2016年06月14日

米国における連邦による保険資本規制-FRBが金融システムの安定上重要な保険会社等に対する資本規制のアプローチ等を公表-

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4―今回の提案に対する補足説明

1|EUや国際的なグループ資本基準のアプローチとの比較
今回のFRBの提案については、EUのソルベンシーIIやIAISのICSにおいて採用(が検討)されているアプローチを用いているわけではない、とされている。この内容を具体的にみてみる。

(1)EUのソルベンシーIIのアプローチに対する考え方
EUのソルベンシーIIのアプローチについては、ANPRの中で、以下のように説明されている。

「欧州のソルベンシーIIのフレームワークに基づく資本アプローチについても検討したが、米国におけるシステム上重要な保険会社(SIIC)及び銀行や貯蓄金融機関を所有する保険会社(IDIHC)にとって適当でないようにみえる。ソルベンシーIIベースの資本フレームワークの使用は、米国GAAPを適切に説明せず、割引率の前提による過度なボラティリティを創り出すことになるかもしれない。

さらに、ソルベンシーIIベースのアプローチは内部モデルへの過度の依存を含む。内部モデルは会社間の比較を困難にし、監督官や市場参加者に対する透明性を欠くことになる。加えて、そのようなアプローチは短期・中期的に実行可能でなく、ソルベンシーIIの注目すべきチャレンジは様々な欧州管轄地域における顕著に拡張された実施期間を生むことになっている。」

このように、米国はEUのソルベンシーIIのアプローチに対して強い課題意識を有している。

(2)EUや国際的なアプローチとの比較
(2-1)EUのソルベンシーII
EUのソルベンシーIIにおいては、グループ会社のSCR(Solvency Capital Requirement;ソルベンシー資本要件)を算出するために、以下の2つの手法( 1)がデフォールトで2)が代替的)を認めている。

1)連結会計法(Accounting consolidation-based method)
連結されたデータに基づいて、グループ全体のSCR等を算出

2)引去合算法(Deduction & Aggregation method) 
個別会社の財務諸表等をベースに、それを合算した上で内部取引等の部分に調整を加えてSCR等を算出

子会社のソルベンシー評価においても、ソルベンシーIIとの同等性評価が認められない限りにおいては、ソルベンシーIIに基づいて、例えば、保険負債は市場整合的な評価で行われることになる。

(2-2)IAISのICS
IAISのICSにおいては、以下の2つのアプローチが検討されている。

1)市場調整評価アプローチ(資産・負債を経済価値ベースで評価)

2)調整GAAP評価アプローチ(各国のGAAPを(比較可能性を担保するために)調整)

「1)市場調整評価アプローチ」は、EUのソルベンシーIIに対応したアプローチであり、「2)調整GAAP評価アプローチ」は、例えば、米国のSAP(監督会計)で単体の財務諸表を作成している相互保険会社の場合でも、連結財務諸表を作成し、GAAPベースへの資産等の調整を行い、保険負債評価についてもGAAPベース等への調整を行うことになる。

(2-3)FRBの資本規制
これに対して、今回FRBの提案した2つの手法である、1)連結アプローチ、2)ビルディング・ブロック・アプローチ、については、ともに、現在の財務報告で使用している会計で算出されている数値をベースとしている。

即ち、「2)ビルディング・ブロック・アプローチ」については、必ずしも連結財務諸表を作成していない、さらには米国SAPでの財務諸表しか作成していない会社も含まれる、IDIHCの12社に対して、よりシンプルな形で、大きな追加負担もなく算出できるように、構成されており、これが今回のFRBの提案の大きな特徴になっている。

一方で、「1)連結アプローチ」については、SIFIに指定されている2社が、既に米国GAAPでの連結財務諸表を作成していることから、これをベースに、規制目的からの調整を行ったものとしている。

(2-4)3つのアプローチの比較
SIFIに指定されている米国の保険会社に対応する規制について、EUのソルベンシーIIの「1)連結会計法」、IAISのICSの「2)調整GAAP評価アプローチ」及びFRBの資本規制の「連結アプローチ」を比較した場合、いずれも、(a)連結ベースで、(b)リスクベースド・キャピタル(Risk-Based Capital)に基づいている、という点は共通している。

ただし、ベースとなる保険負債評価等の会計基準やそれに対する調整の内容等については、その具体的な内容が明確でない部分もあるが、必ずしも一致しているとは限らない。EUは経済価値ベースの評価をベースとしているのに対して、IAISとFRBは米国GAAPをベースにしつつ、IAISでは、「一定のケースで、可能な範囲で、現在推計を概算する調整を行う」とし、FRBでは「カレント・アサンプションのような追加的な適切な情報を含め、又は対応する資産の評価によりよくマッチさせるために、保険負債の調整が必要になるかもしれない。」としている。
2|SIICに対する流動性リスクに関する規制
2―3|で述べたSIICに対する規制のうち、流動性リスクに関する規制については、銀行等のSIFIに対する規制も踏まえて作成されているが、保険会社にとっては、新たな規制項目となっている。

このうち、例えば、流動性リスク管理基準の中の流動性バッファーの計算においては、カウンターパーティー・エクスポジャーによるシステミックリスク増大の可能性や、より幅広い経済と相互関連し、ストレスを悪化させる誤方向リスク(wrong-way risk)についての懸念から、「流動性の高い資産(highly liquid assets)」のリストから、銀行預金に加えて、銀行や保険会社が発行する債券等の金融機関が発行する殆どの有価証券が除外される、ことが提案されている。

金融機関が発行する有価証券の社債市場におけるウェイトを考慮すると、この規制がSIICの資産ポートフォリオ戦略に与える影響が懸念されることになる。

5―まとめ

5―まとめ

以上、FRBによる保険会社に対する資本規制へのアプローチ等に関する提案の概要及びこれに対する保険業界の反応等を報告してきた。

今回の提案及びそれに対する業界の反応からは、2016年に導入されたばかりでその制度の実効性がまだ十分に確認されていない「EUのソルベンシーIIのアプローチ」に対する強い問題意識と、いまだ開発途上にある「IAISのICSでのアプローチ」に対する課題意識が見てとれるようである。一方で、これに対して、これまで長期間にわたって運営されてきた「米国の監督規制のアプローチ」に対する自信が垣間見えているようである。

こうした状況からは、現在IAISで開発が進められているICSが今後どのような形になっていくのか、本当にグローバルベースで比較可能な形での案に収束していくのか、という点について、かなり不透明な状況になってくることが懸念される。少なくとも、今回の米国におけるFRBの対応を見る限り、EUが指向しているソルベンシーIIをベースとした案を米国が受け入れる状況にはなっておらず、現在開発が進められているICSのアプローチですら、SIFIに指定された保険会社だけでなくて、一定程度の範囲の会社を対象にする場合に、米国が受け入れる余地があるのかが、不透明な状況にあるものと想定されることになる。

結局のところ、グローバルベースでは、経済価値的な数値を含めて、できる限り比較可能な形での数値作成が求められてくる形になるものの、実際の行政介入等の基準に使用できる形での一定程度でも統一的な基準の作成には、かなりの高いハードルがあるように思われる。

そうした中で、日本が現在進めている経済価値ベースのソルベンシー規制の検討が、どのような方向に進んでいくことを目指していくのかという点は、大変気になるところである。

なお、FRBによる米国の保険会社に対するグループ資本規制に関しては、今回はあくまでも概念フレームワークが中心で、今後これに対するオープン・クエスチョンに対するコメント等も踏まえて、具体的な水準設定等が行われていくことになる。これにより、システム上重要な保険会社(SIIC)に対して、どの程度の追加資本が要求されていくことになるのか、が今後明確になっていくことになる。
こうした中で、MetLifeのSIFI指定取消しを踏まえ、さらには、今回のSIICに対する規制の強化内容の提案を受けて、現在SIFIに指定されているAIGやPrudentialが今後どのような動きを見せていくのかについても、大変注目されるところである。

いずれにしても、FRBの規制作成に関しては、今後のスケジュールが気になるところだが、このペースでいくと、グループ資本基準に関して、実際の制度が出来上がるのには、さらに時間がかかることが想定される。その意味では、今回の提案の公表は、この段階で、米国が「EUやIAISのアプローチに必ずしも従うわけではなく、基本的には、米国の現在の制度において採用されている独自のアプローチに基づいた規制を行う。」方向で検討していく、ということを示すことに、最も重要な意味があったということなのかもしれない。

今後も、米国における連邦による保険会社に対する資本規制を巡る動きについては、引き続き注視していくこととしたい。
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中村 亮一

研究・専門分野

(2016年06月14日「基礎研レポート」)

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