば別途の考察が必要である。
15 https://ec.europa.eu/commission/presscorner/detail/en/ip_24_1689 参照。
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保険研究部   専務取締役 研究理事 兼 ヘルスケアリサーチセンター長

松澤 登 (まつざわ のぼる)

研究・専門分野
保険業法・保険法|企業法務

経歴
  • 【職歴】
     1985年 日本生命保険相互会社入社
     2014年 ニッセイ基礎研究所 内部監査室長兼システム部長
     2015年4月 生活研究部部長兼システム部長
     2018年4月 取締役保険研究部研究理事
     2021年4月 常務取締役保険研究部研究理事
     2024年4月より現職

    【加入団体等】
     東京大学法学部(学士)、ハーバードロースクール(LLM:修士)
     東京大学経済学部非常勤講師(2022年度・2023年度)
     大阪経済大学非常勤講師(2018年度~2022年度)
     金融審議会専門委員(2004年7月~2008年7月)
     日本保険学会理事、生命保険経営学会常務理事 等

    【著書】
     『はじめて学ぶ少額短期保険』
      出版社:保険毎日新聞社
      発行年月:2024年02月

     『Q&Aで読み解く保険業法』
      出版社:保険毎日新聞社
      発行年月:2022年07月

     『はじめて学ぶ生命保険』
      出版社:保険毎日新聞社
      発行年月:2021年05月

(2024年04月17日「基礎研レポート」)

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