2016年03月15日

韓国における給付付き税額控除制度の現状と日本へのインプリケーション―軽減税率より給付付き税額控除?―

生活研究部 准主任研究員   金 明中

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■要旨
  • 韓国では税制による所得支援で勤労貧困層の勤労インセンティブを高めるとともに、所得を捕捉するインフラを構築し社会保険料負担の衡平性及び制度運営の効率性を高める目的で2008年1月1日から「勤労奨励税制」という名で給付付き税額控除制度を導入している
  • 既存の公的扶助を中心とする福祉政策(welfare)が、勤労有無に関係なく一定水準までの所得を補助していることに比べ、勤労奨励税制は働けば働くほど総所得が増えるように補助金を支給する制度(workfare)である。
  • 韓国における勤労奨励税制は、導入以降、数回にわたり改正案が発表され、適用対象を段階的に拡大している(2011年:扶養する子どもがいない世帯を適用対象に追加、2013年:配偶者や扶養する子どもがいない60歳以上の高年齢者一人世帯を適用対象に追加、2015年:子ども奨励金が新設、自営業者を適用対象に追加)。
  • 勤労奨励金や子ども奨励金を申請するためには、(1)世帯基準、(2)総所得基準、(3)住宅基準、(4)財産基準という四つの基準を満たす必要がある。
  • 韓国における勤労奨励制度の給付体系の最も大きな特徴としては、勤労所得の水準により給付額が逓増区間(phase-in range)、定額区間(flat range)、逓減区間(phase-out range)という三つの区間に区分されることである。
  • 韓国における先行研究の分析結果を見ると、勤労奨励税制の実施が労働市場への参加率や労働時間を増加させたという分析結果もある一方、両方を減少させたという結果もあるなどその結果は必ずしも収斂していない。しかしながら、おおむね労働市場への参加率や労働時間にプラスの影響を与えたという結果が多く、特に逓増区間(phase-in range、所得が増加するほど勤労奨励金が増加する区間)においては労働市場への参加率を増加させたという研究が多く、韓国における勤労奨励税制は施行初期の目標をある程度達成しているように見える。
  • 日本政府が軽減税率の導入だけに偏らず、アメリカや韓国などで先立って実施され、一定の成果を挙げている給付付き税額控除制度の導入も同時に検討しながら、より効果の高い政策を実施することを願うところである。
■目次

1――はじめに1
2――韓国における勤労奨励税制の導入背景と導入過程
3――韓国における勤労奨励税制の導入過程や概要
  1|勤労奨励税制の導入過程や変化
  2|勤労奨励税制の目的
  3|勤労奨励金の申請の手続きや申請基準
  4|勤労奨励金の給付体系や支給状況
  5|勤労奨励金や子ども奨励金が自営業者にも拡大・適用
4――勤労奨励税制の効果分析や今後の課題
5――日本へのインプリケーション
 
 
1 本稿は、金明中(2011)「韓国における勤労奨励税制(EITC)の現況」『ニッセイ基礎研REPORT』2011/10/24を最新の内容に合わせて修正・補完したものである。

1――はじめに

1――はじめに

韓国では税制による所得支援で勤労貧困層の勤労インセンティブを高めるとともに、所得を捕捉するインフラを構築し社会保険料負担の衡平性及び制度運営の効率性を高める目的で2008年1月1日から「勤労奨励税制」という名で給付付き税額控除制度を導入している。
勤労奨励税制(EITC:Earned Income Tax Credit)とは、ひとことで言うと「低所得者がより働くことを支援するための補助金」のことである。日本では一般レベルではまだなじみのない制度だが、経済学者を中心に知られており、1975年にアメリカで最初に導入され、現在ではイギリス、カナダ、フランス、スウェーデン、オランダ、韓国など多数の国で実施されており、アメリカでは導入から四半世紀以上経過している。
給付付き税額控除といっても、日本では同様の制度がないため、どのような制度であるかぱっとしない人が多いと思われる。鎌倉(2010)は給付付き税額控除を次のように説明している。「給付付き税額控除とは、文字通り、社会保障給付と税額控除が一体化した仕組みである。具体的には、所得税の納税者に対しては税額控除を与え、控除しきれない者や課税最低限以下の者に対しては現金給付を行うというものである。その考え方の源泉は、フリードマンの負の所得税に求められる。」2
韓国版給付付き税額控除制度である勤労奨励税制は、職を持っていても所得が少なく、経済的に苦しい状況に追い込まれている勤労貧困層へ勤労所得別に算定されている奨励金を支給することで勤労インセンティブを高め、一定の実質所得を支援するための勤労連携型所得支援制度である。既存の公的扶助を中心とする福祉政策(welfare)が勤労有無に関係なく一定水準までの所得を補助していることに比べ、勤労奨励税制は働けば働くほど総所得が増えるように補助金を支給する制度(workfare)である。つまり、勤労貧困層の勤労活動に経済的支援をすることにより、脱貧困や所得格差の緩和だけでなく、福祉給付に対する依存から労働市場への参加への誘引をするという目的も持った制度なのである。
 
 
2 鎌倉治子(2010)「諸外国の給付付き税額控除の概要」調査と情報-ISSUE BRIEF- No.678から引用。
 

2――韓国における勤労奨励税制の導入背景と導入過程

2――韓国における勤労奨励税制の導入背景と導入過程

この節では韓国政府が勤労奨励税制を導入する背景となった、韓国における貧困率や勤労貧困層の現状をOECDのデータや先行研究を用いて説明したい。
図表1はOECD諸国における相対的貧困率 や勤労世代の相対的貧困率3を示しており、2000年代半ばの韓国の相対貧困率は14.6%でOECD諸国の平均貧困率10.6%を大きく上回っている。
 
図表1 OECD諸国における貧困率や勤労世帯の貧困率
イビョンヒ・その他(2010)は、韓国における勤労貧困層の実態を把握するためにOECDのデータを用いて世帯を「高齢者世帯」と「非高齢者世帯」に区分してOECD平均と比較している。分析の結果、「高齢者世帯の貧困率」は48.5%で、OECD平均13.7%を大きく上回った。韓国において高齢者世帯の貧困率が高い理由としては公的年金がまだ給付面において成熟していないことが挙げられる。
一方、非高齢者世帯の貧困率は10.9%でOECD平均10.1%を少し上回った。但し、全貧困世帯のうち、「高齢者世帯」が占める割合は21.9%で、OECDの32.1%より低く現れ、韓国では働く世帯の勤労問題がより大きいことがうかがえる(図表2)。このように韓国における全貧困世帯のうち、「現役世帯」に占める貧困率が高い理由としては、高齢化率が未だ高くないことに加え、雇用のミスマッチにより若者の多くが労働市場に参加していないこと、雇用者のうち、相対的に所得水準が低い非正規労働者の割合が高いこと、現役世代に対する政府の所得保障政策が十分ではないこと等が考えられる。
図表2 貧困率の比較(韓国対OECD平均)
このように韓国における現役世代の主な貧困の原因は、不安定な仕事(precarious work)から来たものだと考えられる。ノデミョン(2009)は、現役世代のうち、失業者の約3分の1、日雇い労働者の約4分の1が貧困層であると推計している(図表3)。
図表3 現役世代の従事上地位別貧困率
また、キムヨンミ(2009)は、企業規模が小さいほど勤続年数が短く、低賃金労働者の割合が高いという分析結果を出しており、従業員数1~4人の事業所における低賃金者4の割合は男性が18.8%、女性が39.1%で1000人以上の男性0.7%、女性4.0%より高く現れた(図表4)。
 
図表4 企業規模別低賃金労働者の割合
 
3 OECDによる定義は等価可処分所得(世帯の可処分所得を世帯員数の平方根で割った値)が、全国民の等価可処分所得の中央値の半分に満たない国民の割合のこと。
4 低賃金は中位賃金の50%以下として定義している。
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生活研究部   准主任研究員

金 明中 (きむ みょんじゅん)

研究・専門分野
社会保障論、労働経済学、日・韓社会保障政策比較分析

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