2018年02月20日

IT×保険で、相互保険を再定義―中国初の生保相互会社の誕生-【アジア・新興国】中国保険市場の最新動向(30)

保険研究部 主任研究員・ヘルスケアリサーチセンター兼任 片山 ゆき

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1-中国における相互会社のシェアは1%以下?

日本では100年以上の歴史がある相互保険。近年では、バブル経済の終焉にともなう相互会社の株式会社化などを経て、2014年における相互会社の国内市場のシェアは、45%となっているようだ(図表1)。

世界をみると、EU加盟に伴う業界再編などを経て、フランスでは46%、ドイツでは43%となっている。1980年代後半~1990年代初期は、世界全体で5割と高かったが、全体的には縮小傾向にはあるものの、2014年では27%となっている。
(図表1)相互会社の各国におけるシェア(2014年)
一方、中国では、改革・開放政策によって1980年に国内業務を再開して以降、株式会社での参入が主流となっている。相互会社が設立されたのは2005年になってからであるが、2015年以降は、国がインターネットを活用した経済成長戦略として「インターネット+(プラス)」を打ち出し、相互保険はこの戦略の一環として、インターネットやAIを活用する新たな保険として再定義されている。2017年には中国初の生保相互会社も誕生(開業)している。市場参入に向けて本格的に始動している相互会社であるが、直近のデータである2017年1~11月の状況をみると、シェアは収入保険料ベースで0.1%とまだまだ小さい。
 

2-「国の政策」と表裏一体の相互保険

2-「国の政策」と表裏一体の相互保険

中国における相互会社の設立は、2015年が1つのターニングポイントとなっている。

2015年より前に設立された相互会社は、政策的な観点から設立され、損保メインの会社であった。例えば、2005~2013年に設立された相互会社3社は、当時、国が抱えていた三農問題1の改善の一環として設立された経緯がある(図表2)。農村部における農作物や畜産などの自然災害について、低廉な保険料で補償し、農村部住民の生活を一定程度維持することを目的とした。また、対象となる地域も黒龍江省など東北部を中心に、三農問題が特に深刻な地域に限定している。
 
一方、2015年以降設立された相互会社は、国の政策とは関係しているものの、方向性はそれまでとは大きく異なる。その背景にあるのが、2015年3月に発表された国の新たな経済成長戦略である「インターネット+」である。経済成長が鈍化する中で、急速に普及が進むITを活用し、あらゆる産業を高度化、それによる更なる経済成長を目指すのが目的だ。

国の成長戦略に応えるべく、時期を前後して、国務院や主務官庁である中国保険監督管理委員会(保監会)も動いた。2014年8月に国務院が「現代保険サービス業務の更なる発展に関する若干意見」を発表し、その中で「様々な形態を活用した相互保険の成長を奨励する」とし、相互保険の新たな展開について初めて言及した。また、保監会は、2015年2月には、相互保険組織の監督・管理試行弁法を発表し、新たな相互会社の設立条件などを定義した。
(図表2)中国における相互会社についての動向
保険業界としては「インターネット+保険」を打ち出し、IT、AIを活用する新たな相互保険の販売、新たな相互会社の設立を目指している。そこには、国の経済成長戦略の一環としての側面に加えて、2015年当時の保険業界が抱える課題の改善といった思惑も見えてくる。
 
 
1 三農問題の「三農」とは、農業、農村、農民を意味する。農業の生産性の低さ、農村の経済成長の立ち遅れ、農民と都市住民の貧富の格差拡大などが代表的な問題。毎年年初に発表される中央1号文件は、国の最も重要な課題が取り上げられるとされており、三農問題は2004年以降、連続して取り上げられている。特に、2000年代半ばは、高度経済成長の恩恵を受けられない農村部においてデモ等が多発しており、政府にとっては社会の安定のためにも解決すべき最重要課題であった。
 

3-世界の潮流に逆行して、なぜ相互保険を市場に再投入するのか。

3-世界の潮流に逆行して、なぜ相互保険を市場に再投入するのか。

では、なぜ相互保険なのか。それには、上掲のように、国の政策と相互保険が元来より関係が密接である点に加えて、国内市場が同時期に抱えていた課題も影響しているであろう。保監会は、相互保険を新たに定義し、市場に参入させることで、主には(1)商品の多様化、(2)相互会社が持つ経営理念による市場全体の質的向上、(3)市場のプレーヤーの多様化を目指したと考えられる。

(1)商品の多様化
生保市場を振り返ってみると、2015年は、収入保険料が前年比25.0%増の1.6兆元と大幅に増加した。その背景には預金金利の引き下げや理財商品、オンライン金融商品の利回りの低下にともない、これらの金融商品よりも利回りが高い保険商品への乗り換えが発生した点にある。市場では大手生保を中心に貯蓄型、中小生保を中心に理財型の商品が多く販売されていた。保監会としては、市場における商品構成のバランス改善を目指しており、病気や万一に備える保障性商品の構成比を増やすことを目標としていた。相互扶助を目的とした保険商品を市場に投入することで、例えば、若者向けの医療保障や低所得層の老後保障など商品の裾野を広げることができる。また、これまで付保が難しかった特定のリスクのカバーの可能性も高まり、保監会としては保険商品の多様化を期待したと考えられる2
 
2 例えば衆惠相互会社は、本来保険加入率の低かったトラック運転手向けの傷害保険を開発している。衆惠財産相互保険社は、主要発起会員であるエネルギー系、アミューズメント、IT企業を中心に12会員(10企業・2自然人)が、初期運営資金10億元で設立した損保の相互会社である。会員総数は546(企業・自然人)。主なターゲットは、ベンチャーや小規模企業。例えば、ベンチャー向けにレンディング信用保険などを販売している。一方、個人向けのネット保険も販売しており、例えば、自動車や住宅ローンの保証保険、傷害保険、がん保険なども販売をしている。更に、同社は、慈渓市政府と慈渓市龍山農村保険互助聨社など既存の相互会社の経営について戦略協定を結び、ネット上での保険販売に関する引受実務やスマホ決済などについて技術提供を行っている。2017年11月時点での収入保険料は5,781万元である。
(2)相互会社が持つ経営理念による市場全体の質的向上
中国の保険市場は株式会社の保険会社が主流となっている。2015~2016年にかけては一部の中規模保険会社が、短期の高キャッシュバリューの商品を大量に販売している。加えて、利回りを確保するために、上場企業の株式の大量買付けなど強引な株取引や、大規模な海外投資を短期間で行っていた。保険会社の中には短期間に過大な経営リスクを抱える会社も出現するなど、経営の健全性をどう確保していくかが大きな課題となっていた。保監会は、相互会社が持つ非営利を基本とし、保険料を払う契約者どうしが支えあい、長期的視野に立った運用を行うという新たな経営理念を市場に導入することで、保険業界全体の経営における質的向上を図りたいと考えている。
3)市場のプレーヤーの多様化
中国の保険市場は、これまでは営利を目的とした株式会社によって大きな成長をとげてきた。しかし、その高成長の裏で、(2)で述べた経営における課題も噴出している。保監会は、株主がおらず、会員のリスク補償を経営目標とする相互会社を市場に参入させることで、市場におけるプレーヤーを多様化し、将来に向けて、市場の健全な成長や競争を促したいと考えている。また、ITを活用する新たな相互会社が成長することで、既存の相互会社(三農問題関連)の経営の高度化をはかり、相互保険全体のボトムアップも期待している3
 
3 注釈2ご参照
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保険研究部   主任研究員・ヘルスケアリサーチセンター兼任

片山 ゆき (かたやま ゆき)

研究・専門分野
中国の社会保障制度・民間保険

経歴
  • 【職歴】
     2005年 ニッセイ基礎研究所(2022年7月より現職)
     (2023年 東京外国語大学大学院総合国際学研究科博士後期課程修了) 【社外委員等】
     ・日本経済団体連合会21世紀政策研究所研究委員
     (2019年度・2020年度・2023年度)
     ・生命保険経営学会 編集委員・海外ニュース委員
     ・千葉大学客員准教授(2023年度~) 【加入団体等】
     日本保険学会、社会政策学会、他
     博士(学術)

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