2016年03月08日

日本の生命保険業績動向 ざっくり30年史(5) 資産運用関係収支の推移

保険研究部 主任研究員 年金総合リサーチセンター・気候変動リサーチセンター兼任 安井 義浩

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2――キャピタル収支の推移

生命保険会社の収支で最も目立つために、決算発表の際、これまでも何かあるとすぐ新聞の大きな見出しになってしまう、のが有価証券売却損・評価損そして為替差損であろう。
生命保険会社は有価証券(主に株式)の含み益をもっていたために、そうした大規模な評価損や為替差損が生じても、別の銘柄の株式売却益を得ることによって、その損失をカバーできていた。またいちいち売却によらねば益を確保できないのかといえば、そうではなく、112条評価益をたてることもできた。
 
【キャピタル損益の内訳】
ところで、こうした一部資産の価格変動による損失に備えるため、保険業法上で「価格変動準備金」の積み立てが義務付けられている。これは、通常時は、国内外株式、国内外債券などの資産残高に比例して、価格変動リスクの程度に応じた率を掛けた金額を積み立ててゆく。しかし、キャピタル損失が多額になった年度には、規定の範囲内で取り崩すことによって、損失を埋める役割がある。(これも含めた内部留保については、次回以降改めて触れる予定ではある。)
 
【価格変動準備金(1996以前は86条準備金)の増減の推移】
例えば、近年では、2008年度決算において、大きなキャピタル損失が発生しているのに伴い、価格変動準備金の取崩額が極端に大きいことがわかる。これはリーマンショックの年度である。
 

3――その他の特徴的な状況~不良債権と不動産

3――その他の特徴的な状況~不良債権と不動産

利息配当金の規模が大きいので、全体収支の中では隠れてしまうが、当期利益の規模からすると、深刻な課題となった項目がある。主に不良債権問題への対応と不動産処分である。
 
1980年代までは、不動産価格が右肩上がりであることを前提に、不動産を担保として貸付を行なうことは、普通の話だったのだが、その後、不動産価格が下落し、担保としての価値がなくなった。そして貸し金が返済できなくなった。特に、いわゆる住専問題発覚(1995)以来、こうした実態が明るみにでて、銀行や保険会社などに対し、どのくらいの不良債権があるのか、どう処理しているのかという問題が注目された。不良債権の開示としてよく使われているのが、「リスク管理債権」である。これは、貸付金の返済状況に応じて、「貸出条件緩和債権」「3ヶ月以上延滞債権」「延滞債権」「破綻先債権」を集めたものである。
つまりこの見方では、「貸付金のうち、返済状況になんらかの問題があるものはどのくらいあるか」をみることになる。生命保険会社計では下のグラフのような状況である。最大で3%をこえる時期もあったが、次第に減って現在では0.5%以下になっている。
【リスク管理債権(1997~)(対貸付金残高(%))】
こういう状況なので、近年あまり問題にならなくなり、保険会社側も、リスク管理債権の少なさをあえて強調することもなくなったようである。
ちなみに銀行・信用金庫などの業態では、ピーク時には貸付金の6%を超えるような状況もあったので、それに較べると生命保険会社のほうは、もともとそれほど痛手ではなかったともいえる。しかしその処理のため、1995~2000年度頃には相当の損失が出ていた。それは主として、「貸倒引当金繰入・戻入」と、「貸付金償却」の推移にあらわれている。
 
【貸倒引当金繰入額とその他運用費用(貸付金償却を含む)(1989~)】
貸付金をそのまま資産として認識しておく一方で、万一回収不能になった場合の損失額を見積もって、それを積み立てておくのが貸倒引当金である。これは、貸付先の倒産などにいたる前に、それに備えて財源を準備しておくことにあたる。
また、実際に貸付先が倒産してもはや回収不能となった場合等には、貸付金はもはや資産とみなさず(=貸借対照表にも載せず)、「貸付金償却」という損失となる。
一般には、突然企業が倒産することはめったにないし、担保・保証の有無もからんで、貸付金の回収額や時期、その表示方法は非常に複雑なものとなり、この2科目だけ単純に足し算すれば不良債権処理金額になるわけでもないが、当時の雰囲気は表していると思われる。
 
そもそも不良債権問題のきっかけとなった(?)、不動産価格の下落に関しての損失等について、現在でいう「固定資産処分損・益」(これらは今でも特別利益・損失である。)の推移でみてみる。
 
【固定資産処分損益・減損損失(1989~)】
これも1995~2000年度の間に売却による損失が大きくふくらんでいた。
また、2005年度から減損会計が導入され、「減損損失」という、いわば「不動産の評価損」が(売却せずとも)立てられることとなった。
不動産関係のこうした損失は、新規に参入した外資系・損保系の会社にはあまり関わりのないことで、従来より存在する国内大手社が、過去から不動産投資を積極的に行なっていたことから、価格下落の影響を受けたものである。減損会計が導入される以前にも、有価証券同様、不動産の含み損益が、例えばソルベンシーマージン比率の計算など、健全性評価に影響していた事情もあり、含み損を抱える不動産は早めに売却して損失を出したということであろう。1
 
以上、資産運用関係の収支を見てきた。特に1995~2000年あたりは、株価や不動産価格の下落、不良債権の増加とその処理などに追われ、生命保険業界も苦しい状況を経験してきた。しかし、だからこそ各種リスク管理が発展し、契約者の関心も高まってディスクロージャーも充実してきて、そうした分野については、ある意味、「鍛えられてきた」ともいえる。今後も、株式や不動産の価格変動は避けられないものとしても、対応力は高まってきたことだろう。また、各種準備金など、いざというときの財源準備も、各社において計画的に行なわれていると思われる。(これについては、次回以降触れる予定である。)
ただ、金利の状況については、一貫して低下し続け、ついには10年国債利回りがマイナスにまでなってきた。こうした中では、利息配当金の安定的な確保が、さらに難しい状況となっている。保険商品の予定利率の設定など、ALM的な側面もからんで、なお鍛えられていくことになる、のだろうか。
 
1 全体を通して、文中のグラフは、インシュアランス生命保険統計号(各年度版)(保険研究所)に基づくものである。グラフ化は筆者。なお、破綻や合併がある年度などにおいて、一部データに不明点や不整合がある箇所もある。
また資産運用については、会計ルールの変更が何度かあり、必ずしも継続性がない項目もあるが、業界全体の長期のトレンドは表していると筆者が判断して、特に修正や注釈をしていない。この点ご容赦頂きたい。
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保険研究部   主任研究員 年金総合リサーチセンター・気候変動リサーチセンター兼任

安井 義浩 (やすい よしひろ)

研究・専門分野
保険会計・計理、共済計理人・コンサルティング業務

経歴
  • 【職歴】
     1987年 日本生命保険相互会社入社
     ・主計部、財務企画部、調査部、ニッセイ同和損害保険(現 あいおいニッセイ同和損害保険)(2007年‐2010年)を経て
     2012年 ニッセイ基礎研究所

    【加入団体等】
     ・日本アクチュアリー会 正会員
     ・日本証券アナリスト協会 検定会員

(2016年03月08日「基礎研レター」)

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